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「先輩、バスはいつ来るんですか?」
真乙さんが右手を挙手して尋ねた。
「バス自体はすぐ来るけど、乗るのにはあと……四〇分ぐらい」
時刻表を確認して伊森先輩が告げる。真顔でだ。
「四〇分も!」
両肩を落として、真乙さんは嘆いた。
「バスはもう運行しているけれど、朝食を食べないといけないから」
携帯電話を取り出して、時間を確認してみる。AM6:31とディスプレイ上に表示されていた。
「ゆえに、そこのコンビニで朝食を買って食べる」
反対車線側にあるコンビニを、先輩は指した。
「朝食っていってもな……」
真乙さんが色々と文句をならべながら、棚から鮭のお握りを取った。
「何を買えばいいのかわからないよね?」
「…………」
僕は黙って、同じく鮭のお握りを取る。
「ねえ、赤木くん聞いている?」
お握りの隣にあるペットボトルの冷蔵庫の前で、何にしようか迷っている僕に苛々した声で彼女は聞いた。
僕はそれを一時的に無視して紅茶の入ったペットボトルを取り、棚を閉めてから答えた。
「なんでもいい、じゃ答えになっていませんね。安いやつでじゅうぶんですよ。とにかく、栄養がすこしでも摂れればいいんだから」
「なるほど」と彼女は言ったが、すぐに「栄養を摂るなら、やっぱり考えて買わないとダメじゃない?」とも言った。
「…………」
無言のまま、僕はレジに向かった。
「って、ちょっと!」
真乙さんを無視し、レジでお握りと紅茶代二八〇円を払ってコンビニを出た。
駐車場の車止めに、堀先輩が座っていた。
「お握りだね」
堀先輩が、前髪で隠れた目を向けて、そう言いあてる。
「よくわかりましたね」
「大体コンビニで買う朝食なんて、お握りぐらいだろう」
「言われてみれば……」と空を仰ぎ、「そうですね」と向きなおる。
「うん。さて、早く食べてしまおう」
背後からコンビニの袋を出し、その中からサンドイッチを取り出した。
「パンですか」
「パンだね。すくなくとも、お握りではないな」
堀先輩の隣の車止めに腰かけて、僕もお握りを食べる。わずか三分ほどで平らげた。
食べ終わったころ、店内から他の先輩と真乙さんが出てきた。
「あれ? 赤木くんもう食べちゃったの?」
お握りの他に板チョコも買ったらしい真乙さんが、すこし残念そうに言う。それに首肯し、それから一回深呼吸して朝日を見た。残念ながら、バスの中で見たときほど綺麗には思えなかった。
「なんでだろう……」
思いがけず、口に出してしまった。
「何が?」
真乙さんが聞いたので、顔を太陽から外し、彼女を見る。彼女はチョコレートを頬張っていた。
「いえ、ただあの太陽、バスの中で見たときより感動を覚えないなと思って」
彼女も太陽を見る。見てから、「本当だ、あまり綺麗だとは思えない」と驚いた。
「感性がないんじゃない?」
高島先輩がぼやく。真乙さんが、「そんなことないですよ!」ととがる。
「私の将来の夢は作家ですよ!」
「夢と現実は比例しない」
堀先輩も、淡々と言い放つ。
「先輩ー! 未来ある若者の夢を壊すようなことを、教科書を朗読する風に言わないでください!」
――おもしろいな……。
先輩と真乙さんの会話を、幼稚園児と大人のやりとりでも見ているように傍聴した。
「じゃあ先輩には感性があるんですか!」
「べつに。俺みたいな人間は、そんなものとは縁がないからな。それに、その話は今すべきではない」
「……なぜですか?」
憤慨しながら彼女が尋ねると、
「真乙に感性があるのか、それともないのかを話しているからだ」
呆れ果てながら先輩は言い切った。これでお仕舞い、とサンドイッチの袋を丸め、今度はアンパンを食べはじめた。
「だあーもう! 言いたいことだけ言ってすぐに食事ですか! 私の言いたいことは無視ですか!」
堀先輩は、一瞬アンパンから目を逸らして真乙さんを一瞥して、
「おまえの話しを聞くと、まとまるものも、まとまらなくなる」
と、言われた。すると真乙さんは、先輩の肩を揺さぶった。反動で先輩の手からアンパンは転がり落ち、コンクリートの上で静止した。
「あ!」「あ……」
二人が、それぞれ違った意味で同じ言葉をつぶやいた。
「馬鹿者が」と感情を殺した声で、先輩は真乙さんの頭を軽く叩いた。さすがに、真乙さんは頭を下げて謝った。
三〇分ほどしてバスがやって来た。それに乗って、宿のある山を目指す。
なぜだかどうして、隣には真乙さんが座っていた。




