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第9話 1つ目の解決。

 一通り愉快なやりとりが終わり、今度こそ本題に移る。


「そ、それじゃあ……お姉さん、行きますよ!」

「いつでも来なさい!」


 威勢の良い声を上げた未悠が、両腕を広げた絢音に勢いよく駆け込んでいく。


――絢音に未悠の身体が触れた瞬間、それまでは生きているようにしか見えなかった未悠の身体の輪郭がぼやけ、液体状に歪み、気体状に変化した。


 絢音の身体に重なり、絢音の身体の線がぼんやりと白く光ったかと思うと、ほんの数秒前まで2人いたはずの空間に絢音1人が残っていた。


「……未悠ちゃん、なのか……?」


 身体の具合を確かめるように四肢を動かし、手のひらをじっと見つめている少女に咲良が声をかける。すると少女は、咲良が今まで見てきた絢音の表情よりも幾分子どもっぽい笑みを浮かべた。


「はい、未悠ですよ。といってもお姉さんの意思ははっきりと混在してるので、お姉さんが話したり喋ったりすることも『カレー食べたい』急に喋らないでください! ……と、こんな風に可能な訳です……」

「……なるほどね」


 絢音の姿をした未悠が若干疲れた様子で説明をすると、咲良は苦笑しながら頷いた。カレーが食べたいらしい。後でお店に誘ってみよう。


 しかし、絢音の中に小学生である未悠ちゃんが入り込んでるのか……なんだか不思議だな……とぼんやり考えながら、絢音のことをまじまじと見ていると。


「……お、お姉さん……っ」

『……? どうしたの、未悠さん?』


 頬を赤らめた未悠が、もじもじと身体をよじらせながら、咲良ではなく絢音に呼びかけた。


「お姉さん、いつもお兄さんにこんな目で見られてるんですか……? よく、その、色々と我慢出来ますね……」

「え、なに、どういうこと?」


 未悠が咲良をちらちらと見ながら絢音に話す言葉に、咲良は血の気がさっと引く。絢音は絢音で慌てていた。


「お兄さん、お姉さんのこと好きすぎでしょう……。好意的な視線をこれだけ露骨に向けられると、何かもう照れくさいを通り越してただただ恥ずかしいです……。あと胸を凝視しすぎです。純情と劣情が混ざったハイブリッドな視線で見られて、わたし、なんかもう色々と限界です……」

「ぶっ!?」


 未悠の露骨な言葉に、咲良と絢音が同時に声を上げた。


「あ、その、絢音、別に、俺はそんなつもりでは……」

「お姉さんにお渡ししまーす。『み、未悠さん!? 違うのよ、別に私は咲良くんの視線を好ましく思うがために放っておいた訳じゃあ……!』」

「なんで絢音はわざわざ出てきてまで自爆したの!?」


 予想の斜め上を行く絢音の言葉に、咲良は激しく動揺した。


「はあ……なんなんですかこのバカップルは……。あ、でもですよお兄さん。どうやらわたしの方が胸のカップ数は大きいですか『はーい強制除霊に移りまーす』きゃー! ごめんなさい! 許してくださいたたたた! なにこれ、手足の先っぽから消えてく感覚が! 怖い! 怖い!」


 除霊されそうになり未悠が悶えるが、反応をして動く体は絢音のものだ。悩ましい肢体が苦悶でばたつく様は妙に蠱惑的で、咲良はまたしても前屈みになった。


       ×  ×  ×


「おお……これが自転車に乗った感覚……!」

「未悠ちゃん、楽しい?」

「はい!」


 未悠が絢音に取り憑いてから、ほんの10分後。


 咲良は未悠と並んで、河川敷の広い道をのんびりと走っていた。自転車が2台並んでも横幅に余裕がある道をゆるゆると進んでいき、犬の散歩をしている主婦と挨拶を交わしながら進んでいく。


 未悠は初めこそ、いくら絢音の身体だからと言っても本当に自転車に乗れるのかと不安がっていたが、杞憂に終わった。自転車のサドルに跨がると、ごく自然な動作で自転車をこぎ出すことが出来た。


 未悠からすれば記憶が無いのに身体が覚えているという状況なので、初めの内は嬉しがりながらもどこかぎこちなかった。

 それが今では、


「見て見てお兄さん、立ち乗りですよ!」

「ああ、そうだね。立ち乗りだね」

「たまたま後ろに男の人がいた場合、立ち乗りするために腰を上げた女子高生のミニスカートの中身を見ようと必死になる訳ですね! 特に登り坂の場合!」

「どうしたの急に!?」

「いやあ、マンガでそういうシーンを見かけたもので……」

「妙な影響を受けちゃってる……」


 他愛の無い雑談まで交わすようになっていた。


「……それにしても……」

「? どうしました、お兄さん?」

「……いや、なんでもない」


 咲良はのんびりと自転車を漕ぎながらも、隣に並んで走っている少女をちらちらと見つめてしまう。

 絢音は動きやすいようにと、長く艶やかな黒髪を結わえてポニーテールにしていた。加えて服装も白のタンクトップとデニム生地のショートパンツにスニーカーという極めて健康的な格好だ。


