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島津十字と空飛ぶ茶釜  作者: 花畑青
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伝説の刀 (後編)

 義久と義虎の競争の前日昼間。花に囲まれた、広い墓地。

「お久しぶりです」

 墓石に一礼した義久達の継母で家久の母・康子は。年季の入った鞄を置くと。手慣れた手つきで少しだけ萎れた花をゴミ袋にいれ。墓石についた鳩のふんを取り除き。井戸で組んだ水の入った桶に、故人が好きだった真新しい青の布を浸す。康子は桶の中の青空へ両手を伸ばして固く絞ると、丁寧に墓石を磨いた。まるで人の体を拭くかのように。

「競争はとても危険だと聞きました。こんなことを言ったらいけないとは思いますが、どうか……例え勝てないとしても義久殿が無事に帰れますように……どうか雪さんの力をお貸し下さい」手を合わせて一礼した彼女は、義久達の近況を語り。再び一礼してから墓地を出た。

………その頃。病院。豪華な個室で。父の歯ブラシやコップを洗った忠継は。目を柔らかく細めて青い空に生える黄金の銀杏を見つめる父・忠久ににこやかに話しかけた。「父上、今日は調子が良さそうですね」

「ああ。明日が楽しみだ。義虎は義久殿と互角の立派な武人だ。きっと良い勝負をしてくれるだろう」

「父上……」

 勝てとはもう言わないのか……忠継はそのことにほっとしつつも複雑な気持ちになった。余命幾ばくもない父へ。勝つのが厳しいという現実と、父の期待に答えようと苦しむ兄上の心を勝手にぶちまけて良かったのだろうか……。そんなことは兄上も望んでいないのに……自分が楽になりたいからだったのかもしれない……そう揺らぐ瞳をふせた忠継。そんな彼の肩を忠久は優しく叩いた。

「苦しんでいるのは義虎だけじゃなくてお前もだな。いや、板挟みになったお前の方が辛いのかもしれん。年の割りにしっかりしているお前に私も、義虎も頼りすぎている。すまんな……」

「……本当ですよ! 父上も兄上もしっかりしてください!」

 忠継はあえて軽い調子でそういうと、ポケットから取り出した四つ葉のクローバーが閉じ込められた水晶を見つめた。忠継が研究所を受験する時に義虎がお守りとして摘んできてくれたものだ。

「兄上もトレーニングを終えたら来るそうです」

「……そうか。忠継、明日は義虎についていてやってくれ」

「でも……」

 父上がいつ具合が悪くなるかわからない……そう口には出さないものの、目が躊躇する彼の手を両手で握り。忠久は訴えた。

「義虎の本当の味方は、お前だけなんだ。頼む」

……それから時間が経ち、深夜の島津家。貴久はそわそわした気持ちで今の村長兼島津一族族長の父・忠良の部屋を訪ねた。

「パパ! 今回の競争は義虎殿に有利ですよ!」

「……パパはやめなさい。義久を勝たせたいが、完全に有利だと八百長を疑われるからな。一見体力勝負のこの形式にしたんだよ」

「一見、と言いますと」

「今日、ルール変更の紙を二人に渡しただろう?」

「……あっ!」

「細かくて抜け道があるルールを、父親が心配で心に余裕がない義虎殿が把握できるかな? 半日で。記憶力のある義久が有利だよ。……過去の記憶も動員すれば……」

 据わった目でニヤリと笑う忠良。一方貴久は腕組みして唸った。

「……義久にとって、これでいいんでしょうか」

「甘い!」

 忠良はすっ、と立ち上がり。貴久を一喝した。

「卑怯であろうとなかろうと! とにかく結果を出すのが族長ぞ! もしかしたら金星人が攻めてくるかもしれないという事態に、自分自身の感情に振り回される義虎殿では役者不足だ。何としてでも義久には勝ってもらわねば困る。勝てぬ男ならもう知らん。何処にでも行ってしまえ!」

