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第13話 恵美里の過去。

 公園のベンチに移動して、3人で並んで話し出す。咲良を真ん中に、左隣に絢音、右隣に恵美里が座った。三寒四温は元は冬の季語らしいが、春は暖かい日と寒い日が入れ替わり立ち替わりやってくるので、春先でもこの言葉を当てはめるとしっくりくる。


 幸い今日は暖かい日だった。自分が絢音と出会った日も、未悠と出会った日も、暖かかったな……と、咲良は何とはなしに思い出す。


 どんな経緯で今の状態になったのか――それを、咲良と絢音は聞きたいのだと恵美里に伝えていた。


「単刀直入に言うとね、あたし、男の人にモテたかったの」


 恵美里の言葉に、咲良と絢音がブッと噴き出して驚く。しかし恵美里が苦笑いを浮かべて俯いていることに気付くと、黙って頷き続きを促した。


「中高と女子校で、典型的な『男の人に縁が無い』っていうタイプだった。それでもお嬢様タイプの綺麗な子なら、大学に入ったら世間知らずの女の子にお近づきになりたいって男の人が食いつくと思うんだけど……あたしはそんなタイプとは縁遠かった。

 だから、所謂大学デビューってやつを目指したの。高校の友達が誰もいない大学に行って、春休みに出来る限りお洒落して、色々頑張ってみた。

 友達に「恵美里ってやらしい身体してるよねー」なんて言われたことが何度もあったから、試しにちょっとだけ隙のあるような服装もしてみたの」

 先程までとは打って変わったしんみりとした雰囲気に、恵美里はふと顔を上げて「ごめんね? こんな話しちゃって」と手を振りながら苦笑いを浮かべる。咲良と絢音は優しく微笑んでかぶりを振った。

 正直言うとね……と恵美里が前置きをすると、急に頬を赤らめ、咲良をちらりと見る。咲良は恵美里の視線に妙な熱が篭っている気がして顔が熱くなり、絢音は咲良の反応を見て急激に冷たい表情になった。


「あたしね……すっごく性欲が強いの」

「ぶっ!?」


 咲良が顔を真っ赤にして、絢音は口をぱくぱくとさせる。


「一人で、その、……するっていうのも、小学生の時に覚えてから……本当に毎日してるの。それも最低でも三回はする。休みの日なんて、ムラムラしちゃったらこっそり手に入れた道具なんかも使って、本当に一日中しちゃってたりもしたんだ」

「え、恵美里さん……ちょっと待って……死ぬ……」

「あ」


 咲良がぷるぷるしながら俯き、絢音が慌ててティッシュを出していた。


「ごめんね……。それで、さっき言ったように中高と女子校だったから、ずっと『男の人ってどんな感じなんだろう』って思ってた。学校の先生にはあんまり興味が湧かなくて……やらしい視線は毎日感じてたけど……大学に行ったら、素敵な男の人と出会って……なんて思ってた」


 でも……と呟き、恵美里はどこか遠くを見た。おっとりとした顔が、過去を思い返して頭痛が生じたような苦悶の表情を浮かべる。


「初めてサークルの新歓コンパに行った時にね、2つ上のかっこいい先輩といっぱい話すことが出来たんだ。大学に入学して初めての集まりだったけど、その人はすごく気さくに話してくれたの。嬉しくていっぱい話して、気付いたらコンパが終わりかけてたんだけど、その先輩が『送るよ』って言ってくれて。すごく嬉しかった」


 嬉しかった、という言葉を口にしておきながら、恵美里は今にも泣きそうだった。


「おしゃべりしながら歩くのはすっごく楽しかった。引っ越した直後に同じ道を歩いた時は、本当にこの街で自分は生きていけるのかなって心底心配してた。だけど、先輩がさりげなく頭を撫でてくれて、手を握ってくれて、肩を抱き寄せてくれたりしながら歩いてると……街がキラキラして見えたの」


 何て恥ずかしい話を……と、咲良は顔を赤くする。絢音は「か、肩、抱き寄せ……男の人に……?」と、口をぱくぱくさせて顔を真っ赤にしていた。

 けど……と、恵美里の表情が、不意に暗く沈む。


「先輩がね、『俺の家、寄ってく?』って言ってきたの。嬉しくはあったけど、その日初めて出会った人の家に行くなんて考えられなかった。時間はもう夜の10時を過ぎてて、先輩の家に行ったら終電に絶対間に合わなかったから。

 だから、ちょっと緊張して早口で『あ、ご、ごめんなさい、それはちょっと……』って言ったの。

 そしたら……先輩の顔つきが急に変わっちゃって」



『は? なに、ここまでノっといて家に来ないってどういうこと?』

『え、その、ごめんなさい、あたし、急にそこまでは……』

『なに、君だってヤるつもり満々だったんでしょ? なんで怖気づくわけ?』

『っ!? そ、そんなこと……っ』

『大体、入学した時点でそんな洒落た髪型にして、まだ寒いのにそんな露出の多い格好してさ。男を漁りに来たようにしか見えないぞ? サークルの野郎共で『誰があの子を落としに行くか』って話してたんだから』