「…………」

「……お兄さん、どうしました?」

「……ごめん、ほんとに何でもない」


 健康的なのだが……咲良にとっては眼福を通り越して目に毒だった。すらりと引き締まった身体にも関わらず、タンクトップの生地をあらん限り伸ばしている豊満な胸。かなり丈の短いショートパンツから覗いている真っ白な太もも。


 そして五月の晴れた日中ということも相俟って、じわりと滲んだ汗。健康的であると同時に官能的でもあるという矛盾した姿は、咲良を大いに混乱させる。


「…………」

「さっきからわたし……というかお姉さんの身体を見すぎですよお兄さん。胸と太ももを見すぎですね」

「バレてた!? ごめんなさい!」

「ん、なんですかお姉さん? ……『この性欲魔人めが』だそうですよ」

「口調まで変わっちゃった……本当にごめん」

「あ、でもお姉さんは満更でもないみたいですね。いやー、お姉さんってばエロい身体でありながら初心とか無敵じゃないです『やっぱ成仏させたるわ。強制的に天国に送ってやんよ』ごめんなさいごめんなさい怒りのあまりキャラを変えないでください!」


 傍から見ると女の子の独り言がひどいように見えるが、基本的に和気藹々と進んでいく。

 うん、なんかよくわかんない流れではあるけど楽しいな……と咲良がほんわかと思っていると。



「……あ」


 未悠が小さな声を漏らして、自転車を止めた。辺りはひと気がなく、未悠の視線の先には交差点があった。横断歩道の脇に置かれた、時間が経っているのか少しばかりくたびれた花束を見て咲良が目を見開く。


「……あそこが、そうなの?」


 未悠の声と表情から、交差点が未悠にとって何を意味するかに気付いた。未悠は咲良の言葉に、黙って小さく頷く。つい先ほどまで楽しそうにはしゃいでいた少女の姿はなく、今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた。


「……思い出すのも辛いよね。他の場所に行こうか?」


 咲良が優しく声をかけると、未悠は弱々しく微笑んで首を横に振った。


「……いえ、せっかくなので渡ってみようと思います。あのとき、渡りきったらどんな景色が見えてたのか……それを、見てみたいんです」

「……そっか。じゃあ、一緒に行こう」

「……はい」


 咲良の言葉に、未悠は嬉しそうに微笑んだ。


「あ、あれ? おかしいな、さっきまであんな自然に乗れてたのに……」


 未悠が自転車を漕ぎだそうとしたところで、足の力がペダルに上手く伝わらないのか苦戦している。まるで手と足を同時に前に出したような不自然な様子を見た咲良は、未悠の頭をそっと撫でた。


「……え……?」

「大丈夫、未悠ちゃん。落ち着いて、ゆっくり行こう。……ね?」

「……はい、ありがとうございます」


 咲良の言葉に、未悠は嬉しそうに目を細める。緊張が和らいだ彼女が再びペダルを漕ぎ出すと、自転車がゆっくり前に進み始めた。咲良もそれに続く。


 未悠にとっても、咲良にとっても、目の前にあるのはあくまでよくある交差点に過ぎない。本来ならば数秒もあれば渡れる交差点が、ひどく長いものに思えた。


 青信号で、車一台さえ見当たらない中で交差点を渡る。


「……渡れた」


 向こう側にたどり着くと、未悠は心の底から安堵した表情を浮かべた。よほどの心労だったのか、足を地面につけてふらつく。咲良は近くにあったベンチを指差して、2人で休むことにした。


「……未悠ちゃん、頑張ったね」


 優しい声音で言って、咲良が未悠の頭をくしくしと撫でる。未悠は「えへへ……」と年相応の可愛らしい笑みを浮かべて、咲良の手に自分の両手を重ねた。上目遣いで見つめられて、咲良はドキリとする。


「……お兄さん、ありがとうございます。具体的に何かが起こるわけではないですが、すごくスッキリしました。お兄さんが隣にいてくれなかったら……絶対に渡れなかったです」

「そう言ってくれると嬉しいよ。よかった、協力できて」


 頭を撫でる手を離すと、未悠が今にも泣き出しそうな顔で微笑んだ。


「お兄さん……」


 未悠の瞳が潤み、頬がほんのりと赤らんだ。太ももに置いた咲良の手に未悠の手がいつの間にか重なっている。


(あ、あれ、おかしいな、何だろうこの空気は?)


