第14話 雑談って気が付くと結構な時間が経っている。
絢音が恵美里に自分の能力を説明することになり、その間咲良は飲み物を買っておくことにした。
「ええっと、確かこの辺に自販機がいくつかあったよな……あ、あそこだ。……あれ?」
咲良が自販機を見つけて近付くと、機械の前に見覚えのある少女が立っていた。
「ああ、未悠ちゃんか。こんにちは」
「こんにちはお兄さん。今日も未悠の顔よりも先に胸に視線が行く辺りほんとスケベ野郎ですね」
「ほんとごめん、ほんとごめん!」
「あっさり認めるんですね……何でしょうかその潔さは……」
「……未悠ちゃんはここで何をしてたの?」
「この自販機にどんなジュースを置いたらぶっちぎりの売上になるかを考えてました」
「何それ……」
「失礼な、ちゃんと二時間くらい考えてるんですよ?」
「長いよ!? それなら立ち読みしてた方がよっぽど有意義な気がするけど!?」
「人の価値観を自分の尺度で決めるとかどんだけ了見が狭いんですかでもそんなところも『バカだなぁこの人は』って思って許しちゃうくらいには好きですよむっつりお兄さん」
「ちょっと待ってちょっと待って情報量が多すぎる! ほんとちょっと待って!」
本気のダメ出しとさりげない告白とそこはかとない罵りを同時に受けて、咲良は頭を抱えて俯く。うんうん唸っている間、未悠はにやにや笑いながら咲良の頬をぷにぷにと小突いていた。
一分後。
「お兄さん、頭の中は整理出来ましたか?」
未悠が優しい笑みを浮かべて問い掛けてくる。
「あ、ああ……なんとか」
「それじゃあ、未悠の彼氏になってくれますね?」
「あああ余計混乱しちゃったよ!」
「ふっふっふ、今はお姉さんがいませんからねえ……このタイミングでお兄さんを堕とそうかと」
「字が怖いって! ていうか小学生に落とされたりしないから!」
「ほんとですか? ……毎日このお胸を好きなことに使わせてあげますよ?」
「……っ……」
「……あ、いや、そのぉ……そんな、犯さんばかりの目で見られると、身体の奥が熱くなっちゃいますというか……」
「ご、ごめん。……しかし、本当に未悠ちゃんのその胸は……なんていうか……」
「ま、待ってくださいお兄さん。それ以上言うと本当に引き返せない事態になると言いますか」
「…………」
「お、お兄さん……? にじり寄られると、その……」
未悠が涙目で後ずさると、咲良がぴたりと足を止めた。
「……ごめん、理性が九割方飛んでた……流石に今のはひどすぎたね」
「……そうですね……完全に罪を犯す気満々でしたね……」
「……ぐうの音も出ません」
「……元気出してください」
「……ありがとう」
× × ×
理性が飛びかけていたことに落ち込んでいた咲良がようやく立ち直ると、「まあまあお兄さん、これでも飲んで元気出してくださいよ」と言いながら咲良が用意していたお金を手にとり勝手に飲み物を買ってしまった。「わたしのお勧めですよ!」と輝く笑顔で言って渡してきたのは、ごく普通のスポーツ飲料だった。お勧めって言う意味ないよね……と若干疲れた声でツッコミながら、飲み物をカバンにしまう。
「それじゃ、未悠ちゃん。またね」
「はい、また」
少し重くなったカバンを持って、咲良は絢音と恵美里の下へと戻ることにした。
「……未悠ちゃん」
「はい、何でしょう?」
「何で付いてきてるの?」
「? 面白そうだからに決まってるじゃないですか。何言ってるんですか、本当に?」
「なんでさっき別れの挨拶に応じたの!? ていうかそもそも何でドン引きされたの俺!?」
「あ、お姉さんだー。おーい」
「無視した! この子今すごく自然に無視した!」
未悠の呼び掛けに、絢音と恵美里が振り返る。
絢音が唐突に咲良を指差し、咲良は驚いて足を止める。その指が次は未悠を指し、再び咲良を指した。
「浮気者」
「誤解だ!」
絢音が無表情で淡々と言った言葉に、咲良はダッシュで絢音の下へと駆け寄って弁明する。
「誤解だって絢音、さっき自販機で偶然会って、それで……!」
「うわ、き、もの。うわき、も、の」
「壊れた!? 絢音が壊れた! だからほんとに誤解なんだよ!」
「……そうなの? 未悠さん」
「危うく胸を犯されそうになりました」
「排除」
「あぶなっ! あぶっ、ちょっ、連撃は流石にがふぁっ!?」
次々と繰り出される高速の手刀を何度か避けたものの、四発目が右肩に着弾する。
「超いってぇ……」
