想いだけ
帆邑はアッシュブルーの髪が無造作にウェーブしている黒い眼の少女が訓練室から出てきたのに気付く。少女は訓練室に入ろうとする帆邑に身体を向ける。
「君は!」
そう言って人差し指を立てるので、帆邑はそちらに顔を向ける。だが見覚えは無かった。
「えっと……」
「初めまして。私はケイナ・ディゾルディ。よろしくね」
ケイナは手を差し出し、帆邑は握手に応じる。
「よろしくお願いします。俺は、ホムラ・カグツチです」
「あはは、敬語なんて良いよ」
ケイナは朗らかに笑う。
「そう? そりゃ助かる」
「そうそう。ホムラくんね。オーケー。もう忘れないよ」
「本当か?」
帆邑の問いにケイナは胸を張る。
「本当だよ! だからホムラくんも私のこと忘れないでね?」
ケイナは帆邑の目を見上げて念を押す。
「ケイナ、だっけ?」
「あはは、そうそう。これから訓練? 頑張ってね」
「ありがとう」
帆邑の返事に、ケイナは満足そうな笑みを浮かべる。
「うん。じゃあね~」
そう言って手を振りながら立ち去るケイナに、帆邑も手を振り返す。
マリーは帆邑の周囲を回りながら、不満そうな表情を浮かべる。
「ふーん。女の子とちゃんと話せるんだね」
「いや、結構緊張した」
「そうは見えなかったけど?」
マリーが訝ると、帆邑は訓練室のドアに手をかける。
「そりゃお前で慣れたからだ」
「あっそう」
口ぶりは素っ気ないが、マリーは機嫌を直したようだ。帆邑がそれに気付くことは無かったが。
ドアを開けると、目の前には机やソファがあり、室内には的をめがけて炎など魔法を飛ばす勇者候補がいた。
「へえ……あれが魔法か」
帆邑は落ち着いた言葉とは裏腹に目が輝いていて、マリーは思わず口を押える。
「そうだね。でもソファで待つんでしょ?」
「ああ」
帆邑はソファに座ると、持っていた水晶を机の上に置く。転がらないように水晶を右手で支えると、左手で水晶に触れる。
すると水晶から文字が出てくる。
「使い方はもうマスターした?」
「マスターって訳じゃ無いが、ある程度は。これがなきゃ訓練室の場所も分からなかったしな」
文字に触れていき、『通信』の画面を表示させる。そこのログには確かにエリカからの『訓練室のソファで待ってて』という文字があった。
「勇者候補のいろはを教えてくれるんだよね?」
「有り難いことにな」
「うーん。でもどうして教えてくれるんだろうね?」
「さあ」
裏があるにしろ見返りを求められるにしろ、帆邑はエリカから色々とご教授願うつもりだった。
訓練室の扉が開き、エリカが現れる。帆邑は立ち上がって手を振る。
「どうも」
「うん。いえ、座っていて」
「はい」
エリカは帆邑の右隣に座り、その光景をマリーは横目で見る。
「まず、勇者選抜は二ヶ月後にある。それまでは自由時間となっている。もし魔法の講義が受けたいのなら教室に行けば良い。講義の日程は水晶で確認出来るわ。教室に行きたくないのなら、行かなくても良い」
帆邑はその言葉に安堵し、頷く。そんな様子をマリーは心配そうに見つめていた。
「ここの訓練室は、魔法の練習とか出来るわ。的当て以外にも、対人練習が出来る部屋もある、問題は誰とやるか、だけどね」
「……勇者候補しかいないのなら、ライバルばかりでしょうね」
帆邑の言葉にエリカは薄く笑みを浮かべる。
「ええ。手の内を晒し合う趣味は無いでしょうね」
「それどころか、手を取り合う奴もいないでしょう。なのに何故、ここまで親切にするんです?」
帆邑の視線に、エリカは笑みを返す。
「貸しを作ってるの。あなたにね」
「それはちゃんと返さないといけませんね」
「まあ、重く考える必要は無いわ。対人練習にでも付き合ってくれればそれで良い」
「それで良いなら願ったり叶ったりですけど」
そもそも対人練習は手の内を明かし合うのだから、貸しを返せてはいないように思える。結局分かったことはエリカが善人であるということだけだった。
「あとはそうね……敬語をやめてくれる?」
「分かった」
「というかあなた、幾つ?」
「二十歳です」
帆邑の言葉にエリカは驚愕する。
「うそ……私19だけど。……ですけど」
「いや、敬語はやめてくれ」
「助かるわ」
「ああ」
――なんで一瞬立場逆転した?
