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 伊森先輩に呼ばれた。というより、二階にいるから、すぐ来てくれと、帰ってくるなり言われたので、そうした。

 泊まっている部屋に入ると、伊森先輩が胡坐をかいていた。僕は先輩の前に正座で座り、話しを聞く体勢を取った。

「さて、赤木くん、君はこれから、高島の分の切符で、東京に帰ることになったから。それだけ。もういいよ」

「……へ?」

 先輩は立ち上がり、状況を飲み込めていない僕に、「荷物をまとめて」と言った。

「あのう、今日、これからですか?」

 もう夜である。まさか今から帰るとは、思いもしていなかった。

「うん。べつに驚くことでもないだろう。ここに来たとき、『二日間ですが』と言ったのを、聞いてなかったのかい?」

「…………」

 僕は携帯電話を、失礼だとは思いながらも取り出して、時間を見た。七時二七分だ。

「こんな時間なのに、ですか?」

「寝台列車だからね。あと一時間半ぐらいで発車する。この町の駅からだから、もうそろそろここを出たい」

「寝台……列車ですか? ブルートレインですか?」

「車種は違うけどね」


 五分後、僕は荷物を持って玄関にいた。すでに真乙さんや先輩たちは準備ができていて、ほとんど僕を待っているような雰囲気だった。

 僕が来たのを見て、伊森先輩がお婆さんにお礼を言った。お婆さんは朝と同じようににこりと笑って、「それじゃあ、気をつけてね」と言った。その隣で、毛布を被った高島先輩が辛そうに「……くそう、なんで風邪なんかに……」とつぶやいていた。

「本当に、お世話になりました。高島、ちゃんと明日までに風邪を治せよ」

 伊森先輩が言う。

 高島先輩は明日ひとりで帰ってくるらしい。病院に行ったついでに、切符を買ってきたようだ。運良く、新幹線の自由席が空いていたのだ、と堀先輩が冷笑気味に言っていた。先輩が風邪を引かなかったら、今日、僕の切符を買いに行くつもりだったとか。

「それじゃあ、お婆ちゃんも高島先輩もさよならね」

「じゃあね、お嬢さん。娘にもよろしく言っておいてね」

「はい!」

「…………」

 ――ムスメ? 娘? ……なんだ?

「先生には、ちゃんと行儀よくしましたと、報告しておきます」

 伊森先輩がいたずらっぽくほほえんだ。

 僕だけ状況から取り残されていた。

「あのう、真乙さん。先生とか、娘って?」

 小声で聞くと、真乙さんは僕を見て、「何を言っているんだ?」という表情をした。だがすぐに、「そういえば、赤木くんは知らないんだよね」と言った。

「このお婆ちゃんね、うちの学校の化学教師、桜井さくらい先生のお母さんなの。それでこの宿は、ふだん一泊二日食事つきで、四千円ちょっとなんだけど、先生の教え子ということで、無料にて泊まらしてくれたんだ」

 真乙さんが、僕の知りたいことすべてを、約十秒で言ってのけた。

「それじゃあ、僕の宿代は?」

「もちろんタダだよ」

 真乙さんが笑う。僕がちょっと心配していた不安が払拭された。


 四人で昨日登ってきた道を下りた。しかし辺りは暗いので、本当に昨日もとおった道なのか確信できなかった。時々ふくろうが鳴く声がして、真乙さんが目に見えない中でもわかるくらいにびくっとした。

「暗い場所って、ダメなんだ」

「ドンマイ」

 そんな会話ともいえない会話をしながら歩く。山道を抜け、見覚えのあるバス停が目に止まった。道に間違いはなかったようだ。

「うん。もうすこしでバスが来るはずだ」

 車道を渡り、反対車線にあるバス停の明かりに入った堀先輩が、時刻表を確認して告げる。あと、三分ほどらしい。

「ここから駅まで、バスで四〇分……ぎりぎりかな?」

 伊森先輩が疲れたように言った途端、

「あ、来た!」

 バス停の反対側で、子供のように真乙さんが騒いだ。

 伊森先輩は、頭をがくっと倒した。

「あれ? どうしました?」

 近づきながら、真乙さんが聞いた。

「いや、なんでもないよ」

 バスが僕らの前で停まった。同時にドアが内側へと折りたたまれながら開く。ステップを上がり、近くの席に座る。時間が時間だけに、乗客は僕らだけだった。

 全員が乗ると、バスは発車した。暗闇の中を、ゆっくりと蛇行した道を行く。

 窓から外を見ると、空には点々と明るい星が光り、遥か下の地上では町の明かりが小さく見えた。車内を見ると、前の席に真乙さんがいた。この人は、なぜか僕と近い席に座ることが多い。

 はたと、真乙さんは僕を振り返った。

「…………」

「なんですか?」

「べつに」

 彼女は前を向き直り、駅に着くまで僕とは、もう話さなかった。


 町へ下りてしばらくすると、一見東京駅に似ている駅が見えてきた。

「なんとか間に合ったかな?」

 堀先輩が言い、「なんとかね」と伊森先輩が安堵して答えた。

 駅前のロータリーのほぼ中心にある、細長いバス停に停まり、前方のドアが開く。料金を払い下車する。時刻は八時一八分。

「列車が出るのは、八時二五分」

 先輩がつぶやき、駅に入る。

 駅構内は、東京駅のような外見がするなと思ったのに反してシンプルで、右手にコンビニと喫茶店があるだけだった。そのかわり、天井は高かった。

「高いな……」

 見上げてつぶやく。真乙さんが「早くホームに出るよ!」と急かした。

 改札口前で伊森先輩から切符を受け取り、そのまま先輩から駅員に切符を見せてホームに入っていった。真乙さんに続き、僕も入った。

『まもなく、一番線に電車がまいります。危ないですから、黄色い線の内側までお下がりください』

 アナウンスが入り、すぐ、クリーム色の車体に、赤いラインの引いてある車体が滑り込んできた。

 プシューとドアが開く。

 改札をとおった順と同じに乗り込んだ。僕は、乗車前に空を仰いだ。

 空には星がわずかに煌めいている、雲がない晴天だった。

 ――やけに、静かだな。

 そんなことを思った。

 お読みいただき誠にありがとうございました。ひとまず『Midnight Bus』篇は完結ということにさせていただきます。続いて『Night Train』篇をはじめさせていただきます。続編というわけでもないんですが、これ以降は夜行バスの要素が微塵もないため、タイトルを変更させていただきます。ご迷惑をおかけします。

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