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第6話 シンデレラボーイ。

 翌日。


「なあ、咲良。グラウンドの噂、聞いたか?」

「……どういう話?」


 朝、教室に来て自分の席に着くなり、クラスメイトの友人が嬉々とした表情で話しかけてきた。普段なら興味も湧かないし知ろうともしない話ではあるが、昨夜の衝撃的な出来事を思い出して咲良の声は強張り、友人の話の続きを促す。

 咲良の違和感に気付かない友人が、舞い上がったように話し出した。


「なんかな、今はもう消えてるみたいなんだけど。朝早くに来た生徒の一人が見たらしいんだよ。グラウンドの校舎に近い所に、まるで人が飛び降りたみたいな血の跡が広がってたらしいぜ」

「……そうか……」

「? どうした?」


 咲良は目に手のひらを当て、天を仰いだ。

 ……そうだよな、あの後俺たち、すぐにファミレスに行ったんだもんな……。

 昨日の自分たちの行動を思い出し、咲良は頭を抱える。

 ……ていうかあの子、自分で処理しないのかよ……。

 心配する友人をよそに、咲良が机に突っ伏してうんうん唸っていると――教室の教卓側のドアがからりと開いた。


「……あ……っ」


――ここで、咲良はあることに気付き、今までの自分の周りに対する関心の無さに呆れた。

 そうだ、いつもこの教室は、朝の気怠い時間の中で、一瞬静寂に包まれる時があった。今まではその原因を気に留めるでもなく、友人と話したり机に突っ伏して寝ていたりしたのだけど。静寂の原因に気付いた今は、もう気にしないではいられなかった。


 静寂の理由。皆の視線が集まる先にいたのは――幽鬼ヶ原絢音だった。

 彼女が朝、教室に現れる度に――咲良以外のクラスメイトたちは、男女問わず息を呑んでいたのだ。

 およそ高校生に似つかわしくない、大人びて凛とした雰囲気を纏う彼女は、髪を軽くかき上げるだけでも様になる。どこかで女子がほう……っと息を吐くのが聞こえた。

 人となりを知らないということは、本人の神秘性を高めることに繋がる。未知が魅力に代わり、本人の知らない所で無限に膨れ上がっていくのだ。


 きっと絢音は今まで様々な噂や憶測に晒されてきたんだろうな……と、絢音をぼんやりと見ながら咲良が考えていると、澄んだ黒い瞳とぱっちり目が合った。

 靴をかつ、かつと鳴らして、絢音が真っ直ぐに咲良の下に近付いてくる。友人が「え、え……?」と動揺していると、絢音は咲良の目の前で立ち止まった。


「おはよう、咲良くん」


 何でもない挨拶に添えられる、慈しみに似た笑顔。周りのどよめきの音が、心臓の急激な高鳴りに邪魔された。


「……おはよう、絢音」


 なるべく小さな声で応えたものの、咲良の挨拶でまた周りがどよめく。絢音は目を細めて頷くと、颯爽と自分の席について文庫本を読み始めた。


「……おいこら咲良。昨日、いや昨晩か? 何があったかを一万字以上のレポートで報告しろ」

「流石にそれはきつい……」


 げんなりした様子の咲良は、周りの視線から逃げるように机に突っ伏した。


       ×  ×  ×


 昨日と、今日。

 たった一日で、ここまで状況が変わるものかと咲良は驚嘆する。

 正確に言えば、咲良の生活そのものは全く変化していない。朝起きて学校に行くまでの流れは、慣れ親しんだ凡庸そのものの流れだ。


 そこに、幽鬼ヶ原絢音という一人の成分が入るだけで、咲良を取り巻く環境が激変した。

具体的に言えば、「あまり目立たない、中性的なクラスメイト」という立ち位置から、「一夜にして謎多き美少女と名前で呼び合う関係になったシンデレラボーイ」という立ち位置に変わったのだ。シンデレラボーイって何だよと咲良がツッコんでも、周りは取り合ってくれない。


 絢音は依然として人を寄せ付けない雰囲気であるため、しわ寄せが咲良に来てしまう。休み時間の度に質問という名の詰問を受け、咲良は必死でシラを切り続けた。誰が信じるだろうか、「目の前で飛び降りるのを見てから仲良くなった」などという話を。本当の話をする訳にもいかず、かと言って適当な嘘をつけばすぐ見破られ、咲良は放課後を迎える頃にはくたくたになっていた。


「お疲れのようね」


 放課後。咲良の後ろ側の席で絢音が文庫本を閉じて、何気なく話しかけてきた。

 部活に行く生徒は早々に立ち去り、話し込んでいた生徒も軒並み帰った教室に、咲良と絢音は2人、自分の席に座ったまま残っていた。


「絢音がそんな雰囲気だから、質問が全部俺に寄せられるんだよ……死ぬかと思った……」


 下ネタ好きの女子が中指と人差し指の間から親指を覗かせて「しちゃったの? ねえ、しちゃったの?」と言われた時は、流石の咲良も顔を引きつらせた。なまじ絢音の肉感的な身体を意識してしまっているために、冗談を笑って受け流すことが出来なかった。

