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島津十字と空飛ぶ茶釜  作者: 花畑青
24/24

英雄

「私は五行研究所の特殊部隊です。皆様のおかげで通常の火は消えました。ありがとうございます。後は五行の火を沈めないといけません。消防車の金属と水、さらにエネルギーをぶつけるのです。ね、丁亥先輩」


 徐幸総理のスピーチや昼休憩の話に出て来た【五行研究所】を持ち出して、ハッタリをかます歳久古。丁亥は思わず目を見開いた。歳久古が静かに頷くのを見た丁亥は、少し間を空けてから戸惑いつつも口を開いた。


「た、確かに原理としては正しい…甲冑も炎や衝撃に耐性があります」


 消防隊員達も困惑した表情を見せたが。自信ありげかつ丁寧で落ち着いて喋る甲冑姿の歳久古と、喋れる亥を見て何となく納得した。


「水と金属をぶつけるのが肝なので、消防車はホースをバスに放水出来る角度で放置してください。隊員の皆様は先程まで消火を手伝ってくれた皆様を非難させてください」


「あ、危ねえだろ!駄目だ!」


「私がやります!」


 危険な役目を代わろうとする隊員達や止める源語達に歳久古は首を振った。


「これは五行研究所の管轄です。消防署の方にお任せすると私は服務規定違反で地獄の研修行きになってしまいます。お任せください」


 結局他に手段がない、という事で隊員達と源語達は消防車の中の燃えやすい備品を取り出した。さらに隊長は消防車が直進すればバスとぶつかる角度かつ長い助走距離が必要な場所に移動させ。消化器を構えて待機した。


「歳久古さんは結構無茶しますね」


「丁亥殿、降りてください」


 丁亥は激しく首を振った。


「元はといえば私が巻き込んだんです。本当に申し訳ないです…せめて博打に付き合わせてください。自分の身は自分で守れますから足手纏にはなりません」


「私が決めた事ですから。気にしないでください」


「いいえ私のせいです!助けていただいてありがとうございました」


 丁亥は深々と頭を下げると、車の運転方法を説明しながら操作した。 


「脱出する為にドアは開いたまま固定しました。後はアクセルを踏むだけです。ちなみにブレーキは性能が良くてすぐにピタッと止まるそうですよ。私は半信半疑ですが。それにしても昔とあまり変わらなくて良かった。先代の丁の戦士の灯火殿に、良くドライブに連れていかれました。方向音痴なのにね。困った人でした」


 呆れも懐かしさも寂しさも渦巻く眼差しの丁亥に、歳久古は少し目を反らして頭を下げた。


「すみません。受け身を取ってください」


 歳久古は丁亥を開けっ放しのドアからふわりと放り投げ。アクセルを踏んだ。


「…ドアが!」


 アクセルを踏んで走り始めた途端、開いたまま固定したはずのドアが閉まった。衝突前に車から飛び降りる計画が狂った歳久古はブレーキを踏んだが。効きが悪い。


「シートベルト!」


 歳久古がシートベルトを着用した瞬間。消防車は車2つを挟んでバスに激突。ぐしゃっとした音が歳久古の脳裏に響き。車体はぐわんぐわんと料理中のフライパンの如く前後上下に激しく揺れた。ハンドルからはエアバッグが開き。巨大なマシュマロの盾となって歳久古を守った。


「いだっ…き、今日はエアバッグが開くなんて運が良い…」


 荒波で揺れる船のような車体。その中でフラフラしつつも歳久古は目を空けた。


「前にいる車が燃えて熔けていく…」


 目の前の車が湯煎したホワイトチョコレートのようにゆっくり溶けていくのを見た歳久古。彼は暑く暗い車内で急いでドアを開けて脱出しようした。しかし。手動でも足蹴してもドアオープンボタンを押してもドアが開く事は無かった。窓ガラス割りハンマーも見当たらない。


