知らない女の子が看病するというお話
お久しぶりです!
めっちゃ久しぶりなので、短編から様子見させてもらいます
次も短編です、はい。
初めてだった。
今、生まれて十七年間一度もかかったことのない病気に襲われている。
冬に大流行するというインフルエンザ。
今年は例年より寒いということで、菌があちこちに飛び回っているらしい。
歩叶の通う高校でも全体で五十人弱が出席停止をしている。教師も休んでいると聞く。
二年C組の歩叶のクラスは、自分がインフルと告げられる前日には、五、六人の席が空いていた。
「まさか俺がかかるとは……」
夕日が差し込む自室のベッドで、天井を仰いで言ったそのか細い言葉は、部屋の中を静かに木霊させた。
昨日の朝、目覚めたら激しい頭痛と吐き気に襲われた。
熱は40℃もあった。経験したことのない高熱で、天と地がグルグルと回転している感覚にずっと襲われた。
その日はベッドに入ってじっとした。
今日も熱は下がらず39℃だったけれど、昨日よりかはダルくなかったので病院に行った。そしたらインフルエンザと宣告された。
生まれて初めてのインフルエンザの検査で、鼻から全身の内蔵が出てくるような感じがしたのは言うまでもない。
そして薬をもらって帰宅し、ベッドに横になった。
処方された薬を服用し、水分補給もして体調はそれなりに良くなっている気がした。
それでもまだまだダルい。しかしたった1℃下がっただけでも少々楽になっている気がする。
歩叶は一人っ子で両親は共働きで、朝から夜遅くまで働いている。息子一人で苦しんでるのを目もくれず金稼ぎをしている。
しかもインフルとなると隔離をされる家庭である。だから誰かがこの部屋に入ってくるなんてことはない。
これまで風邪をひいたとか熱が出たという経験があまりない歩叶は、初めての感覚に少しテンションがあがって興奮する。
ベッドから起き上がり部屋を出て、階段を下ってリビングに行こうとした。
「うっ……!」
が、ベッドに座り直して立ち上がろうとした時、一瞬クラっとよろめいてその場に倒れてしまう。
起き上がれる気力もない。興奮して熱が上がってしまったのだろう。
意識が朦朧として視界がぼやけていく中、最後に目に入ったのは誰かの足だった。
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「んんっ……」
あれからどのくらい経ったのか。目の前は真っ暗だった。
額から目に何か乗っているような違和感がしたので、それを持って見た。
「タオル? なんで? あれ、ここは……」
それは綺麗に折られた白い冷たいタオルだった。少し湿っている。
歩叶はベッドの上にいた。倒れたのまでは覚えているけれど、そこからベッドに戻ったという記憶はない。
無意識だとしても有り得なすぎる。
と、頭を抱えて考えていると、左のほうから声がした。
「せん……ぱい?」
聞きなれない女子の声。掠れたようで今にも泣きそうだった。
その声にびっくりして、歩叶はガバッと勢いよく上体を起こす。
「あっ! 大丈夫ですか先輩!?」
急に起き上がってしまったので、再びめまいに襲われた。クラクラする。
前に倒れそうになる体を、彼女は素早く腕を入れて受け止めた。
「あぁ、ありがとう」
「どういたしましてです」
打って変わって笑っている彼女は、とても可愛らしかった。
ゆっくりと慎重に起き上がらせてくれている彼女は、横顔だけ見てもとても可愛かった。
目鼻立ちは整っていて、肩にかからないくらいのショートボブは、とても艶やかで柔らかそうだった。
支えてくれている腕は細く、強く握ったら折れてしまいそうなくらい。
胸は……まぁ、うん。
「先輩、どこみてるんですか?」
ジト目でこちらを見てくる。百人いたら全員がドキッとしてしまうくらいの。
「ご、ごめん!」