『そ、そんな……あたし、そんなつもりじゃ……』

『いいから来いよ』

『やっ!? やめ、あたし、経験無いんです……!』

『……なに、本当に初めて? ……はっ、大学デビューでこんなビッチ丸出しの格好して出てきちゃった訳だ。なに、大学に入って一刻も早く経験したかったの?』

『やめて……そんなこと、言わないで……』

『いいから来いよ。大丈夫、テクは自信あるし、君を気持ち良く出来るものもいっぱいあるから。虜にしてあげるって』

『やめて……引っ張らないで……いやあっ!』



「そこから先は、スローモーションになったんだ。最初は何で? って思ったけど、この姿になってから思い出すと、あれが今わの際ってやつだったんだと思う。

 無理矢理あたしの腕を掴んで引っ張ってく先輩を何とか振り切って逃げだしたら、先輩は『クソが! 待てよこのビッチ!』って叫びながら追ってきたの。

 あたし、怖くなって必死で逃げた。逃げて、逃げて、逃げて……交差点を渡ったの。信号は赤だったけど、あんまりおっきくない道路で、その時間はほとんど車の通りも無かったし、何より先輩から逃げたかった。だからあたしは信号を無視して横断歩道を渡ろうとして――」


 恵美里の歯がかちかちと鳴り、両手で頭を押さえてうずくまってしまった。


「恵美里さん、もう大丈夫、最後まで言わなくていいから。ごめんなさい、もっと早く止めれば良かった……」

「う、うぅ……っ」


 自分が死んだ時の記憶を話して、平気な人がいるはずが無い――咲良は、必要なこととはいえ、自分が恵美里に求めたことの重さと痛みを知った。


「恵美里さん……」


 咲良が恵美里の背中をさすり、いつの間にか立ち上がっていた絢音が恵美里の正面に立ってしゃがみこみ、労わるように両手を握る。


「あたし、あたし、なんで、なんであんな男の人に付いていって……ひどい目に……」

「恵美里さん、大丈夫、大丈夫よ。落ち着いて。そうよね、辛かったわよね……本当に……」


 絢音が涙ぐみながら、恵美里の頬をさする。恵美里は涙の粒をぽろぽろと零しながら、絢音の言葉に頷いていた。


「……あたし、あの時は……本当に、嬉しくて……嬉しくて……なのに……」

「絢音、ごめん。ちょっとだけいい?」

「え? あ……わかったわ」

「恵美里さん……」

「え……? ……あ……っ」


 咲良は、恵美里の肩を抱き寄せると――そのまま、両腕で恵美里の身体をぎゅっと抱きしめた。


「咲良くん……」


 絢音は驚きこそしたものの、咲良の行動に異を唱えることはなかった。どことなく温かい視線を横顔に感じながら、咲良は恵美里をより強く抱きしめる。


「恵美里さん。俺は、恵美里さんがどれだけ頑張ったのか、どれだけ苦しかったか、……まったく、分かりません」

「……咲良、くん……?」

「本当に分かりません。ある程度の予想は出来ても、それでも、分かりません。あなたが大学に行く時の努力も、抱いていた期待も、先輩と話せた時の嬉しさも、裏切られたと思った時の苦しさも、そして――不意に、一人ぼっちになってしまった、今の感情も」

「…………」

「だけど、俺たちは、今のあなたを見ることが出来ます。話すことが出来ます。こうして……触れることも出来ます。年上のあなたにアドバイスなんて出来ません。だけど、一緒にいることは出来ます。だから、沢山話しましょう? 俺たちに出来ることなら何でもします。まあ……勿論、高校生活に支障が出ない程度ではありますけど。この間友達になった、変な女の子も紹介しますよ。なんて言えば適切なのか分かりませんけど……いわゆる、あなたの仲間と言える子です」


 恵美里は霊とは言え、物凄く柔らかく、良い匂いがした。絢音とは違う魅力に内心くらくらしながら、咲良は必死で言葉を紡ぐ。

 咲良は恵美里の両肩を掴み、ちょっとだけポーッとしている顔をじっと見つめた。


「だから、だから……元気を出してくださいとは言いません。俺が言いたいのは……その、なんだろう、あれ、何て言ったら良いんだろう……? えーっと、ずっと一緒にいますから! ……いや、違うなこれ……ただのプロポーズだよな……いつでもカウンセリングしますから! ……カウンセリングって言っちゃったよ。ええっと、その……あの、うん、そうだ、いつでも付き合いますから! いっぱい話しましょう!」

『…………………』

「な、なに、恵美里さんだけならまだしも、なんで絢音までそんな顔するの!?」


 恵美里も、絢音も。

 口の端を吊り上げて、生やさしい目をして、「うわぁ……」という顔をしていた。

 咲良は一気に顔が真っ赤になった。


「……ぷっ、くくっ、あは、あはは……っ」

「え、恵美里さん……?」


 絢音に必死で弁明していると、恵美里が耐え切れないといった風に噴き出した。咲良が戸惑いながらも振り返ると、恵美里は目に涙を浮かべて楽しそうに笑みを咲かせている。


「あ~、もう……君は最高だね。絢音ちゃんが入れ込むのも分かる気がする」

「っ!? な、なななな、何を、いいい言って……っ!」


 目尻の涙を拭いながら笑う恵美里に、絢音は口をぱくぱくとさせながら固まった。


「え、恵美里さん。今のくだり、もうちょっと詳しく……」

「聞かなくていいから!」

「あぶなっ!?」


 斜め下に振り下ろされた手刀を、咲良は反射的にサイドステップで避けた。風切り音の鋭さにぞっとする。


「あははは、ほんとに君たちって仲良いね~」


 自分の話をする前の明るさを取り戻した恵美里が、からからと楽しそうに笑う。

 それで――と、恵美里は2人を交互に見つめ、小首を傾げた。


「一通りは話したけど……君たちは最終的に何がしたいの?」


 恵美里の言葉に、2人は目を見合わせる。微笑んで頷き合うと、2人同時に恵美里を向いた。


『何か、出来ることはありませんか?』




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