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 宿に着くまでに想像以上に時間がかかった。

 道中真乙さんは、僕の生活態度について、あれこれ駄目出しをした。

「先生に指されたとき以外、ほとんど声を出してないでしょ」

「何でいつも、席替えで隅の方の席になるんだろうね?」

「そんな暗い顔しているから、誰も関わろうとしないんだよ! ……え、私? そりゃあ……」

「それなら、なぜ真乙さんは僕をかまうんですか?」と尋ねたら、彼女は口ごもった。

「…………」

 いくら待っても、返事はなかった。そのかわり「赤木くんは、基本的にファッションセンスが云々」と、さらに語った。君が言えた義理か、とは言わなかった。

 携帯電話の時計が七時三〇分を示したころ、目的のバス停に停車した。

「降りるよ」

 高島先輩が延々と僕に口うるさくする真乙さんに、面倒くさそうに言った。


 バスを見送った後、先輩たちがバス停の近くにあった登山道を歩きはじめた。彼らに続いて、僕と真乙さんも歩き出した。

 登山道は、もちろん天上を木の枝に覆われ、木が揺れ合い、隙間ができる刹那に太陽光が差し込んだ。

 木のトンネルには、蝉の鳴き声が響いた。が、いくらトンネルのようでも、全方向から反響して聞こえてくるのは反則のような気がした。うるさすぎる。

 その蝉の鳴き声に混じり、真乙さんが蚊に対して悪態を吐いている声も聞こえた。

「あー、もう! 苛々するな!」

「真乙、すこし静かにしろよ。いいかげん怒るよ」

 覇気のない掠れた声で、伊森先輩が注意した。

「……わかりました。ところで先輩、苦しそうじゃありません?」

 真乙さんがそう言うと先輩は足を止め、「休もうか……」と力なく言った。

 みんな、近くにある岩に腰かけた。

 伊森先輩の隣に座り、あとどれくらいで宿に着くのか聞いた。

「あと、五、六分ぐらいかな」

「そうですか。ところで、僕は急に加わるわけですが、大丈夫なんですか?」

 真剣な表情と、真剣な口調でそう聞いたのだが、先輩は軽く笑って、「心配は要らないよ」と答えただけだった。

「そうですか……ところで先輩。その宿まで、意外と遠いですね」

 先輩は自嘲気味に笑ってからみんなを見て、

「さて、長く休んでいるわけにもいかない。そろそろ行こう」

 さっきまでとは違い、蝉の鳴き声が一瞬消えたと思うくらい鋭い声で告げた。

「もうですか?」

 おっくうそうに真乙さんも立ち上がった。伊森先輩は、答える代わりに歩き出した。

 僕も岩から腰を上げて、不満顔の真乙さんを宥めながら歩き出す。

「暑いな……。だるいな……。帰りたいな……」

 気だるそうに歩きながら、彼女は繰り返しつぶやいた。

 聞きたくもない真乙さんの愚痴を聞きながら山道を歩くと、木でできた建物が見えてきた。

「あれが、僕たちが泊まる宿ですか?」

 明らかに、築五〇年はするボロ家を右の人差し指で指しながら、伊森先輩に尋ねた。

「うん、そうだよ」

 そう答える先輩の表情は、暗かった。

「まさかとは思いますが、幽霊なんか……出ませんよね?」

 冗談のつもりでそんなことを聞いてみた。

「どうだろう? わからない」

 先輩は、暗い表情のままだった。

「……そうですか」

 そこで会話を中止し、僕らは黙々と家に向かって歩いた。わずか三〇秒ほど歩いただけで建物に着いた。近くで見ると、ログハウスのように細長い形をしていた。三角形の天井に、木で組み上げられた壁。やはり、ログハウスである。

「やっと、着いた!」「休める……」「…………」

 他の三人の反応を見て、僕以外この家の異様さに、気づいていないのかと思った。

「肝試しができそうだ」

 堀先輩がひとり、愉快そうでいた。


「あらあら、遠いところからよく来たわね。さあさあ、早く上がりなさい。冷たい飲み物がありますよ」

 ログハウスの中にいたのは、幽霊でなく、六〇代と思われる小柄な女性だった。髪を、後ろで団子にしている。

「どうも。二日間ですが、よろしくお願いします」

 伊森先輩がお婆さんに愛想よく、会釈した。

「こちらこそ」

 お婆さんのほほえみの目が僕の目と合った。

「あら、この子は? 確か、去年も来た楓くんたちと、今年は新入生の女の子が一人の四人って聞いてたけど?」

 お婆さんが不思議そうに言い、僕は緊張した。先輩には心配ないと言われたが、どうして心配しなくていいのだろうか?

「ああ、彼はここに来る途中、偶然遭遇して入部したんです。真乙のクラスメイトです」

 先輩が僕と真乙さんを示しながら答えた。するとお婆さんはまさに目を輝かして、「すごい偶然ね! すごいわよ!」と感嘆した。

「……どうも」

 お婆さんに一礼して、建物内を見回した。

 入り口近くに階段がある。階段を上らずに真っ直ぐ行けばドアがある。

「さて、お兄さんたちの部屋は二階の突き当たり、お嬢さんは二階の一番手前だから。三つしか部屋はないから、すぐにわかると思うわ」


 部屋の中は大掃除のあとみたいに綺麗だった。

「すごい……」

 高島先輩が窓から外を見て、その景色に絶句した。

「景色、格別だぜ」

 そう言われて僕も窓枠に手をかけ、景色を見た。

「――……」

 文字通り、言葉を失くした。山々が連なり、朝霧がかかっていた。それだけでなく、霧を貫くように、山間から漏れた太陽光が降り注いでいる。

「神秘的ですね」

「まさに、ミスティック」

 僕と、いつの間にか隣にいた伊森先輩が、同じ感想を抱いた。

「きゃー! すっごーい!」

 いちいち間延びして感嘆する声が、側から聞こえてきた。声のした方を向いてみたが、誰の姿もなかった。そのかわり、廊下から人の駆けてくる音がした。部屋のドアが開かれ、真乙さんが入ってきた。

「先輩たちに赤木くん、外の景色!……なんだ、もう見ていたのか」

「そこまではしゃぐな。体力がもたないぞ」

 若くないんだから。堀先輩が、高島先輩の言葉に付言し、彼女に罵られた。

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