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島津十字と空飛ぶ茶釜  作者: 花畑青
5/24

鮭の王子様 前編

登場人物の真似はしないで下さい

 琥珀刀争奪戦の朝。家久は父・貴久の部屋をノックすると、鍵を開けて中に入った。

「父上、ごはんですよ~! 父上?」

「うーん……」

 目の下にくまを作った顔で、ぶつぶつ言いながら部屋中をぐるぐる回る貴久。家久はニヤニヤしながら、貴久と同じ歩幅とペースで後ろからついて回る。そんなコードレス電車ごっこになって少しして。貴久はぴたりと止まった。

「こら! また人をからかって!」

 軽く睨む貴久に、家久はへらへらしながら答えた。

「父上が緊張してどうするんです。僕達はどーんと落ちついていた方が義久兄上だってほっとするでしょう」

「……そうだな。……なぁ家久」

「なんですか~?」

「もし、義久がボロ負けしたら、お前は義久にがっかりするか? こんな不甲斐ない兄は嫌だと思うか?」

 家久の肩を持って、真剣に問う貴久。……これ、誘い受け? 疑問系じゃなくて反語じゃん……そう父の言外の心を読んだ家久は。相変わらずへらへらしながら元気に答えた。

「勝てないでしょうけど、それでも大事な兄上には変わりませんよ~!」

「……そうだな」

 ちょっとひっかかる所がありつつも、貴久はほぼ満足したようにうなずき。家久を通り過ぎて行く。その背中へ家久は逆に尋ねた。

「そういえば宇宙船ってどこにあるんですか。今度僕も見学したいんですけど。義康殿も気にして……るんじゃないですか」

 ピクッ、と肩を動かした貴久は。家久に背を向けた後、ちょっと上擦った声で答えた。

「あ、あれは駄目……」

「……まさか壊したの?」

「壊すわけないだろ! 大事に大事に傷一つつけずに保管して整備してある!」

 貴久はむきになって言い返す。そんな彼を見てほっとした家久は、ニヤニヤしながらまたからかう。

「ホントにきちんとしたところにあるんですか〜。野ざらしにして錆びちゃったりしませんかぁ」

「大きいから地下は断念したが、きちんと雨風を防ぐトンネルに入れて、警備もきちんとつけてあるぞ! ……とにかく宇宙船は見学は出来ない! 義康殿がホームシックなら、お前が話し相手になってやれ、じゃ!」

 貴久はそう言うと、急いで部屋を出た。

「言われなくても会うけど……ん?」

 家久は、父の部屋の窓辺にあった花瓶を見て。あっ、と呟いた。

「これ来年から天然記念物指定がほぼ確定の花じゃん! 今のうちにってずるいな~」

 通行人から見えないように。家久は花瓶をカーテンの内側に隠した。

   2

 お昼前。忠良の許可を得た最上義康は。貫頭衣にズボン姿で、朝早くから落ち葉の掃き掃除等をしていた。

「ありがとう最上さん。おかげで早く終わったよ。このゴミは俺が捨ててくるから、最上さんはもういいよ」

「ありがとうございます。ではこれと、これだけは持っていきます。お先に失礼いたします。お疲れ様でした」

 義康は自分が集めた落ち葉の袋の他に、声をかけてきた青年の分の袋もひょいっと持ち上げる。ありがとう、と微笑む青年に人が良い笑顔を義康は返し。少し音がずれた鼻歌を歌いながら、ゴミ置き場に向かった。……少しだけ恩返しが出来たかもしれない……そう気品のある顔を綻ばせた彼は。そっと麻袋を指定場所に置くと。トイレに立ち寄ってから病院入り口へ向かった。自分に料理を持ってきてくれるという義久の使いを、迎えにいこうと考えたのである。だが。