「待ってください! 義久は私と、雪と、そして康子が大事に育てたかわいい息子です! 父上にとっても大事な孫でしょう!」

 思わず立ち上がり、抗議の眼差しを向ける貴久。忠良は貴久にくるりと背を向けると、低い声で言った。

「……いざとなったら義弘もいる。どちらかが残ればよい」

「どちらかってなんですか! 例え負けても私は義久を見捨てません! 父上が何かなさるなら私にも考えがございます!」

「私に頼りきりのお前に何が出来る?」

 静かに振り返り。鋭い目を向ける忠良。だが。今日の貴久は引かなかった。

「もし義久に害を為すなら、いくら父上でも容赦致しません。その為の策もあります。今は話せませんが」

 貴久に背中を再び向け。ニヤリと微笑む忠良。一方、貴久は忠良の部屋を後にすると。への字口でドスドスと床を歩く。……全く父上は。真っ赤な顔で自分の部屋のドアを思いっきり締めようとした貴久だったが。深呼吸して落ち着くと、頭をかいた。

「平梨達は寝ているか……」

 彼は手をアクセルからブレーキに変えて、ドアをそっと閉めると。ルール変更の紙を両手で持って、読み上げた。

「勝負概要の変更。桜島の火口から同心円上に数キロ離れた地帯(赤紐が張られた区域)へ108本の木刀を埋める。その木刀の先端に括りつけられた琥珀刀引換券計五本分をより多く集めたほうが勝ち。

なお、一度に持ってきてよい刀は一本だけ。外れの券の場合は書かれた罰ゲームをこなすこと」

 やはり最初の説明会と少しニュアンスが違うな、と呟きつつ、貴久は下の段落に目をやった。

「競争の協定。

一、対戦相手を害する行為を禁じる(相手を怪我させたり、埋めたり、殺害、窃盗、脅迫を行った場合、村長候補の資格を剥奪し、村裁判にかける。侮辱も禁止)

二、一度に持ってきていい木刀は一本まで

三、持ち物は以下の五点のみ許される(スコップ、非常連絡用の格子水晶のペンダント、

四、琥珀刀のあたり外れが書かれた札が入った封筒の開封作業は、皆の前でスタッフ(村の重役と大友村のボランティア)が、会場ステージで行う。競技者が開けてはならない。開けた場合は失格である。

五、日没までに戻らないと失格

六、勝負が互角だった場合はまた違う競争を一か月以内に行う

七、くちずさんでいい歌は原則としていろは歌のみ

八、競争する二人(今回は島津義久と島津義虎)のみ、赤い紐が張ってある範囲内(木刀が埋まっている区域)に入れる

九、バナナはおやつにはいりません

十、ゴミは持ち帰ること十一、動物に出会ったら全速力で逃げろ

十二、家に帰るまでが遠足です

十三、勝っても負けても最後は握手

十四、大友村の皆さんのご協力に感謝しましょう十五、はちみつはおいしいね

十六、誕生日プレゼントにはいろは歌を

十七、動物に出会った時用の煙幕は相手に対戦相手にぶつけてはいけない。使用する際は非常連絡用の格子水晶をマイクにしてその旨を叫ぶこと

十八、負けた日から三日以内に臣下の礼をとること

十九、宇宙人に出会った場合は連絡すること

二十、あと三十個あるルールをきちんと読むこと

二十一、競技者以外立ち入り禁止。入った者は財産没収の上に村から追放。不法侵入者が支持していた人物は失格となる。

二十二、封筒の中の紙に書かれた罰ゲームは封筒を開く度に行うこと。琥珀刀引換券がすべて出揃っても余った封筒は開封して罰ゲームをすべてやること。

……長すぎる。父上はこんな姑息な手を使ってまで……義久のことを一番信頼する父上が、あんな暴言を吐いて、ここまで姑息な手段を使うとは……余程焦っておられるのか…」

 私が不甲斐ないばかりに……貴久はため息を吐いてひっくり帰った

     2

「位置について。チェストー!!」

 銅鑼の音とともにスタートダッシュを華麗に決める義虎。急いでそれを追う義久。必死に走る義久だが。だんだんと差は開いていく。小さくなっていく義虎を見つめながら。義久もまた赤や黄色で彩られた乾いた斜面を駆け登る。桜島のふもとは広い。108本もあるとしても木刀を探すのには骨が折れるな……。そう思いつつも、義久は荒い息でサク、サク、と秋の音を立てて走った。