慌てて目をそらす。つい残念な胸に目を奪われてしまった。残念な胸に。
彼女は「フンっ!」と頬を膨らましながらも、楽な体勢になるまで触れてくれていたのは、とても嬉しかった。
「お体の調子はどうですか?」
歩叶がほっぽってしまったタオルを拾って畳みながら、心配そうに尋ねてきた。
機嫌はいつの間にか直っている。
「まだちょっとフワフワするけど、だいぶ楽になったよ」
「それはよかったです。……よしっ! じゃあ私がご飯を作ってあげましょう!」
折り畳んだタオルを水が入った桶に掛け、「んー」と考えるような仕草を見せ、閃いたようにパンッと手を鳴らす。
外はほのかに暗く、夕飯時である。
そこで歩叶は疑問に思った。熱で思考が回らず、今まで気付かなかったことが一つだけあった。
「その前に君はだれなの?」
歩叶はこの美少女に面識がない。こんな美少女なんてこの世に存在するのか、と思うくらいに美貌だ。
服装は私服のようで、先輩と呼ぶくらいだから後輩ということは分かる。しかし名前が分からない。高校生だとして同じ学校でも見たことがないと思う。
彼女は「ナイショです」と可愛らしくウインクをして部屋を出ていった。
短いスカートから伸びる白い脚は、とても細かった。
しばらく部屋でじっと待っていると、ドアがガチャっと開いた。
「お待たせしました。先輩」
よく似合ううすいピンク色のエプロン姿で笑顔に部屋に入ってきた彼女は、部屋の中央にある小さなテーブルにお盆を置いた。お盆に乗っているお皿からは湯気がたっていた。
歩叶がその場まで行こうとベッドから立つと、彼女は小走りで駆け寄ってきて背中に腕を回した。
「一人で歩けるから大丈夫だよ」
「先輩は病人さんなんです。あまり無理しないでください。それにさっき倒れたんですから……」
「あのときはありがとな」
「いえいえ」
彼女のフォローでゆっくりと腰を下ろすと、そのまま歩叶の隣に座った。
別に正面でもいいのにと言うと、「別にいいじゃないですか」と少し恥ずかしそうに答えた。
食器の中を見ると梅干しの乗ったお粥だった。病人にはこれが一番だと考えて作ったのだろう。
歩叶はそれを食べるために、目の前にあるスプーンを取ろうとした。
「待ってください」
「え?」
横から手が伸びてきて、取ろうとしたスプーンを取られる。
彼女はお粥をかき混ぜてスプーンですくい、フーフーと息で冷まして歩叶の口元まで運んで来た。
「ほら先輩、口開けてください」
「そんな事しなくても大丈夫だよ」
「ダメです。私の言うことを聞きなさい。先輩は病人さんなんですよ」
「いやご飯くらいは一人で食べれるし……」
「ダメです」
「はい……」
なぜか逆らえない。
彼女は「あーん」と言いながらスプーンを近づけてくる。歩叶はそれに従い口を開けると、ゆっくりと口の中に温かいものが入ってきた。
ある程度咀嚼をして飲み込むと、上目遣いで彼女は聞いてきた。
「どう……ですか?」
「うん、美味しいよ」
「えへへ。良かったです」
頬をほんのりと染めて恥ずかしながらも、小さくガッツポーズをとっていたのには歩叶も気づいた。
ほんとに美味しい。お粥なんて初めて食べたけど、普段の食事くらいに美味しかった。いや、それ以上かもしれない。
とても美味で、すぐに食べ終わってしまった。
「食欲はあるので大丈夫ですね」
「君は食べないの?」
「私は家に用意してあるので大丈夫です。それより先輩。ちゃんとご飯食べてますか?」
「食べてるよ。カップラーメンとか」
「だから病気になるんですよ! ちゃんと栄養とってください! もう……」
「ごめんなさい」
両親の帰宅はいつも遅いので簡単な食事で済ませてしまう。インスタントラーメンとか冷凍食品とか。
というかこれほど料理が上手いなんて素晴らしく高スペックだ。たかがお粥だと思っても、将来はいい奥さんになりそうだと感心する。
「なぁ」
「はい?」