「あっ!」

 その病院入り口で。リボンの巻かれた木綿袋を持ったお爺さんはずっこけた。それを見た義康の体は反射的にお爺さんへ駆け寄っていた。

「怪我はございませぬか? もし歩けないようでしたら私が病院までお連れいたします」

 大丈夫、とぎこちなく笑って答えるお爺さんだが。義康を安心させようとして無理に立ち上がり、バランスを崩した。義康は背が高く体格のいいお爺さんを支え、そっと座らせた。

「ちょっと待っていて下さい」

 義康は風で転がっていた木綿の袋を軽く叩いて埃を落とし。お爺さんに両手で差し出した。

「これは大事なものですよね」

「ありがとう、孫へのお見舞いなんだ」

「そうなんですか………大変ですね……」

 お孫さんならまだお若いだろうに……そういう同情が透けて見える義康の瞳を見たお爺さんは、頷いてため息を吐いた。

「お祭りが好きな子だからねぇ……こんな時に骨折しちゃってかわいそうに……でも、まぁすぐ元気になるよ。あの子の好きな毬も持ってきた」

「それなら、早く持って行ってあげなくてはいけませんね。失礼します」

 義康は大事にプレゼントを抱え込むお爺さんをひょいっと両手で抱えあげると。ゆっくり歩き出した。

「すまないねぇ」

「いえいえ、体を鍛えるのに丁度良いです。それに困った時はお互い様です。父上にそう教えられました」

「良いお父さんだね」

「はい! ありがとうございます!」

 義康は朗らかな笑顔で返事すると。表情が見えなくても嬉しさがわかるくらい、弾んだ声で父の自慢話を始めた。

「手前味噌になりますが父上は知略と武芸に秀でておられる上に、臣下や領民を大事にする立派な方なのです。そして、時間があれば詩歌をしたため、自然と語らう雅なお心も持ち合わせておられるのです!」

 臣下? 領民? そう言えばこっちの地方では珍しく色白で、顔も少しあっさりした感じだな……もしかしてすごく遠い村のお坊ちゃんなのか……と、色々推測しつつも。お爺さんはうん、うんと優しく頷いた。

「それは凄い方だね」

「はい。私も早く立派な人間になって、父上のお力になりたいのです。でも私には知謀の才がございませぬ……」

 声が沈み、日陰の雪のような佇まいになった彼へ。お爺さんは病院玄関脇にある公園の椅子で一旦自分を下ろすように訴えた。

「支え方が悪かったんでしょうか?」

 違うよ、と穏やかに訂正し、お爺さんは義康を公園に誘導した。

「……お兄さん。敵と手刀で戦って見てくれないかな。想像で」

「はい!」

 義康は姿勢良く立ち、見えない刀を構えた。佇まいが冬の青空のような清烈さと緊張感を纏い。凛とした目も鋭く光りだす。お爺さんははっとした。……本物だ。

「おりゃあああーっ!」

 透明な刀を素早く力強く走らせ。『敵』を鮮やかに斬っていく義康。その気迫に気圧されたお爺さんは、冷や汗をかいた。「もういいよ!……いやぁ恥ずかしいことに怖くなってしまったよ。私も昔剣道をやってたから少しわかる。お兄さんは立派な武人だ」

「まだまだです……」

 義康は少し頬を赤らめて首をブンブンふって謙遜する。一方、お爺さんは義康を見上げて少し不安そうに言葉を続けた。

「だだ、技術の割には魂が未熟で鈍い。お兄さんには闇が見えない。背後から、物陰から、思わぬ場所から襲い来るもの言わぬ闇が……」

「それは一体……」

「最上殿! お弁当です………あ!」

 背が高い茶髪の青年と小柄で黒い短髪の青年は日帰り遠足サイズのリュックを背負い。ベンチに座るお爺さんと義康の元に走ってきたが。義康と一緒にいるお爺さんを見て、目を丸くした。