「あそこか!」

 義久は素早く大きなスコップを動かし。自然薯のように地面深くにつっささった、自分の身長程の木刀を一本掘り出した。木刀の先には蝋で密封された小さな封筒が紐で括りつけられており。それはいったん下山して審査員(村の重役と、木刀を埋めた大友村のボランティア)が大勢の村人たちの前で開けることになっている。その封筒の中にある『琥珀刀引換券』を義虎よりも多く集めることが勝利条件なのだ。なお、封筒は太陽にかざしても透けない素材で出来ていた。

「義虎殿は何本めであろうか……」

 義久はやっと一本目の木刀を掴むと、ぽつりと呟いた。義久もそれなりにトレーニングを積んでおり、一般人よりは遥かに体力も筋力もあるのだが。勇猛で武芸の達人の義虎には及ばない。

しかしまるっきり勝ち目が無いわけでもない……自分にそう言い聞かせて、義久は自分の両頬を軽く叩く。彼は絶望的な心持ちになった説明会の後、前日に自分と義虎に配られたルール説明の紙を血眼になって熟読し。気がついたことがあるのだ。

「一本まで、か」

 だが、その気がついたことを実行するのに義久は少し躊躇した。腕組みして俯く義久。彼の頭の中には黒い炎がぶわっと広がり。白い雨とせめぎ合う。……迷っている場合ではない。そう深い深いため息を吐いた彼は、急いで木刀の先に結び付けられていた封筒を手に取ると。同じ場所に木刀を埋めた。それを移動しながら数回繰り返していた所。義虎と出会った。

「義久殿もか」

 義虎の手には、十枚の封筒が握られていた。考えることが同じか、と笑う義虎に対し。義久は少しほっとしつつも汗をかいた。少し気が楽になったものの、有利な点が無くなった。むしろこれではスピードの問題で負けは確実。どうしたものか……と、心で思案しつつ。義久は義虎から離れた場所に見つけた木刀を引き抜きながら、義虎が木刀を引き抜く様子をチラリと見た。それを見てよし、と心で呟くと。義久は義虎から離れる様に再び他の場所へ埋められている木刀を探しに行った。

 ……それから一時間後。

「くそ! また外れか! ここは俺と義久殿以外立ち入り禁止だから……義久殿が埋め戻したんだな!」

 義虎はやっと掘り出した木刀の先に封筒がないのを見て。歯ぎしりしながらスコップを放り投げた。……木刀を片っ端から掘り出しては放置していた義虎に対し。義久は几帳面に木刀を埋め戻していた。つまり。

「義久殿は俺が探し終えた場所も自分が探し終えた場所もわかってるってことじゃねーーか!! ……あ」

 義虎はニヤリと笑うと。次の木刀を探しに走った。

   3

「子供のような浅知恵ではやはり気づかれるか……」

 十数枚の封筒を掴んでいた義久は、ため息を吐いた。義虎も自分の木刀を埋め戻し始めたのである。彼は荒い息を吐きながら汗をぬぐい。銀の筒に入っている運動用ドリンクを飲むと。高天井の緑の隙間から除く青に目を細めて唸ったが。鉢巻きがずれて、あっ、と小さく呟いた。貴久が作った鉢巻きの額部分に固いものがあるのだ。太陽に透かして見ると、灰色の紙が見える。もしかしたら父からのメッセージかもしれない……そう考えた彼は、辺りをキョロキョロ見回した。数十メートル先の木の上に、二階建ての丸太小屋がある。

「はさみなどを借りれたらよいのだが」

 義久は幹の直径が1・五メートルはある高い木を見上げると。丸太小屋の入り口の高さまで黙々と登った。……身体能力に優れた義弘ならもっとあっという間に登れるというのに……と、ため息と疲れが混ざった息を吐いた彼は。小屋一階のドアをノックした。一応この桜島火口付近は、義久と義虎しか入れないことになっているのだが。

