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「はい、さっきの」

 すこし落ち着いたあとで、真乙さんが右の拳を僕に突き出した。

「なんですか、さっきのって?」

「いいから手を出して」

 命令されることにはすくなからず反感を覚えたので、わざと握り拳のまま右手を差し出してみた。

「……からかっている?」

「そんなところですね」

 左足を蹴られた。だいぶ痛かった。

「ほら、早くもらってよ」

 足の痛みに苦しんでいる僕の右手の拳を無理やり開き、コインらしきものを置いた。痛みが引くのを待って掌を見る。百円玉があった。

「返してもらえるとは、思わなかった」

 正直な感想をぽつりとつぶやいてみた。彼女は目を鋭く細した。

「なんですか? 目、怖いですよ」

「なんでもないよ!」

 彼女はそっぽを向いた。僕は肩をすくめて小さく笑ってしまった。そのとき、ことん、ことん、と何かが跳ね転がる音が足元でした。目を向けると、僕の左足に寄り添うように、野球ボール型のゴムボールが落ちていた。

 前屈してそのボールを拾った。

「それは何?」

 真乙さんが聞いてきたが、「ボールです」としかえ答えられない。

「誰のだろう? 僕のではないのだけど」

 ボールに握力をかけ変形させる。ゴムでできたボールは簡単に形をかえた。

 誰かの視線を感じた。前屈姿勢のままだったので、首筋にそんな視線を感じた。顔を上げると、前の列に座っていた男の子が僕の握りしめているものを物欲しそうに見ていた。

「これは君の?」

 真乙さんが男の子に聞いた。男の子は緊張しているようで、彼女の言葉に対する返事を返すのに時間がかかった。でも、ちゃんと僕を見てうなずいた。

 男の子の左手に、ボールをそっと置いた。男の子はぎこちなく礼をして席についた。

 男の子がなぜ緊張しているのかは大体察しがつく。僕は一目見ただけでは悪い印象しか残さないような高校生で、真乙さんは普通な思考や価値観を持った人なら、十人中十人が可愛いというような容姿をしている。むろん、僕がそう言った正常な範疇を持っているわけがないので、僕が彼女に向ける視線には恐怖と、なぜか畏敬の念がある、と思う。

「クスッ」

 急に、真乙さんが右手を口元にあてて笑った。

「何がおかしいんですか?」

 彼女は笑みをこぼしたまま、僕の顔を直視して答えた。

「なんでだろう? 突然、あの男の子のことが愛しく思えた」

 彼女の笑顔が、わずかな刹那……ほんのわずかな時間、嬌笑に見えた。それに彼女の目は普通の女子高校生のそれではなく、幼稚園の先生のような、人を暖かく見守るような目となっていた。

 ――真乙さん……あなたなら、幼稚園か保育園の先生になれますよ。

 心の中でそう奨励した。

「……赤木くん、私の顔に何かついてる? そんなにまじまじ見て……」

「え?」

 そう言われて初めて、僕は彼女のことを恥ずかしいくらい見入っていたことに気づいた。心なしか、真乙さんの顔が赤い。あわてて目を逸らした。

「そういうわけじゃない……ですけど」

 一応答えて、背もたれに身を任して目を閉じた。

 寝ようとしたわけではない。ただ、真乙さんのことを見ないようにしたかった。


 肩を揺らされていやいや目を開けた。今まで狸寝入りをしていた。

 僕を起こすような人物は真乙さんしか考えられなかったので、少々彼女を馬鹿にするような言葉を吐いてから彼女のことを見た。

「まったく、このお兄さんはなんてことを言うんだろうね?」

 出し抜けに真乙さんはそう言った。僕は顔をしかめた。誰に向かって言ったんだ?

「こっちじゃないよ、赤木くん。逆だよ」

 彼女は口元をにやりとした。言われて僕は逆方向を振り返った。

 二本のトッポが空中を漂っていた。最初は驚いて声を上げそうになったが、すぐに状況を理解した。さきほどの男の子と、男の子の妹と思われる女の子が、各自一本ずつトッポを持って、僕に差し出していた。どこからどう見ても、あげる、という雰囲気である。

「さっきのお礼だって」

 真乙さんがそう説明した。

「あーなるほど……。でも、ボールを拾ってあげただけなのにいいの?」

 確認のために男の子に問う。男の子は力強くうなずいた。

「そう。それならもらうよ。どうも、ありがとう」

 強張った笑みを浮かべて、子供たちからトッポを受け取った。二人は嬉しそうに席へと戻った。

「二本か……真乙さんも食べる?」

 質問しながら、トッポをひとつ渡した。

「いいの? 君がもらったんじゃないの?」

「二人で食べて、というための二本なんじゃないのかな?」

 細長いトッポを頬張りながら言う。食べるとき、わざと音がなるようにした。

「そう? なら、もらうね」

 彼女もトッポを食べる。

 しばらくチョコレートの味と歯応えを楽しんだ。

「おいしいね」

 隣で真乙さんが言う。

「そうですね」と、僕は答えた

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