「先生!」

「ご無沙汰しております! 少しお疲れのような……」

「こちらのお兄さんが助けてくれたから大丈夫だよ。……今日は孫の見舞いに来たんだ。お前達は元気か?」

「お、お孫さんは大丈夫なんですか!」

「骨折しちゃってねぇ。でも回復は速いほうだって言われたから、なんとか」

「お大事に……」

 その後も少し談笑していた彼らは、義康の代わりにお爺さんを病院に連れていく、と言い出した。

「でしたら私が代わりににお連れし……あ」

「朝から御飯を食べてなかった……」

 若い青年達のお腹がなった音を聞いた義康は、少し照れた様子の青年達に尋ねた。

「ご自身のお弁当はお持ちですか?」

「はい」

「それなら先に昼御飯をお食べ下さい。今日は良い天気ですし、ここにはベンチもありますから」

「それはありがた……」

「ばか!」

 茶髪の相棒に足を踏まれて顔をしかめる黒い短髪の男。しん、と静まった雰囲気の中。義康はにこやかに口を開いた。

「この公園からは病院の出入りが見えますから。」

「確かに。裏口も警備員がいるしなぁ……あ」

 少し気まずそうにちらりと目を合わせる二人。数秒間の沈黙の後。茶髪の男は、少し血通った事務口調で言った。

「我らは最上殿を疑っているわけではありません。これは先人から遺された掟を守っているだけなのです」

「承知しております。捕虜にも関わらず、衣食住に配慮していただいて感謝しております。ほんしもわざわざお弁当を届けていただいて、ありがとうございます」

 素直にお辞儀されて戸惑う二人。そんな中、今度は義康のおなかがなった。

「し、失礼しました! お爺さん、参りましょう!」

 義康は急いでお爺さんを抱えあげると、急いで病院玄関へ走った。


    3

「あー、食べ終わっちゃったのか~」

 家久がお土産を持って病院に着いたのは。お弁当配達係兼お目付け役の二人に指導されながら、義康が自転車に乗ってくるくる周囲を回っていた頃。はしゃぐ義康は片手を上げた。

「じゃんけんしましょう!」

「……片手運転は交通法違反です!」

 家久は楽しそうな義康をニコニコ見つめていたが。目が合った義康にあわてて手で×印を作った。こないだはこっそり会いにきたので、義康とは初対面ということになっているからだ。

「初めまして! 村長島津忠良の孫で、家久と申します~!」

「……こちらこそ初めまして、最上義康と申します。お会い出来て光栄です。……あの」

「なんですか?」

 首をかしげる家久に、義康は少し遠慮がちに言った。

「お兄様の応援は良いのですか」

「兄上なら大丈夫ですよ~。勝てないと思いますけど」

 絶句する三人。そんな中、義康は少し躊躇しつつも思いを述べた。

「……差し出がましい事を申させていただきます。兄弟なら信じて応援すべきです!」

 義康の言葉に目付け役も深く頷く。一方、家久は辺りをキョロキョロ見回した。人気はない。さらに家久はお目付け役の二人の顔を見る。……なんとなくだけどこの二人はなんとなく信頼できそう……そう判断した彼は、三人を手招きすると。小声で言った。

「義久兄上のことは好きだし、尊敬してますよ。趣味は反省会だし、イチイチ悩むのはウザイいですけど」

「それは失礼では……」

いちいち悩む。うざい。家久の言葉に眉を非難がましく寄せる三人。家久は相変わらずへらへら笑うと。誰にも言わないで、と念を押してから続けた。

「いっけん体力勝負ですけど。お爺様のことだから、義久兄上が勝てる要素は作ってるはず。その要素は、義姉上のことを考えると大友村に関わる知識だろうな~。隠す人の性質がわかってれば探しやすいじゃん。でも。……大友村ですよ~」

 ああ……と肩を落とす目付け達。その反対に首をかしげる義康。家久は義康のために補足した。「大友村の人々は面白いし悪い人じゃないんだけど、気まぐれだから本当に読めないんです。そんな不確定要素に頼らないといけない義久兄上は、厳しい状況なんですよ」

