妖精の加護
マリーはケイナから渡された鍵でケイナの部屋の鍵を開け、ドアを開ける。
「ありがとう」
「うん」
ケイナは部屋に入っていくと、帆邑をベッドに横たわらせて、椅子に座って一息吐く。
「ふう。彼が軽くて助かったよ」
ケイナは椅子に深く座り目を閉じたままで口を開く。
「妖精ちゃん。忠告しておくね」
「忠告?」
マリーの言葉にケイナは目を開け、マリーへと人差し指を立てる。
「うん。『妖精の加護』はそう簡単に使っちゃいけないよ」
『妖精の加護』は妖精のみが使える強化魔法だ。しかしマリーは首を横に振る。
「『妖精の加護』? 僕使ってないよ」
「あの戦い、最後に彼の周りに光が漂っていた。あの場にいた妖精は妖精ちゃんだけでしょ?」
「それはそうだけど……でも妖精王の制約で僕は『妖精の加護』を使えないはずだもん」
「妖精王の制約? 何それ?」
「妖精王っていうのがいて……って言っても誰も見たことが無いんだけどね。その妖精王が全ての妖精に『妖精の加護』の使用を禁じているんだ。だから使えない筈なんだよ」
マリーの言葉にケイナは首をかしげる。
「じゃあ妖精ちゃんは特別なのかもね。あるいは彼が特別なのか……ともかく気を付けた方が良いよ」
「……うん」
ケイナは立ち上がり、マリーを見る。
「じゃあ、今日はここで眠る? 彼が起きるかは分からないし」
「怪我の治療は大丈夫かな?」
マリーの問いにケイナは帆邑に近付き、手で頬に触れて顔を見る。
「鼻血は止まってるみたいだね。血は拭き取っておくよ。彼、風呂は朝に入るタイプかな?」
「昨日はそうだったよ」
「じゃあ寝かせておいて大丈夫かな」
マリーは心配そうに帆邑の顔を覗き込んだ。
ケイナは朝日が昇り切った頃に目を覚ました。しかし目の前に帆邑がいないので、慌ててベッドから飛び降りる。そして椅子に帆邑が座っていることを理解する。帆邑の前にはマリーが飛んでおり、帆邑の髪は濡れていた。シャワーを浴びたのだろう。
「おう、おはよう」
帆邑の顔を引きつっていたが、ケイナは帆邑の顔を見て心底安堵する。
「おはよ」
ケイナは帆邑の向かいの椅子に座る。
「なぁ、なんで一緒のベッドで寝てたんだ?」
「一つしか無いからね!」
「……どういうことだよ」
「決闘の後、ケイナは帆邑をここに運んでくれたんだよ。で、眠る時にベッドが一つだからって、ね。いや
止めたんだよ!? だけど助けた恩があるからって……」
「ゴリ押ししちゃった」
マリーの説明とケイナの笑顔に帆邑はやっと得心がいく。
「なるほどな」
「それでさ、ホムラ。君このままじゃ、勇者になれないよね?」
ケイナの言葉に帆邑は静かに頷き、マリーはケイナを見る。
「だから私が師匠になっても良いよ」
「見返りは?」
帆邑の問いにケイナは笑みを一層濃くする。
「私とデートしてくれれば良いかな」
「は!?」
マリーが驚愕する一方、帆邑は冷静に頷く。
「分かった」
「は!?」
「マリー。これは破格の条件だ。逃す手は無い」
「でも…………」
マリーは逡巡するが、結局は帆邑の真剣な目にため息を吐きつつも諦めさせられる。
「分かったよ」
「デートと修行はどっちが先だ?」
「修行だね。君にはここに行って貰おうかな」
マリーはポケットから一枚の紙を取り出す。そこには手書きの地図が書いてある。
「勇者選抜試験は持ち込み可なんだ。だから出来るだけ強い武器を持ち込む方が良い。そこの店は色んな武器も防具もある。魔法の方向性も見えてない状態じゃ微妙だけど、まあ見に行っておいでよ」
マリーは立ち上がり、箪笥を開ける。
「ここ、私のお金入ってるから、全部使って良いよ」
「え?」
困惑する帆邑を置いて、マリーは背を向ける。
「じゃあね~」
マリーは手を振ると、部屋を出て行く。
「規格外すぎるだろ、あいつ」
「怪しさ満天だと思わない?」
「全くだ」
帆邑はあまりの待遇に顔を引きつらせる。
訓練室でキルグは的へと炎を飛ばしていく。的が焼けると、また新しい的が現れる。それを焼く。そんな繰り返しをしても、苛立ちは募るばかりだった。
――この俺が、負けただと? ふざけるな。
「キルグぅー!」
「うわぁ!?」
いきなり真横で聞こえた声にキルグは飛び退く。
「なんだ貴様!」
キルグはケイナを睨む。
「あはは、脅かすつもりは無かったんだけどさ」
「嘘を吐け! 絶対あっただろ!」
「無いってー失礼だなぁ」
「お前に言われたくないわ!」
「落ち着きなって」
ケイナが手振りでなだめようとするが、逆効果だ。
「誰の所為だと思ってる!」
「自業自得でしょ?」
キルグは深いため息を吐くと、怒りを抑え込む。
「……もういい。で? 何の用だ?」
「やっと落ち着いたね」
「…………何の用だ?」
ケイナは笑顔を浮かべる。
「あのね、昨日の決闘だけどさ」
キルグは眉を寄せる。
「喧嘩を売りに来たのか?」
「そうじゃないって。一ヶ月後に再戦ってのはどうかなぁって」
「何?」
「興味ある?」
ケイナは嬉しそうに笑みを浮かべ、キルグは不機嫌なままで頷く。
「……まあな」
「あの決闘は色々と邪魔が多かったと思わない? だから一ヶ月後に再戦ってのはどうかなぁって思うんだ
よね」
「構わんが、何故一ヶ月後なんだ?」
「それが彼の提示する条件だから」
――何故こいつがそれを伝えてくるんだ?