もしかしたら住民がおられるかもしれない……と義久は思ったからである。

「何方かおられませんか。突然ですみませんが、はさみを貸していただきたいのですが」

 返事は無い。だが。扉は開いており。ここの小屋と備品は自由にお使いください、と書かれた立て札が入口にあった。

「お邪魔します」

 慎重に小屋へ入った義久は。人の気配がないことに長い息を吐くと、失礼しますと一礼し。手の汚れを服で拭ってから、いろは歌が書かれたいびつなタイル張りのタンスを開けた。刃物は無い。だが、彼ははっとした。

「木刀を隠したのは大友村の方だ。花蓮もだが……確か高い場所に物を隠す癖が……つまりここも木刀の手がかりがあるかも知れぬ」

 彼は木のぬくもりのある室内をぐるりと見回す。いろは歌が書かれたタンス、そして額縁に入った水車の絵以外は何もない部屋。彼は部屋全体に違和感を感じた。……外観より部屋の奥行きが無いのだ。

「いろは歌にも水車は出てきたな……」 口ずさんで良いのはいろは歌のみ、とルールにはあり。いろは歌には水車が出てきた。これもなにか意味が……。そう思った義久は絵をじっと見つめた。見覚えのあるいびつな窪みがある。

「後で弁償致します」

 そう呟いてまた一礼すると。義久は水車の歌が書かれた部分のタイルを外し、絵に嵌めた。すると。

「……!」

 絵の一部は勢いよく前方に飛び出し。それは咄嗟に伏せた義久の残像を貫き伸びて伸びて伸び続ける。細い丸太のように伸びたそれは。向かい合った壁の一部をコツン、と突いた。突かれた場所付近の壁はぐるんと回る。

「隠し部屋か!」

 手で壁の一部……扉をガシッと掴み。義久は隠し扉の奥を見た。また水車がある。義久は逸る気持ちを抑えて、一歩踏み出す前に床を見た。

白い線でざっくりと書かれた人の絵、不揃いな大きさの文字の並びが目に飛び込む。

『きらいな人間をこの人型だと思ってふんじゃいましょう』

 倒れた人型の白線に、義久は眉をしかめた。

「踏み絵か。悪趣味な」

 ため息を吐いた彼は、部屋のど真ん中に横たわるそれを避けるように歩き。部屋の奥に着いた。彼は頑丈そうな木の台に乗っていた水車を、クルクル回してみる。すると。ホタルの住む大きなガラス照明から垂れ下がる幅広のリボン、さらに照明の裏側に収納されていた太い縄梯子もするすると延びてきた。

『ひとがたの部分に200g以上の物を乗せて下さい。木刀がうめられた場所への道が開きます』

と、リボンには古代英語で書かれており。義久は白い人型の枠内へ、構えていたスコップを置いてみた。すると。

ギギギ……と木が軋む音とともに、引き戸の如く床板が開き。真っ暗な空間が見えてきた。小屋の高さを考えると、床から下まで恐らく数メートル。天井から降りてきた綱梯子の長さも、ぱっと見足りそうである。義久は縄梯子を照明から外し、目をこらして見つめた。解れそうな部分は無い。彼はさらに引っ張って強度を測る。大丈夫そうだ、とうなずいた義久はリュックサックてっぺんのポケットのボタンを外し。リュックサック一体型の簡易ヘルメットを引き出す。そしてリュックを背負ってヘルメットを被った。義久の身体能力なら、梯子が途中で切れたとしてもたわいもない高さなのだが。自分の不注意で怪我をしたら、木刀設置作業を手伝ってくれた大友村の人々が気に病むだろう。それに父上や義弘が暴走してしまうかもしれない……と思ったからである。義久は部屋隅の引き出しからヘッドライトを探しあてて装着し。燃えそうなメッセージリボンを外してから、ホタルの照明も点灯させる。よし、とまた呟いた彼は梯子を穴に引っ掻け。様々な準備をしっかりやった彼は、これまた慎重に暗闇の中へ降りていく。

