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妖精に導かれて異世界行ったら勇者に(文字数  作者: 一話で書きたい所全部書いたみたいなところある
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修行と再会

 部屋の前で、ケイナが待っていた。


 ケイナは帆邑を見つけると手を振る。


「武器、買えたみたいだね」


 ケイナは木刀を見てから、上目遣いで帆邑を見る。


「ああ。金、良いのか?」


「勿論。それより部屋に入れてくれない?」


「ああ」


 帆邑は鍵でドアを開錠すると、そのままケイナを招く。


 ケイナはベッドの奥、窓の前にある椅子の一つに座り、帆邑はその向かいの椅子に座る。


「さて、早速修行……に入る前に、言っておかないといけないことがある」


「何だ?」


「一ヶ月後、キルグと再戦してもらう。キルグから了承は得たよ」


 ケイナが帆邑を見つめると、帆邑は好戦的な笑みを浮かべる。


「そりゃありがたい」


 その様子に、ケイナは頬を紅潮させて微笑む。


「その、彼は教科書通りの強さだよ。つまり弱い」


 ケイナの言葉に、帆邑は顔を曇らせる。


 あそこまで一方的に負けた相手が弱いのであれば、勇者はどれほど遠いのか、と気が遠くなる。ケイナは帆邑の心情察すること無く、滔々と話し続ける。


「努力自慢をしているようなものなんだよね。肉体強化魔法も炎系魔法も剣術も全部王道だからさ、どれくらい努力したかとかはみんな一目で分かるんだよ。それで凄いって尊敬する人もいるけど、現実はそうじない」


 ケイナはため息と共に、キルグの評価を落胆で示す。


「彼は役割を持てないんだ。何にも特化していない。単独でそれなりに戦えて、誰とでもそれなりに協力できる。そういうタイプだ。だからこそ戦場では、一般兵以上の価値を持たない」


 それは勇者に満たないという意味でもあった。勇者になりたければ、容易く越えなければならない相手であると言っているのだ。


「でも一朝一夕じゃ無理だ。勝機があるとしたら、運で勝つ」


「運……?」


「加護魔法というものがあってね。特定の条件をクリアした場合、加護を獲得できるんだ。具体的には肉体強化の付与、限定魔法の獲得が出来る」


 肉体強化は有り難い、と帆邑は思った。キルグが肉体強化魔法を使えば、自らも同じように肉体強化をしない限り相手は出来ないと思うからだ。


「限定魔法?」


「その人にしか使えない魔法って所かな。私で言うと、飛躍魔法。これは魔法に作用する魔法で、どの魔法に使っても一段階ランクアップ出来る。割と便利だよ?」


「便利なんてものじゃないよ」


 マリーの評価にケイナは笑みを零す。

「あはは、ありがとう。ま、限定魔法が何かはその人次第だし、加護魔法の特定の条件もその人次第。つまり運って訳」


「なるほど」


 可能性としては堰をするだけで加護魔法の条件を満たす者もいるし、加護によって得られる限定魔法が微風を起こすだけ、ということもある。


「準備は?」


「万端」


 帆邑の即答に、「良いね」とケイナは笑う。


「さて、修行に移ろうか」


 ケイナは立ち上がり、クローゼットの前に立つと、指差す。


「クローゼットに入ってくれるかな?」


「ああ」


 何一つ疑わず、帆邑はクローゼットに入る。


「さて」


 ケイナがクローゼットに触れると、そこに魔法陣が浮かび、更に魔法陣はクローゼットに刻印を残して消滅する。


 見たことの無い光景に、マリーは不安を覚える。


「何したの?」


「加護魔法の習得条件に、精神迷宮の踏破というのがあってね。端的に言えば、トラウマを打ち砕く必要があるんだよね。失敗したら死ぬ」


 淡々と告げられた言葉に、マリーは周章狼狽する。


「はぁ!?」


「だから、運だって言ったでしょ? 彼は魔法は使えないから、持ってる手札は……あの剣くらいか」


 木刀はクローゼットに持ち込んでいないが、精神迷宮であれば帆邑が木刀を武器であると認識していれば、手元にあるだろう。


「今すぐやめて!」


「そういう人が多いから、加護魔法の使い手はいないんだよね~。ダンジョンに行けば同じなのにさ」


 結局、勇者候補の誰にも命を捨てる覚悟は無いのか。その思えばケイナは自分が独りぼっちであるような気がして、寒さを感じた。けれど彼が帰ってくれば、これで二人だと証明できる。


