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二人が部屋で寝ているところを確認した後、プリシラはリュドミラの居る城まで移動していた。
まさかノノがあそこまでアルトを気に入っているとは思っていなかったが、どっちにしろアルトを必要以上に自由にしておくつもりは無い。
彼の言っている事は間違っていないが、いささか魔族の観念から見ても軽率過ぎる。第一、聖剣の力が彼の能力を後押ししているだけで本来の能力は並みの人間のはずだ。
それを更にリュドミラの下僕となることで実際の彼の実力を見えにくくしている。いつ、アルトが増長して変な事をしでかすかは分かったものでは無い。
プリシラはどこか焦りを感じ、すぐにでもリュドミラの所まで歩いてく。浮遊王城の中を歩くのはかなり久しいが、流石に悪魔の卵がそのまま転がっているのは気味が悪い。
「お姉さま、ここに居るんですか?」
玉座・・がある場所と思われるところに彼女は居た。
大きな鎌が背後に安置されており、リュドミラは休むようにそのまま寝ていたようだった。
「あら。どうしたの?」
「どうしたの、ではありません。今のこの場所で、彼を下僕にした理由を話させてもらいます。」
「嫌よ。」
「どうしてそういつも突発的な行動をなさるんですか。」
「明日、この地帯の近くに来ると思われる軍隊にアルトを出すわ。」
「え・・?」
突然の言動にプリシラは若干混乱した。
軍隊、とは帝国軍のことだろうか。それともベルミア王国の軍隊か、それははっきりしていないのだが。
「それは、いつ決めたことなんですか?」
「今日この場で。そろそろ聖剣がいい感じになってきたから。アルトを最大限に利用してあげるのよ。」
「それはどういうことですか?」
「明日分かるわ。貴方も部屋に戻って休みなさいな。」
「まだ話は終わって居ません。大体、あの男の淫夢の中に入るという行為事態・・」
顔が赤くなるところを見たリュドミラは微笑して立ち上がる。
「そう。嫉妬しやすいとは思っていたけれど。私がアルトに入れ込むのが我慢ならないと?」
「私は・・。」
プリシラにかなり近くまで歩いた後、そのまま彼女を抱く。
「貴方も、本当は我慢できないのなら無理をしなくていいのに。」
「今日会ったばかりの男に・・どうしてあんな真似をするんですか?」
「利用価値は十分あるじゃない。聖剣、勇者、そして元帝国にかかわる軍人・・。色々といいカードはそろってるわ。」
「あんな人が居なくてもお姉さまと私だけで帝国の軍人を皆殺しにできます。」
「それは無理よ。いくら私たちでも力を無限に与えられているわけじゃない。一発分の魔力が強くても、その力は有限なんだから。下手に力を使って消耗すれば、勘のいい人間はすぐに隙を狙ってくる。それに、アルトから何も教えられていないわけじゃないもの。」
「え?」
「先ほど、少し念話をさせてもらったから。貴方にはまだ話をしていないわね。」
契約をしたことによって、念話をすぐに使うことができるのだろうか。
どっちにしろプリシラは彼の事があまり気に食わない様子だった。
「彼と同じ勇者は後数名ほどおり、その内彼はその勇者の中では中程度の強さだったそうよ。」
「それは・・どういう・・・?」
「男に対しては察しが悪いのね貴方。いくら人間同士とはいえ、歴史や文化の違いだけでも意思疎通は困難になることがあるんだから。彼らの場合、昔在籍していた学園での騎士訓練の事故で人間関係が悪化した後、疎遠になっていたらしいわ。そして、勇者という立場になった時彼らは再び出会うことになった。実際の所はアルトは濡れ衣を着せられたというけれど、関係が粗悪になった方の勇者様はアルトを事故の犯人だと信じて疑わなかった。今日の作戦でアルトは自分が部隊の中で彼らと一緒に行動するのが困難だと感じ、一人で私の元まで突撃をしたそうよ。」
「事故って、どんな事故ですか?」
「さぁ。それは教えてくれなかったけど。仲間との関係が劣悪になった後、彼は関係の修復を困難だと感じて単独行動を取るようになった。向こうでの自分の立場がかなり危ういから、彼は自分のある目的を果たすことが困難だと感じていた。私としては、彼が帝国を裏切り勇者の名を汚す理由は十分にあったのよ。」
「そんな理由で・・。もし、自分が一人で突撃して死んでもよかったと?」
「そのようね。というより、死のうとしていたんじゃないかしら。」
「え?」
「だって、疎遠になった仲間の方が力が上だったもの。筋力といった原始的な物ではなく、魔力や霊性が優れている。聖騎士として文句の無い人間だからこそ、勝つことは困難だった。」
「聖騎士というのはともかく、アルトは少なくとも汚名を着せられても罰されることはなかったんですよね?問題無いと思います。裏切る理由としては・・。」
「あるわよ。その学園での事故によって彼は一年以上孤独になり、社会的には悪の対象となった。その上で勇者となって尚、彼は事故の原因となった事を理由に偽善的な存在として批判されるようになったもの。」
「よく、分かりません。もしそんなことをするような人間が居たら・・その、事故の内容がよく分からないえすけど。」
「それは秘密にしておくわ。彼に必要以上負担をかけたくはないもの。それに、あまり詮索をすると彼が裏切りを後悔する可能性もあるから。」
「つまり、アルトをどうしても私たちの仲間にしたいんですか?彼が被害者として十分な人間だから。」
「えぇ。彼は被害者だから私が受け止められる。私としては、彼にしてもらいたいことはあるのよ。」
プリシラの耳元まで口を近づけさせる。
誰にも聞こえない、プリシラにしか分からない音量だったが。プリシラは驚きの表情を我慢できずにしていた。
「お姉さまは、魔王というか、鬼畜過ぎます。」
「いいんじゃないかしら。悪に堕落した勇者を守るのが、魔王としての役目だもの。」
不安過ぎる要素がありすぎる。プリシラとしてはこのまま王道的に彼女がベルミア王国を壊滅させてほしかったのだが。
ある意味、リュドミラは魔王としての役目を十分に果たすためにアルトという余分な要素があっても受け入れたのだろう。
ただ破滅だけではなく、その侵略戦の中に劇場的な憎悪を与えさせたいのかもしれない。
ただ、リュドミラの言うアルトにしてもらいたいことが、プリシラにとってはあまりいいことだとは思えなかった。
いくら悪魔とはいえ、感情は多少ともあるつもりだから。