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朝、リュドミラの言う通りであれば、ベルミアや帝国の軍隊が浮遊王城へ進軍してくる。ある意味、浮遊王城はその軍隊をすぐにこちらへ誘導するための目印として召喚したようなものだ。
かなり分かりやすいレベルの悪の拠点みたいな存在、その王城へ直進してくると思われる部隊が来る前にあの男を起こしに行かなければならない。
色々と策はねってあるものの、問題は人員があまりにも少なめであることだ。魔族は基本的には人間を凌駕する魔力と体力を持つ生き物である代わり、非常に数が少ない。普通の人類の総数が数十億である見積もりがあったとしても、魔族は基本的に数千万程度しか存在しない。
理由として、膨大な魔力を魂の中に貯蔵するためだ。その魂の構造が膨大化、複雑化するにつれてその魔族はより出生数が少なくなっている。
プリシラもノノも、生まれるまでに非常に長い期間を錬金術で作られた人工子宮の中で生きていた。あまりにも魔力が強すぎるため、その魔力で自分の体が変形する可能性があったからだ。
ある意味では、魔族は自分の力に苦しめられているとも言える。強すぎる魔力はそれに相応しい魂と肉体でなければより異常性が増してしまう。
「とりあえず、アルトの馬鹿はどこに居るのよ・・?」
馬小屋で寝ているはずなのだが、彼はそこには居なかった。
そこら中を探し回っても居ないため、彼女はノノが居る部屋の所まで来ていた。彼女なら何かしっているはずだろうから。
ドアを開けると、プリシラはそこで体が硬直したように動かなくなった。
目の前のベッドにはノノと後もう一人、アルトが何故か居たのだった。
「え、えぇ!?」
どうして二人で一緒にそこで寝ているのか分からない。ノノはプリシラの大声で起きたが、その姿はほぼ半裸状態だった。
「な、な何であんたがここに居るのよ!?」
「あ、おはよー。」
「おはよーじゃなくて!アルトと何で一緒に寝てるの!?」
「夜のお勤めだよ。」
石化したプリシラはそのまま動かずにいた。そのままアルトも何事かと起きる。
「あれ?プリシラ・・?」
「貴方・・」
「え?」
「やっぱ殺すわ。」
プリシラの右手に現れる一振りの槍。トライデントの形をしたその大きな槍を一気に彼に目がけて突き刺そうとしたが、突然後ろから現れた触手によって受け止められる。
「は、放しなさいこの馬鹿!私はノノを汚したこの男を今すぐにでも・・!!」
「えー?私は汚されてないよ?」
「騙されないで!」
どっちにしろ意外とタマから伸びている触手がかなり強く、そのまま体を固定させられていた。
「プリシラは短気過ぎ。」
「ノノ、貴方はどうしてそう・・」
「ねぇ、今日の夜はどういう夢を見たのかな?」
「え?」
アルトはそのノノの言葉を聞いてようやく眠気から目を覚ます。
「いや、待て。俺は別に何も見てないぞ?」
「えー?嘘だー。私はちゃんと続きの夢を見せてあげたんだけど?」
「くっ・・やぱりあれはお前のせいか。」
「で?誰だったの?」
「誰でもない。」
「教えてよー。」
「嫌だ。」
とりあえず、プリシラはそのまま触手から逃れて離れた。
「何勝手にいちゃついてんのよ!。」
「朝っぱらから煩いんだけど。」
「ノノが・・・ノノがアルトにけがされたーー!」
そう言って、彼女はそのまま部屋から走って出て行った。
「何だ・・あれ?」
「別に気にしなくてもいいんじゃないかな。」
「はぁ・・。」
とりあえず、アルトはクローゼットに目を向けた。そこにはリュドミラが用意してくれた一式の服が入っている。
それを着るのはいいものの、とりあえず一度彼は外に出ようとした。
「何で出るの?」
「服を着ろ。」
というより夜の時はしっかり服をきていたはずなのだが。寝ている最中に脱いだのだろうか。
そんなに暑いわけでもないのに、色々と魔族は基本的に頭がおかしいのかもしれない。
朝食は教会の中にあった食堂の中で食べていた。
山の中で捕まえた鹿肉をごちそうしてくれたため、場所に比べてわりと食が残念な状態になることはなかったようだ。
「偵察していた使い魔によると、敵軍は昼間になる前にすぐに山脈の近くまで来るそうです。そこに拠点を作られる前に私たちはそこに陣取る・・。」
プリシラがリュドミラから教えてもらった作戦の内容を話す。
あともう少しで昨日は味方だった人間たちと戦う事になるが、アルトは殆ど緊張していない様子だった。
「そういえば、残りの戦力は殆ど無いって聞いていたけれど。もし相手の方が数が上だったらどうするんだ?」