帆邑が呆れている時、向かいで笑い声が聞こえた。
「オイオイ、クラスルームフォビアじゃないか」
その声に帆邑は顔の向きを変えて、キルグを見つける。
「あっ、言い負かされてた人」
「ふふっ」
エリカは思わず失笑し、キルグは眉を曲げる。
「なんだと……? 口だけが達者な奴はこれだから……こんな調子じゃそこにいる妖精も落ちこぼれ――」
帆邑はマリーが馬鹿にされていると分かるとソファから立ち上がり、机を蹴って跳躍する。そのまま目を閉じて語るキルグの顔面めがけて拳を振う。キルグはよろけつつもなんとか倒れずに踏み止まる。
「撤回しろ」
エリカは帆邑とキルグの間に立つと、手で制す。
「待ちなさい。暴力はダメよ」
「そうだよ帆邑。僕は別にこんなの……」
エリカとマリーの言葉は耳に入らず、帆邑はキルグを見下していた。
キルグは立ち上がり、帆邑を指差す。
「貴様ァ! 今すぐ俺と、決闘しろ!」
「……良いぜ。俺が勝ったらあの発言は撤回しろ」
「良いだろう。だが俺が勝ったら土下座するんだな!」
「ああ」
キルグは訓練室のドアを開ける。
「ついて来い!」
その言葉に従い、帆邑は訓練室を出て行く。
「厄介なことになったわね……」
「うん」
「勝算は?」
エリカの問いに、マリーは考える。
ひきこもりの二十歳に勝ち目があるだろうか。
「無いね。売り言葉に買い言葉だったんだと思う」
「じゃあこれから、いたぶられに行くって訳?」
「……うん」
エリカは俯くマリーに詰め寄る。
「止めないの!?」
その問いにマリーは顔を上げ、エリカを見る。
「止めれば良いの?」
その目には活力が見て取れないのに、自分の主張は正しいと確信しているようだった。
「僕の為に怒ってくれているのに、僕が止めるの? 彼の怒りは誰の為にあるの?」
エリカにとって、正しさや配慮というのは報われない行いに勝るものでは無い。マリーが止めれば、それで帆邑がいたぶれることは無い。怒りが無為になっても、それで何の益も無い屈辱が消え去るのなら、それで良いではないか。
「あなたは何が一番大事なのよ!」
「…………僕は妖精だ。彼が勇者になるように導くだけだよ」
「負けた方が後のやる気に繋がるから、今は静観するって訳?」
エリカはマリーを睨む。マリーは返す言葉を持たず、黙っていた。
「自慢の妖精ってのは何なのよ」
エリカはそう言うと訓練室を出て行く。それに続いて青い髪に群青色の瞳を持つ人も訓練室を出ようとする。
顔だけ、ケイナが訓練室を覗く。アッシュブルーの髪が揺れていた。
「何かあったの?」
突然現れたケイナに青い髪の人は驚いて飛び退く。
「うわっ」
「あ、ミーアルト」
ミーアルトは胸を撫で下ろす。
「ケイナか……脅かすなよ」
「そのつもりなかったよ。で、何があったの?」
「決闘、みたいだな。勝ち目の無い」
「なんで勝ち目の無い戦いなんてするの?」
ケイナの問いにミーアルトは俯いたままのマリーを一瞥する。
「妖精を馬鹿にされたから退くに退けなかったらしい」
「へええ!!」
ケイナは顔を輝かせ、ミーアルトに近付く。
「つまりその子は、大した抵抗も出来ずにいたぶられるって訳だね!?」
「そうだけど……」
「見に行かなきゃ!」
嬉しそうにケイナは訓練室を出て行く。
「最低だな……あいつ」
ミーアルトは訓練室を出ようとするがそれをやめて、振り返る。そうしてマリーを見る。
「なぁ、君」
「僕?」
マリーが顔を上げ、ミーアルトは頷く。
「ああ。君は行かなくて良いのか?」
「帆邑が見て欲しいと思うかは分かんないから」
マリーの問いにミーアルトは肩を竦める。
「……彼の意思がそこまで重要か? 確かに無様な姿は見せたくないかも知れない。けれど君がいれば勇気が
出るかも知れない。今重要なのは、君がどうしたかだと思うけどな」
「……僕は……」
訓練室のすぐ近くには対人訓練室がある。中は広いスペースがあり、障害物は無い。対人訓練室には岩などがあるものもあるが、今回は決闘なのでキルグは何も無い場所にしたようだ。
キルグは部屋の中心ほどまで行くと、立ち止まり振り返る。
「本来なら俺は剣を使うが、今回は武器は無しだ。良いな?」
「ああ」
キルグはポケットからコインを取り出す。
「このコインが地面と接触した瞬間を開始の合図とする。良いな?」
「ああ」
キルグは帆邑の返事を聞き終えて、コインを弾く。そして落下前に拳を構える。帆邑は体勢を低くする。
コインが地面に当たり音が響くと共にキルグは口を開く。
「『肉体強化魔法一式』!」
キルグの言葉と共に、キルグの足元に魔法陣が出現する。帆邑はキルグ目指して駆ける。