「無駄に分厚い…おお……」


 苦笑いした歳久古だったが。丁亥の言葉を思い出した。


『テンションが低すぎる!戦う姿勢を見せてください!そんな小さな三角形では丁火ていかの紅葉も必殺技じゃなくて必半殺し技になってしまいます!』


(丁火の紅葉)


 歳久は小さな声で片手に収まるくらいの小さな三角形を窓に描いた。すると真っ赤に輝く炎の紅葉が十数枚窓ガラスに張り付き。ガラスを氷の様に溶かして燃え尽きた。窓はレースのように繊細なガラスの編み物となった。


「窓は大きいから通れそうだ」


 歳久古は、窓枠等にまだ残っている細く熱で弱ったガラスを刀で突付き落とし。火傷と外に落ちたガラスに気をつけながら急いで脱出した。


「大丈夫ですか!速くこっちへ!」


「歳久古!…お、いのししさん大丈夫か?」


「歳久古さん!」


 消防隊員は歳久古、源語は丁亥をそれぞれ担いで崖下の階段に走った。


「消防車が燃えて融け始めてる!急いでください!」


 崖の上の隊員がそう叫んた時。シューッと音がして歳久古が乗っていた消防車から水が噴水のように噴き出した。形も、ぐちゃぐちゃ書きなぐった絵のように変形し始める。


『ぎゃあ!炭酸飲料が噴水になってる』


『灯火てめえやりやがったな!』


「ザイダァミタイダ…」


 うわ言のように呟くと柔らかい表情で瞳を閉じる丁酉。ホースをセットした消防車の放水は止まったというのに。歳久古が乗っていた消防車や近くの車からは火が消え。バス内部の火も徐々に小さくなって行く。そしてついに火は消えた。


「ツカレタナ」


 丁酉は開いている窓の枠に座った。


「危ない!」


「刀を鞘から引き抜いてください!トリッキーが入るような三角形を描いて、五行回収!と叫んでください!」


 歳久古は、丁酉を収める三角形を描きながら叫んだ。


「五行回収!」


 丁酉は炎が込められた様な赤く透明な刀身に吸い込まれた。


「鞘に刀を収めてください」


「はい。…トリッキーはどれくらいで元に戻りますか?閉館する前に絵を見せてあげたいです」


「おそらく丸一日でもどりますよ。あと閉館じゃなくて臨時閉館です。特別展があるのでその準備です。トリッキーが勘違いしてたんですよ。…辛の戦士の子孫の方がスポンサーの一人ですしそもそも市営ですから」


「そうだったんですか」


 歳久古は長い息を吐き、刀を見つめて優しく微笑んだ。


「よかったね、トリッキー」


 その後熱中症でへたり込んだ歳久古は過労もあって病院に搬送されたが。ぐっすり眠って翌朝は体調が回復。病院内では警察の事情聴取、それが終わって退院後はヤクザ事務所から呼び出しをくらった。