「私とノノはそれぞれある能力を持っているから。魔族の少女に分け与えられた一つの能力。それさえあれば国の戦力をそのまま扱う事ができる。必要以上に広範囲に戦いが広がらない限りは大丈夫です。」
「それはどういう力なんだ?」
「それは見てのお楽しみということで。問題は、リュドミラお姉さまが貴方をどうしても前線に立たせたいという要求がありました。」
「俺が?」
「はい。つまり、貴方を私たちの部隊長として戦わせたいようです。」
「それは随分大出世したけれど・・。」
リュドミラは一体どういうつもりなんだろうか。本当にアルトを信頼しきっているのか、いくらアルトでも流石に部隊を指揮できるほどの経験は無い。
「心配しなくても大丈夫です。貴方は前に出て、敵軍の代表と会って話をして・・そして戦うだけです。」
「それは分かったけど。それが彼女の目的じゃないだろう。何がしたいんだ?」
「ようするに、真面目に戦争するつもりなので。貴方は細かい事を気にせずに戦ってください。」
「朝っぱらからハードな指令をつきつけられたな・・。」
「確かに、偵察からすれば軍の精鋭が揃っている可能性が高いですから・・。」
「軍の精鋭・・。」
「あら、何か気になる事でも?」
「いや・・。もしかしたら会うかもしれないって。元同僚に。」
「それはいい気分ですね。」
「それで、他になにか作戦はあるのか?」
「さぁ。出発する前にリュドミラが貴方に渡したいものがあると言っていましたが。」
「渡したいもの・・?」
その時、一瞬プリシラはかなり意味深な笑みをしていた。
「プリシラ、何か他にあるのか?」
「それは後で話しましょう。意外とおいしく肉が焼けていますし。」
問題はこの鹿肉を一体誰が解体して血抜きを一瞬でしたのかという疑問があるのだが。
それは今は詮索する必要も無いだろう。と、アルトはステーキを黙って食べることにした。
出発時刻。外に出ると、リュドミラが先に門の前で待っていた。
「お姉さま、準備は整いました。」
「そう。貴方は決心がついたようだけれど、相手を倒す気はあるかしら?」
アルトの方に興味が湧いているらしいが、その様子がどこかアルトに気分を悪くさせているようだった。
「一応言っておくけれど、俺は戦力にならないと思うぞ?」
「聖剣を奪われたものね。でも大丈夫よ。きっちり返すから。」
「え?」
意外な反応だった。まさか奪われた聖剣をこうもあっさり返してくれるとは到底思えなかったから。
リュドミラの右手の近くに光が生まれる。その中から、アルトが持つ聖剣がすぐに出現した。
その姿は・・以前の姿とは全く違う、禍々しい存在へと姿を変えていた。剣の輝かしい光が暗色を帯びており、その剣から発される魔力は属性事態が全く異なるものだった。
もはや聖剣の姿をしていない。ある意味、これは魔剣であり聖剣とは呼べる代物ではない。
彼女の手元にあっただけでこうも変わる物なのだろうか。それとも、彼女が聖剣に勝手に細工したのだろうか。
プリシラはこの事を知って居て隠していたのか・・。アルトは一瞬、彼女の下僕となったことを後悔してしまいそうだった。
「その剣は・・?」
「貴方の剣よ。」
「随分と変わり果てているけど。」
「勝手にこうなったのよ。私の中に収めていたら、いつの間にか聖剣から魔剣へと姿を変えていた。それだけでも十分面白いけど。貴方は嫌いかしら?」
「はぁ・・。まぁ、いいか。俺のやる事は変わらないだろうし。」
その剣を受け取る。
所有権としての反応は変わらないものの、あまりにも変わり果てた相棒を見るのはちょっと心苦しい。
「一応顔は隠すから、君の希望通りの事にはならないと思うよ。」
「顔を隠す・・?」
「俺にだって色々と事情はあるからね。とりあえず、剣を返してくれるのなら事態は思った以上に早く収まるだろうけど。」
「随分余裕ね。相手が貴方の元同僚だったらどうするつもり?」
「相手は少なくとも絶望するだろうね。」
その会話からプリシラは一瞬、彼は全くといっていいほど裏切り事態には後悔していないんじゃないかと思っていた。
まさか本当に魔族に対して味方をする気なんじゃないか。
「それじゃぁ行くか。もし敵軍に勝ったらせめて俺の部屋を用意してくれないか?」
「ノノと一緒にねればいいじゃない?」
「それは断る。」
「そう。じゃぁ用意しておくわ。」
というより、リュドミラはノノに対する扱いが少し酷いんじゃないだろうか。
ノノはそもそもリュドミラをどう思っているのか。アルトは少々このメンバーに不安を感じていた。
今は敵軍が来る前に所定の場所へ行くことにしよう。