「木の幹が空洞化していて、隠し部屋になっているのだな……」

 あっという間に着地した義久は、木の部屋の壁を見回す。すぐに白い張り紙が目に入った。

『このへやに木刀がまとめて36本うめました。大友村こども会』

「…………なんと。」

 いつも生き生きと明るい玉美の珍しくうんざりした顔と声で、大友村の人々の心を再生すると。義久は腕組みして俯いた。これは少し卑怯なのではないか……。

彼らが高い場所に物を隠すことを、一時期交流が途絶えていた時期に子供時代を過ごした義虎殿は知らないかもしれない……。そうだ、半分だけ残しておこう、と思った義久だが。今度は寿のことを思い出した

『よし、とら、さ、ぷれ、ぜと、の、せんす、いい。おとさ、と、ちがう』

「……これは戦いなのだ。義虎殿。すまぬ」 義久はギュッとスコップを握りしめると。辺りを必死に堀り始めた。

    4

 木刀36本分のアドバンテージを得た義久は、その後も必死に山野を駆ける。

一方、がむしゃらに桜島の麓をかけずり回っていた義虎は、汗を拭って空を見上げた。もう日が傾き始めて黄色く染まる空。その空に、時間にそぐわぬ光が走る。そしてそれはゆっくり大きくなっていく。……また銀の茶釜である。

「……まーた金星人かよ!」

 その茶釜がふらふらと着陸場所を探っている間に、義虎はとりあえず木の影に隠れ。首から下げていた連絡用の格子水晶をマイクのように口へ寄せる。最上は推定戦闘力に反して大人しい奴だったが……もし今回の金星人がヤバい奴だったら……。

そう危惧した義虎は、義久に先に連絡をすることにした。捜索パターンが自分と少し似ている義久が、万が一近くにいた場合のことを考えたのである。

「また金星人が……きやが……義久殿」

 小石を義虎の足元に投げた義久は、頭だけきのこのようにひょっこり出すと。義虎にこっちへ、と手招きする。横に長い小さな塹壕に入った二人は、ゆっくり高度を下げる茶釜を見上げてひそひそ話を始めた。義久は自分より目がいい義虎に監視を頼み、自分は義虎に会うより前から行っていた本部(忠良達がいる)への連絡を続ける。

「……茶釜です。……畏まりました。……勝負を終了して義虎殿と下山します」

「待てよ下山? 勝負がここで終了なのは仕方ないが、怪しい奴を野放しにすんのか?」

「何人いるかわからん。無理は禁物だ。……それに私達は二人とも倒れるわけにはいかぬ」

 義虎は意外と無理しないタイプである。成る程、と義久の言葉に頷くと。再び茶釜を見つめた。中から痩せ細り、少し破れた赤い着物に袴の少年が出てきた。

「これは……」

 その少年を見て二人は目を合わせた。最上義康と同じで、洗練された……何処と無くいいところのお坊ちゃん風でもあるのだが。義康と違って雰囲気が殺気立っている上、刀を構えているのだ。義虎に監視続行を頼んだ義久は、急いでリュックから、小学生の握りこぶし大くらいの赤玉……動物用煙幕を出した。これは、衝撃を与えると唐辛子由来の催涙成分が凝縮された煙が吹き出す玉である。だが、非常に狭い範囲にしか効果はない。

「義虎殿。煙幕をすぐに投げられるようにしてくれ」

 義久は自分が監視をしている間に義虎に煙幕を準備させ。義虎も急いでリュックから煙幕を出して、手に持った。

「……体は弱っているようにも見えるが……殺気があるな。構えも隙がない」

 義久は確かに、と頷くと、小さく唸った。

「我々の武器はスコップと動物用煙幕しかないからな………後ろ! 熊だ!」

 義久は思わず大音量で叫び。義虎は塹壕から飛び出した。はっとした少年は振り返って刀を一閃。熊は断末魔と赤い血飛沫をあげて倒れた。

「チェストー!」

 刀を落として倒れた少年を襲う新たな熊。その顔面へ義虎は煙幕を投げ。それは見事に命中。熊は涙を流して呻きながら目をこすったが。義虎が拾った刀を構えた数秒後。腕を凶器のようにブンブン振り回して襲いかかる。義虎は苦い顔で熊の腹へ刀を横滑りさせた。腹に深い朱一文字が刻まれた熊は倒れ。静かに事切れた。義虎は倒れた熊に両手をあわせ、目を閉じる。……そんな彼の瞳は切迫感のある声で抉じ開けられた