「さ、咲良くん、ごめんね……? 本当にごめんね……?」
「ちょっとやめてそれ典型的なDVをやらかす人みたいだから!」
「じゃあ謝らないわ。浮気者!」
「話が振り出しに戻った!?」
痴話喧嘩を続ける二人をぽけーっと見ていた恵美里は、くりんと首を傾げた。
「やっぱり付き合ってるんじゃん」
『ちがうわ!』
× × ×
「初めまして、久遠寺未悠と申します。以後お見知りおきを」
「初めまして~、伽耶野恵美里って言います。よろしくね、未悠ちゃん。礼儀正しいね~」
「いえいえ、それほどでも……って、お姉さん、めっちゃ身体つきエロいですね。エロ姉さんって呼んでいいですか?」
「いいよ~」
「いいんですか恵美里さん!?」
未悠と恵美里のゆるゆるの初対面が終わると、咲良は絢音に買ってきた飲み物を渡す。絢音は缶を傾けてくぴくぴと飲むと、咲良に向き直った。
「説明は終わったわ。さて、恵美里さん……あなたはどうしたい? 何をしてもいいし、何をしなくてもいいわ。そこはあなたの意思次第だから」
絢音の言葉に、恵美里は顎に手を当てて考え込む。恵美里の尻を撫でて「エロ姉さんのお尻ぱないっすね……」と感嘆の声を上げている未悠の頭を咲良がひっぱたいた。
ふと、恵美里が咲良の顔をじっと見る。
「咲良くん。君、さっき、何でもやるって言ったよね?」
「……っ? は、はい、言いましたけど……」
つい今しがたまでおっとりとしていた年上女性の瞳に、急に猛禽類のような鋭い光が宿った。咲良は無意識に数歩後ずさる。
「ふむふむ。……絢音ちゃん、ちょっとこっち来てくれる?」
「え、ええ……いいけど」
妖しい笑みを浮かべて手招きする恵美里に、絢音は恐る恐る付いていく。一度振り向いて咲良を見た時の表情が妙に情けなくて、咲良はちょっとときめいた。
「絢音ちゃん。あたしがしたいことなんだけど、……~~~~、~~~~~~……」
「……え、ちょ、はあ!? む、無理、無理よそんなの……っ!」
「ええ~? でもさあ……ぶっちゃけ、~~~~……~~~~~……」
「ちょ、ちょっと!? 咲良くんに聞こえちゃうでしょ!?」
「大丈夫大丈夫、多分絢音ちゃんの声しか聞こえてないから。それにね? ~~~~……~~~~~~……」
「……うぅ……た、たしかに、それなら……うん……」
(すげぇ気になる、すげぇ気になるんだけど!)
恵美里と絢音の内緒話に聞き耳を立てるが、絢音が大声で言う断片的な言葉しか聞こえない。
「んぐんぐ……ぷはっ」
「ん……うおっ!?」
そわそわとしていると、未悠がいつの間にか咲良が買ったジュースを手から奪い取って飲んでいた。
「何勝手に飲んでんだ!? ていうかなに、え、飲めるの!? え!?」
「わたしくらい自我がはっきりしてると、こんなことも出来ちゃいます! 味も分かりますよ」
「いや、でも、飲み込んだのはどこに消えるんだ?」
「……………………さあ?」
「……そうか……取り敢えず、勝手に飲んだお仕置きに以降します」
「ほわぁ――! やめてくださいまし、ポニテを引っ張らないで!」
「うるさい、なんで一口で半分近く飲んでんだ!」
「堪忍、堪忍してえ! この後わたしの服を引っぺがして幼い身体を貪る気なんですね! 堪忍してえ!」
「んな趣味無いわ!」
「ほんとですか? 未悠の身体に欲情はしないと?」
「当たりま……え、だ、ろぅ……っ」
「こんな尻すぼみの言葉、初めて聞きました……」
未悠に心底呆れられてどうしようと思っていると、咲良は横顔に視線を感じた。絢音と恵美里がじっと見ていた。絢音は心底軽蔑するような目で睨み、恵美里は「守備範囲広いのね~」と謎の感心をしていた。
咲良が絢音に必死で謝っていると、恵美里がとてとてと寄ってきた。
「咲良くん。絢音ちゃんとは話が付いたわ。場所を移動してもいい? ここだとちょっとやりづらいのよね」
「え? いいですけど……どこに行きたいんですか?」
「そうねえ……君の家、とか」
「……はい?」
咲良の顔がぎぎぎと軋みながら絢音に向くと。
「…………」
絢音は、頬を赤らめ、両手をもじもじと絡ませて、ちらちらと咲良のことを見て……はにかんだように笑った。
(うん、全然訳が分からない。でも可愛い、どうしよう)
これはどんな流れであれ断れないな……と思いながら、咲良は絢音の可愛らしい仕草にしばし見入っていた。しばらくして視線を恵美里に戻すと、何故か恵美里と未悠が全力であっちむいてホイをしていた。