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島津十字と空飛ぶ茶釜  作者: 花畑青
23/24

丁酉と灯火

「ヒノトトリエガカカキタイ!エガミタイ!トウカのエガミタイノ!」



 泣いているような声の下に歳久古はゆっくり近寄り、足元の草を引っこ抜いて風に当てた。



「こっちが風上か」



 彼は紺色の空を赤く分割する塊の風上に立ち。声を発する赤い小さな酉を携帯端末の録画望遠機能で覗いた。バスは確かに燃え上がっているのだが。範囲はなぜか広がらない。



「あそこにいる金の鶏冠の赤い酉が火をコントロールしているのだろうか」




 歳久古は携帯端末の電話履歴と現在の時刻を見た。消防車が来るまで1時間30分程。自称飲食業が丁酉の仲間と思われる丁亥を連れて来てくれるまで1時間20分程。




「なぜ丁亥殿は電話する前から向かってくれていたのたろう?とにかく今は私が何とかしないと…」



「キミハダレ!」




 丁酉は歳久古に気が付いて、警戒と好奇心の混じったボーイソプラノの声を上げた。歳久古は炎の破片が封じ込められたような赤い鍵をマイクのように構えた。




「初めまして。島津歳久古と申します。朱雀殿と丁亥殿の知り合いです。近くにいる人々が危ないので火を消していただけませんか?」





「スザクサマ、トイトイのシリアイナノ?」



「はい、そうです。火を消し…」



「ワアイヤッタァ!ウレシイ!」




 話聞かない系かぁ…と心で困り顔になる歳久古を他所に。丁酉は嬉しそうに飛び跳ねると、バスの上から歳久古のいる崖まで赤く光りながらスーッと飛んで来た。サイズは、くっつけた両手からちょっとはみ出るくらい…総理が食べていた小ぶりのスイカくらいのサイズか、と歳久古は思った。




「ヒノトトリダヨ!アダナハ、トリッキー!ヨロシクネー!」



「よろしくお願いします………あっ」



「ウァァ…モエテルネ!ヒノトトリガサイショミタトキヨリスゴイ!」




 丁酉が離れたバスはさらに燃え上がった。まるで巨大なガスバーナーのように。それを見た歳久古はアナウンサーがニュースを読むように丁寧かつハッキリと言った。




「火を消してください。無理なら火のコントロールをお願いします。バスの上にお戻りください。方角的に美術館が危ない。貴方の好きな絵が危ない」




「……ビジュツカンハダメ!」




 丁酉は先程よりも素早く飛び立ち、燃え盛るバスの上に鎮座した。炎の成長もピタッと止まる。




「ビジュツカンハダメビジュツカンハダメ…」




 縁が金色に染まった羽で顔を覆い、震える小さな酉。その声は少しだけ疲れたように聞こえた。




「もしかしてバスに火を点けたのは丁酉殿ではないのですか?」




「ウン、ヒノトトリジャナイ!メノマエデキュウニモエタ。チカクデアツマッテタヒトニゲタ」




「そうでしたか。失礼な事を言って申し訳ありません。中に人はいましたか?」



「マドカラミタカギリハ、イナイトオモウ」



「状況説明ありがとうございます」




 バスジャックを防ぐ為に、集まって一人一人確認してから乗車していたのを思い出した歳久古は。少しだけ表情を緩めて長い息を吐いた。一方、丁酉は悲しげな声で歳久古に話しかけた。



