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 一一時頃になったとき、僕はやっと、ひとりで休める時間を持つことができた。

 真乙さんとお婆さんが帰ってくると、僕ら男子はさっさとシャワーを浴びるよう真乙さんに命令された。

 シャワーを浴びる前に食堂の壁にかけられている時計を確認すると、もう十時近いことを知った。さっさとシャワーを浴びて、さっさと出てしまうことにした。

 先輩優先と、僕は最後まで待つことにした。待っているあいだ、食堂の椅子に座って暇をつぶすことにした。真乙さんもテーブルを挟んだ反対方向に座って、何も話さなかった。シャワーを待つ他の先輩たちと沈黙したまま、先輩が交代で一人ひとり出てくるのを待った。三人目の堀先輩が出てくると、僕は風呂場へ急いだ。

 浴室、というよりも、本当にシャワーだけがあった。一畳ほどの空間に、シャワーがひとつ、入ってきた人を見下ろす格好で設置されていた。シャンプーとボディーソープのプラスチック容器があった。

 大雑把に髪を洗い浴室を出た。着替えを持ってき忘れていたが、一日ぐらい同じ服装ですごしても大丈夫であろうと思い、脱ぎっぱなしにしておいた上下を着た。

 食堂に入ると、真乙さんが怪訝そうな顔をして僕を見た。時計を指差して、まだ五分も経っていないことを指摘した。「ちゃんと入りましたよ」と言うと、睨まれた。

 今は、電気をつけていない二階の部屋で、窓を開けて涼んでいる。

 ――涼しいのか、暑いのか……よくわからない。

 部屋はとてもあいまいな温度をたもっている。もともと室内の温度は高いのだが、風が入り込んできてほんのわずか涼しくなる。しかし、その風が入ってこないと、少々暑い。そして、今は少々暑い。

 ――暑い……。

 結論づけて、場所をかえることにした。今いる場所は、窓の反対方向だったのが、暑い原因であることを願った。

 窓の下辺りまで行けば涼しいだろうと、ほふく全身で進んだ。畳と服とがこすれあい、大根をすりおろすような音をたてた。

 目的地に落ち着き、窓から外を眺めてみる。山と山のあいだで月が淡く光っていた。その光は、まばたきをすると消えてしまうのではないかと思えるぐらい、危うい気配があった。

 虫の鳴く音がする。今鳴きはじめたのか、それとも僕が気づかなかっただけなのか。

 こんな雰囲気の中にいると、詩人にでもなったような気違いを起こしてしまう。同時に、こういった物静かの場所では、そんな錯覚を覚えるのだと黙考した。しかし、いつまでもこうしているわけにはいかない。まだ、観測は終わっていない。先輩や真乙さんたちは下にいる。僕だけが二階へときていた。

 起き上がろうと思ったとき、階段を駆け上がる音がした。耳障りなくらいうるさいこの足音は、彼女のものであろう。

「赤木くん、先輩たちがカメラを取りにいくから、そのあいだに布団を敷いておこうよ。……って、暗いよ!」

 入ってきた真乙さんが部屋の暗さに仰天した。廊下の明かりのせいで、黒い人の塊となっていて表情は見て取れないが、あきれかえって目を丸くしていることが予想できた。

 のそりと立ち上がり、蛍光灯の紐を引っ張って部屋中を明かりで満たした。強すぎる光に耐えられず、目蓋が反射的に閉じようとした。

「君は根暗かい?」

「……どうでもいいでしょう?」

 僕の適当な答えに、真乙さんは微苦笑した。

 襖を開け、中から敷布団を出す。僕にも手伝うように指示した。

「面倒くさい……」

 短く言って、彼女の反応を待ったが、さっさと手伝えとあしらわれ、おとなしく布団を敷くのを手伝うことにした。

 布団を敷き終えると、深呼吸をして布団の上に座り込んだ。

「疲れた」

「そうかな?」

 隣に立つ真乙さんが、情けなさそうに僕を見下ろしていた。

「……どうせ、頼りないですよ」

 悪態を吐くように言って、後ろにごろんと倒れた。

「もう、寝る……」

 右腕で顔を隠し、小声でつぶやく。

「そうか、もう寝るか。じゃあ、お休み」

「お休み……」

 返事をすると、布団の中に入って、すぐにでも寝ようとした。が、「そういえば、先輩たちが最後にトランプやらないかって、言ってたけど。どうする?」

「…………」

 思案したあと、無理に体を起こした。

 心配そうな真乙さんを脇目に、階段を下りた。

 食堂には先輩たちと、お婆さんがいた。テーブルの周りに集まり、席二つ分開けてあった。

「やっときたか。……あれ? 赤木くん、眠そうだね。大丈夫かい?」

 伊森先輩が憂慮した言葉をかけてくれたが、大丈夫ですと苦笑いで答えた。

「それなら、早くはじめよう。二人は、空いているそこの席ね」

 空いているのは、お婆さんと堀先輩のあいだ二席分だった。僕は先輩寄りに座った。真乙さんが隣であると、無性に寒気を感じるのだが、堪えることにした。

 六人で『七並べ』や『大富豪』……『セブンス』や『大貧民』をやったりした。気づけば、時計は一二時を指していた。

「こんな時間か。もう、寝ようか」

 僕たちは、お婆さんにお休みなさいと言って、二階へと上がった。

「それじゃあ、お休み」

 伊森先輩が真乙さんに言い、

「お休みなさい、先輩たち、と赤木くん」


 先輩たちと部屋に入り、適当に寝る布団を決め、寝入った。僕は目が不思議と冴えていたので、意識を遠く闇の底につかせるのに、だいぶ時間がかかった。眠気は夕涼みにでも行ったのだろうか? だが、間もなく、寝つくことはできるだろう。


 変な夢を見た。

 僕はバスの中にいた。僕以外に乗客はなく、不審に思ってバス内を前方へ行くと、運転手もいなかった。そこで場面がかわった。

 次の画面には真乙さんがいた。同じバスの中だったが、初めて真乙さんと目が合ったときの光景を、なぜか第三者の立場から眺めていた。場面がかわった。かわる直前真乙さんが何か言ったが、聞き取れなかった。

 最後に、寝る前に挨拶をした真乙さんが映った。眠たそうである。

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