「お前達のおかげで蜜柑組の発火装置も発見出来たし、組員も守れた。感謝する。平賀家は今までの事は不問にしよう」


「平賀家だけですか?と、歳久古もトイトイさんも解放してくれるんですよね?ね?」


「いやこいつらには高級車の弁償もさせたいし、手放す気は無い」


「そ、そんな…」


「私と丁亥殿は偉い人と伝があるから大丈夫だよ。入院費を払ってくれたり心配してくれてありがとう。お兄さんと妹さんに振り回され過ぎないで。源語君自身を大切にね」


爽やかに微笑む歳久古と、猿ぐつわを嵌められて縛られながらも頷く丁亥と、インテリヤクザを困り眉で見つめる源語だったが。拳をぎゅっと握ってうわずった声で訴えた。


「あ、あれは俺もいっ一緒に運んだしっ、お、俺も同罪だから…俺も一緒に弁償しま…」


歳久古は少し困り眉で源語に頭を下げ、源語の腹にグーパンした。続いて気絶して倒れた彼を支えてそっと横たえた。


「家に無傷で返してあげてください」


「送ってやれ。そもそも彼の兄がやらかした事は大した事じゃない」


インテリヤクザの指示で給料袋をパーカーのポケットに入れられた源語は車で運ばれ、周りのヤクザは困惑してざわめいた。


「か、かわいそうに……痛そう」


「なんて凶暴なんだ!」


インテリヤクザは彼らの声を聞きながらも、分厚い書類を渡した。


「お前、正式にうちで就職しないか。まずは試用期間一ヶ月で給料は各種手当て混みで40万」


「申し訳ありませんが、私は宇宙人でそのうち故郷へ帰りますのでお断りさせていただきます」


「この状況でそれを言うか」


部屋の中には十人程だが、ドアが開放された隣の部屋には数人、さらに丁亥はインテリヤクザの隣の大きなゲージに閉じ込められている。歳久古は恭しく書類の束を受け取ると隅々まで速読し、無表情で淡々と答えた。


「保険料とか謎の諸経費の天引きが多すぎて、手取り14万いくかどうかですね。サービス残業も強要、とてもサインなんか出来ません」


「ではお前が嫌なら1ヶ月で辞めても良い。新しい条件はこっちだ」


インテリヤクザは部下に命じて書類を新しい者に交換させた。歳久古はそれも隅々まで速読すると注文を付けた。


「先程よりはマシですが、【幹部】の方じゃなくて、この【会社】及び【跡を引き継いだ会社】と契約を締結したいですね。ただ後怪我した時の保障とか捕まった時の弁護士の手配とかはしていただけるんでしょうか?」


「こ、細か!面倒くさ!」


げんなりするヤクザ達に、インテリヤクザは呆れたようにため息を吐いた。


「…馬鹿かお前らは。これでもこいつは甘いぞ。他に質問はあるか?」


「いくつかお願いがございます」


歳久古は、丁亥を解放する事、丁酉を鎮める作業(車運び、消火栓探し他)を手伝った数人にまとまった金を払う事、壊した車の弁償の免除、熱中症で倒れた老人への入院費の支払い(数日で済むとのこと)を要求した。


「要求が多すぎる。……ちょっと待ってろ」


渋い顔をするインテリヤクザだったが。急に携帯端末が鳴って、それを耳に当てた。


「はい。鈴木です。……ええ、彼なら今こちらに……そうですか…承知しました」


電話を切った鈴木は、ため息を吐いた。


「うちの経営するニューハーフバーで1日働けば全ての条件を飲む。給料や宿泊場所も手配する」



 ————コンパクトに回想を話し終えた歳久古は、客の男達に慣れた手付きで紅茶を淹れた。


「大変だね…」


「怖い目に遭ったわね!お疲れ様!」


 歳久古は少し疲れた顔で笑って答えた


「親切なお言葉ありがとうございます。今日だけですが、親切にしてくださるママやお姉様達の為にも頑張ります!」


ちなみに五行研究所詐欺やぶっ壊れた消防車については消防隊員達が緊急事態だったと訴えた事、ある人物の一言で不問となった。歳久古の話を聞いた2人の男はハの字眉で目を見合わせた。