「でしたら尚更側で応援しないと!」

 義康はさらに家久に詰め寄り。家久はちょっとその迫力にのげぞりつつも溜め息を吐いた。

「義久兄上はかっこつけたがる上に見栄っ張りですからね~。中学生の僕に励まされたり気を遣われたら逆にショックでしょう……」

 ちょっとだけ寂しそうに俯いた家久を見た義康達は。申し訳なさそうに家久から目をそらした。少しして。義康は頬を軽くかいて、ぽつりと言った。

「そこまで深いお考えがおありだとは……私は浅はかでございました……」

 お目付け役も深く頷き。感心しきった眼差しを向ける。家久はそれにちょっと居心地が悪くなり、目を少しキョロキョロして呟いた。

「い、いや。義久兄上を思ってなのも本音だけど、みんなが忙しい今日は自由に動けるなーって言うのも本音ですから~」

「えっ」

 少しだけ冷めた皆。黒い短髪の青年は呆れ顔で口を開いた。

「……感心してちょっと損しました。ところで、話を戻しちゃいますけどもっとせこく義久様を勝たせる方法ってないんすか」

「伝統的に体力勝負な行事ですからね~。小細工するのはこれが限界でしょう。って言うかこれ以上は義虎殿に悪いし、なんかださいから嫌です」

「たしかにずるいですけど、義久様もランニングとか頑張ってましたし、勝って欲しいっす……。ん? そもそも体力勝負ならなんで義弘様を代表に……失礼しました!」

「も、申し訳ありません! こいつは悪気はないんです! どうか内緒に!」

 茶髪の男はあわてて黒い短髪の男の頭をひっつかんで押し下げ、自分も深々と頭を下げる。

「言いません。義久兄上が泣いちゃいますから。確かに体力勝負なら、義弘兄上がベターですよね~。でも義弘兄上はちょっとうっかりさんなんですよ。アホでお気楽な顔をしてますが、医術に詳しいし教養はあるんですけど」

「また失礼なことを!」

 苦言を呈する義康に、家久は笑って言った。

「失礼しました~。まー義久兄上が勝つのが圧倒的に良いんですが。負けてもまぁ大丈夫ですよ~」

「え、どうしてですか!」

 答えを急かす三人。家久は彼らにニヤリと笑って解説を始める。

「義虎殿は頭に血が登りやすくてうるさい人ですけど、空気も自分の立場もそこそこ理解している人です。それに本当は無駄な身内争いもしたくない主義なんだと思いますよ~。だから僕達の誕生日にはプレゼントを送ってくるんです。

そんな義虎殿なら、自分が反島津忠良のシンボルとして担ぎ出されただけってことも知ってるはずですね~」

「あるある~! 俺も学級委員を押し付けられたけど、人気者じゃなかったです」

「……レベルが違うから失礼だろ」

 茶髪の男にそう突っ込まれて確かに、と気楽に笑う黒い短髪の男。家久はだいたいそんな感じです、とへらへら笑いながら解説を続ける。

「義虎殿は自分をお飾りとして利用しようとする取り巻きを信頼してないし、実際に取り巻きも義虎殿を都合よく操りたいだけ。心酔してるわけじゃない。一枚岩じゃないんだよね~。こんなふうに求心力のない彼が、一族も村議会も支配するのは厳しいでしょうね~。それを実感したらあっさりやめるはず」

