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女王の追走歌  作者: あねこ
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「人間辞退計画」

大きくなったら何になる?

この質問になんと答えるか。人は誰でも幼い頃から問われるだろう。けれど同じ人であれ、歳を重ねるごとにその答えは変わっていく。変わらない人もいない事はないだろうが、それはごく稀だろう。あたしですらコロコロ変わったんだ、ケーキ屋さんやらアイドルやら絵本作家やら…どれだけ答えが変わっても、答えられるだけまだよかったのかもしれない。歳を重ねて知識を得る度に、「何かになりたい」から「何もなれないだろう」という理由で答えなくなっていくのだから。あたしもそう、いや、そうだった。

過去形だ。今ならはっきりとなりたいものがいえる。そして今、それになるのだ。あたしは、あたしは…


人間を辞めるのである。




熊本の上らへん、阿蘇。この計画のために交通費をコツコツ貯めて、市内からバスに乗って近そうな所で降り、雪景色を目に映す。雪は阿蘇くらいしか降らないし、積もらない。そしてこれは雪がないと出来ない事。早速山に向かって、出来るだけ人目のないところまで登り、雪の量が満足出来るか確認する。

「うん、ここかなり積もっとるね、今夜はすっごい降るっていっとったし、大丈夫そうたいね。」

あたしは持ってきたシャベルで穴を掘って、脱いだ服を一旦穴に詰めて土を被せ、穴に入り、雪を詰めた。冷た過ぎて全身が痛いが、目的のためなら全然耐えられる。このまま夜を待つ。バスが出発して一時間しない内に着いて、山を探したり登ったりで推測5時間、ならば今は16時は過ぎているだろう。体力も無いし、一日何も食べていないし、人間を辞めれるのも時間の問題だろう。安心して雪に身を委ねた。

傍からみればただの馬鹿かもしれないが、あたしは大真面目なのだ。そもそも、何故人間を辞めるなどと阿呆みたいな事をいうのか、と。一言で言うならば、「何もしたくなかった」からだ。まずはあたしの説明からしよう。

あたしは熊本の高校生、歳は17。2度目に「永遠の少女」と呼ばれる歳だ(ちなみに一度目は15)。「永遠の少女」は一年間だけ強くなれると言われてきたあたしは、逆に言ってしまえば一年しか強くなれない事に気づき、その間に一生分強くなるのは無理だと思った。強くなれば、目先の進路を考えるなど容易かっただろうに、生憎あたしが人間だったばっかりに、それは不可能だった。進路なんて考えたくなかった。勉強は大嫌いだから大学を目指すなんて夢のまた夢だし、それならば社会に出ても上手くいくなんてありえなかった。要は単純に勉強したくなかった、というより、頭を使いたくなかったのだ。大学も嫌で、就職も嫌で、じゃあニートにでもなって親のすねをかじり続けるのか、と問われるとそれも嫌なのだ。親に、いや、人に迷惑をかけたくなかったし、仮にそれを無視しようが、上の兄がかじるものをかじり尽くした為にできっこないのである。

となると、手段はただ一つ。「人間を辞める事」だ。何も「どうして自分は人間なんだろう」と考えていたのは今に始まったことじゃない。人間がとてつもなく無力なのは漫画でもアニメでもゲームでも学び尽くした。寿命だって短いし、魔法が使えるわけでもないし、なんかすごい力を持っているわけでもない。なのにどうして生きているのだろう、何故なんだかんだ成り立っているのだろうと疑問で仕方なかった。もし、自分が何でも出来る力を持ったなら、全人類の争いや憎しみや恐れを無にして欲しいものを欲しがる分だけ与えて怠惰で埋め尽くす。きっとそれが平和なのだ。

しかしそれは夢物語。人間を辞めるのとイコールするのは人間を超越する事に限らない筈だ、と思いついたのが、人間未満になる事。虫になって愛しい人の手の中にいるのも、土に還って大好きな人の靴底にいるのも悪くは無いが、それよりももっといいものがある。「液体」だ。…正しくは「水」だが。水になってしまえば、川にも海にも雨にも、そう、雪にもなれる。形は違えど同じ存在である「水」。その一部になれるならどれだけ幸せなのだろう、と。

水の中に飛び込むのは苦しそうだし、何より人目について葬式なんて挙げられたら溜まったものじゃないから、雪の中を選んだ。というわけだ。

外はとっくに暗くなっていて、山の中にいるはずなのに何処にいるかわからないくらいだ。

気付けば雪からの痛みも感じなくなっていて、音もしなくて・・・

あたしは起き上がった。何も聞こえない、おかしい。

起き上がったときにも音はするはずだ。しかし風の音も、その風で揺れる木の葉の音もしない。雪は音を喰らうというが、それにしたって雪が積もる音も、自分の呼吸や心臓の音もしないのはおかしい。

思えば痛みどころか寒さも暑さも感じない。もしかしてこんなに早く人間をやめることに成功したのか、と期待したが、手足の感覚はあるし、自分の声は出せるし、聞こえる。あたしは立ち上がって、歩いた。山はかなり険しいはずだが、真っ直ぐ歩ける。

「ここ・・・何処・・・?」

ポツリとつぶやくと、突然眩しく照らされた。重たい瞼をこじ開けると、そこには自分の背の何倍もある大男がどっしりと座っていた。赤い肌に鋭い眼。寝不足なのだろうか。すると貫くように視線をこちらに向けて口を開いた。

「我は閻魔大王。其方に処罰を与えよう。」

「嫌だ。」

即答した。当たり前だ。そんな自分が痛い目にあうようなものを与えますっていわれて喜ぶのは相当のドMだ。

「あー…そういうわけにもいかんのだ。」

「大人ってすーぐそがんこつばいうよねー、自分に都合がよくなるようにするってやつ?大体あたし何したよ?正直思い当たる所…ない…けー…ど?」

めっちゃある。とてつもなくある。

「最後らへん自信なさそうだったが…まあ言っておこう。」

「どうぞ」

「まず…万引きしたな?」

「うっ…」

事実だがこれは悪い事しようとしてしたわけじゃない。小学一年生のときにお金についてまだ全然わからなかったからコンビニで買い物をしたつもりでお菓子をそのまま持っていって食べてしまったのだ。親にはバレてない…!