キルグは思案に耽る。
「お前はあいつの恋人か何かか?」
「まあそんなとこ」
キルグは納得すると、それ以上の詮索はしないこととした。
「良いだろう。一ヶ月後、だな」
「あはは、ありがとね。じゃあね~」
ケイナは手を振って訓練室を出て行く。キルグは訓練室を見渡して、ミーアルトが安堵するのに気付いて、近付く。
「お前は、あの女の友達だったか」
「あれと? 馬鹿言え。私にあんな友人はいない。それより気を付けろよ、あれとは関わらないのが得策だ
からな」
「何?」
「良いな、私は忠告したぞ」
ミーアルトは念を押すと、訓練室の奥へと歩いて行った。不穏な影にキルグは首を傾げる。
壁には剣や盾など様々な武器や防具が置かれている。店内には重厚な鉄器が所狭しと並べられている。
「わぁ。色んな武器があるんだね~」
目を輝かせるマリーとは対照的に、帆邑は顔を曇らせる。
「う~ん」
「どしたの?」
「いや、無理だな」
帆邑の問いに無造作な朱色のショートヘアの女性が帆邑の前に顔を出す。
「無理って?」
「ん? 誰だ?」
帆邑の問いに女性は胸に手を当てる。
「私はネア・フラング。店員だよ。それで? 私の武器屋に不可能は無いと思うけど?」
「あんたのなのか?」
「うーん、私のでもあるし、他の店員のでもある。ここに上下関係は無くてね。ま、みんなの武器屋、か
な」
「なるほど」
ネアは壁から剣を取ると、帆邑に渡す。
「ま、ちょっと持ってみなよ」
ネアが手を離してしまうので、帆邑は慌てて両手で抱える。
「え、ちょっと」
そのまま重さに顔をしかめる。
「おっも……」
その様子にマリーとネアが納得する。
「なるほど」
「無理ってのはそういうことか……」
「そういう訳だ……」
「じゃあ、あれは?」
ネアは壁にあるレイピアを指差す。
「無理……多分木刀でも無理じゃないかな……」
「絶望的じゃん!」
ネアの言葉に帆邑は頷く。
「全くだ」
「認めないで!?」
狼狽するマリーに対し、ネアは笑ってみせる。
「なんてね」
「え?」
「私の武器屋に出来ないことは無いってね」
そう言ってネアは箪笥を開けて、木刀を取り出す。
「はい、どうぞ」
帆邑はその木刀を受け取る。普通の木刀よりも頼りないと思うほど軽い。柄には妙な刻印がある。
「これは?」
「鋭利で強度があり、且つ軽い。そんな夢のような武器を作るのは簡単でね。要は軽く鋭いものに強化魔法をかければ良い」
「でも強化魔法なんて出来ないぞ」
「それを補助するのがその魔装って訳。それは魔力が注がれるだけで強化魔法を発動するんだ」
「なるほど、だから魔装……」
柄にある刻印は魔法の補助の役に立つのだ。帆邑は振ってみるが、特に問題は無い。
「問題は重量が無いから、破壊力に乏しいことなんだけど」
「そこには目を瞑るさ」
「助かるよ。じゃ、どうぞ」
「どうぞって?」
「あげるってこと」
「なんで!?」
あまりの驚きに帆邑とマリーが声を合わせる。
「君、ホムラ・カグツチだろ?」
「なんで知ってるんだ?」
「いやぁケイナが『愛しのダーリンが武器屋を訪ねるだろうから、私持ちでなんでも買わせて』って言っていてね。いやぁ愛されてるねえ」
「愛しの……? デートって、そういう条件まで付いているのか?」
マリーは肩を竦めてため息を吐く。
「恋に現を抜かして、勇者になるのを怠らないでね」
「分かってる。というか、恋に現を抜かしてないぞ」
「そう? それなら良いんだけど」
ネアはそんな光景を珍しそうに見る。
「君は妖精と随分仲が良いんだね」
「珍しいのか?」
「そりゃあ、ね。妖精と勇者候補ってのは別に一蓮托生って訳じゃ無いから。勇者が勇者として事を為せな
ければ、また勇者候補を探しに行くだけだからね、妖精は」
「なるほど」
何故他の勇者候補が妖精を連れていないのか、帆邑は分かった気がした。
タイトルをなんとかしました。
ガガガ文庫は12巻で延期する呪いでもかかっているのか?
ささみさん以外も頑張って