「ダンジョンがどうだったとしても、まだ早いよ!」


「信じなって。大丈夫。彼はついてるんだ、間違いなく。それこそ私が惚れ込んじゃうくらいにはね。それに、死ぬってのは彼には無いと思う」


「どうして?」


「君の『妖精の加護』があるからね。ま、『妖精の加護』が働けばその時点で精神迷宮は崩壊して、二度と加護魔法を習得するチャンスは無いだろうけどね」


「……でも」


「まあまあ。信じてあげなよ。君のヒーローを、さ」


 マリーがどうであるかはケイナには分からなかったが、少なくとも彼女は心の底から信じ切っていた。





 目を開けると、心に突き刺さるくらいの青が広がっていた。


 起き上がろうとすれば柔らかな質感に掌が頼りなさを覚える。その覚えが足まで伝播する頃、帆邑は雲の上に立っていた。


 左手に握っていた木刀を振ってみてから、大きく息を吸ってみる。


「空気が薄いか」


 高山病のような症状が無いのは救いだった。


「こんなに鮮やかでは無かったのにね」


 その声に振り返る。ただ、振り返らずとも覚えていた。その声は耳にも脳髄にも泥のようにこびりついていたからだ。


 長く伸びた髪でできた黒いポニーテールが風で揺れていた。氷のような黒の瞳は夜が広がっているようで、見た者に自らの小ささを自覚せしめる。服装は変わらずあの頃の制服で、喉からは血は流れず、制服も教室も穢すことは無い。


 帆邑は言葉を失った。教室に拒否反応を起こすのに、彼女に相対して呼吸が出来ているのが不思議でならない。


 ――これは、見栄か? 虚勢か? あるいは意地か?


 どれであっても、惨めなものに変わりは無いように思えた。


「どう見えてる?」


「俺の知っている通りだ。綺麗なままだ」


「そう……」


 彼女は所作の隅に落胆の色を滲ませた。


「なら、ミオに見えている?」


 悲しそうな笑みが、記憶と重なる。その度に鮮血の記憶が蘇る。


 頷けば悲しませると分かった。でも嘘は見え透いているから、頷く他無かった。


「そっか」


 思った通りに、ミオはため息を吐く。


「説明するね。私は、ミオじゃない。そしてここは、雲の上じゃない。ここは精神迷宮。あなたの想いが作り出した世界。浮世離れしているもんね。ミオが死んで、引き籠ることで『立ち止まって』、勇者を目指すことで『特別』になろうとして」


 帆邑はその時点で、何を言おうとしているか察することが出来た。


「そうしてあなたの心はこうも克明に、ミオを作り出す。このように」


 ミオは胸に手を当てて、自分を示す。


「あの子はあなたの心に今も生きているのかも知れないけれど、あの子は一度だってあなたを縛り付ける鎖になることを望んだことは無いのにね」


 言葉の逃げ道を見つけた。帆邑は迷わずそこに飛び込むべく口を動かす。


「あいつが今の俺を見たら確かに、悲しく思うかもな。でも、だからそうならないように行動するってのもやっぱり、あいつの為で、結局はあいつを忘れられずに立ち止まったままってことなんじゃないのか?」


「それは屁理屈でしょう。あの子の言葉に縋りつくのと、あの子の想いに寄り添うのでは違う」


「故人に寄り添うってのは随分と奇特だな」


「自分を凡人だと思っていたの?」


「ああ」


 ミオはため息を吐いた。


「お前は、何なんだ?」


「神土帆邑にある、凝り固まった心と言った所かな。だからあなたは自分で自分を認められれば加護を得られる、ということになる」


 帆邑は観念すると、木刀で肩を叩く。


「それで? どうすれば認めるんだ?」


「私を殺せば、認める」


 自分の心が作り出して偶像であっても、その口を動かしてその言葉が出てくれば、それだけで帆邑の心は凪を失ってしまう。帆邑はミオが今はもういないこともあって、ミオを鎖という具体的で目に見えるものより、月の引力のように感じられた。


