パジャマな主人公。
よろけた体勢から転ばないように何とか体勢を直す。
周囲を見渡すと、倉庫の中だと理解出来た。
自分の周囲を回るマリーを一瞥してから、帆邑はドアに手をかけて、開ける。
そうして、降り注ぐ日光に目を細める。思えば屋外に出るのは久しい。日光は彼の目をくらませるし、体力まで奪っていく。
「うわぁ……きっつ」
「まだ何もしてないよ!?」
――健康優良児に分かる訳無いだろ
そんな想いをしまって、なんとか目を開けると、ドアを閉める。そうして街を見渡す。
目の前には大きな噴水が爽やかに街を彩り、その先には木造の建物が並んで通りを形成している。所々にある花壇には色取り取りの花々がある。
「へえ……」
思わず笑顔になってしまうような光景に、マリーも笑顔を浮かべる。
「とりあえず、着替えようか?」
マリーの言葉に、帆邑は自分の姿を見る。
「ああ……パジャマだった……」
帆邑は恥ずかしくなってすぐに振り返る。そうして倉庫のドアを開けるとそのまま入っていく。
「その中に着替えあると思うよー?」
ドアが開いたままなので、気を遣って倉庫に入らなかったマリーの声も聞こえる。帆邑は倉庫に深緑色のズボンとTシャツ、ベルト、ネクタイ、シャツとブレザーを見つける。
「確かにあるけど、使って良いのか?」
「それ、制服だからね。君の」
「制服ねえ」
そんなことを言いつつ、帆邑は着替えていく。
着替え終わると、倉庫から出て、ドアを閉める。マリーは帆邑を見て、「へえ」と感嘆の声を上げる。
「似合うじゃん!」
「……どうも。それより、制服って? まさか学校に通うなんて言わないよな?」
マリーは笑顔を浮かべる。
「言うよ?」
「なんで!? 勇者が学校とか前代未聞だけど!?」
「いやー、実はまだ勇者じゃないんだよね~」
マリーの苦笑いに、帆邑は距離を詰めて詰問する。
「詐欺か!? 誘うって、学校に誘うのかよ!」
「詐欺じゃないよ! 今から通うのは勇者学校。そこで勇者を選別する」
「勇者飽和してんのかよ!」
「してないよ! 選別っていうか、妖精が一人人間を連れてきて、その人間が勇者学校で勇者かどうか判定されるっていうか……」
「マジかよ」
帆邑は思わぬ展開にため息を吐く。
要は帆邑は勇者候補で、学校で勇者に足る人間が判断されるということだ。だがそれより何より、帆邑には学校という場所が億劫だった。
「良いかマリー。俺は学校が大嫌いなんだ。多分吐いちゃう。教室行ったらリバースしちゃう」
「えぇ!? もう勇者失格だよそれ!」
「酷いな! 苦手なものは仕様が無いだろ!」
「もう、良いから行くよ!」
「うえぇ……最っ悪……」
先導するマリーを追って、帆邑は嫌々ついて行く。
帆邑の感情にそぐわぬ青空は、来訪者を歓待していた。
「ここ!」
マリーが手で示す校舎は、帆邑がよく知るような校舎では無かった。こげ茶色を基調とした校舎は重厚感のある立派なもので、西洋風に思える。それは帆邑にとっては有り難いことだったが、とはいえ学校であることに変わりは無い。校舎の横にも幾つか建物はあるが、帆邑にはそれを見る余裕は無かった。
「あー、なんかもう、学校だね……」
「そうだね、行こう!」
マリーが進んでいくので、帆邑は大きなため息を吐いて、ついて行く。
異世界でマリーとはぐれると大変なことになる。だから帆邑にある道は前だけだった。
昇降口に着くと、だるさを覚える身体に鞭を打って通っていく。靴を脱ぐ必要は無いようだ。
マリーについて行けば教室の前には楽に着いた。楽では無いのはこれからだ。
帆邑は教室のドアを開けて、教室内を見る。
瞬間、視界が真っ赤に染まる。誰一人いない教室内では朝日が爽やかに差し込んでいるのに、教室の中心から広がっていく鮮血がそれを台無しにしていて、その中心にいる人物は――。
「帆邑?」
マリーの呼びかけに、帆邑は正常な視界を取り戻す。昼の日差しが差し込む教室内では勇者候補であろう少年少女が和気藹々としている。だが帆邑は一度視界に焼き付いた鮮血の光景を忘れることが出来ずに、腹から這い上がった胃の内容物を口でなんとか抑え込み、膝は地面について、左手は倒れようとする身体を支えるように地面に付き、右手は口を押える。眩暈が酷く、どちらが右かが分からない。頭痛が酷く、正常な判断が出来ない。
「大丈夫!?」
マリーが帆邑の顔を隣で声をかけるが、返事をする余裕は無かった。
「フハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
後ろから笑い声が聞こえる。
