正義のヒーローは助けを求める
目を開けると、僕はベットの上にいた。
隣ににぃさんは居ない。
鼻にはもう腐臭は残っていない。
清潔な病室に、キラキラと柔らかな光が入る。
少し冷たい風が大きめの窓から入ってきた。
体も少し熱っぽい程で痛みはない。
まるでなにもかも、嘘みたいだ。
ベッドから起き上がり床に足をつける。
足から冷たい床の感触。
部屋の中、ぐるりと見渡す。
何もない。
コンコンと音がする。
音はするのに何処からか分からなかった。
「起きたのね」
音の先を探していると、後ろから声がした。
振り返ると前下がりのボブを耳にかけた勝気な顔の女の子がいた。唇がぷっくりとしていて、とても可愛い。
なのに、僕は震えていた。
夢で見た、彼女は・・・
僕の胸につるぎを突き立ててはなかったか?
急いでベッドの脇に身を隠す。
窓は開いていたはずだ。
開いている窓の方を見るとキラキラと光る鉄格子が一定間隔に並んでいた。
「お腹空いてない?」
女の子はひとこと言うと唇を噛み締めた。
まるで、何か余計なことを言わぬよう我慢してるみたいだ。
「お腹空いてない?」
もう一度、はっきりと、
少し先ほどより優しく彼女は言った。
「・・・、分かんないわ。点滴で栄養は入れているはずだから、食べなくてもいいのよ」
「す、空いてない」
弱々しく答える。
彼女は少し目を見開いた。
「ヒロの声ね」
見た目や性格こそ似てはなかったが、
声は親が間違うほどに兄のヒロに似ている。
これは僕の夢の中?
彼女は口を歪め、さっきより目を見開き怖い顔になった。
口に出してしまっていたみたいだ。
女の子は素早く身を近づけ、荒々しく僕の前髪を掴む。
「見なさい!」
「い、痛い」
顔の前に差し出された小さな手鏡には、
痛みに歪んだ僕がいた。
ただ、漆黒だった瞳の片方は
夢で見たステンドグラスの様なエメラルドグリーン。
顔には火花の様な跡。
女の子の手が緩んだ。
僕はゆっくりと自分を見る。
火花のような跡は手や体にあるようだ。
どきりとして、服をめくる。
そこにはくっきりとした刺し傷が、生々しくボコボコとした跡を残していた。
「・・・イヤだ」
精一杯の声で絞り出す。
このレールには乗りたくない。
「誰か助けて」
女の子は笑うような哀れむような、へんてこな顔をした。
「・・・、誰か助けて?・・・、その誰かは、貴方なのよ」
確かめるように、自分に言い聞かせるように、彼女は言った。
「この世の全ての人の“誰か”は、貴方になったのよ」
視界が歪む。
そんなの。
嫌だ。
にぃさん。
助けてよ。
嫌だ。
いやだ。
「お腹、空いてないなら良いの」
白い壁に四角い線が浮く。
「私の任務はそれだけだから」
扉のような線は彼女を飲み込んで、消えた。
我に返り、カリカリと扉の線があったところを引っ掻くも、初めから扉なんてなかったかのようだ。
彼女が去り、たださっきと同じ部屋に戻っただけなのに、ここは安心なんて1つも出来ない牢屋であることがわかった。
痛いのも、辛いのも、怖いのも、
死ぬのも
嫌だ。