〜第1話〜諸葛孔明をスカウト
諸葛孔明は古代中国の天才軍師である。
彼は234年に五丈原で亡くなった。
死後の世界で、1800年近く過ごした後、彼は現代日本に、日本人『田中孔明』として転生した。
転生した日本で、彼は特に特別なことをするわけでなく、普通の少年として過ごした。
彼が中学1年生になったあるときだ。
彼が自宅で留守番をしているときにインターホンが鳴らされた。
インターホンのマイク越しに孔明は言った。
「今は父も母も不在です。申し訳ないのですが、出直していただけますか?」
「いえ、田中孔明さん。私はあなたに用があるのです」
「は?」
「私、小さなアイドル事務所で社長をしています。玄野と申します」
「はあ?」
「本日は孔明さんをスカウトしに参りました」
「……申し訳ないのですが、私はアイドルになるつもりはありません」
「いや、実は私は孔明さんをアイドルとしてでなく、プロデューサーとしてスカウトに来たのです」
「……はあ」
「先ほども申しましたように、私は小さなアイドル事務所で社長をしています。小さな劇場もありまして、そこで細々とアイドルたちを育ててライブをしているのですが……、それがその……集客もあまりなく、また、アイドルたちも全然売れません。そんな状況が続きましてアイドルたちも次々とやめて行きまして……このままでは弊社は潰れてしまいます」
玄野はここで一旦息を吸った。
「そこで、状況を打破するために新たなプロデューサーを探していたのです」
「……そこでなぜ私なのでしょうか。私はただの男子中学生です」
「いえ、孔明さんが天才少年であるという噂は、この近辺では知らない者はおりません。インターネット通販に押されて潰れかけであった書店にアドバイスを与え、その危機を救ったという話は伝説となっております」
「……」
孔明は予想外だった。
前世と違ってこの現代日本は乱と無縁の世界ではあるが、厄介ごとと無縁に生きるために、なるべく目立たぬように生きてきた。
しかし、近所の雰囲気の良い書店が潰れそうと聞き、それが惜しいと軽い気持ちで手を貸したところ、変なことになってしまったようだ。
「お願いします。弊社、『ショックプロダクション』を救ってください」
「……大変光栄な話です」
「それでは……」
「ですが、繰り返しますが、私はただの男子中学生です。アイドルプロダクションを立て直すような大それたことはとてもできません。また、アイドルというものに私は興味が全くありませんので……」
「…………」
「ですので、申し訳ないのですが、お断りいたします」
「…………そこを何とか」
「…………」
孔明が沈黙していると、玄野は言った。
「では出直します。郵便受けに名刺だけ入れておきますので、気が向いたらご連絡ください」
そう、恭しく言い、玄野は去っていった。
◇◇◇
翌日、またインターホンが鳴らされた。
「どうも、玄野です」
その声は玄野の者だった。
「申し訳ありませんが、考えを変える気はありません……」
そう孔明が言おうとしたときだった。
「……あの、はじめまして関美羽と申します」
突然女の子の声が聞こえた。
「私はショックプロダクションの所属アイドルで、今日は玄野さんと一緒に参りました」
品が良さそうで、かつハキハキと快活な声であった。
「私からもお願いします。是非とも孔明さんにプロデューサーになってもらいたいです」
「……アイドルの方ですか。あなたに来ていただいても、私の気持ちは変わりません。まず、玄野さんに以前申し上げた通り、私はアイドルのことを全く知りません。ただの平凡な中学1年生です。こんな私がプロデューサーになったとしても、あなたたちを救えるとは思いません」
「いえ、孔明さんなら何とかしてくれると信じています」
「……どういう根拠からですか?」
「水鏡書店を救ってくれたからです」
「!!」
孔明は、その書店の名前に驚いた。
「私、実はこの近所に住んでいまして、かつ、本を読むのが大好きなんです。だから水鏡書店にも通っています。あそこって、本当に雰囲気がいいですよね」
美羽はニコニコと言う。
「けれど、水鏡書店が潰れそうだって聞いて……私も何とかしたかったんですけど……何もできなくて……悲しくて……。でも、それを救ってくれたのが孔明さんです」
美羽の声は一度暗いトーンになったが、すぐに明るくなった。
「水鏡書店のおじさんから、お店を続けられるようになったって聞いて嬉しくて、さらに事情を聞いたら、ある天才少年のアドバイスからだって。それ、孔明さんのことですよね」
美羽の声は実に嬉しそうだ。
「実は玄野さんに孔明さんをプロデューサーにした方がいいって言ったの、実は私なんです。玄野さんは『そんな無茶な』って言ったんですが、『絶対孔明さんなら何とかしてくれる』って説得したんです。そしてら玄野さんわかってくれて、『美羽がそこまで言うなら絶対プロデューサーにしてみせる』って」
美羽はここで一旦息を吸った。
「だから、私からもお願いします。私たちのプロデューサーになってください」
孔明は、インターホン越しでも彼女が深くお辞儀をしているのがわかった。
そして、孔明は口を開いた。
「大変、ありがたいお話です」
「……それじゃあ」
美羽の声は華やいだ。
「……ですが、この話はお断りいたします」
「……え」
「やはり、私にはアイドルのプロデューサーなどは無理だと思います。他の方をあたってください」
孔明の声は冷淡だった。
落ち込む美羽。だが彼女は拳を握りしめて言う。
「また来ます」
美羽は続ける。
「私、あきらめないです。孔明さんが無理だって思ってても、私は絶対孔明さんならできるって信じていますから」
彼女の声は力強かった。