表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
島津十字と空飛ぶ茶釜  作者: 花畑青
6/24

鮭の王子様 後編

 家久はキノコ時計を見た。17時15分。康子は19時くらいに帰ると言っていたが。彼女のキッチリした性格を考えると、一時間半くらいで義康を回収して宇宙船に乗せないといけない、と家久は考えた。

「お祖父様達も、まだ閉会式や食事会だし距離的に帰ってこないはずだけど、母上からの連絡で手を回されるだろうからな~。……そうだ。家出協定結んでるんだった」

 家久は友達(声が低い)に『親と喧嘩したからちょっと夜遅く帰りたい』という嘘をついてアリバイ工作を頼み。置き手紙も残して発見される時間帯を遅くしようと試みた。あえて置き手紙なのは。電話だと声色や誘導尋問で嘘がバレる可能性があるからだ。家の中に入っていくのは目撃されているし、確実に発見されないであろう一時間を大事にしよう……と家久は考えつつ。階段をかけ上がった。鍵の番号は、四兄弟の誕生日下四桁。……のはずだった。

「……あ、あれ? 番号変えやがった!」

 朝、侵入されたことに気が付いた貴久は、ひっそりと暗証番号を変えていたのだ。家久はあっさり諦めて書斎に走った。

「地図があればわかるかも!」

 貴久は健康のために歩数計をつけており。その歩数グラフの管理を家久に任せていた。その歩数から『トンネル』の場所を割りだそうと考えたのである。

「確か一昨日は、父上は宇宙船にかかりっきりだった。だから家からトンネルへの歩数……距離が大体わかるはず……」

 父の暢気な顔を思い出して、家久の手は一瞬止まったが。部屋に戻っていく義康の悲しそうな姿、そして潤んだ目を思って、首をふった。

「このままだと……義康殿はアホだからずっと騙されて一生戻れない!」

 家久は棚から出した地図をバサッと広げ。朝の父の歩幅×歩数からだいたいの片道の距離を割り出し、家を起点にして円を書いた。

「人気の少ない、地上のトンネル……三つあるけど……そうだ!」

 家久は、父の部屋の机の上にあった、珍しい花を思い出した。

「こっちだ! でも………」


  2

「しばふ殿もお寂しいのだろうか……」

 義康が深い藍染になっていく空をスクワットしながら眺めていた時。一人の少年が走って部屋を訪ねてきた。彼は荒い息を吐きながら、筒から絵を取り出した。

「絵が……書き終わり…ました」

「息が荒い! 先生を!」

「走ってきたからです。大丈夫です」

 そう言って瑠音がテーブルに広げた、鮭が跳び跳ねる絵は。まるで海の上に立った自分の周りを鮭がぴょんぴょん飛び交っているかのよう。義康は思わず両手で鮭を掴もうとしたが。瑠音の細い手に掴まれ、現実に引き戻された。

「よしやすさん大丈夫ですか!」

「だ、大丈夫です……予想以上に素晴らしい絵だ! 鮭の噴水にいるかのようだよ! ありがとう!」

 義康は満面の笑みで瑠音の両手を取ると。引き出しを漁った。

「何かお礼を……」

 義康はそんなに服装や物にこだわるタイプでは無い。しかしお洒落な父・義光がやたら買い与えた豪華な物品を持っていた。遊んでくれたからいい、と遠慮する瑠音に。義康は金色に輝く扇と、黒い石に小さな色とりどりの石が散りばめられた柄の毛筆、しっとり輝く白い石の兎の根付けを取り出し。懐紙に乗せて差し出した。最初は遠慮していた瑠音だが。義康はこういうものは家にそこそこあるし、自分は興味がないと話して、半ば強引に押し付けた。義康の勢いに飲まれて扇、筆、小さな石細工に紐がついた根付けを受けとった瑠音は。テーブルにのせてから、一つ一つをまぶしそうに眺めた。

「絵本に出てくる宝物みたい……。ありがとうございます! 宇宙の花畑のふでに、こっちの扇は金色の雲もキレイだし、桜のちらばりかたも、なんかいい……これはどんな方法でだれが描いたんですか? こっちの兎の石は何の石ですか? 目も赤い石がはめこまれてて、体の白が引き立っててすごい」

