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プリシラに散々小言を言われながら教会の中を掃除し続けていたら、既に夜になってしまった。
まさかこんなことをするとは思っても居なかっただろうが、自分としては勇者という職業にそれほど価値を抱いていなかった。
アルトは自分の目的を、まだリュドミラに言うつもりはない。言う必然性が無い以前に成功する見込みすら殆ど無いのだ。
むしろ自分の身の丈に合わない、とても非現実的過ぎている目的だ。むしろこの目的を遂行することでより大きな問題に発展しかねないのだが。
それをリュドミラの力を利用してある程度問題を相殺することは可能だろう。彼女ならばできると、アルトは左手に刻まれた聖痕を見た。
「ちょっと壮大過ぎるな・・。」
本当に自分がこのままでいいのかはよく分からない。教会の外にある馬小屋は既に小屋として成立していないが、とりあえず密閉されている部屋があるためそこで寝ていた。
かなり寒いが、教会の中にはプリシラが招いた謎の生き物やらグロテクスな悪魔が集まっているので近づきたくないのだ。
一応服は用意してくれたが、聖剣は返してくれていない。リュドミラが所持しているらしいのだが、彼女は今居る場所はもっと高い山の上だ。
「首都はあっちか・・。」
ふと、山の頂上で暗雲がまた立ち込める。徐々に雷が鳴り響き、そして謎の雲がより大きく成長し始めた。
あそこがリュドミラの世界の入り口なんだろうか。魔界、と言うべきかどうかは分からないが。予想通りその雲の中からゆっくりと大きな物体が下降してくるのが分かる。
浮遊王城とリュドミラは言ったが。それは確かに城で、予想していた以上に結構大きい城だった。問題はあれがどうやって浮いているのか、どういう魔術理論であの大きな質量を制御しているのかは分からない。
魔術は専門でないが、少なくとも帝国の図書館にある魔導書には記載されていない動力機関があるはずだ。
「リュドミラが呼んだのか・・。」
「はい。」
「うわっ!?」
突然、横から声がした。ノノだ。
「えっと、とりあえず成功したみたいだな。君のお姉さま、結構凄い人なんじゃないか?」
「あれはかなり前に作られた遺物の一つだから。リュドミラはあのお城の城主になった後、この世界への侵攻を許されたの。」
「それは聞いたけど・・。彼女ほどの子がどうして僕なんかを選んだのか。」
「下僕になったのは結構羨ましい・・。」
「羨ましいとはなんだ・・?」
「私の今までの淫夢の相手はプリシラだったから・・。」
「えぇ・・。」
物凄い事をカミングアウトされてしまったのだが、本題はそこじゃない。
「えっと。君は嫌じゃないのか?命令されて初めてを奪われたんだろ?」
「私の貞操の事ですか?」
「キスだよ。女の子がそういう卑猥なことを言うもんじゃないです。」
「サキュバスの貞操を心配なさる勇者様はとても素敵な人です。」
「あぁ・・俺、元勇者っていうか・・既に魔王の下僕になったからなぁ・・。」
「アルトさんは、どうして抵抗しなかったの?」
「抵抗したら殺されそうだし。でも、色々と事情があるからね。」
「プリシラも、裏切り物を仲間にしておく時点でおかしいと言っていたから。」
確かに、勇者でありながら魔王側に寝返った人間など流石に置いておきたくないだろう。
アルトなら、すぐに処断するか追放したい気分だ。
「でも、この契約がある限りはそう君たちを裏切れないよ。」
「そこが問題。」
「あははは。」
「笑いごとじゃない。サキュバスもびっくりの一大事なんだから。」
「いや、結構いい眺めだなあれ。リュドミラに頼んで入ってみようか。」
「あ、それはだめ。」
「なんで?」
「デビルの子供たちを生産しているから。中に入ったら貴方なら食べられると思う。」
「うわ・・あれの子供か。」
「卵が一杯。」
ちょっと吐きそうになってしまった。いくら立派な城とはいえ、中に一万個も卵が存在すると思うとかなりおぞましい気分になる。
「あぁ、そういえば君たちはそれほど見た目はごつくないんだな。」
「うん。永遠の14歳。」
「永遠はともかく、他の魔族は何処に居るんだ?君たち三人くらいしかまだ会ってないんだけど。」
「私たちは現時点で3人だけ。」
「え?」
「私が説明していいのかな・・。貴方が戦ってきた魔族軍団は威力偵察が目的であって、侵略戦争はもっと後になるの。」
「あれが威力偵察・・・。」
突然コウモリのような化物やら変な頭をした犬やらが現れ、人間を手当たり次第殺戮していった。女子供だけは狙わなかったらしいが、威力偵察としてはちょっとやりすぎじゃないか。
「この山の周辺に人間が一人でもいると邪魔だから。」
「邪魔・・ねぇ。」
そんなことしなくても雲とあの浮遊王城が現れただけでだれも居なくなると思うんだが。