――喧嘩さえ大してしてないんだけどな。
喧嘩は高校生以来だから四年も前になる。ただ魔法有りの戦闘を喧嘩と同列視するべきでは無かった。
構えたまま待ち構えるキルグに対し帆邑が肉薄する。帆邑が身体に引き戻すことを意識して軽め拳を繰り出そうとする間に、キルグは一歩踏み出す。その瞬間にキルグの足元の魔法陣は少し前に移動する。
そして帆邑の無防備な顎めがけて拳を繰り出す。
帆邑は目でキルグの拳の軌跡を見ると回避行動を取ろうする。しかし回避する前にキルグの拳は帆邑の顎を捉える。
帆邑の身体が浮き上がり、地面に倒れる。
これが魔法による肉体補助の差だった。加えて帆邑は身体能力でもキルグに劣っている。
「分かったか、新入り。これが貴様と俺の積み上げてきたものの差というものだ」
帆邑は眩暈を堪えて立ち上がろうとする。キルグはその頭を踏みつけて、地面に押し付ける。
「分かっていないようだな」
帆邑は地面に手を付けて勢いよく起き上がろうとする。キルグは再度頭を踏みつける。それから何度も何度も繰り返す。
帆邑は鼻の奥や口を切ってしまい血が零れていく。
対人訓練室のドアが開き、エリカが入る。
「やめなさい!」
エリカが手を構える。
「ほう。決闘の邪魔か」
「やめてくれ!」
帆邑の叫び声にエリカが「え……」と声を漏らし、キルグは「ほう」と零す。
帆邑は地面に手を付けて、零れていく血液に目も向けず立ち上がろうとする。
「マリーが馬鹿にされた……! 許せるはずが無い。俺は――」
キルグは帆邑の顔を蹴り上げる。帆邑は背中から地面に打ちつけられて、のた打ち回る
「分からんか? 想いだけでは、価値が無いと」
帆邑はなんとか呼吸を確保すると、立ち上がる。
「懲りん奴だな」
帆邑はキルグを睨む。
「想いだけじゃ価値は無いだろうな……でも、他でも無いマリーを馬鹿にされて何もしないなんて気は無い」
「それでただ惨めな姿を晒すのか? 随分と滑稽だな」
自らを睨む帆邑に対し、キルグは笑みを浮かべる。
訓練室のドアが開き、ケイナが現れる。そうして動こうとするエリカの手を掴む。
「何を――」
「もう少し。これは必要なことだよ。彼には、ね」
ケイナの言葉にエリカは踏み止まる。
帆邑は呼吸を整えていく。
「ハハッ。滑稽か……そうだろうな。俺には足りないものだらけだ」
心の底から叫ぶ。
「力が無い。努力が無い。積み上げてきたものが無い。俺には想いしかない。でもな、マリーは俺を勇者になれると思ってここに連れて来た。だからここで退く訳にはいかない。ここであいつを嘘つきにはさせない!」
「それでどうする?」
「ぶっ飛ばす」
「ハッ。下らん」
キルグが笑い飛ばし、帆邑が駆ける。
対人訓練室の外でも声が漏れていた。それほどまでの大声だったのだ。
「だそうだ。どうする?」
「行くよ」
マリーは覚悟の決まった表情をしていた。ミーアルトは頷き、ドアを開ける。
「帆邑――――――!!」
背から聞こえた声に、帆邑の身体は軽くなる。
――俺はこんなに単純なんだな。
笑みを浮かべ、キルグに肉薄する。ケイナはその光景を見て、走り出す。
帆邑の周囲を緑色の光が漂い、キルグの拳をかわす。予想外の出来事にキルグが目を見開く。その間に帆邑の拳はキルグの顎を捉えていた。脳を揺らすを一撃にキルグはその場に倒れ、気を失う。
「へへ……」
確かな達成感が身体を支配すると、帆邑の身体が悲鳴を上げて帆邑の意識を刈り取った。ケイナは地面に倒れようとする帆邑の身体を抱き留めて、安堵の息を零した。
「ふう」
ケイナは帆邑をおんぶして対人訓練室の出口へと向かう。
「あ、妖精ちゃん。この子私の部屋まで連れていくから、付いて来てね」
「う、うん……」
そうして対人訓練室を後にする。ケイナにマリーはついて行く。入れ違いで入ってきたミーアルトにエリカはキルグを指差して問う。
「どうする?」
「放っておけ」
「そうね」
エリカは即答して対人訓練室を後にし、ミーアルトも退室する。
対人訓練室には穏やかな寝息を立てるキルグだけが残った。
カミーユ・ビダン的行動。
グリモアの遊佐先輩ほんとかわいい。
遊佐先輩の為にやってるみたいなところある。グリモアはイベントで着替えると可愛さ倍増するパターン多いけど遊佐先輩も例に違わずほんと良い。もう最高かわいい。
グリモアはかわいい子と学園生活送れるからシリアスとか無いんだろうなーと思ってやるのはNG
最近広告で今始めるとSSR三枚貰える!ってやってて良いなーと思うんだけど、色んなキャラが水着なのに千佳だけ壮絶なのなんで?