 少しおちくぼんだ目を輝かせて質問する瑠音。義康は困ったように眉を寄せた。

「ごめんね。私は教養が無くて、技法とか作者は良くわからないんだ」

 一瞬肩を落とした瑠音だが。扇を眺めてぽつりと言った。

「……ぼくもこんな絵が書けるようになりたい……なれるかな…」

「瑠音殿はきっと、素晴らしい絵師になれるよ!」

 義康の言葉は本心だが。次に続く言葉を言うか言うまないか少し躊躇し、うつむいた。

『お前の考えが時々わからなくなるよ』

……やはり、思ったことは言うべきなのかもしれない……そう想った彼は、顔を上げた。

「芸術は良くわからないけど、瑠音殿の絵を私は素晴らしいと思うよ。ただどちらかというと生き物が動いている姿を描く方が瑠音殿にはあっている気がするよ。この桜も美しいし、色々な技法や作品も勉強になるとは思う。それでも極める先は違うのかな、と……」

 少し間が空き。扇と自分の絵とを交互に見つめて、考えこむ瑠音。夢に水を差すことを言ってしまっただろうか……一瞬そう思った義康だが。瑠音は柔らかく微笑んだ。

「いろいろ考えてくれてありがとうございます。筆とこっちのうさぎはおーちゃんにあげていいですか? タイトルと名前をうらに書いてくれたのはおーちゃんなんだ」

 義康は紙を裏返す。すると、柔らかく優美な字で記された題字が見えた。

『鮭の舞 瑠音三途作 義光殿へ』

「清流のように美しく滑らかな字だね。まだ年少でこの複雑な漢字をよく書いたね」

『兄上!書けました!』

義康の脳裏に、昔入院していた弟が見せてくれた習字が浮かぶ。

「ただ、こんなことは失礼かもだけど……その……三途は……」

「渡りきらなきゃ大丈夫です。そんなことより、おーちゃんは辞書を引いて書いてくれたんですよ」

「そうなのですか。おーちゃん殿にもお礼を申し上げないといけませんね。ちなみに、おーちゃん殿は、王羲之からとった別名……ペンネームなのですか」

「うん。なんか昔の中国って国のすごく字が上手い人からとった名前らしいです。その人みたいになりたいって」

「それはいいですね。折角ですからお二人で絵本を描かれたらどうでしょうか」

「……いいかも! さけさけさけぶ、宇宙人のですか?」

「もうそれはどうかお忘れになってください……」

 ちょっと体をすぼめて呟く義康に、瑠音がいたずらっぽく微笑んだ、その時だった。義康の三階の部屋窓に石がコツン、と当たり。瑠音は義康を制して窓の外を見た。

『大きな声を出さないで下さい。……家久さんです』

 瑠音は窓を開け。家久が精一杯伸ばした高枝バサミのキャップに巻きついていたフックつきロープを受けとると。自分のリュックの中から出した粘土でフックと窓枠とを固定した。家久はロープにぶら下がり、少しでこぼこした壁をかけ上がるように登ってくる。だが、あわてて彼を持ち上げて部屋に引き入れた義康は首を捻った。花飾りを挿した髪は茶髪ではなく、黒く長い。服の色も先程と違う。顔も口に真っ赤な紅をさしており。眼鏡をかけているのだ。

「あれ?」『シッ!』

『よしやすさん大きな声を出しちゃだめです。家久さんは女の子の格好をしているだけです』

 義康はすみません、と呟くと。小声で尋ねた。

『どうなさったのですか』

『金星に帰りましょう』

『よしやすさんに会えてよかったです。さようなら』

「……あ…」

 やっと事情がわかった義康だが。目に涙を溜めて首を振った。

『出来ません。忠良殿達と話をしないと』

『じいちゃんは帰す気ない』

 義康は、悟ったような表情でため息を吐いた。

『それでもやはりこういうやり方はいけません』

 家久は忠良の企みを話しても驚かない彼を意外に思ったが。宇宙船に近付けさせないことやいつも見張りがいることでやっと気が付いたのだろう……と推測し。少し早口で言った。

『父上を助けたいんでしょう』

『でも……』

 義康は涙ぐみ俯き。そんな彼の背中を、瑠音は優しく押した。

『お父さんも待ってる』

 俯いていた顔をパッと上げ。義康は家久、瑠音を見た。彼は瑠音と家久の手をとり、体を折れんばかりに曲げて頭を下げた。

『ご迷惑をおかけして申し訳ありませんがお言葉に甘えさせていただきます! 一生このご恩は忘れません!』

 鼻をすすりながら掠れ声で二人に礼を述べ。義康は窓から外を覗いた。三階。下の犬小屋や街灯が少し小さく見え。秋風は枯れ葉を舞上げながらヒュルヒュルと警告音を奏でる。だが、義康は緑色の植物で編まれた壁に梯子の如く配管が通っているのを見て。なんとか降りれる、と判断した。