「あっさり……やめられるのですか? 戦にならないんですか? 禍根は残らないのですか?」

 深刻な顔で家久に問う義康。余程物騒な場所で育ったのか……そう思った家久は。義康を改めて見つめ直して沈黙したが、直ぐに滑らかな口調で答えた。

「親戚や味方同士で争って、誰か傷つくなんてつまんないでしょう」

 義康は大きく頷き。目付けの二人もこくん、と頷く。家久はそれを見て、ぽつりと呟いた。

「売られたり火の粉を振り払う喧嘩は仕方ないけど……自然というラスボスがいる以上、それ以外はあんまりしたくない」

 家久はそう言うと、桜島の方向を静かに見上げた。義康には家久のその横顔が、しっかりとした大人に見えた。

「家久殿は私より年下だと言うのに、大変しっかりしておられる」

「こんなん誰でもわかりますよ~。特に歳久兄上なら一瞬で」

 ちょっと得意気に緩んだ顔で敷きっぱなしのピクニックシートに座り。リュックの中身を出し始める家久。

黒い短髪の男はそんな家久へ素直に言った。

「でもべらべらしゃべりすぎっすよ。新人の俺達や、謎の天然宇宙人にこんなこと話さなくていいんじゃないっすか。告げ口されたらどうするんですか」

「讒言なんていたしません!」

 ちょっと不満げに口を尖らせる義康。あっ、と口を押さえて頭を下げる黒い短髪の男。無礼だと思いつつも茶髪の男は苦笑いした。

「信じて話してくださったんでしょうけど……詰めが甘いですね」

「詰め直しましたよ。向こうを出る直前に、義姉上に言われて」

 家久はにっこり微笑むと。風呂敷に包まれた弁当積木を取り出した。これはリンゴ飴やらみかん飴やらソースせんべいやら焼きそばやらチョコばなながやらがギュッと詰まった弁当箱……の中身を別々に詰め直し。氷の入った容器と接するように組み合わせたものである。宝箱を開けるように。家久はきらきらした瞳でそれらのふたを開けた。懐かしい……と歓声をあげる二人と違い。義康は一瞬目を輝かせたもののうーん、と呟いた。

「みなさん、このチョコバナナいただいてもよろしいですか」

「僕はいいですよ~」

 みかん飴を頬張った男も、ソースせんべいをバリバリ食べていた男も、こくん、と頷き。義康はありがとうございます、と三人にお辞儀し。弁当箱の蓋に、借りたフォークでチョコバナナ二本のうち一本を半分に切って乗せ。空になったソースせんべいの袋に入れた。

「さっき出会ったお爺さんのお孫さんは、祭りを楽しみにしていたとおっしゃっていました。知らない人間からの食べ物は警戒されてしまうので、あとで一緒にお伺いしていただけませんか」

 二人の目付け役は快く頷いた。

「確かチョコバナナ好きだったな! 俺の分もどうぞ!」

「病院は食事が出るから半分がちょうどいいだろ。……坊っちゃん、最上殿。俺達は食べないんで、どうぞ」

「ありがとうございます! 実は食べたかったんです!」

 義康は手を合わせると、美味しそうにチョコバナナを頬張った。


   4

 こうしておやつを食べ終わった後。四人は看護師詰所で老師の孫に食事制限が無いか聞いてから、ぞろぞろと病室へ行った。

「チョコバナナだ! りんごあめも!」

 まだ小学生の高学年くらいの彼は非常に喜んで、あっという間に食べ終えた。……その後、乞われた義康が蹴鞠の業を披露したり、談笑すると。少し疲れてうつらうつらした少年を見た四人は、空気椅子を止めて立ち上がった。少年は、お爺さん、お見舞いに来た両親と一緒に笑顔で食べ物とスーパーボールのお礼を述べた。そして、帰ろうとする四人を引き止め、引き出しを漁り。みつけた小さな袋を義康達に渡した。

「よしやすさんもさけが好きなんですよね。これさけせんべいです。友だちからもらったのだけど、はい。二週間はたべられるらしいです」

「良いのですか? お気持ちはありがたいのですが、ご友人に申し訳ありませぬ」

 たくさん食べてもうあきたから食べない、という少年に礼を言うと。義康は首をかしげた。

「ありがとうございます。ですが父の話はしましたでしょうか?」

 病院に入る前。ふとしたことからまた父の自慢話を性懲りもなく始めた義康は、家久にウザイと注意されていたのである。それを知ってか知らずか、少年は少しからかうように笑った。