「変なものとか入ってないよな?」
「何言ってるんですか先輩。そんなこと私がするとでも言うんですか?」
「だって今日初めて会ったんだし、そういうことをするかもしれないって思ったから……」
「だったらもう先輩は死んでますよ」
「それもそうだな」
「私は片付けてくるので、先輩はお風呂に入って来てください」
呆れたように彼女はそう言う。
こんなたわいない会話を歩叶は望んでいるのかもしれない。笑みが勝手にこぼれる。
ご飯を食べたからなのか意外と体が楽になっていたので、軽い足取りで風呂場へと向かった。
彼女がいないと分かったのは、風呂から出て自分の部屋に戻ってきた時だった。
テーブルの上に置き手紙が置いてあったのだ。
そこにはもう帰ります♡という趣旨の内容と、手書きの猫のイラストが描かれていた。
「なんだったんだあの子は……」
その手紙を眺めながら考える。
全くの初対面で家に上がってきた。下手すれば不法侵入だが、訴えられるほどの勇気は歩叶にないし、彼女が悪い人だというのも考えられないので気にしない。
けれども驚いた。一体彼女はどういう目的で来たのか。
怖い気もするが、あの笑顔には嘘はないと確信した。
その日は案外熱っぽさも感じなかったので、夜遅くまで起きていた。
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それがダメだった。
時刻は夕方。
調子に乗って深夜まで起きていたせいと、薄い寝間着で寝たので熱が42℃まで上がっていたのだ。
朝から先日よりもガンガンと脈を打つ激しい頭痛と、動いたら吐きそうなくらいの吐き気に襲われた。
寝ようにも頭が痛すぎて眠れない。
それに一人だと考えると、なんだか寂しくもなってくる。
またあの子がこないかな、と不意に考えてしまうのも無理もない。
しかし昨日あれほど体調が良くなっていた歩叶に、果たして彼女はやってくるのだろうか。
心細くなって泣きそうになるのを堪えていると、ゆっくりと自室のドアが開いた。
「せんぱい?」
ひょこっと顔を覗かせてこちらの様子を伺う。彼女の目にはどう映ってるのだろう。つらそうな表情というのはよく分からないが、そんな顔をしていると思う。
「先輩っ!!」
持ってきたと思われる荷物をその場に落として歩叶の側まで走ってくる。
「先輩! 大丈夫ですか!!」
必死そうにする彼女の目はうるんでいた。
あまり心配させないように強がって平然を装うとしたけど、勘の鋭い彼女には通用しなかった。
夜のことを話すと、彼女は声を上げて叱ってきた。歩叶には手を挙げず、ベッドをポカポカと叩いていたのは彼女なりの配慮だと思う。
「ごめんな、泣かせて」
「喋らないでください。悪化します」
ベッドに顔を伏せている彼女の頭を撫でると、上擦った声を出しながら歩叶の胸に拳を軽く落とす。
「心配してくれたんだ」
「当たり前です。楽しみにして来たのにこれですよもう。ばか……」
「ごめんね」
「いいからもうじっとしていてください。それと喋らないでください」
なぜ彼女はこんなにも優しいのか。見ず知らずの人なのにこんなに。
歩叶だったらこんなことできない。授業中など体調が悪い人がいてもほかの人が看てくれるだろうと無視してきた。
「ねぇ、なんで君はこんなに優しいの?」
歩叶が問うと彼女は頭をあげで、考える仕草もせずに素直に答えた。
「優しくなんかないです。先輩だからです。先輩だから、当たり前のことをしてるだけです」
それは人としてなのか、立場としてなのか、歩叶は理解出来なかった。それを聞こうとしたけど、それより強烈なものが歩叶を襲った。
「ごめん、吐く」
「ええっ!?」
枕元に用意しておいた念の為のエチケット袋に戻す。彼女は最初は困惑したものの、すぐに冷静になって背中をさすった。
小学生以来の久しぶりの感覚はほとんど初めてのようで、でもあまりつらくはなかった。
