〜第3話〜天下三分の計
ショックプロダクションの劇場は、住宅街の中にあった。
劇場は、普通のマンションの地下にあり、知っている人でなければそこに劇場があるなどと誰も気がつかないだろう。
孔明が階段を降りていき、劇場の扉を開けると美羽が出迎えた。
「孔明さん、【ショックシアター】にようこそー」
美羽はにこやかに言う。
「どうも、関さん」
孔明は礼をしながら劇場を見渡す。小さなステージ。オールスタンディングで100人はいるかどうかというスペース。脇にパイプ椅子が積み上げてあった。
「なるほど」
孔明は呟く。
「えへへ、小さい劇場ですけども私はお客さんとの距離が近くて好きな場所です」
美羽は言う。
「おーーい」
突然ステージから、声が聞こえた。
ステージの奥から女の子の声が聞こえた。
「あっ、張ちゃん」
美羽が声をかけると、ステージ奥からデニムのミニスカートをはき、髪の毛を軽く茶色に染めた女の子が現れた。
「ようこそーショックシアターに。私はアイドルの飛田張花でーす。よろしくー」
ステージに立った女の子はそう名乗った。そして、孔明に近づくと屈んで頭をさわった。
「キミが孔明くんかーー。思ったよりちっこくてカワイイねーー」
無表情の孔明の頭を張花はなでなでし続ける。
「ちょっと、張ちゃん、私たちのプロデューサーになる人に失礼すぎるよ」
美羽は慌てて言う。
「でもカワイイんだもーん。美羽も触ろう、髪の毛さわり心地いいよー」
張花はなでなでをやめない。
「どうもはじめまして、田中孔明です。皆さんのプロデューサーになることになりました。若輩者……というよりこんな子どもにプロデューサーを任せるのは不安しかないでしょうが、よろしくお願いいたします」
なでなでをされたまま孔明は言う。
「えへへ、ちっこくてカワイイけど、めちゃくちゃデキる人って聞いてるよー。私も美羽も少しでもお客さんに喜んでもらえるトップアイドル目指して頑張ってる。年上だなんて気にせずどんどんやりたいことやっちゃいな」
張花は真面目な眼差しになって言う。
孔明は思った。見た目のゆるさと違って、根に熱いものを持った人のようだ。良かったと。
「よっと」
張花はステージから降りると、ぎゅっと孔明を抱きしめた。
「でも、今は……カワイイから好きなだけ抱かせてねー」
「ちょっと張ちゃーん」
孔明の頭はちょうど張花の胸あたりに押しつけられている。
さすがの孔明も少し赤面した。
◇◇◇
「孔明さん、いらっしゃっていたんですか」
玄野が近寄ってくる。
「玄野さんどうも。ここはなかなか良い劇場です。飛田さんも、心根の優しく根性のあるアイドルのようで頼もしいです」
いやはやと玄野は恐縮する。
「プロデューサーを任されて、私なりにショックプロダクションの目指すべきものを考えてみました」
孔明はポケットから扇子を取り出し、それを広げて仰ぎながら語り始めた。
「アイドル界について色々と調べましたが、現在のアイドル界で最も大きいプロダクションは【ギャラクシープロ】ですね」
【ギャラクシープロ】。
秋葉原に巨大な劇場を持ち、アイドル界のほとんどを手中に収めているプロダクションだ。
「そうです。いつの間にか、どのグラビア雑誌も、どのテレビ番組も、ギャラクシープロのアイドルばかり見かけるようになりました。ギャラクシーさんは、資本力が圧倒的なだけでなく、アイドルの育成もものすごく上手い。私たちが見習っていかなければならないプロダクションです」
「次いで、【GOプロダクション】がありますね」
【GOプロダクション】。
ギャラクシープロダクションをライバル視する業界2番手。中野に劇場を持ち、今のところギャラクシープロダクションには劣るが、個性的なアイドルを何人も輩出しており、根強いファンも多い。
「ええ、GOプロさんのライブの盛り上がりはすごいですからね。やはり私たちが見習わなくてはならないプロダクションです」
「……今アイドル界は、この2つのプロダクションを中心にまわっていて、他は有象無象。3番手と言えるプロダクションは今のところありません」
「はい。その通りですね」
「ではなりましょう3番手に」
「はいっ!?」
玄野のギョッとした声を出した。
「……そんな大それた」
「大それたことではないと思います。というより、そうならなければショックプロダクションはジリ貧で、彼女たちの、トップアイドルになる夢は永久に敵わないでしょう」
孔明はぱちんと扇子の音を鳴らし、美羽と張花を見る。そして続ける。
「ショックプロダクションを、ギャラクシープロダクションやGOプロダクションに匹敵するプロダクションにする。これが私が考えた『天下三分の計』です」
『天下三分』。
その言葉を聞かされた玄野はボーッと、キツネにつままれたような顔となった。
玄野のぽかんとした顔を見て、孔明は笑って言う。
「はははは、でも今はそれは遠い目標です。とりあえずはこの劇場をいっぱいにするところから始めましょう」
孔明がこう言うと、玄野も肩の力が抜けたように笑った。
「……玄野さん。それでは、関さんや飛田さんの他のアイドルたちも是非紹介していただきたいのですが」
「…………あの、それなのですが」
玄野の表情は曇る。
「…………うちのアイドルは、美羽くんと、張花くんの、ふたりだけなのです……」
「………………………………。…………なるほど」
孔明はしばしの沈黙のあと、悟ったようにつぶやいた。