 咲良が慌てるなか、未悠は咲良の反応を楽しむようにくすりと笑うと、咲良の首にするりと両腕を回す。2人の顔の距離が一気に縮み、シャンプーの甘い香りとしっとりとかいた汗が混じった淫靡な匂いが咲良の鼻腔をくすぐる。


「み、未悠ちゃん……?」

「『ちょ、ちょっと未悠さん!? あなた何やって……』えへへ……お兄さん、本当に優しくて……かっこいいですね。なんだか本当に好きになっちゃいそうです」

「ええ!?」

『ちょっと! ほんとに何をしてるの!? ねえ!』


 動揺する咲良と絢音を置いて、未悠は更に積極的に顔を近づける。鼻と鼻が触れあうほどの距離にまで近づくと、未悠の甘やかな吐息が咲良の鼻を撫でた。


「……お兄さん……」


 未悠が更に顔を近づけてくる。いつの間にか身体をぴったりと密着させていて、咲良の右腕を豊満な乳房が挟んでいる。


「ちょちょちょちょちょっと、ちょっと……っ!」


 咲良が口をぱくぱくさせて慌てている間にも、未悠は顔を近づけていき――


「……はい、お返ししまーす」

「……へ?」


 未悠が突然、ひょうきんな声を発すると――目の前にいる少女の雰囲気ががらりと変わる。見た目は何も変わっていないのに、ここにいるのは未悠ではないことが咲良にははっきりと分かった。


「……絢音?」

「……さ、咲良くん?」


 唇で触れあう寸前の状態で、咲良と絢音が目を合わせる。

 目をぱちくり、ぱちくり。

 数秒の間が空く。

 やがて――


「わーーーーーーーーーーー!!?!?!?!?」


 二人の凄まじい悲鳴がハモって、近くの街路樹で休んでいた鳥が一斉に飛び立った。2人は吹き飛ぶように離れると、ベンチの端と端で盛大に息を荒げる。


『……お兄さん、わたしのときよりも随分と恥じらってましたねむぐっ』

「そ、そんなことは……っ!?」


 絢音の口で未悠が喋り、絢音が顔を真っ赤にしながら自分の口を塞いだ。


「……ぷはっ、ああもう、あなたは一体何をして『いや、わたしもまさかあそこまで事が順調に運ぶとは思いませんでした。だってそうでしょう? 普通なら途中でお姉さんがわたしの行動を止めることができるんですもの。それを止めないってことは、お姉さんとしてもこのままお兄さんとキスしちゃってもいいかなって思ってたってことですよね?』


 未悠の言葉に、絢音がヒュイッと変な音を立てて息を吸う。咲良は耳まで赤くなり、狼狽えるばかりだ。


「……未悠さん。今からあなたが辿る道を二つ選ばせてあげるわ。一つは、わたしの中で強制除霊一歩手前の仕打ちを受けて、四肢がちぎれるような感覚に悶え苦しむ。もう一つは、元の身体に戻った上で咲良くんに48時間に渡り身体中をまさぐられる。さあ、どっちを選ぶ?」

「絢音ぇ!? 前者は怖すぎるし、後者は俺が完全にヤバいやつなんだけど!?」


 咲良が叫びながらツッコんでいると、未悠が絢音の中からスルリと出てきた。なにやら頬を赤らめて、もじもじとしている。元の姿に戻ってもその仕草はどこか艶っぽく、咲良は先ほどの行為を思い出してドキリとした。


「……わ、わたしとしては……お兄さんにもみくちゃにされるのは満更でもないというか……むしろ大歓迎というか……」

「え」

「……もう、乙女が本気で言ったことを聞き直さないでくださいよ……。いいですか、もう一度言いますよ? わたしは、お兄さんぴゃっ!?」


 未悠の後頭部がむんずと掴まれて、可愛らしい恥じらい顔が凍り付く。


「未悠さん、良い度胸ね。それならお望み通り、咲良くんに身体の恥ずかしい部分をまさぐってもらいなさい。ただしわたしがずっとあなたの身体に触れておいて、ギリで消えない程度の攻撃を加え続けるから。安心して、生きてる人間で言えばずっと愛撫されながら微電流を流されるようなものだから。そういうプレイだと思えば平気よね?」

「おおおおお姉さん!? 言ってることが怖すぎますよ!?」

「あ、絢音、落ち着いて!」

「うるさい! この色ボケ巨乳ロリとむっつり色情魔め!」

「ひどいです!?」

「ひどい言われようだ!?」


 道の端でかしましく騒ぐ二人と一人を、街行く人が生ぬるい目で見つめながら通り過ぎていく。

 この後咲良が絢音にカレーを食べに行こうと提案すると、絢音の怒りはいとも簡単に収まった。チョロいなこの子……と咲良は呆れながら笑った。


 のどかな休日が、優しく過ぎていった。


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