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島津十字と空飛ぶ茶釜  作者: 花畑青
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相模の獅子(後編)

小高い山の上では、ゴツゴツした岩石の巨大な寅が野太い雄叫びをあげ、握り拳程の岩のアラレを降らせていた。木々の枝は折れ、山小屋の屋根は割れ、大地に岩が鈍い音を起ててめり込んで行く。


「グゥオアアー!」


寅の雄叫びは、周囲の空気をシンバルのように震わせたが。省知事はそれに負けじと叫んだ。


「県民達は避難済みだ。防御態勢!」 


「了解!」


獅子形の空中バイクに乗っていた甲冑姿の男達は、三つ鱗文(一つの三角形を下の二つの三角形が支えるピラミッド型の文様)の盾を構え。嵐が止むのを待った。同じく一式を借りた義久古も盾を構えながら、ツッチーに話しかけた。


「時々寅は息切れするそうだ。その時にミニバズーカを打つ。しかし、暫くしたらまた復活してしまうとの事だ」


「応急処置にはなりますが、根本的な解決にはなりませんね」


嵐の中、ツッチーは少し悲しげに目を細めた。


「エトラン……戊寅つちのえとらは、本当はいいやつなんです。なのに、今は暴れる一部の野球ファンみたいです」


「ああ、宇宙船の中にあった参考書で見た。警備費が嵩んだであろうな」


「目を冷ましてやるには縛り付けて刀にぶちこむしかないです」


仲間を傷付ける事に躊躇しないツッチーに義久古は少し眉をひそめたが。酔っ払いのように唸って岩を投げ続ける虎を見て、まあ仕方ないか、と頷いた。


「助言を頼む」


「額縁で戊寅を囲むように、空中に正方形を描いて、『己土きどの呪縛』と叫んでください。足止めに成功したら、刀を抜いて五行回収!と叫べば戊寅は刀に回収されます」


「承知した!」


ツッチーは力強く頷いた義久古を少し懐かしそうに見つめていたが、小さく唸った。


「問題はどうやって射程距離に近付くかですが」


「私が囮になろう」


話を聞いていた埼玉省知事の氏康が手を上げたが、周りがそれを止めた。そんな中、最前線にいた若い女性がが振り返って言った。


「私が参ります。知事では素早さが足りません。どうしても行くのなら私とじゃんけんをして勝ってからにしてください」


「……わかった。だが負けないぞ!甲斐!」


勢いよくパーを出した氏康だったが勝ったのは甲斐であった。


「後出しではないか!」


「約束は守っていただきますよ」


眉を吊り上げて文句を言う氏康へ甲斐は美しい顔で凛々しく微笑んだ。そして彼女はバイクの速度を最大にして思いっきりアクセルを踏み込んだ。


「待ってくれよ!俺達も行く!」


「感謝いたします」


 彼女は他の志願者達を引き連れて、法螺貝を吹きながら戊寅の後ろに回り込み。振り向いた戊寅の眼の前で反復横跳びのようにゆらゆら動いた。


「ほらほらこっちですよ」


「グゥアワー……」


猫じゃらしを追う猫のように甲斐達を追う戊寅。だが息切れしたのか動きが鈍い。背を向けた戊寅を義久古達が静かに追いかける。ツッチーは小さく口を開いた。


「今です」


「己土の呪縛!」


刀の鞘から出た籠目模様の黄色い鎖が、光を放ちながら寅に巻き付いた。さらに。


「五行回収!」


義久古は鞘から勢いよく刀を引き抜きながら叫んだ。夕焼けの鮮やかなオレンジ色の光を背に輝く黄色く透明な刀身に、寅はすうっと吸い込まれ。刀に愛らしい小さな寅の模様を描いた。