「釜に入れ! 熊達がきた!」

「い、いつの間に! ……あいつは?」「もう入れた! 早く!」

「了解!」

 義虎は慌てて茶釜の中に飛び入り。直ぐに義久は茶釜のドアをバン! と閉める。その途端。熊達は茶釜宇宙船を取り囲み。ガリガリ、バンバンと破壊行動を開始した。

「やべぇ! どうやって発車するんだ! 悪いが起きてくれ!」

とりあえず揺らしてはいけない、と、少年の耳元で叫ぶ義虎。一方義久は茶釜宇宙船の奥に入った。

「……恐らく、最上殿が乗っていたのと同タイプであろう。だが、一応取扱説明書も確認しなくてはならん」

 義久は、義康が乗ってきた宇宙船の簡単な操縦法を貴久から聞いていたのだが。慎重に事を運ぼうとした。こっちの宇宙船は普通に着陸していたし、パッと見大した傷も無い。破壊されるまでには少し時間がある……むしろ誤運転を避けるべき……と彼は判断したからである。

「どうみても機械技術者に見えない彼なら、マニュアル片手に運転するはずだ。コクピットの運転レバーの近くに………あった!」

 あっさり取説を発見した義久は、小浮上スイッチを押す。

「デディーデディークマクマクマーーーーー!」

茶色い集団は少しの間だけ茶釜宇宙船の縁にぶら下がっていたが。手を滑らせてカサカサした木の葉の座布団に落ちていった。

「……中浮上ボタンはこれか。もうこのまま本部に帰ろう。一応低燃費モードで……スピードは遅いが、慎重に……」

 茶筅型のレバー、簡易操縦用の棗型ボタンで何とか茶釜を操縦する義久。少しして彼は背後に気配を感じた。少年を就寝用カプセルに入れた義虎がコクピットに来たのである。余所見運転は危険なので、義久は前方の透明な窓をみつめたまま尋ねた。

「義虎殿、本部に連絡は」

「した。茶釜は安定して運転されてる感じがしたし、いくら屈強な救援部隊でも熊と鉢合わせしたらあぶねーからな。すぐに引き返すって言うし、大丈夫だ。義久殿」

「なんだ?」

「ありがとな。追いかけて来てくれて」

 義虎が塹壕から飛び出した直後に、義久もそれを追っていたのである。彼は義虎が熊と戦っている間に、倒れた少年を巨大な茶釜に担ぎ入れていた。……合わせる顔がないかのように俯き、ぼそっとした音色で礼を言う義虎へ。義久は少し間を置くと、外の景色を見つめたまま答えた。

「……義虎殿がやられたら次は私だ。自己防衛の為には、戦闘力の高い味方を助けるのは当然であろう。礼には及ばぬ」

「え? 何だよ! 俺を心配してくれたんじゃないのかよ!」

「……そうだ。私より強い義虎殿に熊と戦ってもらおうと思ったのだ。それに……忠継殿に恨まれたくないからな」

「…………。」

 本部に連絡した時、忠継が真っ先に山へ走った(その後何とか義弘達が追い付いた)と、本部スタッフから義虎は聞いていた。彼は満面の笑みで義久の背中に告げた。

「……そうだな。スッゲー恨まれるぞ! あいつ植物が好きだから、花粉症になる花を送り付けられるぜ!」

「それは困るな」

 義久は暖かいオレンジ色に染まった景色を見つめたまま、微かに微笑んだ。

   5

 傷付いた少年を、川田達は茶釜宇宙船で病院に連れて行った。少年に熱は無かったし、船内の日記からも倒れた理由は過労と絶食で伝染病ではないと思われたのだが。日がすっかり暮れたのもあって、中学生位までの子供達、妊婦、老人、その他の慎重な人々は帰り。光る微生物のライトで照らされた会場に残ったのは義久達、花蓮(平梨と玉美と寿は康子が連れ帰った)、義弘、歳久、忠継。事情説明を聞いても呑気に笑っていた大勢の野次馬。そして運営スタッフ達である。