帆邑は口に溜まった物をなんとか飲み下し、振り返る。そこで金髪に青い目の長身の男が見下していた。男は膝を付いて帆邑の肩に手を置く。
「新入り。教室さえ入れないなら、勇者なんぞ諦めてしまえ」
帆邑は全くだと思い、特に返す言葉は無かった。
「は?」
マリーは随分と頭に来たようで、反抗の意思を見せていた。男はそれを鼻で笑う。その男の手が払われる。
突然のことに男は真横にいる男の手を払った張本人を見る。男の横には赤い髪を背中の中ほどまで伸ばした女がいた。女は黄色の目で男を睨んでいた。
「無礼でしょ、キルグ」
キルグと呼ばれた男は鼻で笑い、立ち上がる。
「相変わらず良い子ぶるのが好きなようだな。その男も篭絡しようと言うのか?」
「あなたは下品な脳みそをどうにかした方が良さそうね」
女の言葉に、キルゲは表情で怒りを顕わにする。
「貴様……覚えておけ」
それを捨て台詞にキルゲは立ち去る。
女は膝を付いたままで帆邑を見る。
「大丈夫?」
「え、ええ……」
「どうしたの?」
「いや、教室が嫌いなんですよ……」
あまりの情けなさに帆邑は俯くが、女は笑うことなく「そう」と言う。
「問題無いわ。勇者候補が教室を使うのは、最初の説明くらいなもの。情報伝達にも使われるけど、わざわざ聞きに行かなくても水晶にも表示されるし」
「水晶?」
「うん。詳しくはあとで説明するよ」
マリーの言葉に女は頷く。
「そうね。良い妖精がついているのね」
「ええ。俺の自慢です」
「そう」
女は帆邑の言葉に笑みを浮かべる。
マリーは顔を背けたので帆邑は照れているのかと考えたが、マリーは眉をひそめて申し訳なさそうにしていた。
女は教室に入り、机から鍵と水晶を持つと教室を出る。帆邑はその間になんとか立ち上がる。
女は水晶と鍵を帆邑に渡す。
「それは寮の鍵と、水晶。詳しくは自慢の妖精に聞いてね」
「ええ」
「じゃあ、寮まで案内するわ」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
女の凛とした様に、帆邑は心中で再度感謝を告げた。
寮の205号室の前女は止まる。帆邑は鍵を確認してみる。鍵には『205』と彫ってあった。
「ここね。困ったことがあったら私に言って。エリカ・ローズナーよ」
「ホムラ・カグツチです」
「そう。よろしく」
「はい」
エリカは帆邑の横を通り過ぎて、手を上げる。
「それじゃあね」
「ありがとうございました」
帆邑は頭を上げてエリカの背を見送る。
マリーは何も言わないので、帆邑はドアを開けて部屋に入っていく。部屋には浴室にトイレ、ベッドに机と帆邑が予想していた以上の造りだった。だがそれに歓声を上げる余裕は無く、帆邑は靴を脱ぐとベッドに横になる。
「マリー。とりあえず寝るけど、良いよな?」
「うん……」
マリーはどこか元気が無いようだったが、気を回すより早く、帆邑の身体は休息を求めて眠りについた。
彼女は、好きな人という訳では無かった。
なんとか努力して手に入れた「普通」を享受する舞台である学校での、友人の立ち位置。それ以上は無かったし、それ以上を求めた訳でも無い。少なくとも帆邑は。
『不思議に思わない?』
彼女はいつもどこか寂し気だった。
『当たり前に生きてるけどさ、一度も立ち止まらないなんて普通じゃないよ』
彼女の言葉は水のように掴み所が無いから、何を返してもそれが彼女の益になるとは思えなかった。
『もしも「特別」を手に入れられたら、それが変わるのかな』
彼女の言葉は氷柱のように心に突き刺さるのに、帆邑の言葉は何一つとして形を持てなかった。いつからそうだっただろう。いつから掴み所の無いはずの言葉が氷柱がように感じられて、いつから帆邑の言葉の掴み所が無くなっただろう。
益にも害にもならない、言わば「普通」の言葉。きっと帆邑が求めていたものだ。けれどそれでは、届かないこともある。それは無い物ねだりだ。それを帆邑も分かっていた。だから変わらなかった。だから踏み出さなかった。
好きでは無かったけれど、好きと言うことは出来た。どうせ本当に好きな人はもう会えないだろうに。
けれどそれでも言わなかったのは結局、無関心だったからではないのか。
『――なんてね』
そう言った彼女の笑顔はいつもより一層、寂し気だった。
翌日の朝、不思議といつもより早く目を覚ましてしまったのは、朝食も取らずに家を出て行ったのは、そうするべきだと伝えられたからだろうか。
朝早く教室に入った彼は、中にいる人間を見た。手首から並々ならぬ鮮血を広げていく、もう二度と目を開けることの無い彼女を見た。