「ビジュツカンハイリタカッタノ…モウスグハイカンシチャウノ…。ナガイアイダネムッテテ、オキテビジュツカンイッタラ、ハリガミアッテビックリナノ」



「そんなに長い間寝てたんですか?体の具合が良くないのですか?」



「カタナロクジュッカンシハネ、チカラヲウシナッタラネムルノ…イマハダイジョウブ」




 だんだん小さな声になっていく丁酉。それを暫く見つめていた歳久古は携帯端末を見た。最低でもあと50分程。丁酉が持つかどうか。




「お疲れの所すみませんが、あとどれくらい火をコントロール出来ますか?」



「ワカラナイノ…ゴクゴクゴクミキョウジョウタイニナッテ、ジガガナクナルマデ。アノネ、ズットスワッテルトヒマダカラ、オハナシキイテクレル?」



「はい。今参ります」




 歳久古は崖の横の階段を降りて、丁酉の乗ったバスに近寄った。続いて、そこから数メートル離れたバスに軍手、さらに軍手を外して袖の上から触れた。意外と熱くない、と判断した歳久古はバスの上によじ登った。



「ワア、チカクニキテクレタノ…アノネ、ムカシ、コノホシヲマモルセンシガイタノ、ヒノトノセンシガソノヒトリナノ。トウモソウダッタ」



 丁酉は金色の眼で夜空を見上た。







 ————遥か昔、丁酉、丁亥は銀行にいた。




『ヒヒヒ!今日も宝くじもROTIも当たって丸儲けだぜ!サンキュートイトイ!』



『トイトイどうしたの?元気ないの?』




 少し青灰色がかった肌の男の肩に止まっていた丁酉は、心配そうに丁亥を見つめた。丁亥は俯いて、キュッと唇を噛み締めた。




『本当は…この能力はこんな事に使っちゃいけないんです。灯火さん、貴方儲けたお金を何に使ってるんですか…またキャバクラ行ったり、画材とか買ったりしたんですか?』



 怒りと悲しみの混ざった眼差しで見上げてきた丁亥へ、灯火は大らかに笑った。




『戦士だってボランティアじゃねーんだよぉ!たまには娯楽が必要だぜ!……今日はみんなの絵を描いてやるからな!画材店に行くぞ!』




 困ったように灯火と丁亥を交互に見つめる丁酉。一方、丁亥は深いため息を吐いてその場を去った。




『ねえ灯火!なんでキャバクラ通いは灯里ちゃんを辞めさせるためだったって言っちゃいけないの!育った施設でボランティアしてるのも募金してる事も絵は仕事で書いてるのがほとんどなのもなんで言っちゃいけないの!みんなもトイトイも誤解してるの!丁酉はそんなの悲しい!』




 丁酉は肩から飛び立って、真っ直ぐに灯火の目を見た。ヘラヘラしていた灯火も、真顔になって丁酉の目を真摯に見つめた。




『トイトイが知ったら施設の子を助けたくて全員の運命を占おうとするはずだ。だから会わせたくない。口に出せないくらい苛烈で辛い思いをした子達のオーラや感情には繊細で優しいトイトイは耐えられないだろ』




『……そうかも。元気な子は多かったけど…』





 こっそり後を付けて施設に来た丁酉は、虚ろな目や悲しい目をした子達を思い出し、悲しく頷いた。




『それに妹を助ける為に金を費やしたのも施設への募金も俺のエゴだし、絵も趣味で書いてるから画材で無駄遣いしてるのも本当だからいいんだ。…宝くじも誰かの幸運を奪ってるわけだしな。まあ、充分悪人よ』



『丁酉は繊細じゃないっていうの!』




 頬をぷくっと膨らませてそっぽを向いた丁酉に灯火は両手を合わせて頭を下げた。



『ごめんなトリッキー。ウソ吐かせて』



『丁酉達の絵を描いてくれるならいいの!賄賂なの!丁酉も悪なの!』



『サンキュー!』



 灯火は明るく微笑んだ。




 ———丁酉は過去の灯火から現在の歳久古に瞳を移した。



「ソレカラジカンガタッテ、トウカハ、ナカマノスイレント、ゴギョウヲキワメタ【シグマジン】ガツカエル、【テンセンチチュウ】トイウジバクワザデ、サイガイトメテ……アカクヒカッテキエチャッタ…スイレンモミズイロにヒカッテキエタ、フタリトモ、ヤサシイヒトダッタノ。ビジュツカンチカクのイケデイッショニアソンデタノシカッタナ…」



