〜第6話〜決戦の前に
水曜日。
ショックシアターのステージでは、キュッと靴とフロアが擦れ合う音が鳴り響いていた。
美羽と張花がふたり、汗を髪の毛から振りまきながら踊っている。
ダンストレーナーはすでに帰ってしまったが、自主練は終わる気配がない。
ダンスミュージックが鳴り終わると、ふたりはぜえぜえと息をついた。
張花にいたっては、その場に座りこみ、ぴたっと床にお尻をつけた。
そしてぱちぱちと拍手が鳴った。
「いやあ、関さんも飛田さんも、すごく気合が入っていますね」
そう言って現れたのは孔明だった。
「……こらこら孔明くん、誰のせいで頑張ってると思ってるんだい」
張花はじっとりと孔明を見ながら言う。
「いやあ、あのときはびっくりしましたよ。あんな天才的にダンスが上手い人に勝負を……しかも一週間後に勝負を挑むなんて……」
美羽が言う。
「まぁ、了承いただいたみたいですし、よかったでしょう」
孔明はふふふと笑う。
「……アレ、了承っていうのかなあ」
張花は天を見上げる。
あのとき「……そして、私たちが勝ったら、馬場さんは私たちのなかまになる。それでどうでしょうか?」と言ったあと、孟姫は何も言わずに孔明たちから視線を外した。
「……ふふふ、馬場さんは自らのダンスに絶対的な自信を持っています。誰であれ、その挑戦を拒むことはないでしょう」
「……でも孔明さん、そのぉ、やはり私たちふたりがあんなすごい人に……」
「勝てる自信、ありませんか?」
「……いや……その……」
「なぜ私が馬場さんに勝負を持ちかけたか、それは勝算が十分にあるからです。私は勝ち目のない策などたてることはありません」
あまりに自信たっぷりに孔明が言うので、美羽も張花も「そうかなぁ」と胸に自信が湧いてきた。
「孔明さーん、やりましたーーー。お母さんもお父さんも、龍子がやりたいならいいって言ってくれましたーーーー」
元気な声がショックシアターに響いた。
Tシャツにデニムのショートパンツという格好で、龍子がやってきた。
「それはそれは、これからよろしくお願いいたします」
孔明が手を差し伸べると龍子はえへへと笑いながら、手を両手でぎゅっと握った。
「龍ちゃん、私もよろしく」
「私もねー」
その手に美羽と張花も手を重ねた。
◇◇◇
木曜日の夕方、孔明は一人、あの公園にいた。
スピーカーを置き、入念にストレッチをする孟姫。
孔明の姿を見つけた彼女は、なんと彼女から孔明に近づいてきた。
「何しにきたの?」
「敵情視察です」
「……ずいぶんとダイタンに言うねえ」
孟姫は呆れながら言った。
「というには冗談で、本当は馬場さんのダンスのファンだからです」
「……ナニソレ。そっちの方が冗談に聞こえるんだけど」
「正直、馬場さんのダンスは、幼き日に見た貂蟬の舞に匹敵するかそれ以上だと思っております」
「そのチョウセンってダンサーの人は知らないけど、まぁ褒めことばはありがたく受け取っとくよ」
さっぱりと孟姫は言う。
そして彼女は軽くステップを踏む。準備運動のためのステップであるが、しなやかで美しい動きを描き出す。
「それです、とても美しいです」
孔明はぱちんと扇子を鳴らす。
「……さっきから、褒め殺す気?」
ステップを止め、けげんな顔で孟姫は言う。
「だからどうしても馬場さんを我がショックプロダクションに入れたいのです」
「……お断りします……って前に言ったよね」
「なぜですか?前にも言ったように馬場さんのダンスをもっと活かしていける場所だと思いますが」
「でも、あんたたちアイドル事務所でしょ」
孟姫はキリッと孔明を見た。
「別にアイドルをバカにしている訳じゃないよ。アイドルも立派なパフォーマンスだと思う。……でも、私には関係ないものだよ……それは……」
一度は止めたステップを孟姫は再び踏み出す。
「私は孟姫さんのダンスをもっと多くの方に見てもらいたいと思っています」
「お客さんなら、もう十分いるよ。ホラ」
気がつくと、孔明の後ろには、孟姫のダンス目当てに集まった数十人の客たちが集まっていた。
「さぁ、話はここまで。帰ってくれるかな」
「……最後に1つ予言を」
孔明は扇子を差し出す。
「……予言?」
「来週の火曜日、馬場さんは私に言うでしょう。『私はアイドルになる』と」
「…………へぇ〜」
過激な挑発ともとれる孔明の言葉に対し、孟姫はもはや、面白さすらこみ上げてきた。
そんなあり得ないことが起こったら、世の中面白すぎるね、と。
「……楽しみね」
孟姫はそう言って、ダンスパフォーマンスを始めた。
今夜も彼女はギャラリーを思いっきり熱狂させた。
孔明はそれを、ずっと微笑みながら見ていた。