第15話 何がどうしたらこうなるのか分からない。
数十分後。
「へえ、男の子の部屋ってこんな感じなんだ~」
「咲良くんの部屋、咲良くんの、部屋……咲良くんの……」
「…………」
生まれて初めて自分の部屋に招いた女の子二人は、ローテーブルを囲んでクッションに腰を下ろしながら、それぞれ全く違う反応を見せていた。恵美里は興味深げにあちこちを見回して、絢音も同様に見回してはいるものの、顔を真っ赤にしてなんだか息も荒い。
ちなみに未悠は、読みたい漫画があるからとあっさりと一行から離脱していた。
「……絢音、大丈夫?」
「え!? あ、う、うん、全然平気よ!? 大丈夫、咲良くんが普段自家発電してるであろう痕跡は全く感じられないわ! 見事なお手並みね!」
「それ言わなくていいやつだよね!? 何で言ったの!?」
咲良と絢音が騒いでいると、恵美里がすんすんと鼻を鳴らした。
「そうかな~? 消臭剤をいっぱい撒いたのは分かるんだけど、パソコンの近くからちょっと栗の花の匂いが……」
「恵美里さん、ストップ、ストップ!」
ただでさえ可愛い女の子二人が自分の部屋にいるというのに、バリエーション豊かな自由ぶりを見せつけられては混乱するばかりだ。
「あ、あの、咲良くん」
「え、な、なに?」
女の子座りでもじもじとする絢音に、咲良は思わず喉を鳴らす。絢音には聞こえなかったが恵美里には聞こえたようで、にんまりと微笑まれて咲良は死にそうになった。
絢音の視線がちらちらと咲良のベッドに向けられる。
「あ、あのね? 私、クッションよりはベッドに座る方がスタンダードというか、むしろ掛け布団で身体を包んで座ってたい派閥に属しているというか……とにかく、そんな感じなの」
「……あ、はい……そうですか……」
「……だから、今から私がすること、許してくれる?」
「……んんん?」
頬を赤らめ、上目遣いで、普段学校で見る凛とした表情からは考えられないほど可愛らしい姿に、咲良は心臓が爆ぜそうなほどの衝撃を受ける。
正直、絢音が何を言いたいかまるで分からない。
いや、正確に言えば、分かってはいる。
絢音の挙動不審な態度や言動から見ても、まどろっこしい言葉を並べられたところで結局何をしたいのかは透けて見えている。
判断に数秒を費やした咲良だが。
……まあ、可愛いから何でもいいや。
――非常に安直な判断基準で受け入れることにした。
「……ん、よくわかんないけど、まあ……いいよ」
「……ありがとう、受け入れてくれて……ありがとう」
言葉面だけ見れば全く違う場面に思える状況に、恵美里は。
「ん~、告白現場を目撃した、ってことでいいのかなあたしは? 未悠ちゃんに言っちゃうね~」
『ちがうわ!』
綺麗に揃った否定の言葉に、恵美里は首をくりんと傾げる。
「付き合う直前の雰囲気ってこんな感じなのかな~?」
『…………』
恵美里の言葉に、二人は耳まで真っ赤にして、首がちぎれんばかりの勢いで反対方向を向いた。
× × ×
それでは、失礼します……と慇懃な挨拶をして、絢音がベッドに腰を下ろす。
(うわ、うわ、うわ……っ)
自分が何年も使い続けて、普段自分が一番多くの時間を過ごしているであろう場所に、憎からず思っている女の子が座っている。それも、道行く人がみんな驚いて振り向くような美を湛えた少女が。
咲良は努めて平静を装っているものの、内心どうしようも無いほど興奮していた。絢音が腰を下ろした時、自分と比べてベッドが軋む音が小さいことにも驚く。自分しか使わないはずのものに誰かが触れた時に生じる音に、咲良は心底衝撃を受けた。
「…………」