「皆様ご協力ありがとうございました!義久古殿、納刀してください!」


「納刀」


義久古は低い声で呟くと刀を鞘にしまった。そして、にこにこしながら飛び跳ねたツッチーとハイタッチをした。


「私は基本インドア派だ。アウトドア派の知事達には頭が下がる」


「こんなアウトドアは嫌ですけどね!ところで村長がインドア派はまずくないですか?」


ツッチーの指摘に義久古は深く頷いた。


「そうだ。だから村長決戦も辛勝であった。決勝の相手の義虎殿の方が身体能力にも長けるし人柄も申し分無かった。ただ、私の方が運がよかったのだ」


「運は大切ですよ」


「そうだな」


義久古はふと、しっかり物で思慮深いが幸薄い弟・歳久古を思った。


———————


「しっかり休まないと、明日以降に支障が出るよ。弘君の情報が無いまま動いても仕方ない」


そう氏康に説得された義久古は、氏康が手配してくれたペット可の高級旅館にいた。


「今日の反省点は……」


義久古は掛け布団の上に正座すると、ブツブツと独り言を言い始めた。一方。


「ギャア!何ですかこの恐ろしい絵は!怪しい儀式でもやる気ですか!」


ツッチーは引きつった顔で義久古が冷蔵庫に貼った3枚の紙を指さした。


「これは先程描いた伝説の三悪人の絵だ。本当は携帯用もあったのだが宇宙船で紛失してしまったから、引き出しにあった便箋に絵を描いた」


「同じ部屋の人の気持ちも考えてくださいよ!寝れんわ!」


すまなかった、と素直に絵を外した義久古に、ツッチーは続けた。


「そう言えば宇宙船からは刀と鍵以外に何も持ち出せなかったんですか?義康殿は現金も分けてくれたんでしょう?財布は?」


「財布は持ち出したが、家久紗に渡した」


「なるほど」


さっきまで冷ややかに細められていたツッチーの瞳はいつもの愛らしいつぶらな瞳に戻り、義久はふかふかの布団に入った。


「宇宙船暮らし一ヶ月は堪えたな。六人もいたから食事も最後の三日間はあまり取れなかった。まあ義康殿が食事をわけてくれて助かったが」


「なんでそんな事になったんです?」


「うちの星に不時着した義康殿を軟禁していたら、家久沙が脱出の手助けをして、それを止めようとして我々も出発する船に乗ってしまったのだ」


「ええ…なんで軟禁したんですか?国際…じゃない、宇宙関係の問題になったらどうするんです」


非難がましい目付きのツッチーに義久古は頷いた。


「確かに人道的にも外交的にも悪手であった。恐らく父上達は宇宙船と、義康殿を手放したくなかったのだろう。私も正直、宇宙船はさておき義康殿に村に残って欲しい気持ちはあった」


「そんなにいい人なんですか」


「自分が世話になったからと病院のボランティアをしてくれたり、そこの子供達と遊んでくれたり、とても善き人なのだ。一番仲が良かったのは家久沙だが」


義久古はそういうと、天井を見上げた。天井というスクリーンに故郷の父、継母、妻、子ども達が映っているかのような錯覚を彼は感じた。


「まだ1ヶ月程度でホームシックとは情けない。義康殿はさぞ辛かったろう。どれだけ帰りたかったか」


ため息を吐いた彼は、子ども達と蹴鞠をしていた義康の、どこか寂しそうな表情を思い出した。


「本当に義康殿推しがすごいですね。聞いてて飽き…いえ!続きをどうぞ 」


あきれたように欠伸をするツッチーだったが、少し悲しげな義久古を見て、慌てて言った。そんなツッチーに義久は淡々と、しかし苦い顔で続けた。


「だが義康殿は故郷に帰るべきではなかったかもしれない」


「そう言えば高橋さんも北條知事も色々仰ってましたね」


「お二人がしてくださった話を総合すると、義康殿の父は義康殿を他の惑星に追放、あわよくば命を……ということだ……。確かに家久沙から話を聞いていてひっかかる所はあったが、私の考えが浅かったな」


「心配ですね」


「確かに心配だが、北條殿に弘の探索の他に、義康殿の探索も頼んであるから大丈夫だろう。命を狙われているなら我らと一緒に故郷へ帰ればよい。北條殿達には大きな貸しを作ってしまったが。取り敢えず明日の為に私は寝る」


そう言うと、あっという間に義久古は眠りについた。


「切り替え早っ!こんな状況で眠れるのかよ。宇宙船が無くて帰れる確証もないのに。僕だって仲間達が心配で眠れないのに…」


ツッチーは呆れたような不機嫌なような目で呟いたが。彼自身も電気を消した後にすぐ眠りについた。


————————翌朝。弘の行先は掴めないままだったが。義久古は山形省に向かうことにした。


「ふぁ?ふぃろしすぁんさかさないんす?」


部屋に運んでもらった豪華な朝食を食べ終わった義久は、口にあかべにくんという甘い芋の菓子を頬張るツッチーに淡々と答えた。


「口に物を入れたまま喋るのでは無い。弘に関しては情報が掴めない以上どうしようもない。それにあいつは生命力と運はあるから大丈夫だろう。飛ばされた方向も義康殿と近かった気がするから運が良ければ合流出来るかもしれん。あいつなら命の危険がある義康殿の所へまず駆け付ける。そういう性格だ」