「……夜中にさけさけさけぶ宇宙人がいるってうわさがあったから。それよしやすさんですよね」 一日目は、義康の部屋に盗聴器がつけられていたのである。義康は鮭色の顔で頬をかいた。

「お騒がせしてすみませぬ……」

「いえいえ、当直の看護師さんしか聞いておられないそうだから、多分大丈夫ですよ。……そうだ! この子が来月退院したお祝いをするんです。最上さんもその時に来ていただけませんか」

 母親の言葉に少年も少年の父親も笑顔で頷いた。

「やった! よしやすさんと庭でけまりしたい!」

「私は鮭料理が得意なんですよ! ぜひ……」

「父ちゃんもさけがすきだからなぁ」

 好意的な言葉を聞くたびに。極々薄く黒い紗を重ねたが如く、暗くなっていく義康。彼はそれを必死に剥がして普通の顔を作ろうとする。それにお爺さんは気がついて、あわてて口を開いた。

「ま、まちなさい! 義康さんにも都合が」

『義康、今日も頑張ったね! ほら、鮭が焼けたから食べなさい!』

 閉じた義康の瞼の中に、鉄板で鮭を焼いてくれた父・義光の優しい笑顔が映る。彼は思わず目頭を押さえた。

「い、いやそこまでしていただくほどのことは……お気持ちだけで充分ありがたいです」

 一礼し、少しだけ潤んだ目で微笑む義康。離ればなれのお父さんを思い出させてしまったか……と後悔してうつむく両親と子。気遣うように見つめる家久達。義康はそれに気が付いて頬をかいた。

「お気持ちは本当に嬉しいのです。ただお恥ずかしいことに、もう十九だというのにたった数日で家が恋しくなって……情けない……。何週間も帰れない方もおられると言うのに」

「よしやすさん、十九才なの?」

「その割には幼な……いてぇ!」

 黒い短髪の青年がそう思うのも無理はなかった。義康は背が高く筋肉質な体格なのではあるが。童顔の上に、少し世間知らずな雰囲気があるのだ。

「……威厳や迫力が足りないと父にも弟にも言われます」

 義康は屈託なくそう笑うと、背後を振り返った。そっと病室を覗きこむ数人の子供たちに気がついたからである。彼らは義康が床においた狐模様の毬をじいっと見ている。

「こんにちは」

 先頭の、小学校高学年くらいに見える華奢な少年は。義康達に挨拶を返し、小さく頭を下げた。後ろにいた小さな子供達もそれに続く。それを見届けた先頭の少年は、次にベッドの中の老師孫に小さく手を振った。

「……あっ、るねさん!」

 少し眠そうだった老師の孫も、るねさん達に気が気がついた。彼は目をこすって手をブンブン振り返し。後ろにいた小さな子供達も老師孫に手を振る。

「まるちゃん!」

 一方、相変わらず毬を見ている少年達に気がついた義康は。毬を持ち上げて彼らに近づき。少しかがんでから尋ねた。

「こんにちは、この毬が見たいのですか?」

「はい。それを少し貸してくれませんか」

「いいですよ、どうぞ」

「ありがとうございます」

 小学校高学年くらいのるねさんは、毬を受けとると。華奢な体を軽く曲げてお礼を言う。そして、刺繍された毬を物珍しそうに見る子供達の一人……少しぽつんと離れてカラフルな松葉杖をついた小さな女の子を片手で支え。毬を渡した。

