-7- 魔女が知ること
森の中にはないものはたくさんあって、それを見ることも聞くこともない。
それは森でくらすものにとって、何ら不思議なことではない。
だから、求めることは、罰当たりな気がした。
夜になると、悪魔の動きは活発化する。悪魔が動き回るのに最適な時間は、夜が頂点を迎え、半分を過ぎる頃だからだ。
人間はただ一人の例外を除いて、悪魔には嫌悪されている。もし縄張りに侵入しようものなら、子どもとて容赦はしないだろう。
だから彼らは早く眠るに限る、のだが。
「まず何が聞きたい? 魔女どの。自慢に聞こえるかもしれないが、俺たちは人間が知り得ていることならほとんど学んでいる。疑問には大体答えられるはずだ」
「ええ。あなたの付き合いで学ばされましたね」
小言を挟んでくるレイをいつものように無視して、イアルはほだらかな笑みを浮かべた。
メルの魔法で空いた床と天井の穴は、とりあえず応急処置としてメルの魔法で風を通さないようにされた。
ただし保護するのは風からだけなので、穴が空いているのは相変わらずだが。
三人はその穴が目の毒だということで、そこから離れた狭い部屋でカンテラを中心に丸くなっている。
メルは悩むように顎に手を当てて、少しの間考えていた。
「食べ物は何がありますか?」
「食べ物? そうだな、城下で人気なのはセロシアだな。砂糖菓子なんだが、間にクリームが入っていて、色が何種類もあるらしい。ひとつだけ食べてみたが、咳き込むほどに甘かった…」
「どうしてそんな話をするんですか。もっと美味しいと思ったものの話をすればいいじゃないですか」
「それもそうか。それならクリクシャンダスが美味い。見た目は…まあ、一言で言うと赤いんだが、味は思わず叫ぶくらいだな。口に入れるだけで頭がはっきりするから……」
「辛いだけでしょうが! 眠気覚ましにしても痛ましいですよ」
「なら魚料理はどうだ? 刺身も美味いぞ。ここでは魚が捕れないか?」
メルが頷くのを満足げに見て、事細かに味の解説を始める。食い入るように話を聞くメルの紫の大きな瞳はきらきらと瞬き、興味津々の様子だ。
「魚、とは美味しそうですね」
「ああ、美味い。山菜と同じかそれ以上には」
「……気になります」
「ぜひとも食べさせてやりたいんだが、川がなければ魚もいないからな」
心底残念そうにする二人に、レイは呆れ顔で出されていた茶を飲んだ。
メルはまだまだ話を聞き足りないようで、次は街について訊ねてきた。
それは得意な話題だ、とイアルは笑みを深める。日頃から見廻りと称してサボっている彼は、城下はもちろん下町のことにも詳しい。
それは付き合わされるレイももちろんのこと。
「まず王都の話からしようか。王都は高いところに高く造られた城を見上げるようになっていて、朝日は城の後ろから出るんだ。だから後光が射すように見えて、それは観光スポットになってる。城が白いから、朝日を反射するときらめいて、それはそれは神々しく、王都を照らす」
メルが想像するように瞼を閉じる。見たこともないのにあっさりとその光景が思い浮かぶのは、イアルの語り方が素晴らしく繊細で、夢を見るようだからか。
瞼を閉じると急激に眠たくなってきて、メルはその眠気に抗おうとするが、イアルの声がそれを阻む。
子守唄を紡ぐように、彼女にとっての夢物語を口にする。
思わずテーブルに伏せて、眠りに誘われていくと、頭を撫でる手を感じた。それはゆっくりと、深い眠りの中にメルを導いていく。
「焦るな、メル。急がなくても、そうすぐにはいなくならないさ」
本当?
起きたら全てが夢で、いなくなっていたりしない?
「ああ。また明日」
「……うん」
すう、と吸い込まれるように落ちていく。
頭を撫でる手の動きすらも暖かで、優しい。
そしてメルは、ひさしぶりにその言葉を口にした。
「おやすみ…」
*****
すやすやと寝息をたてはじめた少女を見ながら、レイは言った。
「この子は、独りだったのですね」
この暗い、悪魔の蔓延る森で、一人きりの人間。
寂しくないわけがなかったのだ。例え会話を知っても、温もりを知っていても、彼女たちの間には、決定的な隔たりがあったから。
「でも、メルはそう生きるしかなかったんだ」
イアルには解る気がした。少女がここにいる理由が。
「この場所でしか、生きられなかったんだろうな。外を知らず、人も知らず、悪魔と動物しか知らなかったんだから」
森の外に出れば、彼女はきっとさ迷うだろう。そして森へ帰るのだ。居場所を探せず、自分にはここしかないのだと諦めて。
さらさらと流れるメルの髪を弄びながら、慈しむように彼女の寝顔を見つめるイアルに、レイは訊ねた。恐らく今しか聞けないだろうと踏んで。
「あなたはこの子を、どうしようとお考えですか」
「どうしよう、とは?」
「この、森の魔女をこれから如何様にしようと?」
その問いに、イアルは笑みを見せた。ごく限られた身内にしか見せたことのない、企むような笑みだ。
これから出されるであろう無理難題を想定して、レイは唾を飲み込んだ。
きっと彼は妥協しない。望みを叶える為ならば。
「メルを外に連れて行く」
この深い孤独を知る少女に、自分の知る世界全てを見せるために。
これからは後書きを有効に使っていこうかと思います。改心しました、私。
ということで、さあ、何を語ろうか!(笑顔)
特にノープランで使うとか言っていたので、何の予定もありません。
後書きで長々しく語るのもどうかと思うので、本日はこのあたりで!
現在改稿を行い、前書きに独白めいたことを書いていってます。
意味があるようでないようなものなので、物語に影響はありません。ただ入れたくなっただけなので。
読了ありがとうございました!!
結局何も語ってない!