「No.13 豚の物真似」

 スタッフは後方集団にも見えるよう、特設台の上で封筒を開封し。野次馬達に封筒から出した札を高く掲げて見せつける。数メートル離れた隣の特設台の上で必死に罰ゲームをこなす義虎に対し。まだ封筒一枚目だと言うのに義久は真っ赤な顔で、台場から動かない。動けない。少ししてスタッフがもう一度アナウンスをした時。義久に野次が飛んだ。

「おいニーチャン! 真面目にやれや!」

「おじさん頑張れよ!」

「……。」

 半泣きの義久は。まるで全校集会でおならをしてしまった小学生のように、真っ赤な顔を両手で覆う。

「……繰り返します。No.13 豚の物真似」「兄上! 頑張るでござる! あんなに特訓をしたではござらぬか!」

 豚の物真似なんて特訓してないのでは……と心で指摘しつつも。歳久も大きな声で叫んだ。

「義弘兄上の仰る通りです! とりあえずブーブー鳴けば良いんです!」

「そうです! 義久さん! 自分が為すべきことを一生懸命やることは、例え豚の物真似だとしても何にも恥ずかしくないです! そんなに恥ずかしいなら……私もやります! 貴方は一人じゃない!」

 小さな体で精一杯叫ぶと。花蓮は間髪いれずに四つん這いになり。ブーブー鳴き出した。静まりかえる会場。彼女の思いがけない行動に驚く貴久、義久、義弘、歳久。だが数秒後。花蓮の必死の激励に感極まった貴久は、格子水晶をマイクにして叫んだ。

「妻がこれだけ捨て身で愛するお前を応援しているのに……お前はなんと情けないことか! 島津一族の長どころか、夫としても親としても失格だー!」

「……お言葉ですが、義久さんは優しい夫であり父だブヒ! お義父様、大変失礼ですが取り消していただきたいブヒ!」

「……花蓮、父上……」

 義久は自分の為に四つん這いになってブーブー鳴き続ける妻を見つめ。気合いを入れるように自分の両頬を叩いた。彼の目は生気を取り戻し。表情に活力が戻った。「花蓮、かたじけない! お前の気持ちはわかった! 私は私がすべきことを、やりきってみせる! ………ブヒ! ブーブーブヒ!」

「ブーブーブヒ!」

 四つん這いになって豚語で会話する夫婦。冷ややかな目線を寄越したり、失笑したり、怪訝な顔で会場に背を向ける観衆達。貴久、義弘、歳久は慌てて四つん這いになった。

「義久と花蓮さんに恥をかかせてはいけない……ブヒ!」

「死ぬときは、じゃなくてバカにされる時は一緒でござ……ブヒ!」

「……み、みなさんご一緒に……ブヒ!」

「なんかかわいそうだからおれもやる…ブヒ!」

「ぼくもー! ブヒ」

「いがいとたのしいかもぶぶー」

 野次馬の子供達が真似を初め。皆もつられてそれに続き。義久の特設台付近は豚の鳴き声で包まれた。

 その異様な雰囲気は数メートル先の義虎の特設台でも話題になった。義虎も思わず息を呑む。あれが……島津一族族長最有力候補の力なのか。キチガイな行動をしていても皆が従ってしまうというカリスマ性なのか……。俺も……あのようになれるのだろうか……。そう勘違いして血迷いだした彼の心を、正しい方向に戻したのは。弟の声であった。

「兄上! 集中してください! 次はこたつです!」

「そ、そうだな!」

兄上、どうかキチガイに染まらないで下さい……常識人の忠継は、心からそう願った。

  6

豚の物真似で吹っ切れた義久は。アザラシの物真似だろうがラッコの物真似だろうが必死にこなし。次々と罰ゲームをこなしていく。当たり券も二枚出て、リーチとなった。だが。

