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「に、荷物を取れ」
真乙さんが、よろけながら命令した。
「……そっか。いいですよ」
「あら?」
なぜか驚いている真乙さんの横に立ち、棚に手を伸ばして真乙さんの手荷物を探す。
「いや、面倒ならいいんだけど……」
「遅いですよ、言うのが」
意味不明なことを彼女はつぶやいたが、一蹴して彼女の荷物を手探りする。まもなく、長方形のような形をしたバックを手に取って渡した。彼女は「どうも……ありがとう」と小さく言って、小さく辞儀した。
「お礼を言うほどのことでもないですよ」
真乙さんは、苦笑した。それにつられて、僕も苦笑した。
バスが速度を落として止まった。前の方で、先輩達が立ち上がり下車しはじめた。
「行こう」
隣で真乙さんが楽しそうに言って立ち上がり、進みはじめた。
「ありがとうございました」
下りる間際、真乙さんは運転手にお礼を言った。
「はい、どうも」
愛想よく運転手は笑って答える。
「……ありがとうございました」
小さな声で、僕も礼を言う。
「はい、どうも」
同じように運転手はほほえんでくれた。僕は驚いて、ステップを踏み外しそうになった。だけど、もちろん嬉しかった。
「何ボケーとしているの?」
バスから降りると、真乙さんに言われた。足がもつれたのを見られたらしい。
「いや、不思議だなと思って」
「何が?」
礼を言ったら運転手がそれに答えてくれたことを話すと、彼女は呆れたようにため息を吐き、心配そうな目で僕のことを見た。
「……君は本当に……あ!」
何か言おうとしたが、彼女は僕の背後を見て、にわかに声を上げた。
振り返ると、男の子と女の子が僕たちに手を振っていた。もちろん、前に座っていた兄妹だ。
真乙さんが、左手を上げて左右に振った。僕も軽く手を振った。二人は満足そうに笑い合い、母親に連れられて僕たちから離れていった。
「…………」
「…………」
しばらく三人が歩いていった方を見ていると、真乙さんが囁くような音量で笑いはじめた。それを見て僕も、小さく笑ってみる。ただ、なんとなく。
「なんだ、あまり話したことがないって聞いてたのに、想像以上に仲が良さそうだね」
伊森先輩が、僕らの様子を見て言った。
「そうですか?」
そう言われてすぐに笑うのをやめて伊森先輩を見た。なんだか、真乙さんと仲がいいと誰かに言われると、無性に否定したくなった。
「そうだよ、コメディアンなんかにはピッタリだと思うけどな、二人は……って、こら、真乙!」
急に、真乙さんが折り畳み傘で先輩をたたきはじめた。どこからその傘は出したんだ?
「先輩! 変なことを言わないでください! 馬鹿にされているようで嫌です! 確かに、バラエティを見て笑うのは好きですけど、誰かに笑われるのはきらいです!」
傘で先輩の脇腹を突きながら彼女は怒った。滑稽だ。
「真乙! 先輩を叩くな!」
「知りませんよ! 先輩って言ったって、しょせん私よりすこし早く生まれたかどうかにすぎません!」
ほぼ鬼の形相で彼女が言うと、「おまえってやつは!」と先輩は呆れ、背負っているリュックで彼女の攻撃をうまくガードしていった。
「おい! 伊森に真乙! 赤木くんはまだ自分たちのことよく知らないと思うから、自己紹介とかした方がいいんじゃないのか?」
眼鏡をかけてる男子が、伊森先輩と真乙さんに怒鳴って言う。先輩と真乙さんは、傘とリュックでの攻防をやめた。
「そうだね、まだ高島と堀は自己紹介してなかったっけ?」
「そうだよ!」「さっさと済ませろ」
眼鏡の人と、不健康そうに痩せた人が同時に言った。
「ごめん、ごめん……。さて、赤木くん。オレたち科学部は、バスの中でも言ったとおり、二年が三人。オレ以外のメンバーは……」
「高島貞夫だ、よろしく」
眼鏡の方の先輩がそう自己紹介した。
「どうも……」
頭を軽く下げた。
「それから、堀浩明だ」
伊森先輩に名を呼ばれ、痩せすぎている先輩が「よろしく」とつぶやいた。
「浩明はあまり話さないやつだけど、色々とおもしろい。仲良くしてやってくれ」
堀先輩にも頭を下げる。
「それじゃあ、これから一日泊まる宿に行くとするか!」
伊森先輩が、朝だというのに元気な声を出して告げた。
「なあ伊森。宿にはいったいどうやっていくんだい?」
高島先輩が聞いた。
「うん? まずは、バスだ」
「またバス?」
「うん。山まで行くから」
「山だって。なんで海じゃないんだろう? なんとなく海の方が、虫の出現率は低いような気がしない?」
先輩たちの会話を聞きながら、真乙さんが僕に耳打ちした。
「……べつにどっちでもいいです」
欠伸交じりにそう答え、先輩の名前と顔を符合させるため、一人ひとりの顔を確認して名前をつぶやいた。
「……眼鏡が高島先輩。……痩せが堀先輩……。……好青年が伊森先輩」
呪文のように繰り返して言う。
「ああ、先輩たちの名前ね。眼鏡のタカ先輩。痩せヒロ先輩ね」
あだ名を教えられても、と言ったら頭を叩かれた。




