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僕は彼女に、半分本当で、半分は嘘となることを言った。
真乙さんの寝息を聞いている自信がなかった。どうせすぐに耳を両手で覆い隠し、頭痛にも似た悩みを増やすだけだろう。だから、そうならないように外の景色を観ていようと思ったのだ。べつに、車窓からの風景を心から楽しみたかったわけではない。
真乙さんが寝返りを打った。今まで通路側を向いていた体を反転させ、窓の方――つまり、僕の方を向いた。
彼女の寝顔が、カーテンをとおしてわずかに入ってくる光によって見え隠れした。僕はその寝顔を正視した。人の寝顔をこんなにも見つめるなんて、ほんのちょっと心の中に残っている良心が痛む。自嘲して、目を窓の外に向ける。山の輪郭が、右から左へと移動する。決して楽しいと言えるような景色ではない。
すぐに飽き、右肘を肘掛について、掌に自分の頬をうずめた。なんだか、肘をついたとき軟らかい感触がしたものの、それは無視することにした。
「うー」と、真乙さんが呻いた。どうしたのかと思い顔を向けると、怒ったような、痛みを堪えているような顔をした真乙さんの顔が目に入った。真乙さんの目は開いていて、彼女が起きていることを教えた。目が、僕のことを睨みつけていた。僕と彼女の睨めっこは、十秒ほど続いた。
「な、なんですか?」
沈黙に耐え切れず、そう尋ねた。すると彼女は右眉をじゃっかん上げ、怒っている、ということを示した。
「赤木くん……右肘をどかしてくれない? 痛いんだけど」
静かに、しかし殺意が込められた声だった。恐怖を覚えた。反射行動のように、右肘に敷いてしまったものを見た。運悪く、右肘を見ようとしたときに誤って肘を動かしてしまった。真乙さんが、「あぁー!」と悲鳴にも似た声を小さく上げた。
「すみません!」と、心の中で謝った。
僕は右肘を上げた。僕は彼女の右手の甲を、肘で押さえつけていた。
「すみません! ぜんぜん気づきませんでした」
頭を下げて、平謝りした。真乙さんは白々しいと言いたげな顔をした。
「べつにいいんだけどさ」
決して許しているという口調ではなかったので、口をつぐむほかなかった。
「本当にすみません……」
搾り出すようにそれだけ言って、目を外に向けた。これ以上話しても、収集はつかないと判断した。
「ちぇ」
真乙さんが、らしからない舌打ちをした。それには、すくなからず戸惑った。だが、それもしかたのないことかと気落ちした。
「……ねぇ、赤木くん」
「…………」
「赤木くんってば!」
小さな声で呼ばれた。また怒られるのかととっさに身構えた。しかし、怒鳴られたりはしなかった。
「やっぱり、まだ眠れないんだ。だからさ、そのう、なんというか……」
僕を見たり、何か悪いことをしたみたいに、罰の悪い顔をして目を逸らしたりしながら、ぼそぼそと言った。
「えっとさ、だから、そのう、眠れるまでの時間、暇というか、なんというか……つまり、眠くなれるようなもの、持ってない?」
「あいにく、睡眠薬は持ってないよ」
まじめな顔で言ってみるが、真乙さんは笑わなかった。
「本とか、音楽?」
彼女が求めているであろうと思われるものを言ってみる。
「そうそれ」
言葉の通じないアメリカに行って、かたことの英語がアメリカ人に通じて喜ぶように、彼女は両手の平を胸の前で合掌させた。
「本はこの暗さじゃ読んでると目を悪くするな……でも、音楽なら聴けるかな?」
バックからMDウォークマンを取り出し、彼女に渡して反応を待つ。
「……いいの?」
「何を言ってるんです。真乙さんがほしいと言ったんじゃないですか。でも、これはさっきの謝罪分ですよ」
「そう……なら、借りるね」
外からの光が途絶え、彼女の顔が見えなくなった。僕は、彼女が笑ったような気がした。
また光が入って、彼女の顔が確認できるようになったときには、もうイヤホーンを耳につけて曲を聴いていた。
おもむろにイヤホーンを取って、真乙さんが僕にウォークマンを返した。
「曲がお気に召しませんでしたか?」
冗談交じりにそう言った。
「いや、そういうわけじゃないんだけど、赤木くんって意外な曲を聴くなぁと思って」
「そうかな?」
首をかしげながら、自分の曲選択が悪いかどうか考えた。
「最初、君らしくないレゲエの曲かと思えば、次はバラード。その次はJ―POP……。J―POPはわかるとしても、君らしくないような……」
そんなことを言われても、それらの曲が好きなのだから仕方がない。それ以前に、僕らしい曲とはなんなのだろうか。学校では、ぜんぜん目立たない高校生が聴いていると思われている曲とは、なんなのだろうか?
「僕らしい曲って、なんですか?」
「君らしい曲と言えば、イメージ的に……洋楽とかクラシックとかかな」
あまりにも想像からかけ離れている答えが返ってきた。基本的に、歌詞のない曲のよさを僕は理解できない。というより、理解できるような器じゃない。洋楽にしても、英語がぜんぜんダメなので、歌詞が読めない。だから、歌詞のない曲を聴いているのと同じ錯覚を覚えるので、好きではない。
「そんなイメージが僕にはあったのか……」
軽いショックを受けた。
「でも、学校にいるとき、いつもそんな雰囲気だよ。いつも見てるけどさ……」
「あ、そう……」
軽く受け流した。




