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〜第8話〜決戦の火曜日後編

 孟姫はダンスを愛していた。

 口下手で無愛想な孟姫は昔から人とのコミュニケーションが苦手だった。

 そんな孟姫が出会った唯一のコミュニケーションの方法がダンスだった。

 しなやかにリズムに乗って精密に身体を動かすと、人が自分に歓声を送ってくれることがわかった。

 そして努力を重ね、さらに動きを精密に、さらに動きを速くしたとき、その歓声は比例して大きくなっていくことがわかった。

 自分が積み重ねた技術に応じて見返りがくることが孟姫は快感だった。

 だから彼女は、中途半端な技術が嫌いだった。それが自分でも、他人でもだ。

 自分の技術が常に昨日より上であるために努力を惜しまなかった。

 そして中途半端な他人が勝負を挑んできたとき、彼女は全力の技術でそれを叩き潰した。

 第2ラウンド1ムーブ目。

 だから彼女は全力で美羽と張花を叩き潰しにいった。

 1ラウンド目で彼女たちの技術力を見切った孟姫は、誰の目にも実力差が明らかになるように、ステップの速さと正確さを見せつけるダンスを選択した。

 あがる歓声。

 これだと孟姫は思った。絶対なる技術力の戦い。

 これこそがダンスだと。

 2ムーブ目60秒間を孟姫は踊りきった。

 オーディエンスの歓声がやまぬ中、ターンは変わろうとしていた。


「いくよ」


 孟姫の耳にもその声は聞こえた。

 そして、それは孟姫にとってとても意外な光景だった。

 美羽と張花は笑顔だった。

 それも、意地や虚勢ではなく……。

 彼女たちのダンスが始まる。彼女たちのステップは先ほどよりも速い、あくまで孟姫のペースに合わせている。

 馬鹿なと孟姫は思った。

 さっきこれよりも遅いリズムで、もう彼女たちはついてくることができなかったはずなのになぜ…………。

 美羽と張花は笑顔で、高速のステップを踏んでいる。

 美羽の膝小僧には、先ほどの痛々しい傷が見える。でも、彼女は全くそれを感じさせない。

 そんな彼女たちを見て、オーディエンスたちはこの日一番の歓声を上げた。

 何で……、彼女たちの技術は遥かに私に及ばないのに……、何で…………。

 孟姫は愕然とした。

 それを俯瞰する孔明。彼はそっと呟いた。


「馬場さん、あなたは舐めていたんですよ、アイドルとしての関さんと飛田さんを。もっともそんな自覚はなかったでしょうが」


 孟姫の頭にあるのは、ダンスの技術の勝負だけ。それならば美羽たちは遠く及ばず、問題にならない。それは全く正しい。

 けれど、そこにアイドルとしての彼女たちのパフォーマンスがある。


「……その力の強さをまるで理解していなかった。そこがあなたの隙ですよ」


 例えその動きに多少のほころびがあろうとも、多少音が外れても、美羽と張花の笑顔溢れる動きは、観客たちにエモーションを与えた。公園中が生きもののように息づいている。

 孟姫はあることに気づいた。そして胸に手をやった。


「……何……これ……?」


 彼女の心臓は今までにないほど弾んでいた。ドクンドクンと音を立てていた。

 認めたくなかった。けれど認めるしかなかった。

 孟姫は美羽たちのダンスに心が踊っていた。

 そして美羽たちの1ムーブ目が終了した。

 大きな拍手の中のターン交代。

 孟姫はそこに淡々とではなく、跳ねながらステージの中心に立った。

 そしてMCのコールを待たずに踊り始めた。


「……オイオイ」


 常連の観客はすぐに異常に気がついた。そしてその気づきは波のように伝播していく。そして大きなざわめきとなった。


「孟姫……笑ってる…………」


 ほとんどの人間が初めてそれを見ていた。笑顔で踊る馬場孟姫。

 正確なリズムと動きではなく、まるで子どものような、飛び跳ねたくて仕方がないステップ。

 ざわめきはいつの間にか巨大な歓声に変わっていた。

 気持ちいい……気持ち良すぎる……、何だこれ……。

 孟姫は初めて出会った。自分が今までしてきたのとは全く異なるダンス。そしてそれは、とてつもない大きな力を持っている。

 このままずっと踊っていたい……。

 孟姫はそう思いながら、思いっきり飛び上がった。



◇◇◇



 公園は、先ほどの熱狂が嘘のように静まりかえっていた。

 もう全ての機材が片された、ステージだった場所に孟姫はひとり立っていた。

 そして彼女はずっと宙を見つめていた。


「……帰らないのですか?」


 そう声がしたので、孟姫はそちらに目をやった。

 扇子で仰ぎながら、孔明が現れた。


「…………」


 孔明を睨む孟姫。孔明はそっと頭を下げた。


「いやあ、勝負は我々の完敗です」


 孔明はそうしみじみと言った。

 2ラウンド目2ムーブ目の孟姫のダンスは最高のモノだった。惜しみない歓声と惜しみない拍手。そのあと、美羽も張花も笑顔で踊ったが、もうすでにオーディエンスたちは孟姫に心を奪われていた。

 そして、勝負は孟姫の圧勝で幕を閉じた。


「ですので……もう二度とここには現れません。これでよろしいでしょうか」


「……何なの?あのコたちの力」


 孟姫が聞いた。


「あんな力知らなかった。こんなに皆の……そして……私の心を動かすなんて……」


 孟姫は胸の前でグッと拳を握る。


「知りたいですか?あの力が何なのか?」


 孔明は笑う。


「そして、欲しくありませんか、あの力?」


 そう言って孟姫を見つめる孔明。孟姫は少しだけ考えて、そして言った。


「わかった。私をあんたの仲間にして」


 孟姫の目はじっと孔明を見つめる。


「私もその力、欲しいから」


 その言葉を聞き、孔明は深くうなづいた。


「孔明さーーん」


 誰かが走ってくる。孔明が振り向くと、そこには龍子がいた。


「孔明さん、どこ行ってたの?美羽ちゃんも張花ちゃんも孔明さんのこと探してたよ」


「……すみません」


 孔明がふと後ろを見ると、孟姫の姿は消えていた。


「すっかり遅くなってしまいましたね。雲井さんは家に帰らなくていいんですか?」


「ん?大丈夫、今日はママに遅くなるって言ってきたから」


「それならば、何か一緒に食べましょう。関さんも飛田さんと合流して」


「え、やったーーー!!龍子ラーメン食べたーい」


 龍子が飛び跳ねる。


「そういえば、雲井さん。いいお知らせがあります」


「ん、何?」


「馬場さんが私たちの仲間になります」


「……え、すごーーーい!!やったーーーーー!!」


 龍子は先ほどよりも大きくジャンプした。


「でも何で?勝負負けたのに…………」


「雲井さん、そういえばさっき聞きましたよね。何か『策』があるかと」


 孔明は扇子をぱちんと鳴らす。


「孫子という書物の中に、『上兵じょうへいぼうつ』という言葉があります。ふふふ……雲井さん、難しい話はしないので嫌な顔はしなくて大丈夫ですよ。要するにこれは、戦わないで目的を達成することが一番いい、ということなのですが、実はそれよりももっといいことがあります。何だかわかりますか?」


「え?何?」


 龍子は考えてもわからないので聞いた。


「負けて目的を達成することです」


 孔明は茶目っ気のある笑顔でそう言った。

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