「No.80 バク転」

「えっ」

 安全のために一応マットは敷かれたが。義久はまた凍りついた。そんな義久を励ますように、義弘はまた声を張り上げた。

「兄上! あの特訓を思い出すでござるよ!」

 そんな特訓やってない……と心でまた指摘しつつも。歳久も義久を激励した。

「そうですよ! フィギュアスケートだって回りきれば減点されても認められます! とにかく回りきれば!」

回りきればいいのか。義久は腰を落とすと。後ろにでんぐり返しした。

「バックに転がった。略してバク転」

姿勢良く立ち上がると。いつも通りの冷静な顔で静かにスタッフを見つめる義久だが。また罵声が飛んだ。

「それじゃ後転だろ!」

「おめーせこいんじゃ!やり直せやごらぁ!」

「ううむ……確かに……私はせこかったな。失礼」

 義久は百科辞典をスタッフから借りると。姿勢を正して深呼吸した。その静かで研ぎ澄まされた佇まいに皆は息を呑む。一応きちんと様々なトレーニングをしていた義久は。マットを手で勢いよく押し。何とか回転しきったが。着地でバランスを崩し。前のめりに倒れた。

「うっ!」

「よ、義久さん! お体は……」

 心配そうに見上げる花蓮に、義久は軽くガッツポーズをして誇らしく言った。

「回りきったぞ!」

「……義久兄上お見事です! 見事に回転しきりました!」

「さすが兄上でごさる!」

 笑顔で拍手する歳久達。苦笑いする観衆。そういえば成功させろとは書いてないし、一応バク転なのかな……回転しきったから……とスタッフは目を合わせると。最後の封筒を取った。

「……琥珀刀引換券! 三枚目!」

「兄上ぇえーやったでござる!!」

 特設台には義弘達が集まり。胴上げが始まった。珍しく笑顔満開の義久は星輝く夜空に宙高く舞う。……武芸や感覚的な物は義弘や義虎殿に、知性や教養では歳久に、将棋は家久にも及ばぬ私だが……。もしかしたら何か違う道を見つけられれかもしれぬ……。そう義久は充実感を噛みしめ。彼の目からは一筋の流れ星が走った。……胴上げが終わると。義久達は家久や康子に格子水晶のペンダントで勝利を報告する伝言を残し。姿を見ない父達を探していたが。義虎の封筒開封の特設会場で足を止めた。

「兄上が引いたのが62枚、義虎殿が引いたのが46枚……豚の合唱でタイムロスもあったというのに一体なにがあったでござるか? ……あっ」

「義虎殿が苦手な英語ですか……」

 義久達の視線の先の義虎は。特設台の上で辞書を抱えて半泣きしていた。

「こんなんわかんねぇえぉあああー! もう義久殿が族長って勝負はついたんだからもー勘弁してくれよあああーっ!」

「負け戦でも最後まで戦い抜くのが武人! 兄上には同じ年齢の一般人の七割も英語力があります! よく考えればできるはず!」

「……ポジティブな嫌みはやめろよちくしょーー!」

 教養問題はヒント禁止。ただただ激励するしかない忠継は、心配そうにかつ気の毒そうに義虎を見つめる。少し遠くでみていた義久も気の毒そうに呟いた。

「琥珀刀は全部で五本。こちらは三本分の引換券を手に入れた……つまり最高でも二本分……」

「勝負はついたのにちょっとかわいそうでござるな。義虎殿の支持者も撤収しちゃったでござるし」

 義弘も同情するような眼差しで特設台を見つめる。そんな中。義虎は何とか英文の訳を完成。拍手が起こる。

「次の封筒は…………鼻歌を歌ってスキップでござるか。そんな心境じゃないだろうに……」

 やけくそで鼻歌を歌いながらスキップする義虎。ふらふらな彼の横でやっと最後の封筒が開封された。

「最後の封筒です………な、なんと琥珀刀引換券五本分! 大当たり!」

大友村が得意な花の刺繍がしてある、少し豪華な引換券。それが野次馬達に見せびらかされ。忠継は泣きながら義虎に抱きついた。

「兄上! やりました……これで父上の病気もきっと良くなります!」

「……俺で……いいのか?」

 少し複雑な顔の義虎だが。病気の父がいるという言葉に同情した観衆は拍手し。一部は特設台に雪崩れ込んで胴上げが始まった。それを義久達は口をぽかんと開けて見つめていた。

「なにがなんだか……あ、兄上!」

「義久さん!」

 義久はショックと疲労のあまり、ガクッと膝をついた。


登場人物の真似は絶対におやめください。命と人望を損なう恐れがございます。

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