-6- 彼女の守護者
守る盾を、求めてはいない。
蕀の大木ができあがって、僅か数分後。
「メル! なにがあった!」
飛び込んできたのは、髪が蛇、体はところどころうろこをで覆われ、目が鋭くつり上がり、とても人には見えないもの。即ち悪魔。
突然扉を開けて忙しなく入ってきたそれに、いち早く反応したのはメルだった。
「メドゥーサ、どうしたの?」
「どうしたもこうしたも、小屋から蕀が生えたから…」
そこまで言って、悪魔はようやく彼らに気付いた様だった。急速に寄っていく眉間の皺と、苦々しく食い縛られる唇。明らかな嫌悪が滲み出ていた。
「まだいたのかい、人間……」
「ああ、悪いな。しばらく居座らせてくれ」
途端、カッと目を見開き、彼らに向かって力の限り叫んだ。
「出ていけ! 出ていけ、人間! お前たちの居場所はここにはない!!」
蛇の髪がうねうねと動き出す。それぞれが意思を持って動いている様に見えた。全て一様に、こちらを睨んでいる。
「待って、メ…、」
「下がってな、メル! 今追い出してやる!」
「待て待て、メドゥーサとやら。俺たちは魔女どのの了解を得ているぞ。取引をしたからな」
「…何だと」
蛇の動きが止まる。イアルはそこに隙を見つけた。
「メドゥーサも悪魔だろう? 我が国は悪魔を利用しようとしている。それを阻止するために、俺と魔女どのは取引をしたんだ」
「……メル、本当かい」
メルは無言で何度も頷いた。それを見たメドゥーサは、渋々といった様子で戦闘体制を緩めた。警戒心は残ったままに。
メルを後ろ手に庇ったまま、すっと棘の大木に手をかざした。
フルス、と小さく唱える声が聞こえたかと思うと、それは赤々と燃え上がった。室内で何をするのかとイアルは驚愕したが、その炎は熱くなかった。
あっという間に燃えてなくなった大木。後に残ったのは穴の空いた床と天井だけだ。
「アフィージャたちを呼ばなければね」
とメドゥーサは天井を見上げながら呟いた。すると穴を開けた張本人が、しゅんと萎れる。
「ごめんなさい」
「いや、魔女どのは悪くない。魔法を見せてくれと頼んだのはこちらだ。修理代はこちらが持とう」
「そうです。ところで悪魔も金銭を利用しているのですか?」
レイが空気の読めない質問をすると、メドゥーサは彼を睨んだ。お前は悪魔を馬鹿にしているのか?と言うように。
「つかうわけないだろう」
「悪魔は人間のようにお互いと関わり合うのが少ないので、交換を必要としません。要るものは自分自身で手に入れます」
「それは凄いな。だが、それならどうやって詫びようか」
「必要ありません。アフィージャたちは無償でやってくれます。とてもありがたいのですけど、申し訳ないことに」
顎に手を当てて考えるイアルに、メルは当然のことのように言ってのけた。
「いやしかし、それでも…」
「ならこうしましょう。アフィージャたちに剣を見せてあげてください」
思いもよらない提案に、イアルとレイは首を傾げた。
アフィージャとはつまり魔力を持つだけの動物。剣を見てどうするというのだろう。
「アフィージャたちは刃物に興味があるようなのですけど、ここでは鉄が採れないので。ここに居るものはほとんど全て、剣を知りません」
「そうか、鉄が…。わかった。そうしよう」
頷くと、メルはもう一度天井を見上げ、踵を返して2階へ登っていった。
その後ろ姿を見送って目線を正面に戻すと、睨むメドゥーサと目が合った。その眼光は鋭い。
「用が終わったら、すぐ出て行くことだね、人間」
「ああ、そうさせてもらおう。ここにいると退屈しなさそうだが、早く帰らないと爺が怒るからな」
「ふん。ここにいる悪魔がお前たちを素直に帰すかどうかは、保証しないよ」
「それは怖い」
本気で受け取っているのかいないのか。メドゥーサは苛ついた様子で舌打ちし、背を向けて小屋を出て行ってしまった。
後に残ったのは、この森の部外者二人。家主もいない空間に、堂々と居座るイアルをレイは呆れた目で見た。
「あなたに遠慮はないんですか」
「そうかもしれない」
「早く帰らなければいけないのは当然として、どうやって帰るのです?」
「ゆっくり考えるさ」
どこにいても、どんな状況でも呑気なイアルに、レイはまた固めたげんこつを後ろ手に隠すのだった。
*****
「どうしよう、人だよ」
メルはクッションを抱き抱えながら、椅子の縁に乗る青い小鳥に話しかけた。
「イアル様と、レイ様だって」
金髪の青年と、黒髪の青年。初めて見る自分以外の人間。男、というもの。
クッションを掴む手に力を込めて、やわらかいそれに顔を埋めた。
「どれくらい居てくれるんだろう……」
その呟きに、青い小鳥は首を傾げた。