『これくらいなら命綱なしに降りれます。ただ、しばふ殿は……家久殿には鳴かなかったようですが……』

『しばふはもう大丈夫です。あのこはふゆう草の実を手からくれて、遊んでくれた人にはほえないんです』

「だからしばふ殿に会わせてくださったのですね」

 義康は家久が用意した桃色の貫頭衣に素早く着替えて花柄のストールを纏い。その後は家久に道具を渡された瑠音に顔へ粉を塗りたくられた。

『この色の服といい、これは婦人の……』

『義弘兄上も忘年会で、むさい友人どもと女装して踊って歌いますよ~。女装するのは義康殿だけじゃありません』

『よ、義弘殿がですか!』

 だから一式揃ってて助かった、という言葉も、こっちの話には驚くんかい、という言葉も飲み込み。家久は義康用に持ってきたリュックに彼の着物などを手早く詰め込み終え。リュックの巾着紐をしめる。彼は続いて時計を見た。

『やばい時間ない! 瑠音くんあとはなんか口に塗って! まつげはもういいから!』

『口はもうぬりました。よしやすさんの顔は、目に力を入れた方がいいです……なかなか良くできたけど、もう一回ぬったほうがいいかな』

『ぱっと見女に見えりゃいいんだよ~! もっとがっつり口紅ぬって!』

『きれいに見えたほうがはずかしくないはずです! 口はこれ以上ぬるとけばいです!』

『どっちみち恥ずかしいです……』

 暗くぼそっとした義康の言葉で瑠音は手を止め。家久も口紅をしまった。さらに瑠音は義康の後ろに回り。茶筅髷が結われた義康の髪をほどいて、器用にまとめ始めた。看護師さんの間で流行っているまとめ髪を緩くアレンジしたものである。瑠音がうまくできた、と頷いた時。家久はすかさずやっぱり義弘の部屋からパクった髪飾りをわたした。

「仕上げに!」

「……なんかこれ、びみょうです。……仕上げどころかぶちこわしです!」

 瑠音は義弘が選んだ花飾りをキッパリ拒否した。家久は確かにケバい、と頷くと。花飾りをベッドへぽいっと放り投げ。たすき型命綱を装着して、窓枠に手をかけた

『わかった。瑠音くんのセンスを信じるよ。……義康殿、下に降りたら裏声でしゃべって下さいね。僕は先に降ります。続いて下さい』

 義康は頷くと、裏返った声で家久、続いて瑠音に礼を述べた。

『ありがとうございました。おーちゃん殿にも題字が素晴らしかったとお伝えください。それから皆様にもどうか宜しくお伝え下さい。お元気で』

『……またいつか会えますか』

 少し寂しそうな声色の瑠音に義康は振り返り、はっとした。……やはり細い。病院の主だと言っていたのは……そう気が付いた彼は。少し傷ついた赤石で出来たさくらんぼのお守りを懐から出すと。しっかりと彼の手に握らせ。素の声で言った。

『……わかりませぬ。でも、いつか逢えることを願っております。これは、幾度も私を護ってくれたお守りです。持っていて下さい』

『そんな大事なものはもらえないです!』

『持っていて欲しいのです』

『……じゃあこうしましょう』

 瑠音はさくらんぼの赤い実を繋げていた紐をハサミで切り。片方を義康に渡した。

『よしやすさんどうか気をつけて! がんばって金星に帰って!』

『はい! 瑠音殿も!