彼女は「だから喋らないでって言ったのに」と収まるまでさすり続けた。
「はぁ……はぁ……」
「ほんと大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫」
胃の中が空っぽになっても、背中にはまだ手がある。
「ありがとう。もう大丈夫だよ」
「あんな高熱で吐いて全然大丈夫じゃないですよ。いまご飯作ってくるのでじっとしててください」
「いや、食欲無いからいいよ」
「ダメです! こういう時こそ食べなきゃダメです!」
戻したときこそ胃が空でお腹が空くと思っていたけれど、まだ気持ち悪さが解消されないので今なにも食べたくない。
しかし彼女は作る気満々で、歩叶が何を言おうと意志を曲げないのでやがて歩叶は諦めた。
今頃お粥を作っているだろう。まだ数分しか経っていないのに、それがとても長く感じた。
それは歩叶が彼女を求めているということ。なぜか? それは分からない。でも寂しかった。誰かにそばにいて欲しいという思いが沸いてくるのと同時に、自然に涙も沸いてきた。
歩叶は泣いている。自分でもなぜ泣いているのか理解できない。
とりあえず熱のせいだと頭の中で反芻して決めつけた。
少しして彼女がドアを開けて入ってくる。男性の泣いているところを女性に見せたくない本能で、歩叶は急に恥ずかしくなった。
「先輩、おまた……ってなんで泣いてるんですか!!」
「え。あ、熱のせいだよ、きっと」
「ばかなこと言わないでくだい。はい食べますよ」
肝がつぶれた様子だったが、察しがいいのかそれ以降彼女は涙について聞いてこなかった。
夕飯は昨日と同じくお粥で、食べ方もこれまた昨日と同じだった。違かったのは味で、歩叶のことを考えて昨日よりさっぱりとしていた。
やはり良い妻になりそうと感心する。
あまり食欲無いから少しでいいと言ったのだが「ちゃんと全部食べなさい」と母親のように言われたので、拒否しても無意味なので素直にそれに従う。
「ありがとな」
スプーンでお皿のお粥を集める彼女の頭を撫でる。
ほんとに昨日と今日は彼女に助けられてばかりだ。今日だって彼女が来てくれなければ、今ごろどうなっていたか分からない。
彼女を見てみると、耳まで真っ赤に染まっていた。顔も合わせようとしない。
「やめてくださいそういうの」
「だってホントのことだし」
ほんとにそうだ。両親もいない中一人ぼっちというのはなんとも心細い。
誰かが近くにいないと安心できないというのは人間だからだろう。こうして彼女がいてくれるのだなら、少しは安心できる。
その彼女はというと、さっきより恥じらっていて、膝をすり合わせてモジモジとしていた。
「……だったら……って……さいよ」
「ん?」
言葉がごにょごにょと濁ってなかなか聞き取れない。
よく聞こえるように彼女の口元に耳を近づけると、少し後ずさりされた。
彼女は呼吸を整え、少しして歩叶の耳元に口を近づける。そして囁いた。
「だったら……、私を抱きしめてくださいよ」
「……っ!」
「少しでも感謝してるなら、私を抱きしめてください」
「はぁ!?」
ああ、やばい。いろんな意味で死にそうだ。
体温が上がってくるのを直に感じる。
いまだ40℃はありそうな熱がさらに高くなりそうだ。初めて女子にそんなことを言われた驚きと恥ずかしさで高熱が促進される。
上半身がフラフラとなるのが分かる。倒れる、そう確信した。
歩叶は抵抗できず、身を委ねて倒れた。
「あっ、先輩!?」
その倒れた方向が、彼女のほうだった。
彼女は抱きつくような形で倒れ込まれて慌てふためく。
昨日は起き上がる気力もないってとこだったけど、今は起き上がることができない状態だった。
やがて歩叶は気を失った。
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気がつくとベッドで寝ていた。
