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「観察はもちろん夜におこなうから、それまでは自由時間ね」

 夜になるまでの時間、僕や先輩たちは山に滝を見に行ったり――お婆さんが、暇なら見てくればと教えてくれた――、部屋で文化祭について簡単に話し合ったりした。

 真乙さんは僕らといっしょに滝を見に行ったりせず、文化祭について話し合い、川魚などの昼食を食べたあと、ひとりで山の中に入っていった。山に住む生き物を見たいらしい。夕方近くに彼女は帰ってきた。

「動物は見付からなかった」と、頬を膨らませた。

「で、今夜はどんな風に星を撮影するの……ですか?」

 真乙さんは先輩に対して敬語をうまく使えていない。だが、伊森先輩は気にしてはいないらしく、「うん?」とすぐに解答した。

「中学とかでも、星の観測方法は習っただろう? それといっしょだよ」

「それじゃあ、カメラのレンズを開けたままにしておく、というやつですか?」

「そのとおり。さして難しくもない」

 そんな類の話を続けていると、外は暗くなった。


「夕食を食べたら、さっそくカメラをセットしよう」

 夕食を食べるために一階へ下りながら、伊森先輩が言った。気の抜けた返事を、僕と真乙さんはした。

 階段を下り、廊下奥のドアを押し開き、部屋に入る。

 頭上に、部屋を照らす光源となる吊り下げ照明があった。傘が丸みを帯びていて、風船かと思った。

 その照明の下に木製の長テーブルがあり、光を反射していた。魚の背びれのようにきらめいている。

「すぐに準備できるから、椅子に座っていてちょうだい」

 椅子は入ってきたドアの左手の壁に七個ならんでいた。

「これも一種の、セルフサービス」

 小声で、楽しそうに、堀先輩がつぶやいた。

 各自一個ずつ椅子を持ってそれぞれ席に着いた。

 部屋の右側は窓があり、暗闇が窓際まであった。窓が正面に見える場所に座った。堀先輩が正面で、真乙さんが隣に座った。他の場所に移ろうと思ったが、できそうにない雰囲気だった。

「はいはい、お待たせ」

 料理がたくさん乗った盆を持ち、お婆さんが台所からあらわれた。足取りは危うかった。

「お婆ちゃん……!」

 真乙さんがおもむろに立ち上がり、お婆さんの盆の上にある料理を取って、テーブルにならべていった。

「どうもね」

 嬉しそうにお婆さんは礼を言う。

「どういたしまして」

 男子たちも手伝うべきかと思い席を立とうとしたが、「座ってて」と真乙さんに言われ、心置きなく座っていることにした。

 すぐに料理はテーブルにならんだ。


 夕食は、川魚の塩焼き、山菜の天ぷら、茶碗蒸しなどなどで、賞賛力のない僕は、ただただ「おいしい」を連発した。真乙さんも同じで、はしゃいでいた。

 夕食を食べたあと、食器を台所に持っていき、お婆さんの制止を振り切って洗うことにした。僕たちが食器を洗い終えると、笑顔になった。

「これじゃあ、私の仕事がないじゃない」

 嬉しそうにぼやいた。


 二階の部屋に戻り、個人個人で暇をつぶしながら、観察をはじめる九時まで待った。

「それにしても、暇だ……。何かないの?」

 高島先輩が、読んでいた文庫本から目をはずして、僕ら三人に聞いた。

「トランプならある」

 伊森先輩が思い出したように言って、リュックの中を探しだした。

「早く言えよ!」

 高島先輩が呆れた。しかし、どこか楽しげであった。

「そう言うなよ。……あった!」

 リュックからとり出したのは、百円ショップでも売っていそうなトランプだった。

「さっさとはじめようぜ。で、何やろうか?」

「待てよ。その前に、俺ら四人だけでトランプをやっているのを、暇で死にそうになっているであろう真乙に見られたら、どうなる?」

 伊森先輩が、不幸な未来を予想した占い師のように、声をすごめ、眉間にしわまで寄せて言った。

「……赤木くん、悪いけど、呼んできてくれないか?」

「真乙さんをですか?」

 三人は同時にうなずいた。部屋を出て、真乙さんの部屋へ向かった。

 廊下は冷たくて、靴下を履いていなかったら歩けないんじゃないかと思ったが、さいわい、僕は靴下を履いていた。

 彼女の部屋の前までくると、

「真乙さん、トランプしませんか」

 ドアを叩きながら、室内の真乙さんに尋ねた。

「本当に!」

 声がして、ドアが勢いよく廊下側に開いた。反射的に両腕を前に突き出してそれをとめたが、両腕は電気ショックを受けたようにしびれた。

「あれ……?」

 開けたドアが、何者かの力によって停止させられたのを不審がる、彼女の間の抜けた声がした。

「うん? 赤木くん、何してるの? まさか、こんなところで白鳥のもの真似?」

 僕は、しびれるような痛みから、両手を体の左右で振っていた。

「違う! 今、ドア急に開けたから……!」

 そこでやっと理解したのか、真乙さんは小さく悲鳴を上げた。

「ごめんなさい! ……大丈夫?」

 めずらしく本心から心配そうにした。

「死にはしませんよ」と、冗談で応じた。真乙さんは一瞬で白けた表情をする。受けなかったらしい。

「さっき、犬の短い鳴き声みたいな、情けない声が聞こえたんだけど……何かあったのかい?」

 伊森、高島両先輩が、奇怪そうに部屋から出て聞いてきた。痛みは引いてきていた。

「いや、なんでもないです」

 そう答えると、二人は首をかしげた。

「まあいいや。早く来いよ、大富豪をすることになったから」

 それから約二時間のあいだ、五人で大富豪だけをやっていた。何回やったかはカウントしていなかったが、真乙さんは十回ぐらい大貧民になっていた気がする。

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