帆邑は息苦しさに目を開けて、汗で身体がびっしょりと濡れていることに気付く。
思い出していたトラウマは一先ず置いておいて、ベッドに横になって寝息を立てるマリーを一先ず置いていて、浴室を目指した。
服を脱ぐと、シャワーを浴びる。
「…………勇者か」
勇者を目指すということは、「普通」ではない。勿論、「普通」で無くなることが贖罪だとは思わないけれど。
身体を洗い終えると、水をふき取ってクローゼットを開ける。クローゼットには制服が二着あり、下着もあった。帆邑はまた制服に身を包むと、朝日を見ようと窓を目指す。
朝日を遮るカーテンを少し開けると、ベランダには小さなワンピースが干されていた。マリーが昨夜干したのだろう。
それを見て、帆邑はベッドに眠るマリーを見る。マリーはもう起きていたようで、帆邑を見ていた。
マリーは目が合うと、帆邑へと飛んでいく。
「帆邑。ごめん……。僕、あんなに苦手だったなんて知らなくて……」
「気にするな」
帆邑はマリーの頭を人差し指で撫でる。
「マリーは俺が勇者になれると思ってここに呼んでくれた。それで俺は嬉しかったんだ。学校が嫌なのは、辛いことがあったからだ。でもそれは、マリーの所為じゃない」
「帆邑……」
帆邑は笑みを浮かべる。
「辛い時、マリーがいてくれれば俺は嬉しい」
マリーは帆邑の言葉に、目に涙を溜める。そうして零れる前に帆邑の胸に飛び込んだ。
「うあああああぁ」
マリーの鳴き声が室内を包む。温かな声だった。
マリーは帆邑には言っていないことがある。
また自分の名前を呼んでくれた時、自分を覚えてくれていると分かった時、どれほど嬉しかったか。
『つまりマリーは俺を誘って、俺は勇者になる。で、姫を救うってことか?』
そんな何気ない言葉に、緩む頬を抑えつけるのがどれほど大変だったか。
帆邑が鮮血の記憶を辿る夜、マリーもまた夢を見ていた。
妖精の里の学校には、立ち入り禁止と書かれた部屋がある。
マリーはどうしてもその部屋が気になって、忍び込んだ。その瞬間、彼女は異世界へと迷い込むこととなったのだ。
一瞬で変わった景色で、すぐに異世界に来たのだと分かった。公園のドーム状の遊具の中から、はしゃぐ子供たちの声が聞こえる。
「え……?」
そんな声にマリーは慌てて振り返る。そこに小学二年生の帆邑がいた。
「あの、騒がないで!」
マリーの慌てた様子に、帆邑は「う、うん」と頷いた。驚いているからか頬が赤い。
「あの、大変なの?」
「人に見つかっちゃいけないの!」
「そっか……」
帆邑は少し考える。
「えっと、名前は?」
「マリー・フェアリー」
「僕は神土帆邑。えと、じゃあ友達だね。それで、友達から僕が匿ってあげるよ!」
「え……?」
帆邑は手を胸に当てて、胸を張っている。
「おーい帆邑ー?」
そんな声に帆邑は慌ててドーム状の遊具から出る。
「何してたんだー?」
そんな友達の声に、帆邑は慌てて首を横に振る。
「なんでもないよ!」
「じゃ、その中で遊ぼうぜ」
「それはダメ!」
帆邑は入口を体で隠す。
「なんでだよ。独り占めはずるいぞ!」
「そ、そうだけど……その……」
そんな口論で人が集まってくる。
大事になっている間に、ドーム状の遊具の中に、異世界への穴が現れる。マリーは心の中で謝って、穴へと入っていく。
そうして立ち入り禁止の部屋に帰ってきたと分かると、すぐにそこを出て行く。
廊下を飛んでいると、友人の妖精に会った。
「マリー?」
「あ、おはよう!」
「おう。何してたんだ?」
「なんでもないよ! 僕のことは気にしないで!」
マリーはそう言って、慌てて友人の妖精の横を通り過ぎる。
「僕……?」
妖精には禁忌があった。それは異世界に行くこと。異世界に行けば、妖精は人間に捕らえられてしまうからだ。
けれどその日、マリーはヒーローに出会った。
ただ匿ってくれただけと言えばそれまでだけれども、確かに彼女にとって、彼が勇者だった。
勝手に帰ってしまって、あれから大丈夫だろうか。そんな心配が胸中を渦巻く。
――もしも僕が立派な妖精になれたらその時、また会いたいな……。
温かな夢は終わり、約束を叶えた現実へとマリーの意識を返していく。
パコさん!?
俺ツエーしてないから人気出なそうとか思ったけど、そもそも人気気にするならタイトルどうにかするべきだった。
マシュ・キリエライトほんとかわいい。
マシュの為にFGOやってるみたいなところある。あの子との旅は最高だと思う。
メルトリリス→殺生院キアラのガチャはほんとやめてほしいと思った。