「…………なんで、そうなる?」


「それが一番、縛られていないと証明出来るでしょう。あの子と同じ姿の私を殺せたなら、目的の為なら手段を選ばないと確信出来るでしょう」


 言葉は突き刺さるばかりで、掴み所があった。


 ――やっぱミオじゃないな。


 一つの確信が帆邑の背を押す。


「ソティス」


 たった一つの声は、宙に青い魔法陣を描いた。


 そうして、帆邑は覚悟の決まり切らないままなのに、ミオは変貌を遂げていく。


 彼女の周囲に青い光が舞う。次いで皮膚が凍てついていき、それが広がっていく。やがて髪さえ氷がつくような姿へと変貌すると、次に皮膚から氷の中へと血管のように赤い線が奔る。


 それが言葉から受ける『冷たさ』と、彼女の最期を示す『鮮血』を表しているのは明白だった。


「これがあなたの力、あなたの加護」


 ミオが拳を握りしめれば、そこに氷の剣が現れる。


 帆邑は木刀を握りしめる。すると木刀の刻印が宙に魔法陣を描いた。それが消滅すると共に木刀に強化魔法がかかる。握りしめるだけで魔力が注げたのは運が良かったと言えるだろう。死地に活路を開いたとまでは言えないが。


 ミオが振るう氷の剣に対し、渾身の力を込めて木刀を当てることでいなしていく。木刀の強度は問題無いが、その重量さは大きい。ミオの氷の剣は木刀の二倍の太さがあり、双方がぶつかる際に帆邑の腕にかかる負担は尋常では無い。更に、ミオが軽く振うのに対し、帆邑は渾身の力で振い、それでやっといなすことが出来る状況だ。


 あまりの劣勢に帆邑は冷や汗をかく。


 距離を取ろうと重心を後ろにずらした時に、抵抗感を覚えて狼狽える。右足が氷でじめんとくっつけられていることに気付いたのだ。だが気付いた時点で既に帆邑は死に体だった。なんとか左足で踏ん張っても、無様な姿を晒すに終わる。


 そうして無防備な帆邑に対し、ミオは氷の剣を刺そうとし、同時に帆邑も木刀を構える。


 刺し違える覚悟があった訳では無い。痛みは辛いし、怖い。けれど自らが作り出したミオの姿をした幻に殺されるのはどうしても嫌だった。その思いだけが彼を動かした。


 ミオは動かず、帆邑は左足で地面を蹴る。木刀はミオの身体を包む氷を砕き、ミオの身体を通って、貫通の形となった。しかし、ミオの身体は空気のように刺した感触は無い。けれど納得は出来る。


 帆邑は世界の誰より、ミオが死んでいることに関して理解が深いのだから。


「条件は『魔力』と『自我』を捨てること。捨てれば捨てるほど、対価がもたらされる。使いたければ『あの子がいないことを証明する名』を呼んでね」


 最後の最期に、彼女は本物のミオとはすれ違う笑顔を見せて、消滅する。


 その瞬間、雲は消える。落下していく感覚の中で、その何処かにミオがいるのではないかと探してしまって、帆邑は苦笑いをした。





 クローゼットに閉じこもって20分経った頃、突如クローゼットが凍り付いた。


「うわぁ!?」


「どうしたの!?」


 クローゼットの前で待っていたケイナとマリーは驚く。そうしてクローゼットが開き、帆邑が倒れていく。地面に身体を打つ前にケイナは帆邑を抱き留める。


「……おめでとう、帆邑」


 ケイナの言葉にマリーは安堵の息を漏らす。


 周囲の心配を他所に、彼は穏やかな寝息を立てていた。その日の夢は楽し気なものだっただろう。

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