 咲良が今日一日悶絶し続けた記憶を反芻していると、絢音が席を立ち、咲良の隣の席に座った。


「私、別にそんなつもりないんだけどね。こんなに気さくで面白いのに」

「そうだよ全く、皆絢音の手の早さを知るべき痛い痛い痛いごめんなさい!」


 左の二の腕をつねられ、咲良が悲鳴を上げた。


「咲良くんと話すようになったし、これを機会に皆ともっと近付いても……いや、でもそれはやっぱり……」


 頬に手を当て、絢音が考え込む。


「色々事情があるのは分かったし、友達は出来る時は出来るんだから別にゆっくりとやっていけば良いと思う。それよりもまず俺の腕をつねる指を外してくれない?」

「あ、ごめんなさい、つい」

「ついって何なの……」


 散々咲良を痛めつけてもけろりとしている絢音は、鞄を持って「それじゃ、行きましょう」と咲良を促す。


「行くって……どこに?」


 咲良の言葉に、絢音は顎に指を当てて「うーん」と唸る。


「何て言うか……まずはインタビュー?」

「……はい?」


 10秒近く待って絢音から捻り出された答えに、咲良はかこんと首を傾げた。


       ×  ×  ×


 2人が学校を出る頃には、既に日は暮れかかっていた。日中の晴れやかな空気と、夜の静謐な空気が入れ替わってゆくのを肌で感じながら、咲良と絢音は並んで歩いている。昼には夏の足早な気配を感じ、夜には冬の名残を感じる。春は胸躍ると同時に不思議な季節でもあるんだな、と咲良は感じていた。


「朝、グラウンドの血痕が噂になってたんだけど……」


 道中で咲良がさり気なく聞くと、絢音は軽く目を見開き、自分のおでこをぺちんと叩いた。


「あ~、消えてなかったかぁ……未だに分かんないとこあるなあ……」

「え……え?」


「私が死んだ時の諸々の証拠って、生き返った時に消えるのよ。血だったり、吹き飛んだ身体の部分だったり。……別に、そんな凄惨な死に方をしたことはないからね? ごめんなさい……」


 咲良の表情筋が引き攣るのを見て、絢音がしゅんとした。なんだか小動物みたいで可愛い。


「あ、いや、気にしなくていいよ。それで?」

「あるとき、証拠が消えるまでの時間にズレがあることに気付いたの。それで分かったのは、どうやら『残っていてはまずいもの』ほど早く消えるみたいなのよね」


 これは極端な例え話だけど……と、絢音が髪をかき上げ、遠くを見る。


「私が誰も見ていない所で死んだとする。その時腕が吹き飛んでいて、生き返った直後に誰かが来たとする。その時点で腕が残ってたらそれはもう大惨事よね。服とかは流石に再生されないから、私が長袖を着ていようものなら、一発で異常に気付かれるもの。だから、吹き飛んだ身体なんかはそれはもう早く消えるのよ。指とか細かい物ならその限りではないようだけど」

「それはまた……エグい話だね……。……ん、それだと血も相当やばいんじゃないの?」

「これも中々難しいんだけれど……血なら、今挙げたような状況でも極端な話『ここで何があったの!?』ってとぼければ、私が死んだなんて誰も考えないと思うの。ましてや昨晩はあなたしか見ていなかったでしょう? だから、他の人が目撃したところで私に繋がることはない。それで丸一晩も残っていたんだと思う」

「……複雑なんだね……」


 そうね……と絢音がくすりと笑う。己のことなのに、どこか涼し気で達観しているように咲良は感じた。


「ねえ、まだ何も詳細を聞いてないけど、インタビューって誰に? ……まさか……」


 咲良は本題を思い出し、絢音に尋ねた。咲良の不安げな声に、隣を歩く絢音は楽しげに振り向き、目を細めた。


「そう、咲良くんの予想通り。おばけよ、おばけ」


 絢音の回答に、咲良は歩きながら頭を抱えた。


「ポップに言ったって怖いものは怖いよ……マジか……」

「慣れれば大丈夫よ。最初は死ぬほど怖いけど。トラウマになるかもしれないけど、大丈夫よ」

「ねえそれ何が大丈夫なのか聞いていい?」


 咲良の追及を絢音がひょいひょいと躱していると……やがて、絢音の足がぴたりと止まった。


「ここは……公園?」

「そう。どこにでもある普通の公園よ。遊具が取り外されてすっかり寂しい状態になってるけど……」


 ここにね――と、絢音が話を始める。


「どうやら、小さな女の子の霊が出るらしいの。ぼんやりと白いもやが見える、笑い声が聞こえる、話しかけられる、たったったっと走る音が聞こえる……色々な目撃証言が後を絶たないの。暗くなってからの方が霊の存在が感じやすくなるからかしら、この通りがいくつかの学校の通学路になってることも相まって、特に下校時間の目撃証言が絶えないのよ」

「……帰っていい?」

「……そんなんじゃいつか死……何でもない。ええ、帰るのも一つの手よ」

「怖い所で話を切るのはやめて!」


 咲良がぶるぶると震えていると、絢音が公園につかつかと入っていく。咲良は目に涙を浮かべながら付いていく。


「あ」


 公園を見回していた絢音が、公園の隅にあるベンチを見るなり間の抜けた声を上げた。


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