〜第7話〜決戦の火曜日前編
火曜日。対決の日。
どこから噂を聞きつけたのか、公園にはいつも以上に人が集まっていた。
仮設ステージの脇では、普段とまるで変わらない様子でストレッチをしている孟姫、そして反対側の脇には、緊張の面持ちをした美羽と張花がいた。
遠巻きにコンクリートの淵に腰をかけながら見ているのは孔明と龍子だった。龍子は聞いてみた。
「美羽ちゃんと張花ちゃんがちがち、だいじょうぶかなあ……」
心配そうに言う龍子。その横で孔明は扇子で涼しそうに扇いでいる。
「ねぇ孔明さん。孔明さんはすごくよゆーそうに見てるけど、もしかして美羽ちゃんたちが絶対に勝てる策があるってこと?」
龍子が孔明に聞いた。
「策……ですか……。あると言えばありますし、ないと言えばないですね」
「……ん?」
龍子は首を傾げる。
「まぁ、ひとつ言えることは、私は勝ち目のない喧嘩は絶対に仕掛けない、ということです。まぁ雲井さん。勝負はさて置いて今日のステージはきっと『見ていてよかった』と思える素晴らしいステージになるはずです。我々はそれを見届けましょう」
「そうだね。龍子、きっちり見る」
龍子は体を乗り出して目を見開いた。
◇◇◇
時計が午後6時をまわった。
仮設ステージの上で、美羽、張花と孟姫が相対した。孟姫がさらさらと説明を始める。
「ルールは、1ムーブ60秒でお互い2ムーブずつの3ラウンド制。ミュージックは知り合いのDJに来てもらっているから、私にもわからないようにランダムにシャッフルして出してもらう。ジャッジは1ラウンドごとにオーディエンスに判断してもらう。あ、心配しないで、ここは私のホームだからそれは考慮して、オーディエンスの声はそっちに上乗せして判断するから」
「いや、それはいいです」
「え?」
きっぱりと言う美羽に、孟姫は少し驚く。
「これは真剣勝負ですから。ちゃんとお客さんの声がこっちが小さいときはこっちの負けでいいです」
「そう。その通り。変に遠慮なんてしてもらわなくてだいじょぶだから」
張花も美羽の意見に同意する。
孟姫は、意外に骨のあるふたりの態度に感心していた。
続いて、コイントスにより、第1ラウンド先攻と後攻を決める。表が出たので決定権は孟姫に。そして彼女は先攻を選んだ。
DJが音楽をかけ、オーディエンスの歓声とともに勝負は始まった。
最初の曲はオーディエンスのノリに合わせるように陽気なリズムが流れる。
孟姫は涼しい顔のまま、軽やかにステップを踏んでいく。そのステップは曲の盛り上がりとともに速度を増していく。
孟姫のステップに合わせるように歓声も上がっていく。孟姫は凄まじく速いステップを60秒間ふみ続けた。最初のムーブを終えたとき、孟姫は汗ひとつかいていなかった。
◇◇◇
「いくよ」
小さな声で美羽がつぶやき、張花がうなづいた。
陽気なリズムに合わせるように彼女たちも思い切り笑顔になった。
ふたりはその笑顔で、孟姫がふんでいたような素早いステップをふんだ。
これにはオーディエンスも沸いた。彼女たちを少しバカにするように見ていた者たちも身を乗り出した。
「美羽ちゃんも張花ちゃんもすごーい!!」
龍子が歓声を上げた。横にいる孔明は頷いた。彼女たちはこの一週間、朝も夜もずっと踊り続けていた。あれくらいは当然できると。
さすがに彼女たちは息を乱したが、ふたりとも60秒を孟姫並みのスピードでステップをふみ続けた。もちろん孟姫のような洗練された身体の動きはなかったが、それでも笑顔でやり通してみせた。
だから60秒を終えた瞬間、オーディエンスは大きな歓声でふたりを包んだ。
ハイタッチをする美羽と張花。
この場で冷ややかな顔をしているのはただひとり、孟姫だけだった。
孟姫の2ムーブ目が始まる。そして、オーディエンスたちは息を飲んだ。
「……はええ」
何と孟姫は、1ムーブ目よりもステップのスピードを上げた。
トンボの羽のように高速で動く彼女の脚。それでいて正確にリズムを刻み続ける脚。
いつの間にか、皆黙って彼女のダンスを見つめていた。
寸分の狂いもなく動き続ける脚。
そして、60秒が過ぎ、シュタリと孟姫が脚を止めた瞬間、どよめきのような歓声が起きた。
「ま、まじでえ……」
張花は冷や汗を流している。その横をまだ涼しい顔のままの孟姫が通る。
そして、美羽たちの2ムーブ目が始まった。
「いくよ」
美羽は1ムーブ目と同じ言葉をつぶやいた。張花もきりりとした表情を取り戻し、「うん」と頷いた。
2ムーブ目、彼女たちは孟姫と同じ速さのステップを踏みはじめた。
「マジか」という声が飛ぶ。
誰が見ても無謀な意地の張り合いに見えたが、彼女たちはあくまでそれを選択した。そのことに迷いはなかった。
笑顔を浮かべて必死に脚を動かし続ける。
オーディエンスたちはそれをじっと見つめる。彼女たちの脚が軋んでいるのは皆に明らかだった。
そしてとうとう、美羽の脚がもつれ、彼女は転んだ。
「美羽っ!!」
張花が叫ぶ。
「いいから、張ちゃん続けて」
そう言って立ち上がり、もう1回ステップをふみ始めるが修正は効かない。そのまま60秒が過ぎてしまった。
◇◇◇
「それでは1ラウンドのジャッジです」
進行役のDJが叫ぶ。
「まずは先攻、孟姫ーーーっ!!」
オーディエンスからの大歓声が起きた。
「そして後攻、美羽アンド張花ーーーーっ!!」
ぱらぱらと歓声と拍手が聞こえる。
第一ラウンドは完全な孟姫の勝利だった。
「孔明さん、これ、どうなっちゃうの……」
龍子は心配そうに孔明に聞く。すました顔の孟姫に対して、息を切らし肩で息をする美羽と張花。
美羽にいたっては、先ほどの転倒でタイツの膝の部分が破れていて、血が滲んでいる。
孔明は、扇子で口元を隠しながら微動だにしない。
「じゃあ、2ラウンド目の先攻後攻決めようか」
孟姫はそう言ってコインを投げた。コインは表、孟姫が先攻後攻を決めることができる。
「先攻で……」
孟姫は再び先攻を選んだ。
息つく暇もなく第2ラウンドが始まる。2曲目もテンポの速い曲。張花は正直マズイと思った。
そして、さらにオイオイと思った。
孟姫が、1ラウンドの2ムーブ目よりも速くステップをふみ出したからだ。