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 初見の御方々、こんにちは。

 既知の御方々、性懲りなくてすいません。

 東京を出ようと思ったのはつい二日ほど前だった。

 どこか都会の喧騒から離れられて、忘れることのできる場所に行きたかった。

 自分を探す旅……。そう言えば、聞こえはいいだろうか?

 だから誰にも言わずに来た。と言っても、僕がいなくなって心配するような人を、僕は知らない。

 今、手元にあるのは、学生寮にある自室で掻き集めた、現金幾許かが入った財布と、学生証……それから携帯電話とMDウォークマンくらいだ。そうそう。それからそれらの充電器。計画的とは言えない旅になりそうだ。

 これからの旅の途中、携帯電話があるので内蔵されたゲームで暇をつぶすことはできる。そのゲームが暇にならない内は。

 そう考えるとひどく憂鬱になった。これからどうしよう、と情けない考えが浮かぶ。

 思えば、よく今日の券を手に入れられたものである。いつもは何をするにも即決できず、意味なく時間をつぶしてしまうのだ。それを笑われたり怒られたりしたのは一、二回どころではない。そんな僕が、閃いてすぐ行動に出れた。滅多にないことなので、何かの導きかと思い、大事にした。なんだか、成長したような気がしたのだ。

 思いついた日に旅行会社に出向いていた。店の中にあるパンフレットの中で、なんの迷いもなく、四国地方に行く深夜バスを選んだ。

 まさに、何かに導かれているようだった。

 四国の方に親戚がいたわけではない。親は今、北海道に住んでいるし、身内もほとんどが、道内に住んでいる。

 僕だけが、都会の高校に入りたいがために北の方からやって来たのだ。

 聞いてはいたが、まさに東京は右も左もわからなかった。それどころか、昼と夜の区別さえできなかった。さすがに冗談だけど。

 とにかく、それらのことに煩悶したあげく、故郷を懐かしんだ。それがストレスとなり、心の奥底に溜まっていった。だから、今回突発的に行動へ出れたのだろう。

 考えをやめ、顔を上げてバスの中を見た。

 バスの中はまだ人がすくなく、静かだった。たぶん、人が増えても静かであると思われるが、それとは違う何か居心地のいい静かさ……沈黙だった。

 顔を伏せ、目を閉じた。もうしばらく発車までは時間があった。

 バスがわずかに傾いだ。誰かが乗車したらしい。顔を上げて今乗り込んできた人物を確認する。子供連れの女性だった。子供は、男の子と女の子の兄妹のようだ。まだ小学校の低学年といったところであろう。

 その兄妹は、興味深そうにバスの中を見回していた。

「ほら、前に進んで」

 母親と思われる女性が二人に向けて言った。「はーい」と間延びした声を出して、二人は僕の座っている一番後ろの席の方までやって来た。ふとバスの中を見回していた男の子の視線が、僕の目とぶつかった。あいまいなほほえみを浮かべると、不思議そうに男の子は首をかたむけた。

 女性と二人の子供たちは、僕のひとつ前の席に座った。このバスは正面から見て、右の窓際、通路、左の窓際にそれぞれ一席ずつ座席がある。その左側に男の子が、右側に女の子が座り、子供たちがよく見えるように女性が真ん中の席に座った。忙しなく二人の様子をうかがっていた。

 無意味に女性の仕草を観察していると、男の子が僕のことを見ていることに気づいた。もう一度微苦笑を浮かべると、男の子は僕を見るのをやめた。男の子の行動に気づいた女性が、驚いたように僕のことを見た。

 どうしようかと迷っていると、女性は一笑した。

 なぜ僕に向けてそんなに親身な笑顔をしてくれるのか、ぜんぜんわからなかった。だが、悪い印象を与えたわけではないようなので安心した。

 親子に気を取られていたせいで、新たな同乗者に気づくまでに時間がかかった。

 乗車してきたのは、僕と同じくらいの歳をした青年や少女たちだった。人数は四人だ。四人中三人は男子で女子が一人、という妙な組み合わせだ。男子の内ひとりは背が高く切れ上がった目をしていた。こんな夏の夜に、全身真っ黒な服装をしている。それが印象に残る。他の男子は、ひとりが眼鏡をかけたガリガリマン。風が吹けば簡単に倒れてしまいそうな人だ。方やもうひとりの男子は、髪がぼさぼさで眠たそうな顔をしていた。この男子二人は、それぞれが黒い鞄を手にぶら下げていた。紅一点の女子は、さきほどの男の子のように車内を感興の目で見ていた。

 なぜか、彼女の顔には見覚えがあった。

 じっと彼女の顔を注視した。記憶のどこかに、彼女と同じ顔をした人がいたような気がした。

 彼女の顔を見ていると、名前を呼ばれたかのように彼女は僕の方を唐突に見た。今度は僕と彼女の視線が合った。

 すぐに視線を外し、辺りの様子を見ていた、と思われるような仕草をして誤魔化した。顔を伏せて脳の引き出しを開けまくり、彼女の顔と名前を符合させようとした。

 不意に、僕の視界の端で二足の靴があらわれた。頭をフル回転していたせいか、ぜんぜん足音に気づかなかった。

 靴は二足とも、僕の方を真っ直ぐ向いていた。つまり、この靴の主は僕のことを見ているということだ。

 おそるおそる顔を上げてみる。そこには、嬉々とした彼女の顔があった。

「あーっ! やっぱり赤木あかぎくんだ!」

 彼女は、僕の名前を言った。

 状況が理解できていない僕としては、驚くしかなかった。

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