最終話 そして2人は繋がる。
昼間の喧噪が薄れた町中を、咲良と絢音がゆっくりと歩いていく。
「大変だったね、絢音」
「そうね……出来るならこれっきりにしたいところだわ」
憂鬱なため息を吐いて長い髪をかき上げる絢音の仕草は、疲れをしばし忘れさせるほど美しい。
「……そうだね」
上擦りそうになる声を抑えながら、咲良はつられてため息を吐いた。空は夕暮れ。日毎に色合いを変える朱色が、古びた町中を照らしている。
――堂ノ池を警察署に突き出す段階になったところで、果たしてどうするのが最善なのかを一同で考えた。咲良も絢音も、別に名誉が欲しいわけではない。と言ってももちろん野放しにする訳にはいかないから、さてどうしたものかと悩んでいると……未悠と恵美里が名乗りを上げた。
「あたし達が連れていくわ」と言われた時は、咲良も絢音も目をぱちくりとさせた。結局未悠と恵美里は堂ノ池を簀巻きにして、交番ではなく警察署の前まで引きずっていった。鼻歌を歌いながら。
多くの霊感が無い人から見れば、宙に浮いた二本の縄に顔の腫れた男がずるずると引きずられているのである。異様すぎて誰も近寄ることも出来ないまま、連続殺人犯は警察署の前に放置された。
初めは何の事件だと警察官がどよめき、直後に男の正体に気付いたのを見届けると、5人はそっと離れた。2人には助けられっぱなしだな……と咲良は目を細める。今度何かお礼をしよう、出来れば常識の範囲内で。
「そういえば瑠璃香さん、成仏はしなかったんだね」
「ええ……不思議だわ」
咲良の言葉に、絢音は訝しむように首を傾げた。
瑠璃香は心底すっきりした顔こそしたものの、「もう少しおばけライフを楽しんでみます。もう少しだけ、よろしくお願いしますね」と言って笑顔で手を振って別れた。絢音としては、未悠、恵美里に続き3人目の例外だ。
「まだ、この町は分からないことだらけだわ……」
絢音が呟き、空を見上げる。白い喉が覗いて、咲良は咄嗟に顔を逸らした。
「そうだね……。ところで……絢音」
「ん、なあに?」
随分と柔らかくなった笑みを向けられ、咲良の鼓動が跳ねる。静かに、少しだけ長く息を吸うと、真剣な表情で絢音を見つめた。
「さっきの、返事をもらえるとありがたいんだけど」
「え……? ……あ、え、返事……? さっきの……って、え、あ、まさか……っ!」
ぽかんとした顔が、ゆっくりと記憶を辿るにつれ徐々に赤く染まる。自分の肩を掴みながら少年が叫んだ告白を思いだし、絢音は呼吸の仕方を忘れたかのように口をぱくぱくとさせた。
「さっきは状況が状況だったから、流石に忘れてたと思うけど……俺としては、どさくさ紛れでも告白は告白だから、ね。……あ、いや、別にすぐの返事でなくてもいいからね? 後はその、なんだ、えっと」
「咲良くん」
「へぁいっ!?」
緊張でどんどん口数が多くなる咲良の言葉を絢音が遮る。綺麗に裏返った咲良の声に笑うことなく、絢音が微笑んだ。
――ああ、今までで、一番綺麗な笑顔だな。
咲良は見とれた。柔らかそうな唇が紡ぐ言葉が自分の耳に届くまで、圧縮された時間の中でひたすらに想い人の笑みに魅入られる。
「返事は、その……今から、する、わ」
「え、あ、はい、どうぞ!」
「……そ、その、出来れば場所を変えたいのだけど……」
「う、うん、いいよ、どこがいい? カフェ? 公園? 後はその、えっと……」
「……咲良くんの部屋、ではだめかしら……?」
「……へ?」
頬を朱に染めて呟かれた言葉に、咲良は間の抜けた声を上げる。返事を聞かせる場所を選ぶという時点で、ある程度色よい返事をもらえるのでは……と思っていたが、流石に自分の部屋に来たいと言われたら希望的に捉えざるを得ない。
というか部屋まで行って「ごめーんね!」などと言われたら一週間は泣いて暮らす自信がある。咲良の心臓がデジタルで数値を書き換えたかのように跳ね上がった。
