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 一番後ろの席から首を伸ばし、運転席を見る。運転手が、渋滞に乗じてペットボトルに入っている液体を飲んでいた。たぶんコーヒーであろう。

 運転中にこの人が寝ると、ひどいことが起こるのだ、とその光景を見て考えた。

「赤木くん、もう一度聞くけどさ。私たちは最後の停車場所まで行くんだけど、君はどうするの?」

 なぜか悲しそうな顔をして、真乙さんは僕に尋ねた。

「僕ですか?」

 しばらく押し黙ってその答えを探した。だがいい答えは見出せず、「さっきも言ったとおり、行けるところまで」と答えた。

 彼女は困ったような笑みを浮かべた。

「それは……なんというか……大変そうだね」

 実際のところまだ困るような事態には遭遇していないので、「どうだろうね?」と逆に問うた。

「私に聞かれても困るよ」

 笑いながら彼女は言う。苦笑ではなく、満面の笑みだった。その話をおもしろがっているようだ。

 ――呆れて笑うしかないのか?

 一瞬そう考えた。だが、真乙さんの目には戸惑いの色が見えたので、考えを改めた。思案するため、窓へ意識を向けた。

「結論から言えばさ、君はまだ行く場所が決まってないんだよね? なら、私たちといっしょに来ない?」

 指をびしっと僕に向けて、そんなことを言った。

「うーん」

 実は話の半分も聞いていなかったので、僕は適当な返事を返した。

「それじゃあ、いっしょに来るのね!」

「うーん……」

 耳を遮断。何も聞いていない。ただ、適当な反応を見せる。

「じゃあ、宿は私たちといっしょの場所ね」

「……え? 待ってください」

 ある意味反射運動のように僕の耳は彼女の言葉をくみ取った。

「なんのことですか? よく聞いてなかったんで、いまいちわからないんですけど」

 睨まれた。

「君は、もっと人の話を聞くべきだと思う」

 屁理屈ばかりをならべる弟を説教する姉のように言われた。

「……すいません」

 僕は反論せずに、情けなく謝った。

「……まぁいいか。で、いっしょに来るの?」

 今日何度目かの真剣な顔で、彼女は僕にそう聞く。本人もたぶん気づかないうちに、僕にすこし迫っていた。

「……一応最後まで行けるように券は買っているけど……」

 真乙さんの顔が正面にあるのと彼女の気迫に負けたのがあって、弱々しい声だった。

「なら、問題なしよ!」と彼女は言って、僕の背中を叩いた。手加減するのを忘れたらしく、ものすごい勢いで叩かれて咳き込んだ。

「ゲホッ、ゲホッ……痛いよ、真乙さん……すこしくらい、手加減していいものを……」

 痛みに呻きながらうったえる。

「うん? 何か言った?」

 わざとらしく彼女は言って、僕の心痛を平気で増やした。

「しかし……」

 よくよく考えれば、確かに僕は行くあてがない。ただ東京から離れたい一心でこのバスに乗ったのだ。だから、彼女たちについて行くのはわるくないと思えた。

 そのことを真乙さんに宣言すると、「そうこなくっちゃ!」と言った。その声は意外と大きかったので、前に座っていた男の子と女の子が僕たちの方を振り向き、「どうしたんだろう?」といった表情をした。気づけば、男の子の席が窓側から真ん中へとかわっていた。

 仕方なく、右手を振って笑ってみた。その子たちは、なぜかクスクスと笑って、顔を前に戻した。

 僕は顔を前に戻し、フーと息を吐いた。

「何? なんでため息なんて吐くの?」

 狭い空間で彼女は腰に手をあて、怒るように言う。

「ため息じゃないですよ」

 小声で反論する。真乙さんが不敵に笑う。

『まもなく消灯時間につき、車内の明かりを消します。御協力お願いします』

 添乗員の声が響いた。

 バス内の明かりが消え、僕の目には何も映らなくなったが、目が暗闇に慣れてくると、自分の半径五〇センチ四方が、見渡せるようになった。

「真っ暗だね」

 隣に見える真乙さんの影が囁いた。

「うん。まさに、一寸先は闇ですね」

「でも慣れてくれば、けっこう見えてくるもんだね」

 今初めてそのことに気づいたように、彼女は言った。

「……眠たいな」

 欠伸交じりに彼女は言った。独り言ではないことに気づき、適当でも返事をした。

「なら、寝れば」

「うーん」と考えるように呻いたあと、「そうするよ」と彼女は言った。

「寝るんなら、席を交換してくれませんか? 僕はまだ寝ないから、外の景色を観ていたいんですけど」

 真乙さんは、一瞬考え込んだ後、それを了解した。

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