-4- 王国の願い
このために、ここまで来たのだと思い出す。
ここではなんだから、と促されて案内されたのは、小さな小屋だった。
一目で手作りだと分かるのだが、その出来は見事だった。雨風をしのぐだけの造りではない。隙間風でさえ大敵な冬のこの季節、少しの隙間もなく防寒が成されている家は宝のようだった。
「見事だ…」
「アフィージャたちが造ってくれたんです」
「アフィージャ?」
「動物たちの中でも、魔力を持ったもののことです。その中でも特に強い魔力を持つのはアフリアージャと呼ばれます」
レイは驚きを露にして訊ねた。
「動物も魔力を持つのですか?」
「はい。人でもごく稀に、魔力を持つものがいるでしょう?イアル殿下のような」
「え…」
驚いてイアルとレイの動きが止まる。それを見た魔女の少女は呆気にとられ、次の瞬間には理解した。
「すみません、秘密でしたか? そういえば、人で魔力を持つものは魔人と呼ばれるのでしたね」
「いや、秘密にしているわけじゃない。ただ、なぜわかったんだ?」
少しの間をおき、メルは答えた。
「………あなた方が、結界に弾かれなかったので」
「結界? ここにあるのですか?」
「森の入口とこの周辺に。魔力を持つものは通れるようにかけてあります。オネアが導いてくれたでしょう? あの子はとても賢い鳥です。道に迷ったものを導いてくれる」
当然のことのように告げるメルに、二人は驚きを隠せなかった。
この子は魔法に詳しすぎる。王家の研究員でも数十年をかけて発見した、結界に関することを然もあらんことと言ってしまえるほどに。
イアルは深く嘆息して、魔女・メルを見据えた。
このあまりにも美しい魔女こそが、本物だ。捜し続けていた本物の魔女だ。
まるで忠誠を捧げる騎士のように、彼はその場で膝を付き、彼女と向かい合った。
驚く彼女に笑みを見せ、その白魚のような手を取り、甲に口づける。
「え…、あ、あの…」
「魔女、メル・イグラティア。どうか、俺たちを救ってくれないか」
「救う……?」
柳眉をひそめて問いかける。
イアルが口を開いて事情を説明しようとすると、長い話になるから座って話せ、とレイに注意されたのだった。
*****
スレアルト大陸の北に位置するレアルド王国は、約五百年も前から、隣国のバゼルディン共和国と戦争していた。
両国の力は拮抗し、戦争の決着はつかないまま時は流れ五百年後。レアルド王国はある作戦を行った。
それは戦争に悪魔を投入し、突破口を開くというもの。
もちろん国王は受け入れなかったが、軍の説得により悪魔の投入を認めた。それが半年前のことである。
そしてその一ヶ月後、遂にバゼルディン共和国との第二次聖戦戦争が始まった。
徐々に押されていくレアルド軍は、森に火を放ち、悪魔の怒りを利用して戦争に投入させた。
悪魔は戦場を蹂躙し、焼き付くした。その力は凄まじく、たった一匹で数百人を殺し尽くした。
結果レアルド軍は勝利した。しかし、互いに払った犠牲は凄まじく、悪魔の力を思い知ったのだった。
だが、味をしめた軍の人間は諦めなかった。またしても悪魔を戦争に使おうとしたのだ。
今回ばかりは国王も頑として認めず、突っぱね続けていたのだが、軍はある条件を提示した。それは、『魔女を使う』というもの。
魔女には悪魔を操る力があり、その力を利用すれば今回のようなことは起こらず、戦争に勝てるはずだと言って。
これで諦めるのなら、と国王はそれを受け入れ、魔女の説得に第二王子を向かわせた。
「それが、俺たちがこの森へ来た理由だ。理解してくれたか?」
「はい。つまり、悪魔を利用するのですね?」
メルは驚くほど無感動に言った。まだ幼さが残る面から表情が消え失せ、少しの怒りも見えない。レイは思わず唾を飲み込んだ。
相手はまだ若いとはいえ、魔女。それも悪魔を従えることからして、魔法も使うことができそうだ。そんな人の怒りを買えば、一体どうなってしまうのか。
にも関わらず、イアルは笑みを浮かべている。期待するような笑みだった。
「これが国からの願いだ。さて、次は俺からの願いを話そう」
「殿下からの…?」
「ああ。あくまで俺個人からの、だ」
それを聞いて、レイはため息をこぼした。初めてその彼の願いを聞いたとき、レイは呆気にとられたものだ。
しかしそんなレイには気付かず、イアルは滔々と告げた。
「俺はな、魔女どの。悪魔を戦争に使うのははっきり言って反対だ。というか戦争自体嫌いだ。人の力では勝てないから悪魔を使う。その悪魔を操るために魔女を使う。吐き気がする」
「イアル様、口が悪いです」
「そこで俺からの願いだ。俺は君に、国からの願いを断ってほしい」
メルが驚いて目を見開く。
「本人からの断りがあれば、国王は決して無理強いはしない。そしてさせはしない。一言、否、と言ってくれるだけでいい。あとは俺がどうにかする。体裁上ここまで来たが、俺は君をここから連れ出すつもりはないよ」
優しく告げるイアルの瞳を見つめるメルの瞳は射るようだ。しばらくの沈黙が流れ、メルは口を開いた。
「……ひとつだけ、条件があります」
「なんだ? 余程の条件でなければ呑むぞ」
「わたしに、外のことを話してほしいのです」
「外のこと?」
「はい。わたしはこの森から出たことがありません。外について何も知らないのです」
それは意外な条件で、イアルは目を剥いた。
真剣な表情で見つめてくるメルは、冗談を言っているようではない。ここで断る理由があるだろうか。――――答えは否。
「わかった。その条件を受け入れよう」
途端、メルの表情が明るくなる。花のような笑顔、という言葉がぴったり当てはまる。
眩しい笑顔に目が眩む。イアルはさらに笑みを深めた。
「魔女・メル。戦場で悪魔を操り、我が国に勝利をもたらしてくれ。……返事は」
「否」
「よくぞ言ってくれた!」
ぱん、と膝を打ち、手を差し出す。その手を不思議そうに見るメルの手を無理矢理とって、握手した。
驚く表情もことさらに可愛い。紫の瞳も美しい。
「盟約成立だ」
「はい!」
「おめでとうございます」
レイに拍手を送られた。