「ありがとう、かわいいなぁ……」

 松葉杖に書かれた可愛いウサギのように、ふんわりかわいらしく笑う女の子。その女の子の視界に元気な男の子が割り込んだ。

「見おわったらおれの頭に投げて! リフティングする! ずっとけまりをやってないからあたまがばかになるぜ!」

 駆けてきた男の子は自分のおでこを指し。女の子はうなずいた。彼女はの腕に包帯を巻いた女の子に支えられて、片手で毬を構えた。

「いくよ」

「待って下さいここでやっちゃ駄目ですよ!」

 あわてて止める義康達だが。三角巾を腕に下げた男の子はニヤリと笑って言った。

「にいちゃんもけったんじゃね!」

「そ、それは……」

 結局。看護師さんに『大人がしっかり見守って、一時間くらいまでなら』という約束で許可を得た家久達は。彼らと空いた部屋で遊ぶことになった。ちいさな子供達は、家久が置いた数個の桶(得点を書いた紙を入れてある)に、毬を投げ入れて遊び。義康、せんべいをくれた少年のお父さん、目付け役の二人は毬拾いしながらそれを見守る。

「……ええと、終わってない方いますか? ……よし。家久殿終わりました。次はどうしますか」

「スプーンリレーです。スーパーボールを落とさないように走……るのは無理だから歩くんです。そこの松葉杖ちゃんも、あんまり歩けないだろうし、ちょっと次のゲームの準備を手伝ってください~」

「……おーちゃんです」

 小学校中学年くらいの松葉杖の女の子の左右から、少し批判的な響きの少年少年の声が飛ぶ。

「……家久殿」

 少し厳しい目の義康が然り気無く示す先に。俯いたおーちゃん。それを見た家久は、あっ、と呟いて顔を曇らせた。

「ごめんなさい。……おーちゃんと、指摘くんは賞状を書いて」

「勝手にあだなつけないでください! ぼくの名前は……」

「名前は?」

 家久に促されても。少し黙り混む指摘くん。そんな彼の後ろのヘディング少年は笑いながら言った。

「るね! ルネスさんのるね!」

「ルネサンスだよ……もう瑠音なんて名前いやだ。漢字もむずかしいし」

「いい名まえだよ、げんきだして」

 吐き捨てるように悲しく呟く瑠音の頭を。おーちゃんは手をいっぱい伸ばして、励ますように優しく撫でる。義康達も、芸術的だの響きが美しいだのとフォローするが。家久はゲラゲラ笑った。

「家久殿!」

「もう指摘くんでいいです!」

 ふん、と横を向いた瑠音にごめんごめん、と軽く言うと。家久は義康に二人掛けの椅子と机をおーちゃんと瑠音の前に運ぶように頼み。自分は紙と病院の院内学級備品の絵の具を持ってきた。一方、瑠音はおーちゃんの習字道具を院内学級の部屋へ取りに行く。

「……あ、スイッチ入ってる。やべ」

 首から下げた、銀線の走った透明な鍵のネックレスをあわてて掴んだ家久だったが。遅かった。

『家久、無視しないの! ついたら連絡しなさいと言ったでしょ! あなたはいっつもいっつも連絡しないんだから! 格子水晶の受信スイッチも切ったわね!』

 格子水晶の中の銀線が揺れて見えるほど。怒りに震える家久母・康子。

冷やかされた家久は、部屋隅に走り。膨れっ面で言った。

『ここは病院だから静かにしてよ!』

『……そうだったわね、ごめんなさい。ところで、いつ帰るの? 日がくれる前には帰りなさい』

『ちょっと遅れますけど大丈夫です~夕飯は先に食べてて下さい。じゃ!』

 家久は手短かに話をして、格子水晶のスイッチをぶち切ると。ボーリングのピンを段ボールで作る。一方、家久とピンを作り始めていた義康は、筍のような塊を置くと。指摘くんこと瑠音の絵とおーちゃんの字を見た。「素晴らしい! 絵の具で書かれた人工物ではなく、本物の狐を雪景色に閉じ込めたかのようです! おーちゃん殿の字も、流れるように美しい!」

