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空の一点を凝視していると、視界がぼやけた。
「もうあとはこのままシャッターを開けておくだけだから、中に入ってていいよ」
伊森先輩が言い、僕はそうさせてもらう。あなたはどうしますかと、真乙さんに聞くと、
「大星団がまだ見つかってない……」と恨めしそうにした。
「頑張って」
おうっ! と真乙さんは左手を上げて、ガッツポーズをした。それを見てから僕は家の中へと入った。
「どう、星は観察できた?」
ログハウスに戻ると、お婆さんが湯気の立つマグカップを右手に持ってやって来た。
「はい。というよりも、まだ終わってはいないみたいですけど。あと、三時間ぐらいは放置しておくようです。あ、どうも」
温かいマグカップを受け取り、すこしばかり冷えた手を温める。中身は、堀先輩が注文したとおりココアだった。
「それにしても、君たちは仲がいいわね。君とお嬢さんは同級生で、他のお兄さんはひとつ上の二年生でしょう。それなのに、全員が同級生みたいよ」
「言われてみれば……そうですね。真乙さんと先輩たちは、上下関係があるとは思えません」
あっという間にココアを飲みほし、使ったコップを洗うため台所に行き、洗い終えると部屋に戻ることにした。
手早くコップを洗い終え食堂から出ると、堀先輩と真乙さんが戻ってきていた。二人もコップを受け取っていて、熱そうにココアを飲んでいた。僕は無言で階段を目指した。
二階へ上がるため階段のステップを踏むとぎしぎしと呻き、不安な気持ちにさせられた。上がりきって二階の廊下を歩くときも、床が同じようにぎしぎし鳴った。今さら気づき不気味になった。廊下を歩き、一番奥で影になっている部屋に入る。
部屋には誰もいない。窓から外を覗けば、眼下に伊森先輩と高島先輩がいた。
窓から離れ、壁に寄りかかりながら座った。
「疲れた……」
一回、深呼吸をする。目をつむり、もう一度深呼吸。体中が鉛になったような感覚にとらわれた。それが眠いという願望からくることに気づいたが、睡魔には負けそうになっていた。なんとか起きていようと目を開けようとするが、部屋の光景と目蓋の裏が交互に見える。何度かそれを繰り返していると、派手な足音が廊下から聞こえてきた。そのおかげで眠気は消えてしまった。
「赤木くん! あれ、もしかして寝てた?」
ドアの縁から顔だけを覗かせて真乙さんが聞いてきた。
「寝てしまいそうだった」
答えて、欠伸をひとつする。
「眠たそうだね。ところで、この山をすこし上がったところにお風呂があるらしいんだけれど、君は行く? シャワーだけなら、ここにもあるらしいけど」
「なら、いってらっしゃい。僕はシャワーだけでじゅうぶんですから」
提案をすぐに断ると、彼女は急にふてくされた。
「なんで男の子ってお風呂を嫌うのかな? 先輩といい君といい……」
「こんな時間に、しかも山だから行く気になれないんだと思いますよ。行くなら、ひとりで行ってきてください」
彼女を見ると、どこからか大学ノートを取り出して投げつけてきた。ノートの角が見事に僕の右耳の上あたりに命中した。
「うがー!」とか、「ぬがー!」と喚いていると、彼女はいなくなっていた。
「……なんて人だ」
ノートがあたった箇所をさすりながら、廊下に出て階段を目指した。階段を呻かせながら下りて、台所に入ると先輩たちの姿があった。
「あれ、君は行かなかったのかい?」
ドアを開けて入ってきた僕を見て、高島先輩が苦笑いを浮かべた。
「はい……。どうも面倒だったので」
「だよな」
僕の意見に、堀先輩が冷笑しながら賛同した。
「ところで、お婆さんは?」
台所には姿の見えないお婆さんの居場所を尋ねたが、「真乙といっしょにお風呂へ行ったよ」と高島先輩が答えた。
「まあ、なんだ。とりあえず座りなよ」
伊森先輩が、自分の隣の席を引いて、人ひとり分が座るスペースを作った。
「そうします」
のろのろ歩いて、先輩が勧めてくれた席に座る。座るとすぐに、高島先輩が話しかけてきた。
「ところで、赤木くんとは軽く名前だけ教えあっただけだから、まだ知らないことが多いと思うんだ。だから、この場で自己紹介でもしようじゃないか」
堀先輩が、それに続いて「君の過去しだいによっては、真乙より態度はよくするよ」と淡々とつぶやき、みんなが苦笑した。
「なら、改めて自己紹介します。僕の名前は、赤い木と書いて赤木です。名は修で、修業の修です。中学のときはテニス部で、万年補欠でしたね。あと――」
僕が話し終えると、先輩たちも順番に自己紹介をしてくれた。その後、四人で各自の中学時代の思い出を話して、そういうことあったなというような感じでいると、真乙さんとお婆さんが帰ってきた。乾ききっていないのか、髪は、水分を含み電球の明かりで黒光りしていた。
シャワーを浴びていなかったので、真乙さんに叱りつけられた。