「え、ええっと、それって、つまり……」
「ちちち違うの! 別にこの間の続きをしたいって訳じゃ……あ」
「え」
「ビンタします」
「あっぶね! ちょ、絢音、今のは理不尽……あぶっ、あぶねっ! 死ぬっ!」
「咲良くん、ごめんね? あなたの記憶を消すしか、私の羞恥心を紛らわす手段が無いの」
「正直! とっても正直! でも流石にやめて! ていうかなに、俺の記憶を消すってことは俺の部屋に来てもそういうことはしたくないの?」
「…………」
絢音が口を閉ざし、視線を泳がせ、上目遣いで咲良をちらりと見た。
あ、やばい。
咲良の中に嗜虐心が野火のように燃え広がる。
「よし、絢音。俺の部屋に行こうか」
「さ、咲良くん!? 目つきが、目つきが怖いんだけど!」
「大丈夫大丈夫、お互い本能に従えばきっと幸せになれ」
「変態!」
「がふぅあっ!?」
涙目の絢音に脇腹をど突かれ、咲良は突っ伏した。
「うぐぅぅ……っ」
痛みやら何やらでうずくまっていると、絢音がそっと手を伸ばしてきた。
「……どちらにせよ、あなたの部屋には行きたいわ。……ほら、行きましょう?」
「……うん、喜んで」
そっと絢音の手を握る。自分の手よりも一回り小さい手に、絢音という存在の儚さの一端を見た気になる。
「……絢音」
「なあに?」
「……俺、もっと絢音のことを知りたい」
今まで味わってきた、楽しいこと、寂しいこと、嬉しいこと、悲しいこと。目の前にいる女の子のことを、もっともっと知りたい。
咲良が心の底から思った言葉に対して、絢音は。
「……あの、すごく嬉しいんだけど……今このタイミングで言われると、その、ちょっと変な意味で捉えちゃうんだけど……」
「……え、あれ!?」
少しばかりひねくれた反応を返してきた。慌てる咲良を見て絢音はくすりと微笑み、そっと歩を寄せる。少女の顔が近付くのを、咲良はスローモーションで見ていた。
「……私は、どちらの意味でも知ってもらいたいわよ? あなたに」
「……っ」
咲良の脳内に、凄まじい幸福の火花が散らばる。視界が白み、顔の奥から何かがこみ上げてきた。
「あ、絢音……っ!」
「なあに? 咲良くん」
「は、鼻血が……っ」
「えぇぇ……」
鼻を押さえる咲良に、絢音が呆れながらも微笑んでハンカチを渡す。
――死を介して出会った少年と少女の物語は、きっとまだ、まだまだ、ゆっくりと、時に凄惨に、そして穏やかに……続いていく。
「……咲良くん」
「……ん、なに?」
「……好きよ、大好き」
「……俺も、好きだよ。絢音」
終。
ここまで読んで頂き、本当にありがとうございました!
「目の前で飛び降りた少女が蘇る」というシーンを思い付き、そこに自分なりのラブコメを突っ込んでいった結果、こういった物語が出来上がりました。
ちなみに未悠は物語シリーズの八九寺を、恵美里は小林さんちのメイドラゴンのルコアをイメージしています。恵美里については書いている途中で急にルコアに脳内変換されました。
このお話と入れ違いになる形で、小説家になろうの男性向けR-18版サイト「ノクターンノベルズ」にて
「社会人が築く亜人ハーレム~ラブコメとエロを分ける理由なんてない~」
http://ncode.syosetu.com/n5669eb/
の連載を始めました。
また、投稿小説サイトハーメルンにて、ライトノベル「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」の二次創作「俺ガイル 日常の何気ないエロス。」
https://novel.syosetu.org/47104/
を連載しています。こちらもR-18です。
上記の2作品は、どちらも「たっぷりラブコメをしてからのこれまたたっぷりのエロ!」をテーマに書いています。読んで頂けると本当に嬉しいです。
それでは最後にもう一度。
本当に、ありがとうございました(^^)!!