-8- 花を愛でる朝の唄 ☆
今日もまた、あなたの言葉が蘇る。
27.09.06 画像をデジタルに変えました。
目が覚めて、とろんとした思考でまず考えたのは、森に生きるものたちのことだった。
悪魔がいる。動物がいる。だけど人はいない。
当然だ。ここは人間から逃れるために、フレジャが守り続けてきた森なのだから。私がここで暮らしているのも、本来ならおかしいのだから。
だから、憧れている場合じゃない。
起き上がると同時に窓を固いもので軽く叩く音がして、そこに目を向けると、青と黄色のコントラストが美しい小鳥がいた。
窓を開けて小鳥を中へ招き入れる。
「どうしたの?」
瞬間、頭の中に流れ込んできたものは、声。
『メル、唄え』
それだけ言って、声は聞こえなくなった。
短い言葉。それだけ、この森は弱っているということ。
「わかった。待ってて」
くっと顔を引き締めて、小鳥に声をかける。
了解したとばかりに、小鳥は頷いて飛び立っていった。
あの小鳥はオネアだ。とても賢く、美しい鳥。
メルは窓を閉めることも忘れて部屋を出た。
昨日空けてしまった穴は夜のうちにアフィージャによって見事に修復され、見る影もない。
まだ眠っているであろう彼らを起こさないよう音を立てないようにして、階段を降りて小屋を出る。
朝日が昇り始めたばかりの、白んだ空。澄み渡る空気と、白銀の雪に覆われた地面。
何度目にしても、この光景は胸を打つ。
すう、と朝の冷たくも綺麗な空気を、肺一杯に吸い込んで深呼吸をした。そして、彼女は唄い出す。
まずは、夜。
「花も木もすべてが 眠るときが来た
なにもかも深く 闇に落ちてしまう」
透き通るような声は、森に響き渡った。
透明だけど、確かな存在感を持って、彼女の声は届く。
「もうすぐ夜明けがくる 太陽が昇って
わたしをそっと照らす」
太陽が見える。きらきらとこの森を照らす。
太陽は平等だ。
どんな者でも、どんな姿形のものでも、等しく照らしてくれるから。
だからその公平さに憧れて、太陽を目指した者もいた。
でもそれは失敗し、その者は羽を焼かれた。例え等しく優しくても、近付きすぎれば容赦なく変容する。
恐ろしくも優しいもの。
「夢が終わる」
唄い終えると、メルは一息吐く間もなく、また同じ唄を繰り返した。
それが三度目四度目を迎えても、その唄に飽きることはない。むしろどんどん惹かれてゆく。
しばらくした頃、枯れ木の隅から悪魔が顔を覗かせた。
まるで人の子のように、母親が呼んでくれるのを待っているようだった。
メルが唄いながら手招きすると、その悪魔は近くに駆け寄ってきて、聞き惚れるように瞼を閉じた。
その悪魔を皮切りに、どんどんやってくる悪魔たち。
メルは唄う。何度目かしれない旋律を。
「伸ばす手で触れれば 逃れ逃れてゆく
何もかも遠く 向こうへ消えてしまう
もうすぐ君も消える 風に吹かれて
わたしももう消える
あなたの森」
唄えば、伝えられた。
ねえ、届いたでしょう?
「サレル……」
満足げに微笑んだメルは、力尽きたようにその場に倒れ込んだ。
*****
――――いいことを教えてあげよう、メル。
サレルが悪戯っ子のような笑みを浮かべながら、わたしの耳に顔を近づけて告げた言葉は、まるで夢物語のようで。
そんな話を信じるほうがどうかしていると思いながらも、サレルは嘘を言わない人だったから真に受けて、わたしは何度も唄った。
『本当ですか?』
『うん。絶対』
それならば、と唄った。
もしかしたら、と唄った。
――――君の唄はね、森の魔力を最大限に高めてくれるんだ。なぜかはいつかわかるから、必要になったときに唄ってくれ。
サレルは嘘を言わない人だった。
本当に、わたしの唄は森に力を与えた。わたしの力を吸い上げて。
わたしの力を糧にして、森は安寧を手に入れる。
それがわたしの喜びで、存在している意義だと思うから、わたしは唄う。
何度も。
声が嗄れても。
喉が悲鳴をあげても。
悪魔たちが止めても。
そして微睡みの中から、あの人に言った言葉が蘇る。
『唄に意味なんてありませんよ』
ああ、わたしは、うそつきだ。
今回は「魔女の唄」が姿を現しました。
といっても歌詞ですが。
今回の唄は二番構成です。
一番に夜の帳と夜明けの訪れを。
二番にはすべての終わりを。
子守唄をイメージしましたが、こんな重い歌詞だと眠れませんね。
重い。重いよ、メル!
音楽の才能がないので、残念ながらメロディーは全く考えておりません。
誰か付けられる方がいたらお願いいたします!
聴いてみたいです。←人任せ
読了ありがとうございました!