「本当だ! 二人とも上手いです~!」

 感心して賞状に見入る義康と家久へ。瑠音は少し照れくさそうに頭をかき。おーちゃんも良かったね、とにこにこ笑う。

「……そうだ!」

 手をポン! と叩いた義康は瑠音を見た。

「……良かったら、後で余った紙に鮭の絵を書いていただけませんか? 鮭が好きな大事な人へ贈りたいのです」

「はい!」

 瑠音は元気よく頷いて、再び筆をとった。


   5

 あっという間に時間は過ぎ。家久はお目付け役とともに病院を出て、家に到着した。

「ありがとうございました~!」

 お目付け役に礼を言うと。家久は家の中に入った。……誰もいない。玄関のキノコライトがうっすら緑色に輝くだけの、暗くて静かな世界。

「義康殿の部屋も、こうだったな………」

 部屋に送っていった際の、どこか寂しそうな背中。それを思い出した彼は、なぜか電気も着けず、ぼうっとしていた。そんな彼の胸元で、格子水晶が赤く点滅する。彼は玄関に立ち尽くしたままスイッチを入れた。

『家久、義康殿に宜しく。先程、宇宙船は重大な欠陥が発見されたと連絡が着た。義康殿は暫く帰れぬ。だから寂しいだろうから話し相手になってやってくれ。彼も友が出来ればここの生活が楽しくなるはずだ』

 え? 今朝は大丈夫だって父上は言ってたのに……そう家久が首をかしげた時。間髪入れずに次のメッセージが再生された。

『家久、病院から帰った? 馬車の調子が悪いから遅くなります。多分19時くらいに着くわ。冷凍庫におにぎり、冷蔵庫に弁当の残りのとんこつとオクラの煮浸しとあくまきとかかが入ってるから、お腹が空いていたらそれを暖めて食べて』

『家久! とりあえず兄上は無事に戻ったでござるよ! あとは三枚以上こちらが揃えるだけでござる。あと宇宙人がまた来たでござる。今回は狂暴そうだから、病院にいるなら気を付けるでござるよ。一応気絶しているし、きちんと手錠したから大丈夫だと思うでござるが』

「また宇宙人!?

まぁ義久兄上が無事でよかった……」

 大丈夫だとは思っていたけど……万が一が無くてよかった……そう胸を撫で下ろした家久だったが。忠良の伝言が気になって考え込んだ。……うちはあまりにも容貌や雰囲気が変わっているよそ者が来たら、まずその場で熱を計ったり、菌シールで簡単な伝染病検査をする。異常があったら発見場所へマスクした人が水饅頭ドームを運んで、一緒にいた人ごと監視の上に隔離。熱も異常もなくても、意識がなくて話を聞けない状態ならマスクをした見張り数人を残してよそ者を現場で隔離。その場合、意識が戻り次第問診や尋問をして怪しい場合は追い返してる。だけど、義康殿の時……そして今回は違った。今回のケースはよくわからないけど、義康殿のケースはそのままあの場所で宇宙船に閉じ込めたまま隔離した方が楽なのに、あえてその宇宙船で病院に運び、特別室へ入れた。熱は無かったし、簡易検査の菌シールでも急性伝染病じゃないってわかったから病院でも問題はなかったんだろうけど。なんでだろう。怪我を治療してあげるため? 意識が戻らないのを心配して? ……いや、そういう場合でも基本的にマスクに眼鏡に手袋に使い捨て服の見張りの人が、現場で治療するって訓練でやった。それに宇宙船はなんで病院から離れた保管場所へ? 義康さんが帰るための燃料が少なくなっちゃ……

「やっぱり帰らせないつもりなんだ」

 真実に気付いた家久は。真っ赤な顔で拳を体を震わせた。……宇宙船が壊れたと言うのもきっと嘘だ。自分が義康殿と会うのを許可したのも、義康殿をここに馴染ませて帰郷意欲を削ぐため……。

「おじいちゃんきたねえーっ!」

 珍しく憤慨して床をドン! と踏みつけた家久は。こうなったらどさくさ紛れに義康殿を金星に返してやる! と決意し。光るキノコ時計を見た。


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