ツッチーはお菓子を飲み込んでから口を開いた。


「失礼しました。でも、いくら仲良しでも他人でしょう。実の兄弟を優先させた方がいいんじゃないですか?」


「確かに最初は連絡がつかない弘で頭が一杯になったが、冷静に考えたら義康殿が一番危険だ」


ツッチーの指摘に義久古は淡々と答え、昨夜と今朝、鍵のトランシーバ機能で電話した事も話した。


「家久沙は我が島津家の家庭教師でもある川田先生と一緒で、声も元気であった。歳久古も少し疲れた声ではあったが、あいつは不運に慣れているし、限界時の声ではない。頭も良いからヘマはしない」


「不運になれているって…」


「どんなに気をつけていてもテスト前に風邪をひいたり怪我をしがちだ」


気の毒に……と言いつつも、ツッチーは早くも他のお菓子に手を出そうとしていた。


「こっちのも食べていいですか?」


「構わん。だが埃がたったら避けてくれ」


「ええ…不思議な動物だからって色々求め過ぎですよ。まあ埃くらい気にしませんけどね」


にこにこお菓子を食べるツッチーを横目に、義久はテキパキと身なりを整え、『お客様へのお願い』のファイルをパラパラめくった後、軽く掃除をしたり部屋を整えた。ツッチーも途中から掃除を手伝い、窓際のテラスにあるテーブル上の紙を掴んだ。それは梯子をくっつけて横に並べた様な模様が描かれ、その梯子の下には義弘義康殿義弘義康殿と二人の名前が交互に書かれていた。梯子を辿った赤い線は【義康殿】に繋がっていた。


「あみだクジかぁ」


ちょっと気遣わしげに義久古の背中を見たツッチーは、紙を破いてゴミ袋に入れ。部屋の時計を見た。


「まだ早いけど行きますか」


「うむ」




————義久古は高橋達に見送られて、宿を後にする事になった。


「皆様大変お世話になりました」


「こちらこそありがとうだべ!お陰で岩石が降る事は少なくなりそうだべさ!」


義久古と笑顔で握手した高橋は、義久古の肩に乗ったツッチーにも頭を下げた。


「ツッチーさん、数十年前、わしの父を助けてくれたべな?父に心臓マッサージしてくれて、泣いてばかりのわしに大人に助けを求めるよう言ってくれたべ。ずっと忘れててすまなかったべ。ありがとう」


両手を合わせて拝む高橋に、ツッチーは可愛らしい笑顔で手を振った。


「いえいえ!これからも畑を守ってくださいね!今は休んでいる他の神様のためにも」


「もちろんだべ!義久古さんもご兄弟も義康さんもツッチーさんもまた絶対会いに来て欲しいだべ!」


「わぁ嬉しいです!その時はあかべにくんと蔵田のラブレターと大名饅頭を用意してください」


もちろん!と快く返事する高橋に笑顔でぴょこっとお辞儀するツッチー。そんな彼に、逆にこちらが菓子折りを持っていかねばならぬと義久は釘を指した。


「本当にありがとうございました。では行ってまいります。高橋殿も、皆様も、どうかお身体にお気を付けください」


義久古は深々とお辞儀をすると、舌打ちしてそっぽを向いたツッチーを肩に乗せたまま、借りたバイクに乗って走り出した。宿が見えなくなったあたりで、義久古はしみじみ言った。


「弘の言う通りバイクの国際免許を取っておいて良かった」


「わくせ……ですねぇ良かった」


 惑星が違うから意味がないと思ったツッチーだが。それを指摘するとやっぱり返しに行こうとか義久古が言い出す気がして口を噤んだ。


「ツッチー殿」


「なんですか?」


ツッチーは地図を持った手にちょっと冷や汗をかきながら義久古を見上げた。義久古は前を向いたまま話しかけた。


「少し体が大きくなったか?」


ツッチーは自分の手をじっと見つめてあっ、と声をあげた。


「確かにそうかもしれません。では信号で止まったらリュックに入りますね」


「助かる」


 ツッチーはリュックからぴょこっと頭を出すと、地図を見ながら義久古に道を指示した。

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