アルトとしてみれば、彼女たちはあまり戦争が得意そうには見えない。
「ソロモンの乙女ってどういうものなんだ?」
「あまり詮索するとねお兄ちゃん。リンダという子のもっとえっちな夢をお見舞いするから。」
「何でだよ。それと、流石にそれは止めておいた方がいいんじゃないか?」
「大丈夫。私、淫夢を男の人に魅せるのは貴方が初めてだから・・。」
危険すぎる。
流石にサキュバスであれど彼女がそういうことをするのはアルトもさすがにどうかと思った。
「仕方ない。俺以外の人間にそれをやるのは禁止だからな。」
「サキュバスを独占したいだなんて、人間は欲望が強すぎ。七つの大罪コンプリートする気?」
「魔王の下僕だからなぁ・・。そうじゃなくて、君は女の子なんだからもう少しだな。」
「大丈夫。例え私の処女を奪おうとする男がいれば、知らないうちにその男は女性になってるから。」
「・・・」
「私の淫夢は普通に接触するだけでも相手に夢を見せられる。貴方の場合、深層意識をかなりリアルにしておくようにしたかったから、ああするしかなかった。私の能力はある程度魔力さえあれば、男×男でも成り立つの。」
「それはすごい嫌なんだが。」
「しかも自分の体が女の子だったり、あるいは動物だったり。」
「ノノ、これ以上喋ると危険だから止めた方がいい。」
「私の魔法は無限の可能性を秘めている、闇の秘術だから。この闇の中にある大いなる力は人を堕落・・あるいは精神を滅ぼす事もあるの。」
「そりゃぁ死ぬだろうな・・。」
「だから、プリシラからはあまり人に使うなって言われたんだ。人類を滅ぼすからって。」
確かに滅ぶだろう。自分が恋を抱いている相手との行為を夢の中で果たせる魔法だから。更にその淫夢を悪用して相手を同性だったり人間以外にすることも可能だという悪魔の秘術。
かなり恐ろしい魔法だが・・プリシラ以外にも淫夢の使い手が居るんだろうか。
「あの、ちょっと寒くないですか?この馬小屋。」
「馬小屋って言っていいのかよく分からないけど。とりあえず、夜は越せそう・・かな。」
「流石にここで寝ると風邪をひくから・・その、私の部屋に・・・」
「え?」
「泊まってくれたら・・貴方の夢の相手を作れるから。」
「・・・・」
とりあえず、ノノによる淫夢の手伝いに関しては遠慮しておいた。
あまり調子に乗ってそんな夢を見た後には変態というあだ名がつきかねない。
ノノに部屋を案内してもらった場所は結構暖かい所だった。
その、ベッドの横に変な触手モンスターが居るという現実を無視すればかなりの好条件なのだが。
「あの、ノノさん?」
「何ですか?」
「このモンスターちゃんは何ですか?」
「あぁ、私のペットです。タマと呼んでください。」
「タマ・・。」
まるで猫みたいな可愛い名前だが、無数の触手が湧いているのを見る限りではただのモンスターだ。
「大丈夫です。主食は基本的に魚介類ですから。」
「えっと、イソギンチャクだと思えばいいのかな。」
「そうですね。じゃぁ、一緒に寝ましょうか。」
「え?」
「だから一緒に寝るんです。」
「誰が?」
「貴方が。」
「誰と?」
「私と」
「何を?」
「一緒に寝るの。」
「誰が?」
「貴方が。」
「誰と?」
「私と」
「何を?」
「一緒にねるの。」
「誰が。」
ぱこん、と誰かに突然後ろ頭を叩かれた。
触手だった。まさかこのモンスターがつっこみを入れてくれるとは思わなかったが、あまり近づかないでもらいたい。
「とりあえず、寝るか。」
「はい。」
「いいのかこれ・・」
「もしもの事があれば、タマが応援してくれますから。」
「助けないの?」
「タマはメスだから、貴方に気があるんじゃない?」
気があるんじゃない?の部分にエコーがかかった錯覚を感じた。アルトの真後ろにうごめいている何かがメスというのはどういう理屈なんだろうか。
イソギンチャクにオスとかメスとかあるわけがないし、そもそもこのモンスターは一体アルトに何をしようとしているんだろうか。
「私、触手プレイって一度でもいいから見てみたいんです。」
ぽっ、とノノは顔を赤らめた。さすがに頭がやばい発言だが、それ以前にその相手は一体誰なんだろうか。
「自分でやれ!!」
「わ、私そういうの恥ずかしいから・・。」
「プリシラに頼んだらどうだ?」
「プリシラに一回試そうとしたら怒られた・・。」
そりゃぁ怒るだろう。さすがにプリシラであっても触手プレイだけは勘弁してほしいだろう。
「俺もプリシラと同じように怒るからな。この変なモンスターを変な行為に使ったら確実に怒るからな。」
「仕方が無いですね・・。」
とりあえず、男が触手の被害に遭うという前代未聞の悲劇を回避したようだ。
ていうかノノは恥ずかしいというだけで触手プレイに興味があるのはちょっとどうなんだろう。
魔族の倫理はわりと意味不明でよく分からない事が多すぎる。