【天戦地冲】



 天戦地冲は凄まじい破壊力と変化を伴う現象である。人が持つ天干(五行)と地支(十二支)がダメージを受け、思想(心、精神世界)と現実(肉体)の両方が傷付くからだ。特に水と火で起こる天戦地冲は、その中でも上位の破壊力がある。トウカさんとスイレンさんは丁酉殿達を守る為に2人で自爆技を使ったのか…と理解した歳久古は、絶句して少し震えた。



「タカラモノガミツカレバ、フタリハテンセンチチュウナンテツカワズニスンダノ…。トイトイハヤサシイカラ、ズットジブンヲセメテルノ。トイトイノセイジャナイノニ……」




 肩を震わせて自分の顔を羽で覆う丁酉。羽から溢れた涙はポツポツと炎に落ちる。歳久古は少し潤んだ目を悲しげに細めて丁酉を見つめ、思わず手を伸ばした。昔、母を助けられず悲しみに暮れていた自分を受け止めてくれた兄・義久古達の様に。しかし熱い大気に触れて、歳久古は反射的に手を引っ込めた。



「熱い……」



 炎の近くにいるのに、暑さ対策を取っていなかった……そう彼が後悔して少し経った頃。大きな声が彼に飛んだ。



「歳久古!降りて来い!」




 歳久古が先程までいた崖には、源語と何人かの男達がいた。



「大丈夫です!危ないから近寄らないでください!」



「大丈夫じゃないだろ!」





 源語達は歳久の登ったバスの下まで近寄ると、救護室から持って来たシーツを広げた。




「トシヒコ、モウイイヨ…ニゲテ…モウオカシクナリソウ…ァァァアア!」




 炎はさらに大きくなり、小ぶりなスイカサイズだった丁酉も成人男性くらいまで大きくなった。




「ウァア…アアア」




 バスの天井が溶けて丁酉はその中にスポッと入り。バスという容器が真っ赤で光るオブジェに満たされるまで膨れ上がった。



「トリッキーごめんなさい」




 歳久古はバスからシーツに飛び降りながら家庭教師の川田の言葉を回想した。





『強すぎる五行の火は、水だけではなく五行の金をぶつけるのもアリでおじゃる。金を溶かさせて火のエネルギーを消費させるでおじゃるよ』



「金…金属をぶつける……」



「ビジュツカ…ダメ…ァァァ…クルシイ…クルシイ…トウカ…」




 火を制御した為にバスを溶かしきれず、バスに閉じ込められて動けなくなって喚き苦しむ丁酉。皆は痛ましい面持ちでバスを見つめ、源語は歳久古に尋ねた。




「な、中に人がいるのか?」




「多分いない。今呻いてるのはトリッキー…巨大化した赤い酉だよ」




 歳久古は皆を見回して言った。




「皆様助けていただいてありがとうございます。厚かましいのですが、お願いがあります」





 歳久古達は近くにあった金属製のベンチや看板、自転車、引火の可能性が少ないヤクザの防火自動車数台等を燃え盛るバスに近付けた。さらに消火栓を探し当てて水を放射。




「皆さん逃げてください!私も水が止まったら逃げます!ありがとうございました!」 




 溶けたバスからはみ出た赤く光る塊は、近くの1台に入り込んだ。車は窓ガラスが溶け、赤い宝石がびっしり嵌められたアクセサリーのように赤で満たされていく。だが。そこで動きを止めた。車の炎も引いていく。



「イヤダ…ビジュツカン…」




 荒い息を吐きながら必死に自我と炎を抑える丁酉。何とか彼を落ち着かせて元に戻し、絵を見せてあげたい…そう思った歳久古だったが。無情にもホースの水が止まった。歳久古は悔しそうに唇を噛むと、心配そうに見守っていた皆に言った。




