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バスは早朝の街に下りた。インターチェンジからバス停までは距離があった。
「静かだね」
街の様子を見ながら、真乙さんが淡々とつぶやいた。
「人口約一三万人。太鼓祭りで有名……」
「え?」
僕は、この街についてのじゃっかんの知識を持っていた。すこし話して聞かせるた。話し終えると、途中から見せていた驚愕の表情をやめ、苦笑いを浮かべた。
「すごいね……。というより、なんでそんなこと知っているの?」
この旅が決まったとき、四国について少々調べていた。とくに意味はないのだが、当日が来るまでのあいだ、暇だったのだ。
「なるほど、そういうことか」
「そういうことです」
真乙さんは、右手で前髪を弄びながら納得した。目の前で揺らぐ彼女の髪は、所々変に乱れていた。寝癖である。
「……嘘吐きめ……」
ぼそっと僕はつぶやいた。めざとく真乙さんはそれを耳でとらえ、「何か言った?」と聞いてきた。
「いえ、なんでもありません」
「嘘吐き……とか言わなかった?」
毎度ながら、彼女に睨まれる。
「……コーヒーかお茶でも、飲みますか?」
彼女の質問を無視して、そう尋ねた。
「な、なんでそんな話に飛ぶの?」
一+一=の答えを聞いて、田んぼの『田』だよと返ってきたぐらい、彼女はうろたえた。
「トイレの手前にあるんですよ。まだ、時間がありますし」
「……このバス、そんなものまでついているの?」
彼女は苦笑いを浮かべた。
「あるんですよ。僕も驚きましたけど」
「……ふーん、いつから知ってたの?」
「もちろん、四国に来る前に……四国について調べるついでに」
「…………」
真乙さんは、ため息を吐いてから「あーあ……」と呆れた。
「それを先に言ってくれたら、わざわざ飲み物をパーキングエリアで買う必要なかったじゃない……」
「そうでしたね」と言って、頭を下げ謝った。彼女は呆れすぎて、もう僕を睨むことすらしなかった。
「……で、コーヒーと緑茶なら、どっちがいいですか?」
「あー……」とか、「うー……」と嘆いている彼女に聞いた。
「……コーヒーがいい」
呻くように言うのを聞いて、僕は席を立ち上がり、バスの右側、真ん中付近にあるトイレを目指した。
「あら? おにいちゃんどこいくの?」
前に座る女の子が、僕を見てそう聞いた。
「ちょっとね、飲み物を取りにいくんだ」
「そうなの」と、女の子は窓の外に顔を向けた。
揺れるバスの中を、バランスよく歩くのはやはり難しかった。何度も転びそうになった。それでも、なんとか目的のトイレ前までは来れた。
トイレは、席よりも下に位置している。乗車する際、何段か階段を上った分、ここでは、半螺旋階段状の階段があり、その先にトイレがある。その手前に紙コップやお茶、紅茶、コーヒーのパックがあった。コーヒーと紅茶は砂糖がついていた。
紙コップを二つ取り、ひとつにお茶のパック、もうひとつにコーヒーの粉を入れてドリンクバーのように『水』や『お湯』と書かれたボタンの下に置き、『お湯』ボタンを押す。お湯が出てきて、すぐに紙コップを一杯にした。プラスチックの蓋があったので蓋をした。
五段ほどの階段を上がると、腰に手をあてて仁王立ちしている真乙さんが、いつの間にかいた。
「赤木くんは、危なっかしいから……」
真顔でそう言われ、コーヒーの入ったコップ、砂糖、ミルクを受け取って、先に席に戻った。あとに続こうとして、砂糖などを溶かせるために必要なスプーンを取っていないことに気づいた。砂糖の隣に置いてあった、たくさんのプラスチック製のスプーンの中から一本取り出した。
危なげに席へと戻ってみると、真乙さんが紙コップと睨めっこをしていた。
「混ぜるためのスプーンがない……」
戻ってきた僕に気づき、彼女は恨むような顔で僕に言った。スプーンを取り出してみせると、「さっすが!」と受け取った。
「ねえ、真乙さん。どうでもいいことなんですけど、『さすが』って、漢字でどんな風に書くか、知ってますか?」
なんとなく、そんなことを聞いてみた。
「……確か、流れる石って書くんだよね?」
「流石ですね」
熱いお茶を冷ましながら飲んでいると、まもなく真乙さんたちが下車するバス停に止まる放送が入った。
「それじゃあ、降りる準備をしますか?」
真乙さんが立ち上がった。僕にも立ち上がるように、手でジェスチャーした。
「……僕も立つんですか?」
指で自分を差す。真乙さんはうなずく。
「なぜですか? 僕の荷物は、これだけですよ」
足元に置いてあるバックを示す。
「それは……てっ、あ!」
何か言おうとして、真乙さんはバスが急にかけたブレーキによって、中学で勉強したとおり倒れそうになった。確か慣性の法則と言っただろうか?