「次にその年で男をとっかえひっかえ…」

「異議あり!断じてそれは違うぞ!!」

「処女を齢わずか11で失う?いくらなんでもこれは…」

「好きで捨てたわけじゃなかもん!!!」

あたしはその場で泣き出した。同情したのか、閻魔と名乗るおっちゃんは話を聞いてくれた。

小5、あたしは処女を「奪われた」。その年で彼氏を持っていたのだが、その彼氏に、だ。いきなり家に入ってきて服を脱がされ卒業式である。これ以上の悪夢はない。

「いや…それだけならまだしもほか数人も…」

「他も同様!!みんなあたしとセックスしたいがために近づいてきたの!!」

「しかし断らなかった其方も其方だろう?」

「うぐっ…!だって…その時のあたし馬鹿だったもん…」

「今も十分だと思うぞ。…それと、自殺だな。」

あたしは耳を疑った。

「あ?いつあたしが自殺したの?」

デカいおっちゃんは似合わないきょとんとした顔で言う。

「今さっきしただろう、でなきゃここに来なかっただろうに。」

「……まさか、「人間辞退計画」の事言ってるの!?あれは自殺じゃなくて人間を辞めるためにした事よ!?本来なら今頃あたしは液体になってるはずなのに!」

大きなため息をついて、彼は憐れむようにあたしをみながら。

「あのなぁ…人間が人間を辞められるわけがないだろう。ましてや液体になるなんて。人間は最期まで人間でしかないんだよ、そんな当たり前の事もわからないのか?」

「そんな筈ないもん!!機会人形が人の子を宿すなら、信じれば人間だって液体になれるもの!」

あたしは睨みつけながら叫んだ。それでも憐れむ目の色を変えずにあたしに言った。

「液体になる事は信じるのに、自分自身の他の可能性は信じないんだな。」

「は?意味わかんない。」

「………まあいい、とにかく処罰を与える。今から其方を生き返らせて元の世界に戻…」

「やああああああああああああだあああああああああ!!!!!」

突然駄々をこねたあたしに閻魔はぎょっとした表情を浮かべた。

「じぇっっっっったいっ嫌!あたし帰らない!!何のために計画を実行したと思ってんの!?ええ!?」

彼は困ったような顔をして、しばらく黙り込んだ。そして、何かを思いついたのかあたしと改めて視線を合わせて言った。

「…そうだ、其方に世界を与えよう。其方が自立して、考えて、その世界を守り続けるのだ。もし守れなかった時は、元の世界に戻す。これならどうだ?」

「……一個質問。その世界って、元からあるの?」

するとあっさりこう返された。

「いや、其方の意思で作り出される。」

自分で一から作った世界を自分の力で守り続ける。悪くない話だ。しかしそれだけで承諾するほどあたしの欲望は小さくなかった。

「一つ条件がある。あたしに何でも出来る力を頂戴。もうほんとになんっでも出来るやつ。」

「いやそれはちょっと…」

「タダで貰おうとか思ってない。あたしの名前と、あたしの寿命と、あたしが生きていた世界で感じるはずだった幸せ全部をあげる。」

「なんだと!?」

「あたしね、もうあっちに行きたくないの。だから自分の理想郷を守るためならなんだってあげてやるわ。それとも…足りないの?」

閻魔は「ぐぬぬ…」と唸ると、一息ついて言った。

「いや、多すぎる…」

「じゃあ釣り合うようにあたしの願い叶えてよ、エロじじい!」

「エロ…っ!?……わかった。では想像せよ、其方の世界を。」

あたしは脳内で理想郷を広げると、いつの間にかその世界に立っていた。

赤いレンガの道、建ち並ぶお店、澄んだ空気。

喜ぶのはまだ早い。自分の世界を手に入れたとはいえど、何も出来なきゃ意味が無い。騙されてないといいのだが…まずは試しに自分の容姿を変える。近視を治し、その眼球を鮮やかな紫色にして、肌を陶器のように白くして、髪を酸化鉄色にする。光が当たった所だけ、熱くなった鉄のように真っ赤になるのだ。あとはずっと気にしていたおっぱいを大きく…できない。何故だ。

ここまでちゃんと出来たのに何故だ。何が起こってるんだ。

「なんで…おっぱいが大きくならない…!あのクソ変態ジジイ騙したな!!」

「騙してなどはおらぬ…」

いきなり声が降ってきて反射的に身体がびくっとする。声の元をたどると、どうやら空からのようだ。なんてベタな。

「言うのを忘れておったが…身体の形を変えることは我にも出来ないのだ…」

「はぁーっ!?世界を与えることは出来るのにおっぱい大きくするのは無理なの!?わけわかんない!!あぁ!あんたが貧乳好きだからか!なるほどね!!」

「違う!!!」

「んー…まあでもそれ以外の事は出来たし…一応騙してはないみたいだけど…。」

それでもやっぱり大きいおっぱいが欲しかった。牛乳飲まねば。

牛乳飲めば全て解決というし。

気を取り直して、あたしは赤いロリータを身に纏った。ロリータisジャスティス。これからあたしは、この国の女王になる。

決める事だって沢山あるだろう。これは一番最初の決まり事。

「この世界の名前…もう決めてる。ここは…『空想界』!!」

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