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 トランプをやめて、先輩たちが持ってきた黒いバックから、二組分の望遠鏡とカメラをとり出した。

「それじゃあ、そろそろはじめるか」

 伊森先輩が告げ、五人は部屋を出た。

 階段を下りるとお婆さんがいた。

「この季節はまだ猛暑ってわけじゃないから、外に長くいると寒くなるよ。だから、温かい飲み物を用意しておきますよ」

「あのう、できればココアにしてはくれませんか?」

 堀先輩が、信じられないくらい好青年な感じの笑顔でお願いした。それをお婆さんは、かまわないよと返した。

「どうも」

 先輩はお礼を言って、立ち尽くしている先輩たちと真乙さんの横をとおり、一番に外へと出た。

「……なあ高島。堀のあんな顔、今まで見たことがあるか?」

「いや、ないな。一度も……」

「私もです」

 ただただ、堀先輩が出て行ったあたりを見て、七不思議だという表情をしてばかりいた。

「……まあ、べつにいいか」

 伊森先輩が言って、高島先輩がうなずいた。

「でも、本当に今まで一度も、堀先輩が笑ったところは見たことがなかったんだけどな……」

 頬を掻きながら、真乙さんはつぶやいた。

「……まあ、いいや」

 先輩と同じ言葉を吐いて、彼女は靴を履き外へと出て行った。僕も履きなれた運動靴に足首まで納め、外の闇に出た。

 お婆さんの言ったとおり、外は暑くなく、逆に半袖だとちょっと寒いぐらいだった。

 暗い空には雲の姿はなく、星々が空いっぱい点在していた。

 ――すごい……。

 思ってから、景色の綺麗さによく驚かされるなと苦笑した。

 満天にきらめく星空は、僕に『すごい』以上の形容方法を忘れさせるぐらいだった。というよりも、言い表せないのかもしれない。

「星が、去年よりも多いな」

 背後で声がした。それが、あまりにも唐突なことなので、僕は体を震わせてしまった。

「ビックリさせちゃったかい?」

 振り返ると、背景の森と同化している堀先輩がいた。

「少々は……」

「悪かったね」

「いえ……」

 高鳴りする心臓を抑えるのが大変だった。胸に手をあてなくても、心臓が車のエンジンのごとく活動するのがわかった。

「それじゃあ、はじめるぞ!」

 伊森先輩が告げた。伊森先輩と高島先輩が、それぞれ一個ずつ、別々の方向を向けながら、三脚を設置しはじめた。ひとつには望遠鏡、もうひとつにはカメラが乗っていた。

 真乙さんは、つまらなさそうに闇空を見上げていた。

「よし。調整もしたし、これでもう終わりなんだけれど、星座でも探す? 星座早見表もあるし、双眼鏡もあるぞ」

 右手に、円形の板のようなものを持ち、みんな、というより、僕と真乙さんに聞いた。

「私、見ます!」「オレも見るか」

 真乙さんと高島先輩が、カメラを入れていたのとは違うバックから、双眼鏡を取り出し、おもいおもいの方向の空に向けて、レンズを覗きはじめた。伊森先輩と堀先輩は望遠鏡を交互に覗き込んだ。

「北極星はどこだ?」

「北斗七星を先に探さないと、見つけるのは難しいぞ」

「あれ? よく見えない……」

 僕は一番近くで空の模様を観察している真乙さんの傍で、「よく見えますか?」と尋ねた。

「…………」

 彼女は何も言わず、左手で僕を手招きした。不審がりながらも近づくと、唐突に腕を掴まれた。

「……!」

 内心悲鳴を上げたかったが、なんとか抑えた。

「ほら、この方角でこの角度なら、白鳥座のデネブが見えるよ!」

 腕をグイッと引っ張られ、手に双眼鏡を渡された。どうすればいいのかわからず、真乙さんを見た。彼女は空を指差した。

 僕は双眼鏡を覗きこみ、真乙さんが指差すデネブを見ようとした。が、黒光りするレンズの奥には、無数に弱い光を放つ星が光るだけで、デネブらしき星はなかった。

「星団とか、見えないかな」

 ふと、思い出したように言うと、今まで掴んでいた僕の腕を放した。僕はそのまま微調整をしながら、夏の夜に輝く小さな印を見つけようとした。

「あ!」

 右隣から、ちょっとばかり裏返った悲鳴がした。

「どうしました?」

 双眼鏡を覗いたまま適当に尋ねると、「流れ星」と、静かなか細い声で彼女はつぶやいた。

 あわてて双眼鏡をはずしたが、流れ星など見えるはずがなかった。

 流れ星――それは、僕が一生のうち、せめて一回は見てみたいと思う、空の絵のひとつだ。

「初めて見た、私……」

 尊い存在を感じたように、彼女はうっとりと言った。

「……残念です。僕も見たかった……」

 真乙さんが仰ぐ上空を睨んだ。

「本当に見えました?」

「うん。あっちから、そっちに向かって」

 左にそびえる山の影から右斜め下に、蝶のような動きをする指で示した。流れ星の動きには見えなかった。

「見たかったな……」

「また見えるかもしれないよ。それに見えなくても、また来年来ればいいんじゃない?」

「ここに来れば、ぜったい見れるわけではないでしょう……」

「今は、流星群が来る時期とかぶるんだって。だからまた来年、この時期にここへくれば見えるよ」

 僕は目を閉じ、深くため息を吐いた。

「そうですね。流星群なら、高い確率で流れ星が見える。それも、一度だけでなく、二度、三度くらい……」

 ――いや、それ以上かも……。

 考えただけでも、顔がほころびそうだが、微塵にもださないように勤めた。

 流れ星が見たい。その言葉が、ベートーベンの『運命』のように、頭にこだました。不快だな。

「思ってたよりずっと、見えなくなるの早かったな」

「見たかった……」

 そうつぶやいてログハウスの背後に展開する空を仰いだ。ただひとつ、孤高に、気高く光り続けている月が、薄い雲に隠れ、幻想的な姿を見せていた。

 どこか、物寂しかった。

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