〜第9話〜アイドル新人王戦
「やっぱり、『モーちゃん』がいいかなあ」
ショックシアターの床にぺたりと座った龍子が言った。
「………」
同じく床にぺたりと座った、ブレザー姿の孟姫は怪訝な顔を浮かべている。
「うーん、でも『モーちゃん』ってゆったりとした感じないからなあ、すんごいキリッとしてるし。『馬場ちゃん』かなあ」
セーラー服姿の張花が言う。
「私は、中間とって『バモちゃん』かなあ」
ブレザー姿の美羽が言う。
「美羽、『バモちゃん』はなんか違うような。どことなく中南米っぽい」
「いや張ちゃん、その中南米っぽいっていうのわかんないから。……バモちゃん自身はどれが一番いい」
「……全部ダメ」
孟姫が毅然と言ったので、3人は一斉に眉を歪めた。
「そんな変な呼び方しないで、普通に『孟姫』って呼び捨てで呼んでくれ。いくらアイドルになったからって、そんな変な呼ばれ方をすることを許した覚えはない」
「……そうかあ」
3人はしょんぼりと顔をうつむかせる。
「……ところで、プロデューサーはどうしたんだ?」
孟姫が聞く。
「孔明さんですか?今日はまだ来てないみたいだけど」
「……急かすわけではないんだがな。プロデューサーがこれから私たちをどうするつもりなのか。その指針を聞いておきたい」
「そうだなあ。やっと4人になったんだから。そろそろこのショックシアターにも人を集めたいよなあ」
張花も同意した。
と、ここではかったように孔明が、扇子で扇ぎながら劇場に入ってきた。
その後ろにはショックプロダクション社長の玄野もいた。
「皆さん、突然ですがお伝えしたいことがあります」
身構える4人。孔明は4人にチラシを見せた。
「……アイドル新人王戦?」
「新しいアイドルのいちばんを決める大会ってこと?」
美羽と龍子が反応する。
「ええ、来週にこの大会がありますのでエントリーしてきました。皆さんに4人で出ていただこうと思いまして」
孔明がにっこりと言う。
「ええっ、来週!!」
美羽が驚く。そして張花が言う。
「……孔明くん。私この大会知ってるけどさあ。これってホラ、もろに【ギャラクシープロダクション】主催のやつだよね」
張花はチラシの主催の文字を指さす。確かにそこには、アイドル業界を牛耳るナンバー1プロダクションである【ギャラクシープロダクション】のロゴがある。
「この大会って、表では事務所所属無所属不問で参加できる大会だけどさあ、実際はギャラクシープロ所属のコしか出ない大会だよねえ」
張花の言葉に玄野も答える。
「ええその通りです。ですので、ギャラクシープロでない私たちが出ても審査員は誰も私たちに票を入れないでしょう。私もそう孔明さんに伝えたのですが……」
玄野の目線の先の孔明は涼しい笑顔を浮かべている。
「まぁ、皆さん。何はともあれ、大きな会場でパフォーマンスをするチャンスです。結果はともあれただここでレッスンをしているよりはいいでしょう」
「龍子は賛成!!」
孔明の言葉に龍子が手を挙げる。そして、静かに孟姫も息を吐く。
「私も賛成だ。少しでも人前で踊りたいからな」
美羽も張花も、「もちろん私たちも」と同意をしたので、全会一致で参加が決まった。
玄野はその様子を見ながら、先ほどとの孔明との会話を思い浮かべていた。
「しかし、こんなことをしてギャラクシープロに睨まれないでしょうか?」
心配そうに言った玄野に孔明はこう返した。
「今の段階で我々ショックプロは、睨まれる対象にすらなっていません。むしろ、我々を少しでも気にしてくれるようにならなければ困ります」
孔明はこう言って、アイドル新人王戦の参加をあくまで主張した。
玄野も孔明の自信満々の様子に、その策を受け入れたのだった。
「ねぇ孔明さん。そういえば、私たち4人になったんだから、新しいユニット名を考えないと」
美羽がハキハキと言う。
「そうそう。【flower feather】は私と美羽ふたりのユニット名だしな」
「龍子、考えるよー」
「いや、私も考えたい」
「それなら私も」
「3人の考える奴はちょっと……」
ノリノリの3人に、気が乗らない孟姫。
「ああ、もうエントリーは済んでいるのでユニット名は考えておきました」
孔明がこう言ったので3人は少しがっかりしたが、同時に孔明が考えるユニット名に少しワクワクもしていた。
◇◇◇
横浜パシフィックホール。
アイドル新人王戦を観に、多くの観客が訪れていた。
今回のアイドル新人王戦は、ソロ部門に21人、ユニット部門に18組が参加していた。
ソロ部門の21人中20人がギャラクシープロ所属、そしてユニット部門の18組中17組がギャラクシープロ所属であった。
まだ出だしたばかりの新人アイドルたちの初々しいパフォーマンスを見ながら、ギャラクシープロ社長、曹田操次郎は微笑んだ。
今年も、アイドル新人王戦に出てくるアイドルたちはレベルが高い。
我がギャラクシープロのスカウトと育成が上手くいっている証拠だろう。
曹田のギャラクシープロは圧倒的な資金力を使い、日本各地から、これはというアイドル候補たちを発掘している。
「ただ、才能のあるものを求める」
と糸目をつけずにスカウトをした結果、今の巨大なギャラクシープロの豊富なアイドル陣がいる。
そして、その陣容は今年も衰えることなく、さらなる成長をしていくであろうことが、この新人王戦を見て感じとれた。
「続きましてはエントリーナンバー11番、【4人組】です」
そう会場にアナウンスが流れた。
曹田は最初はなんの気なしに、その新人ユニットたちのパフォーマンスを見ていたが、しばらくして急に立ち上がったので、隣にいた秘書がギョッと驚いた。
「社長、どうなされたのですか?」
「……彼女たちの名は何と言う?」
曹田は興奮しながら聞いた。
その4人たちのパフォーマンスは見事だった。1人は本職のダンサーかと思うほどダンスが上手く、1人は見た目が小学生だが、小学生と思えないほど大人びて胸に染みる歌声を出し、1人はスタイルが良く弾けるようにイキイキしており、1人は見るものすべての心を吸いつける抜群の笑顔を持っていた。
4人が4人、凄まじい才能を持っているのは、才能を見抜く力が人一倍ある曹田の目から見て明らかだった。
今回の優勝は決まった。そしてこれからは彼女たちを全面に押し出して売っていこう。そう曹田は決めた。
「……ええと、彼女たちは【4人組】というユニットらしいのですが」
「そのまますぎるネーミングだなあ。もっと彼女たちにふさわしいキラキラ光り輝くユニット名にせんと売れんぞ。プロデューサーはいったい誰だ?荀野か?郭井か?昱島か?」
「……それが、彼女たちは、わがギャラクシープロ所属ではありません」
「な、何っ……!?」
「……そのどうやらショックプロダクションという……聞いたこともないアイドルプロダクションからのエントリーです」
「……何……だと……」
曹田は拳を握り。ドンと肘掛けを叩いた。