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島津十字と空飛ぶ茶釜  作者: 花畑青
12/24

弘、午にナンパされる

玄武の忠告を忘れた弘と義康は、焼ける魚の匂いを嗅いで西に行ってしまった。


「お、おめだづは何すに来だの?」

「す、すみません!た、たべものください!」


あらあらと驚きながらも、割烹着姿の中年女性達はお腹を鳴

らしながら土下座する二人に焼き魚、おにぎり、納豆、味噌汁、水を恵んであげた。船内で生えた髭に納豆が絡まるのもいとわず、二人は笑顔でご飯を食べた。


「ありがとうございました!お腹いっぱいです!」

「餓死するかと思ったでござる!この御恩は忘れないでござる!」

「それだげでいいの?遠慮すねでんますこす食ったら?」

おかわりを持って来ようとするを割烹着の女性達を止め、二人は何かお返し出来る事はないか尋ねた。その時だった。

「帰ってくる漁船が火事になったんだっけど!」

「もう一隻の漁船は浸水だど!」


日に焼けた体の壮年の男達は慌ただしく駆け回り、割烹着の女性達もあちこちに電話をかけたり毛布や食事の準備等を始めた。船の準備をする漁師達の中には若者や体格の良い若者はほとんどおらず、弘と義康は思わず顔を見合わせた


「漁や会議で若い方が出払っておられると……」

「二次被害が心配でござる!」


義康も泳ぎが得意で漁に出た経験があると聞いた弘は、2人で救助に向かう漁船に乗る事にした。気を付けてと言う声を背に受け、二人は漁船に飛び乗った。


———風は強く吹き、海は荒れていた。青にセピア色が微かに混じった午後の空の下、船はデコボコな紺色の海上を揺れながら走っている。浸水の方は海上安全庁のヘリが向かい、海岸から近い火事の漁船の救助は弘達が向かう事になった。


「危ない!」

 義康はバランスを崩して落ちそうになった小柄な男を抱え込むようにしてひっくり返って言った。


「先程から元気が無いように見えます。お休みになってください」

「ほっといてくれ」

「ですが……」

「お前みたいに気楽なボンボンの指示は聞かん!」

「……出過ぎた真似をしました」


助けてもらっておいて!と真っ赤な顔で睨む弘を抑え、義康は頭を下げた。一方、周りの漁師達も男に注意した。


「お礼ぐれ言わんか!休んでな!」


男はふん、とそっぽを向いたが。やはり浮かない顔でため息を吐いた。そしてしばらくして。現場に辿り着いた。漁船は救命ボートに乗って漂う人々に近付き、次々と救出していった。


「全員助かって良かったど」


応急処置等を終え、一息ついた頃。壮年の漁師は無線を持って笑顔で言った。


「火事の方の船もみんな無事だど!」


ソファーやテーブルがある船内の部屋に集まった皆から歓声が上がり、弘もガッツポーズをしてトイレに行った。一方、義康は男を甲板へ呼び出した。


「あなたはもしかして……」


男はぎこちない手付きで銃口を向けた。


「お前の父親に一族をめちゃめちゃにされた者だ!」


父上はそんな事はしない、そう言いかけた義康だったが。男の手が、声が、震えているのを見て言葉を飲んだ。敵意はあるが殺意は感じない、何かを強く訴えたいのだろう、と彼は思った。さらに、ストレートな物言いをする家久紗や、義康を心配する歳久古の言葉も彼の心の中で再生された。


『義康さんはファザコンすぎ!完璧な人間なんかいないよ』

『義康殿は純粋が故に突っ走る所があるよ。もう少し人の話を聞いた方がよいと思う』


義康は息を吐くと、男を真っ直ぐに見た。


「父上が何をしてしまったのですか?教えてください」

「お前の父が選挙で卑怯な真似をしたせいで…うちの一族は選挙に負け、立候補した俺の父が死んだ!」


義康は息を呑んだ。


「事故でお亡くなりになられた事は存じ上げています。とても気の毒だと思いました。ですが、父がした卑怯な真似とは…いったい」

「議員に賄賂を渡した事だ!」

「……賄賂」


義康はガクッと膝をつきそうになるのを堪えた。大学を休学し、講習会まで行ってから向かった真冬のカニ漁。その収入が賄賂の一部になっていたのか、と義康は元々色白な顔がさらに真っ青になっていた。


「どうせお前は信じないだろう」

「いえ……」


目を見開いてびっくりする男。一方、自分の口から出た言葉に驚き半分、納得半分で義康は弱々しく続けた。


「息子として父を信じきれないのは情けないですが……絶対ないとも言い切れません……」


義康はずっと考えないようにしてきたが、心の奥底で父があまり好ましくない手段で行きてきたのは薄々感じとっていたのである。政敵の組織からのヘッドハンティング、周囲の噂、そして。


「……自分と意見が合わない祖父を強引に引退させて、山奥に隠遁させてしまうくらいですから……」


父と離れて色々考えたり、病院の子供達の話や家久紗達の話を聞いてるうちに、彼の中で小さな疑念が大きくなっていった。疑念の波に押し潰されそうになった。しかし。


「私はまだ死にたくないです!貴方の仰る事が本当なのか父から聞きたいです!本当なら自首して欲しい!私も見て見ぬふりをしてしまった罪を償わなくてはいけません!どうか今は見逃してくれませんか!」


先ほどよりは力強く、澄んだ双眸の光を見た男は、溜め息を吐いた。


「俺が見逃しても他のヤツがお前を狙っている。お前の父もな」

「……そんな」


膝をガクッとついた義康の足元に、男は拳銃を投げた。


「自殺以外なら好きに使え」


そういうと男は背中を向けて去って行った。少しして、義康まだ立てない状態ながら、避難ボートの後ろをゆっくりと覗き込んで言った。


「弘殿」


弘はいつの間にか、避難ボートの影で話を聞いていた。が。


「ど、どうなされました」


弘は大きな身体を震わせながら泣いていた。


「酷いでござるよ!なんで息子にを…うう」


弘は顔を片手で覆って、子供のようにぎゃんぎゃんと派手に泣き出した。さっきまで放心状態だった義康だったが、気がついたら弘の背中をさすり、飲み物も飲ませてあげていた。

義康が自身の体が弱かった弟を思い出したその時だった。


「そこのお兄さん達、オレと遊んでくれねーか?」


二人が振り返るとそこには。

夜の海のような紺碧の体、昼の海のようなネオンブルーのふわふわしたタテガミの巨大な午がいた。


「なんかお兄さん達元気そうだしな!」


午はサングラスを頭に乗せて、パチンとウィンクしてきた。パライバトルマリンのようなネオンブルーの目だが、どこか曇天のように濁っているようにも見えた。さらに赤い炎のような蹄がついたの足で、漁船の周りをグルグル回りだした。


「そんなこと言われても今は取り込み中でござるよ!また今度にしてほしいでござる!」

「すみませんまたの機会にお願いします」


玄武を見た事等ですっかり感覚がマヒした二人は呑気に返事をすると、馬は船を掴んで揺らした。


「アハハハ!」

「や、やめてください!」


 午は船を離すと、つまんねーと拗ねたようにそっぽを向いて走った。義康はしまった、と呟いた。


「あっちは客船が留まるような大きな港です!」

「大変でござる!」


二人は操舵室にいる船長の下へ走った。


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