「…避難してください。ありがとうございました…」



「歳久古さん!遅くなって申し訳ないです!」




 歳久古が振り返ると、そこには丁亥達がいた。



「ちょっとこっちへ!」




 歳久古はゴツい大男達の影に隠れて丁亥と話した




「とりあえず丁の戦士に変身してください!鍵で刀のロックを外して、刀で五芒星を描きながら、丁(ひのと戦士見参!と叫ぶんです!」




 変身して消火出来るか?と疑問に思った歳久古だったが、丁亥には何か考えがあるのだろうと思い直し。境目が水彩画のようにじわっと滲んだ紅葉が彫られた、赤く透明な刀を丁亥から受け取った。



「承知しました。叫ぶのは恥ずかしいので小声でいいですか?後、変身したら死ぬとか不可逆的な症状は出ませんか?」



「今まで自爆技以外で早死の戦士はいません!多少は小声で構いませんから早く!」



「俺等の影で変身しろや!早く!」



「変身!変身!」




 遊園地のパレードを待つようなワクワクした視線を感じた歳久古は、罰ゲームの用に感じたが。レピドクロサイトのように、水晶の中に赤いキラキラした破片が封じ込められたような、キーヘッドが炎をかたどった鍵で刀のロックを解き。刀で五芒星を小さく描いて小さな声で言った。




「丁戦士見参…」



「テンションが低すぎる!戦う姿勢を見せてください!そんな小さな三角形では丁火の紅葉も必殺技じゃなくて必半殺し技になってしまいます!」」




「腹の底から声を出せや!弱々しいんじゃ!」




「頑張れ歳久古!」





 罵声と応援と赤くキラキラした破片に包まれ。歳久古は小さな札が連なった赤い袖付き甲冑を纏った。歳久古は軽く準備運動をしながら丁亥に尋ねた。





「どうしたら丁酉殿を元に戻せますか?」




「刀の鞘を引き抜いて、五行回収!と言いながらトリッキー…丁酉を枠に収めるような三角形を描いてください。ですが…今は極極極身強の暴走状態なので弱らせないといけません」




「金と水をぶつければよいのですよね?でも水は消火栓から引いて使い果たしてしまいました…おや」




「そうです。金と水。あっ…消防車が来ました!」



 水槽付き消防車が2台やって来て、すぐに水が噴射された。しかし。バスの周りの火は消えてもバスの中の火は消えなかった。未だにバスは赤の光で満たされている。隊員達は困惑した。




「水が足りない…もう半分切ったのに…バスの中が燃え続けている。バスの中以外は消火出来たのに…」



「ヘリは風が強くて難しいと言われた。他所の消防署から応援を頼もう。ただどれくらいかかるか…食い止められるか…」



「皆さん避難してください!」



 必死に消火し、皆を守ろうとする消防隊員達。丁亥は虚ろな目でポツリと呟いた。




「すごい…通常の火は消えた…灯火さんも…こうやって私達を守ってくれたのに。なんで私は悪態をついてしまったのだろう…なんで…それに…」



「…トウカヤスイレンヤミンナニアイタイ……サミシイ…」



 丁酉の涙の混ざった声が辺りにこだまし。丁亥も、歳久古も、人はいないと聞いていた消防隊員も、源語も、ヤクザも、ギュッと心が痛く、悲しく、辛い眼差しを丁酉へ向けた。そんな中、歳久古はリーダー格の隊員に声をかけた。



「すみません3つ質問がございます。消防車はホースを固定して無人で放水出来ますか?エアバッグは付いていますか?消防車の内部や中の備品にガソリンとか引火しやすい液体等はありますか?」 




「はい。無人で放水出来ます。エアバッグはついています。電気式なのでガソリン等は使ってないです。引火しやすい備品は取り出せます。それが何か」




「私が消防車を運転して突っ込みます」



「え?」


 皆は目を丸くした。



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