絢音は足を流して座り、ベッドの縁に両手をついて無言でぎしぎしとスプリングを鳴らしている。様々な感情や感慨が溢れ出すのを我慢しているのか、美しく整った顔立ちがひくひくと妙な痙攣の仕方をしている。咲良は絢音の表情に首を傾げ、恵美里は口元を手で押さえてぷるぷると震えていた。
「それでは、布団を拝借致しまして候……」
どこの時代の方……? ていうか言葉遣い間違ってるよね……? 咲良は溢れ出すツッコミを心の奥にしまいこむ。ちらりと恵美里を振り向くと、頬を膨らませて震えていた。咲良の肩に左手を置くと、妙に素敵な笑みを浮かべながら右手の親指を立てた。どうやら「見守りましょう」と言いたいらしい。
絢音がベッドの中央を陣取り、掛け布団をたぐり寄せて自分の身体をくるむ。まもなくして大きなみのむしが完成した。
「ほふぅ……っ」
『……………………』
どれだけ疲れ果てた状態で温泉に入ったとしても、こんな極楽浄土に浸るような顔になることはないだろう――そう思うくらい、絢音の顔は緩んでいた。クラスメイトが今の絢音を見たら本人とは気付かないだろう。
咲良がもう一度恵美里を振り向くと、両手で口を押さえて「無理……死ぬ……っ」と消え入るような声を漏らしている。よほど面白いらしい。
「あ、絢音? そろそろ本題に……」
「ごめんなさい、咲良くん。もうちょっとだけこのままでいい?」
「いや、そのままでいいから本題を……」
「時間が必要なの、集中する時間が」
「何に集中する時間なの!?」
咲良は段々恥ずかしくなってきて絢音を止めようとするが、恵美里が咲良の肩に手を置いてそれを止めた。
「だめよ、咲良くん。好きにさせてあげましょう」
「いや、好きにさせたらどうなるかをまだ把握してないんですけど……」
げんなりした顔で恵美里と話していると、ベッドから小さな音が聞こえてきた。振り向くと、絢音が布団に顔をうずめて小さく鼻を鳴らして匂いを嗅いでいる。
「えーと、絢音さん? 一体何を……?」
「すんすん、ちょっと待っててね、すん、すん……ああ……この匂い、すごく……えっと、すん、すん……今日は何をしに咲良くんの家にお邪魔したんだったっけ……」
「そこから!? ていうかちょっと待って、恍惚とした表情で匂いを嗅がないで!」
絢音の顔はもはや目から上しか見えないが、それでも十分に分かるくらい絢音の表情は蕩けている。艶っぽく細められた目に舌っ足らずになった声が咲良の身体の奥底にあらぬ火を灯す。咲良は言葉でこそツッコみはするものの、このまま放っておいたらどうなるのかを見たくなってしまっていた。
絢音の表情は際限なく甘ったるく変貌していき、やがて布団にくるまったままころんと寝転がってしまった。
「ん……ふぅ……んん……っ」
「……ぅ……わ……っ」
しきりに鼻を鳴らし、悩ましい声を漏らし、身体がもぞもぞと動く。予想外の展開に、咲良は正座してその様子を凝視している。
「ふっ、んん……っ、咲良くん、んふぅぅ……っ、もう少しだけ、このままでいい……っ? だいじょうぶ、何もしてないから……何も、してないからぁ……っ」
絶対してる、絶対なんかしてる……っ!
心の底から叫びだしたい欲求に駆られるも、焼け付くように乾いた喉を鳴らすことしか出来ない。
「……ぁ……う、うん、どうぞ、おかまいなく……」
咲良がかろうじて絞り出した言葉に、絢音は嬉しそうに目を細める。
くち……ちゅく……っ。
「……ん……っ?」
なんか今、水音が聞こえたような……? と咲良が首を傾げると。
「はーい、絢音ちゃーん。そろそろやめときましょうね~」
『え』
恵美里が、何の躊躇もなく掛け布団を取り払った。
絢音は、横向きで咲良を見つめたまま、身体を屈めていて……左手を自らの胸に添え、右手を両足の太ももで挟み込んでいた。
咲良と絢音は、顔を真っ赤にすることさえ出来ずに固まった。