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〜第13話〜1stステージ、ただひとりの観客

 ……これって

 美羽は愕然として立ちつくした。自分の見間違いなのだろうか。観客席には誰1人姿が見えない。

 一曲目のBGMが流れている。本来なら美羽が1フレーズ目を歌いだすタイミングだ。

 けれど美羽は歌えない。喉が凍りついている。ただBGMが場違いに鳴り続けている。

 美羽……

 張花は促そうとするが、彼女自身も強いショックを受けているためアクションを起こせない。

 それは龍子も、孟姫も、黄子も同じだった。

 彼女たちは華々しい初ステージに、無言で凍りついていた。

 しかし、美羽は息を大きく吸った。前を向いた。そして歌声を出した。

 その声に他の4人も続いた。何とか前を向いて気をとりなおした。

 誰もいない会場で、5人の声が響いた。



◇◇◇



 音響ブースで立ちつくす玄野。彼には珍しく荒々しい声をあげた。


「なぜだ。どうしてひとりも観客が来ない」


 前にいる孔明は静かに言う。


「ギャラクシープロです」


「……何」


「ギャラクシープロが徹底した妨害工作を行ったんですよ。ホラ」


 孔明は玄野にスマートフォンの画面を見せる。

 そこにはTwitterのつぶやき一覧があり、『ショックプロダクションはアイドル界を破壊しようとしている』『悪魔のようなショックプロダクション』『ショックプロダクションは女の子やアイドルファンを騙し、金儲けをしている』『ショックプロダクションのライブには絶対に行かない』とあった。


「さすが、ギャラクシープロ。ネット界の言論統制もできるんですね」


「孔明さん。感心している場合じゃありません。だから。ギャラクシープロに喧嘩を売るべきではなかった」


 玄野は叫ぶ。が、孔明はすました顔を続ける。


「……そろそろ観客が1人、来てくれると思います」


「……え?」


「是非来たいと、おっしゃっていたので」

 孔明は静かに扇子で扇いだ。



◇◇◇



 誰もいないショックシアター。

 コールもなく、ペンライトもなく、歓声ひとつない会場。

 美羽は何とか必死にステージを続けた。

 孔明さんがつくってくれたステージ。それを壊したくないと。

 だが、その想いも、この情景が引き裂きつつあった。


 ギィ


 ショックシアターの扉が静かに開いた。

 明かりがショックシアターに差し込む。

 コツンコツンとヒールの音が鳴る。

 上下紺の、高級スーツを着こなした美人が颯爽と歩く。

 その女性は前髪をいじりながら、ショックシアターの一番後ろの壁に背中をつけた。

 誰?

 美羽は謎の女性客に目を丸くした。が、同時に美羽の目に生気が戻った。

 それは他の4人も一緒だった。

 やっと現れたはじめてのライブのお客さんに、精一杯のパフォーマンスを見せた。



◇◇◇



「皆さん、今日は私たちのライブを楽しんでくれてどうもありがとうございました」


「また、いつでもここに来て、私たちと一緒に楽しんでくださいね」


「それじゃあ皆さん、また今度」


 にこやかに手を振る美羽たち。そして彼女たちは舞台袖へと姿を消していく。

 やがて会場に電気がつき、暗かった会場が明るくなった。

 たったひとりの観客だった女性は、明かりがついたあとも背中を壁につけたまま動かなかった。


「楽しんでいただけましたか」


 彼女に声をかけた者がいた。孔明だった。

 女性はちらりと視線だけを動かして何も言わない。孔明はふぅと息をつき、彼女の横に並び壁を背中につけた。


「わざわざ電話でお問い合わせまでいただき、脚をお運びいただきありがとうございました。大変ありがたかったです。孫堅美そんかたみさん」


「……何、興味があっただけだ」


 孫堅美と呼ばれた女性はぶっきらぼうに答えた。


「ご期待には添えましたか?【GOプロダクション】の社長のお眼鏡に叶うような」


 女性は孔明の言葉に答えず、ポケットを漁ってタバコを取り出した。


「この中、当然禁煙よね」


「はい」


「そう……」


 孫堅美は、タバコを片手に出口へ向かう。

 彼女は3歩歩いたあとにぼそりと言う。


「まだまだよ全然。正直私たちのつくっているライブには到底及ばない」


「……手厳しいお言葉ですね」


「これ」


 孫堅美は、突然孔明に名刺を差し出す。そこには中野にあるGOプロダクションの劇場の住所が書かれていた。


「一度あのコたちをよこしなさい。勉強させてあげるわ」


「……それは、ステージのゲスト出演のオファーであり、私たちを認めてくれたという解釈でよろしいでしょうか?」


 孔明は名刺を受け取ってにやりとする。


「拡大解釈しすぎよ。私はただ、ウチとあなたたちの差をきちんと見せたいだけ。それでも、一応ウチのステージに出すということは、あのコたちに何も感じない、ということは嘘になるけどね」


 そう言って、ショックシアターの扉を開ける孫堅美。


「ありがとうございます」


 孔明は頭を下げた。

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