貴方の作品が伝わる事を信じてお待ちします!』 義康は満月のように円やかで温かく光る笑顔で思いを伝え。先に降りた家久に急かされながら、一階へ降りた。

……それからしばらくして。

「……あれ! 瑠音くん最上殿は?」

「…………」

 瑠音は家久から預かった手紙を見張りに無言で渡し。見張りはのり付けされた封筒を瑠音のはさみで開けた。

『私は人生に疲れました』

「うわあぁぁぁー!」

「まさか早まったことを……そう言えばうつろな目で筋トレしてたな……」

 見張りの二人は、真っ青な顔で格子水晶を掴んで口元に寄せた。

「……最上殿がいなくなって…申し訳ありません。はい……瑠音くん、どこ行ったかわかる?」

「……」

「頼む!」

「……金星に帰りたいって……泣いてた……」

「彼らは何分前にでて言った?」

「けっこう前……」

「だいたいどれくらい?」

 瑠音は時計を見てから答えた

「……30分~40分くらい前……らんぼうにつかまえないで!」

「……できるだけそうするように頼んでみるよ!」

「答えにくい質問に答えてくれてありがとう!」 瑠音は見張り二人が去った後。申し訳無さそうにため息を吐いた。


 7

 義康失踪が見つかる十数分前。家久と義康は暗闇に包まれた病院敷地内を走る。

「なぜ出口から逆に? 裏口から出るのですか?」

「義弘兄さんの日記には、茶釜宇宙船が降りたのは、病院奥の大きな公園とありました。多分そこに新しくきた金星人がいる」

「……まさか」

 険しい目付きの義康。家久はそれを見ても平然と答えた。

「そうですよ。その宇宙人が降りて医療関係者の皆さんも船から降りた瞬間に乗っとります。玉葱玉でみんなが泣いてる間に」

「……お世話になった方を傷つけるなんて! しかも人の宇宙船を!」

「申し訳ないとは思います。でも玉葱玉は防犯用だから後遺症はないですよ」

 深いため息を吐いた義康は頭を抱えて立ち止まった。

「申し訳ありません。やはり……」

「僕は女装以外は楽しいからいいよ。……でも瑠音くんには申し訳ないって思わないの?」

 いつもへらへらした家久の真剣な眼差し。それを見た義康は、一生懸命絵を仕上げて駆け付けてくれた瑠音、そしてここまで着いてきてくれた家久の思いと、他人にもっと迷惑を駆けてしまうということを天秤にかけ。心も目もぐらぐら揺れる。それを見た家久は義康の肩に手を伸ばして、静かに言った。

「義久兄上なら。いくら迷っても悩んでも最後はできることはなんでもやる」

「……わかりました。もう迷いません」

 暗い場所なのに輝いて見える程。義康の目には力が宿り。全速力で走り出す。

「いや、あっち! 昼間の公園のずっと奥! 待って!」

 義康は家久を担いで野生馬の如く強く土を蹴り。濃紺の中に緑の街灯光が大玉模様を作る公園を嵐のように駆け抜けた。……こうしてあっという間に茶釜推定到着地についた二人は。葉がざわめく木々が生い茂った、先程よりも薄暗い……途切れ途切れの小さな緑玉の光のネックレスの内側で。慎重に人がないかを確認した。どうやら、まだ誰もいない。

『こっからは小声で。隠れる穴を掘りましょう。はい、スコップ』

 二人は水を掻くように横長穴を掘り。土色風呂敷を頭に被って座った。

『さむ!』

『私は寒さに強いのでどうぞ』

 義康は震える家久に自分のストールを巻くと、双眼鏡を構えた。

『警備員が来ませんね』

『元々、得体が知れない人には最小限の人しか接しないルールになってるんだ。昔、遠い国の人がもってきた伝染病で大変なことになったから』

『だから私の見張りも人数が少なかったし、先生も看護師さんもほぼ専任の方だったのですね』

『そう。なるべく少人数しか接しないんです。いくら狂暴な人でも手錠をしてるなら、茶釜に乗り込んだ警備員数人がそのまま交代で見張る』

『そこまでするとは……余程恐ろしい伝染病だったのですね……』

『うん。でもそれだけじゃなくて、元々今日は警備員の人数も余裕ないしね。次期村長決定戦と、義康殿の茶釜の保管場所の花トンネルに人員を割いてるから。僕がいないとばれてなくてもばれても義康殿は花トンネルに行くと思われるはずだし』

 どうしてですか、と問う義康へ。家久はまたへらへらしながら答えた。義康単独でも家久と一緒でも花トンネルへ行ったと思われるはずだ、と。

『僕は花トンネルの場所を突き止めた証拠を家に残しました。花トンネルにしか咲かない花が入った花瓶を動かしたのを父上は気付くはずだし。地図も持ち出した』

『成る程』

『それに瑠音くんの証言を聞けばもう病院内にいないと思われるはず。失踪した時間を早めに言うように頼んだからね。しかもレンタサイクルが二つ減ってればそこそこ離れた場所に行ったと思われるはず』