部屋の電気は付いていて、壁にかけている時計を見ると深夜二時を指している。
額には濡れたタオルが置かれている感覚がした。そして左手にもなにか握られているような柔らかな感触がした。
「お前……」
歩叶の手を握りスースーと寝息を立てながら、彼女はベッドに頭を乗せて寝ていた。
その寝顔はとても無防備で可憐で、でもどことなく悲しそうだった。
彼女は泣いていた。歩叶が倒れてからずっと泣き続けていた。歩叶が倒れたのは自分のせいだと。食器を片付けに行っている時に歩叶が大変なことになるかもしれないと、食べ残りのお粥はテーブルの上にあった。
シーツは濡れていて、彼女の目尻にはうっすら光るものが見えた。きっと泣き疲れて眠ってしまったのだろう。
握られている手はとても力強く、絶対に離さないという思いがあるようだった。
歩叶は自然に笑みがこぼれる。と同時に申し訳なさも沸き上がってきた。
この子は家に帰らず歩叶に付きっきりでいる。親御さんも心配してるのに、歩叶なんかを取ったことに非常に複雑な気持ちだった。
「せん、ぱい……」
「ん?」
寝言に反応してしまったのは、きっと起きているかもしれないからではない。それだけは断言できる。でも自分でもなぜか分からなかった。彼女と少しでも会話がしたい、そう思ったのかもしれない。
その声が届いたのか分からないけれど、彼女ははにかんだ。
「もう大丈夫だよ。ごめんね」
右手で頭を撫でると、彼女は笑った。
「先輩……やっと、会えました」
きっと夢を見ているのだろう。どんな夢を見ているのかを考えると、とても朗らかな気持ちになる。
今起こしても何もないので、その日はそのまま眠りについた。
「もう、どこにも行かないでください……」
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次の日は早めに目覚めた。彼女はまだすやすやと眠っている。
歩叶はトイレに行こうと、軽くまだ握られている手を解こうと手を引くこうとするが、彼女はギュッと離さないように強く力を込めた。
頭を撫でるとその力は弱くなっていったので、タオルを枕元に置いてベッドから降りる。
三日ぶりにちゃんと立った気がする。
歩叶は起こさないように彼女をだっこしてベッドに横たわせて掛け布団を掛けた。意外と軽くて驚いたのは言わなくてもわかる。
今日は昨日のが嘘だったように全くもって体調は良好だ。トイレに行くついでに体温計で測ってみたら37℃。昨日と比べるたらとても回復しているが、まだ微熱程度に熱はある。けれどもう普段の生活に戻れそうだ。
トイレに行くついでに朝食も作ろうとする。お昼はカップラーメンだけど、朝はほとんど自炊をしている。
ちょうど目玉焼きを作っている時だった。
背中に何か丸くて硬いものの感触がした。それと同時に昨日と同じ匂いが鼻に入る。歩叶はそれが何かすぐに分かった。
「おはよ」
「おはようございます、先輩」
「昨日はよく眠れた?」
「眠れませんよあんな状態で」
歩叶は体をくるりと回し、胸の高さにある彼女の頭にポンポンと手を置いた。
意外と低い彼女の身長に少し驚く。
「ごめんね」
「だからそれずるいですって……」
と、急に彼女は歩叶の腰に手を回してきた。
突然の事に焦っている歩叶だが、やがて冷静になって「どうしたの?」と尋ねる。
「ごめんなさい、先輩。私のせいで、昨日あんなことに……」
ところどころで上擦る声を出している彼女は、泣いていた。自分のせいで歩叶が倒れた。その罪悪感は拭いきれない。
あのときは驚いたが、昨日の夜もそうだ。彼女にはいつも感謝している。歩叶が倒れてから目を離さず看病をしてくれたのだ。
ああそのことか、と歩叶は思い、菜箸をフライパンの上に置いて彼女を抱き寄せた。
「気にしないで。俺のほうこそずっと側にいてくれてありがとな」