「トシコさん、今日の売上ノルマ分お店に払うから早くに…帰りなさい」


「そうよ。今すぐ帰るのよ」


 心配そうに静かに訴える2人に歳久古はニコッと華やかに微笑んだ。


「お気持ちだけで充分です!一応連絡先書きますね!」


【星のドレスのコトハさん逃がして】


【桜島組は麻薬は扱ってません。入口でやたら細長い黒いリュックの不審人物注意】


「研究会に、いつか、参加する、つもりで、お願いします」


 華やかな笑顔で微笑む歳久古。2人の男は一瞬だけ目を合わせて唾を飲んで、ため息を吐いた。


「どれも難しそうな本だ…インテリのお姉さんより、あっちの飲み物運んでるお姉さんがいいなあ。ごめんな!」


「ちょっと本屋で買ってくるように妹に言うわね!ちょっと待ってて!……ママ!トシコちゃん延長ね!」


 コトハちゃんこと源語を同伴として連れ出すマッチョな男。一方、スリムな男は部屋の奥で電話した。それから暫くして。


「お客様リュックお持ちしますぅ…あらあらこれはぁ」


「……クソッ…あァァァ」


 リュックを確保するスリムこと細野。逃げようとする男に足を引っ掛ける歳久古。背乗りで取り押さえるマッチョこと松川。


「確保!」


 リュックにマシンガンを入れていた男は、入口でボーイに変装していた松川と細野に逮捕された。


「何で私達が警察だってわかったんだい?」


「ただの煩い客だったのにぃ」


「最初から何となくそんな気はしていました。好奇心旺盛なのにバスの放火犯に興味が無い…つまり放火犯が桜島組のライバル火焔組と知っている事、アルコールや腹にたまる物を注文しない所、身のこなしに隙がない所、力仕事をしていそうな手、それに何より…」


 歳久古は二人に深々とお辞儀した。


「一般市民を思いやり、守る心です。ありがとうございました」


 その後、歳久古はまた警察で事情聴取を受けた。開放された後は警察にやって来た源語の誘いを丁重に断り、丁亥と一緒に警察官の松川のペット可マンションに泊めてもらう事にした。彼は松川からスマホを借りて源語、続いて鍵で兄達に連絡した。それが終わったのを見ると、松川は麦茶を注いで歳久古の前に置いた。


「水分補給はちゃんとしなさい。どうだった?」


 歳久古はありがとうごさいます、と会釈して麦茶を一口飲んでから口を開いた。


「はい。兄上達だけでなく、弟が出会った方達にもご迷惑をかけてしまいました。兄上達は明日午前中に着くそうです。…源語君は松川さんに感謝していました。お礼を言っておいて欲しいと」


「ちょっと店の外まで送っただけだから気にしないでと言っといてくれ。それにしても桜島組から解放されて良かったなあ。歳久古君の屈強なお兄さん達が来るなら大丈夫だろうけど、一応火焔組の残党には気をつけろよ。何かあったら電話しなさい」


「はい。ありがとうございます」


警察に来たインテリヤクザはなぜか歳久古に慰謝料を渡して去っていった。ちなみに歳久古がグーパンした白衣の男は桜島組の健康診断をつい最近担当していたが、歳久古がパクった携帯端末から無免許の上に火焔組のスパイと発覚。それなりに拷問を受けた末に火焔組に送られた。


「ハトの糞が頭に落ちたから風呂に入りなさい。着替えとタオルは風呂の前に置いたから使え。下着はさっきコンビニで買ったんだよな?風呂出たら冷蔵庫のスポーツドリンク飲めよ。ご飯は冷凍の奄美鶏飯があるから、出たら温めるよ」


「はい。何から何までありがとうございます」


歳久古は心から深々と頭を下げると、リビングに貼ってある凛々しい二人の男のポスターを見た。


「凛々しくてカッコイイ方々ですね」


「ああ。英雄だよ。命がけで薩摩省を守ってくれたんだ」


ーーーーその頃。鹿児島省にそびえる五階建ての城の屋根の上で。少し灰青ががった肌の甲冑を纏った背が高い男は、そこで倒立腕立伏せをしていた。


「よし、今日のノルマは終わりました」


欠伸をした彼は、寝転んで携帯端末を見た。


「消防車で車に突っ込むなんて本当に面白い人ですね。いつか会ってみたいものです」


彼はそのキラキラとした瞳を細めると、夜空を見上げた。伸ばした手が少しだけ、ザラっとする。


「歳久兄上、久保。そろそろ私達もそちら側へ参るかもしれませんね…いや、もうちょっと頑張らなくては」


少し強張った端正な彼の横顔を、灰と風が優しく通り過ぎた。




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