『レンタサイクルは……』

『義康殿に会う前に池に投げたよ』

『えっ』

『全部揃ってたから、ちょうど二つ無くなったってわかりやすいよ! それにあの池は浅いけど多分朝までは見つからない』

 家久は得意気にほほえむが。義康は弁償弁償……とブツブツ言いながら慌ててリュックを漁り、。小豆大の金が入った袋を取り出した。

『一応下さい。小遣いじゃ払いきれないし。……あー、こんなにいらないです~。この五分の一で。迷惑料(自転車代二台分込)ってここに書いて下さい』

 義康はこれから行うこと込みで、申し訳ありません申し訳ありませんと頭を上下に揺らし。スケッチブックに謝罪文を書き始める。一方、家久は片手で義康の手元を照らしながら、頭だけ出して双眼鏡を見る。……少しして、白い人影らしきものが薄暗い背景に浮かんできた。それは小さな豆粒から香水瓶程にだんだんと大きくなる。医師達は白いエプロンの上に光る腕章をつけているので、黒紙に白石を置いたように目立つのだ。

『マスクしたお医者さんと看護師さんが来た。……体格だと警備員は二人かなぁ。あの場所に立ってるなら双眼鏡いらないな。この近くにおりるかも。ラッキーだね』

 二人が双眼鏡をしまって直ぐ。光りを放ちながら茶釜は降り立った。

位置関係は、医師達、茶釜、家久と義康を結ぶと直角三角形になる。

『病院関係者の皆さんより、僕達が近いね』

『しかもちょうど茶釜入り口の真横です』

 二人が話している間に、茶釜の光はすうっ、と薄くなり。ふわりと降り立った。家久と義康は直ぐに飛び出せるよう体をほぐし。玉葱玉を握りしめた。

『僕が玉葱玉を投げるから、義康殿はすぐに走って下さい』

 頷きかけた義康だが。茶釜の佇まいを見てあっ、と声をあげた。

『これ……うちのもう一つの茶釜です』

『えっ』

『父上が迎えに来てくれたのかな』

 ちょっと顔が綻ぶ義康。一応二人は再び息を潜めた。それは正解であった。茶釜がパカッと開いたとたんに、両手を挙げた警備員三人が先に降りてきたのだ。さらに。

「こやつの命が惜しくば! 皆手を上げて離れよ!」

 着物を着て、高く結い上げた黒漆髪にマスクの少年は、川田の首根っこを筋肉質の腕でしっかりロックして叫ぶ。……少年の手錠は鎖が切れていた。

「か……」

 飛び出そうとする家久を抑えつけ。義康は低い声で言った。

『殺気はそれほどありません。下手に刺激しないほうがいいです』

父ではない……とがっかりしつつも声も雰囲気も懐かしいような……と思った義康は口を抑えていった。

『まさか、マーくん?』

『知り合いなの?』

『もしかしたら従兄弟のマーくんかもしれないです』

 一方。マスクをした少年は、ドスの聞いた声で叫ぶ。

「両手を上げて後ろを向け! そしてそのままゆっくり宇宙船から離れろ!」

「わ、私の命はどうでもいい……げほっ!」

「黙れ! ……おい此方を向くな! もっと離れろ! ……もっとだ! 拙者が良いと言うまで動くな喋るな!」

『……やっぱりマーくんです。私が説得に回ります。計画より川田先生の救出が先です』

『で、でも…』

今日を逃したらもう脱出の機会はないかもしれない。しかし……人質の川田の疲れた顔を見て、家久は頭を抱えた。そうしている間にもどんどん医師達も警備員達も宇宙船から遠くへ引き剥がされていく。そして、大体十数メートルくらい離れたところで。少年は目を鋭く細めて言った。

「よし。そのまま手を上げて正座せよ。拙者が良いと言うまでだ。……ん?」

「マーくんやめなさい!」

両手を上げて丸腰アピールしながら近寄る義康を見て、少年は目を丸くした。

「えっ?なんか声を聞いた事があるような……」

「義康だよ!」

女物の着物に長い髪、そして厚化粧の義康はジリジリと近寄り、射程を詰める。それがわかっていながらも、何故か少年は警戒しなかった。むしろ近付く度に義康だ、と鮮明に理解出来たからからである。

「よし兄だせぇえ!胸パッドまで入れてんのかよ!」

「川田先生を開放しなさい!さもないと」

「ひ、ひひ」

なんか色々脅し文句を考えたりしていた義康だったが。

マーくんは勝手に笑い転げて川田を開放した。


ーーーーその後。色々あって義康は開放される事になった。帰してあげてくれ、という署名運動が巻き起こったのである

。家久はこってり絞られ、旅立つ前の宇宙船見学中の際も義久達の監視付きだった。

「色々あったけどよかったね!ん?虫が」

家久は虫をパチン!と叩いた。すると。

「ドアが!」

「エンジン音が」

恐る恐る虫の下を見ると一つのボタンがあった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