「先輩……」
彼女はギュッと歩叶を抱く力を強くすると、歩叶も腕に力を込めた。
それに安心したのか、何かのスイッチが外れて彼女は声をだして泣いた。
歩叶は泣き止むまで、ずっと背中をさすって頭をなで続けた。
「先輩、私重くなかったですか?」
目玉焼きが焦げていたのに気付き、また作り直して朝食をとっている時に、向かいに座る彼女は上目遣いで恥ずかしそうに聞いてくる。
どうやら彼女は今朝のことを気にしているらしい。歩叶は正直に答える。
「全然。むしろ軽すぎるって感じたよ。ちゃんとご飯食べてる?」
「そう言われると複雑ですね」
「でもそれならよかったです」と笑いながら付け足して目玉焼きを食べる。
パクパクと食べる姿は可愛くて、まるで小動物みたいだった。
「かわいいなぁ」
テーブルにに肘を立てて手のひらに顎をのせてぼーと彼女を見ていると、不意にその言葉が出てきた。
彼女はピクっと肩を震わせると、首元から耳まで一気に真っ赤に染まっていった。
「はぁ?! ななな、何言ってるんでひゅかしぇんぱい!! ばかなんですか! 熱でどうかしちゃったんですか!?」
ところどろこ噛んでいるのがなんとも言えない。手をあわあわと振りながら、ほっぺに風をおくる仕草を見せる。
「あぁごめん、つい口が」
「ばか……」
「いやでもほんとに可愛いと思うよ」
「先輩、四回死んでください」
「なんでぇ?!」
「ふふ、ウソですよ」
まだ頬は赤いままだが、彼女は今までにないくらい最高に可愛い満面の笑顔を見せた。
「ねぇ、そろそろ君の名前を教えてくれないかな?」
と聞くと、彼女は一度考える動きを見せて、
「ナイショです」
とやがて小悪魔のような笑みでウインクをした。
その後彼女は午後から用事があるということで、家に帰っていった。歩叶が家まで送ると言ったのだが、病み上がりの人は家から出ちゃいけません、とまた母親のようなことを言われたので素直にそうした。
後片付けをすると、すぐに暇になる。
彼女に会いたい。無意識にそう思ってしまう。
「明日も来ないかな……」
期待して一日を過ごしたが、それ以降彼女が家を訪れることは一度も無かった。
あと二日学校に行けないからとても暇で、なぜかとても寂しかった。
最初三日間苦しくてつらかったけど、彼女がいてくれたおかげで少し楽だった。楽しくもあった。
最後まで名前を教えてくれなかったけど、彼女のことは一生忘れないと心に誓った。
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休み明け、約一週間ぶりに登校する。この二日間ずっと彼女のことを考えていたのは言うまでもない。
授業の遅れを取り戻すために友人にノートを借りて写しながら、その日の午前中の授業は終わった。
「歩叶~、食堂行こーぜ」
隣の席の男子生徒に声をかけられる。毎日食堂で昼食をとっている歩叶は断る理由もなく、二人で食堂へ向った。
歩叶の教室がある棟と食堂がある棟を繋ぐ渡り廊下で、それを見つけた。
「あの後ろ姿は……」
後ろ姿だけでも分かる。何度見てきたことか。ショートボブの女子生徒が前方を歩いていた。隣には友達だろうか、女子生徒と歩いている。
上履きの色は一年生の指定されている色だった。ミニスカートから伸びる白い脚は細く、四肢は強く握ったら折れそうなくらい。
彼女の匂いが鼻孔をくすぐる。
そして彼女の話す声が聞こえて、確信した。歩叶の足取りが早くなる。
ドキドキはなかった。早く彼女に会いたい、喋りたい。そういう想いが最頂点へ達した。
そして歩叶は、彼女の肩に手を伸ばす――――
プロット練らないで書いてみたのであれ? ってことあると思いますが、その時はごめんなさい
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