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魔女の森  作者: おはなし
出逢いの森
5/21

-4- 王国の願い

 このために、ここまで来たのだと思い出す。



 ここではなんだから、と促されて案内されたのは、小さな小屋だった。


 一目で手作りだと分かるのだが、その出来は見事だった。雨風をしのぐだけの造りではない。隙間風でさえ大敵な冬のこの季節、少しの隙間もなく防寒が成されている家は宝のようだった。

「見事だ…」

「アフィージャたちが造ってくれたんです」

「アフィージャ?」

「動物たちの中でも、魔力を持ったもののことです。その中でも特に強い魔力を持つのはアフリアージャと呼ばれます」


 レイは驚きを露にして訊ねた。

「動物も魔力を持つのですか?」

「はい。人でもごく稀に、魔力を持つものがいるでしょう?イアル殿下のような」

「え…」

 驚いてイアルとレイの動きが止まる。それを見た魔女の少女は呆気にとられ、次の瞬間には理解した。

「すみません、秘密でしたか? そういえば、人で魔力を持つものは魔人と呼ばれるのでしたね」

「いや、秘密にしているわけじゃない。ただ、なぜわかったんだ?」


 少しの間をおき、メルは答えた。

「………あなた方が、結界に弾かれなかったので」

「結界? ここにあるのですか?」

「森の入口とこの周辺に。魔力を持つものは通れるようにかけてあります。オネアが導いてくれたでしょう? あの子はとても賢い鳥です。道に迷ったものを導いてくれる」

 当然のことのように告げるメルに、二人は驚きを隠せなかった。


 この子は魔法に詳しすぎる。王家の研究員でも数十年をかけて発見した、結界に関することを然もあらんことと言ってしまえるほどに。

 イアルは深く嘆息して、魔女・メルを見据えた。

 このあまりにも美しい魔女こそが、本物だ。捜し続けていた本物の魔女だ。


 まるで忠誠を捧げる騎士のように、彼はその場で膝を付き、彼女と向かい合った。

 驚く彼女に笑みを見せ、その白魚のような手を取り、甲に口づける。

「え…、あ、あの…」

「魔女、メル・イグラティア。どうか、俺たちを救ってくれないか」

「救う……?」

 柳眉をひそめて問いかける。


 イアルが口を開いて事情を説明しようとすると、長い話になるから座って話せ、とレイに注意されたのだった。


 *****


 スレアルト大陸の北に位置するレアルド王国は、約五百年も前から、隣国のバゼルディン共和国と戦争していた。


 両国の力は拮抗し、戦争の決着はつかないまま時は流れ五百年後。レアルド王国はある作戦を行った。

 それは戦争に悪魔を投入し、突破口を開くというもの。

 もちろん国王は受け入れなかったが、軍の説得により悪魔の投入を認めた。それが半年前のことである。


 そしてその一ヶ月後、遂にバゼルディン共和国との第二次聖戦戦争が始まった。

 徐々に押されていくレアルド軍は、森に火を放ち、悪魔の怒りを利用して戦争に投入させた。

 悪魔は戦場を蹂躙し、焼き付くした。その力は凄まじく、たった一匹で数百人を殺し尽くした。


 結果レアルド軍は勝利した。しかし、互いに払った犠牲は凄まじく、悪魔の力を思い知ったのだった。

 だが、味をしめた軍の人間は諦めなかった。またしても悪魔を戦争に使おうとしたのだ。


 今回ばかりは国王も頑として認めず、突っぱね続けていたのだが、軍はある条件を提示した。それは、『魔女を使う』というもの。

 魔女には悪魔を操る力があり、その力を利用すれば今回のようなことは起こらず、戦争に勝てるはずだと言って。

 これで諦めるのなら、と国王はそれを受け入れ、魔女の説得に第二王子を向かわせた。



「それが、俺たちがこの森へ来た理由だ。理解してくれたか?」

「はい。つまり、悪魔を利用するのですね?」

 メルは驚くほど無感動に言った。まだ幼さが残る面から表情が消え失せ、少しの怒りも見えない。レイは思わず唾を飲み込んだ。


 相手はまだ若いとはいえ、魔女。それも悪魔を従えることからして、魔法も使うことができそうだ。そんな人の怒りを買えば、一体どうなってしまうのか。

 にも関わらず、イアルは笑みを浮かべている。期待するような笑みだった。


「これが国からの願いだ。さて、次は俺からの願いを話そう」

「殿下からの…?」

「ああ。あくまで俺個人からの、だ」

 それを聞いて、レイはため息をこぼした。初めてその彼の願いを聞いたとき、レイは呆気にとられたものだ。


 しかしそんなレイには気付かず、イアルは滔々と告げた。

「俺はな、魔女どの。悪魔を戦争に使うのははっきり言って反対だ。というか戦争自体嫌いだ。人の力では勝てないから悪魔を使う。その悪魔を操るために魔女を使う。吐き気がする」

「イアル様、口が悪いです」

「そこで俺からの願いだ。俺は君に、国からの願いを断ってほしい」


 メルが驚いて目を見開く。

「本人からの断りがあれば、国王は決して無理強いはしない。そしてさせはしない。一言、否、と言ってくれるだけでいい。あとは俺がどうにかする。体裁上ここまで来たが、俺は君をここから連れ出すつもりはないよ」

 優しく告げるイアルの瞳を見つめるメルの瞳は射るようだ。しばらくの沈黙が流れ、メルは口を開いた。


「……ひとつだけ、条件があります」

「なんだ? 余程の条件でなければ呑むぞ」

「わたしに、外のことを話してほしいのです」

「外のこと?」

「はい。わたしはこの森から出たことがありません。外について何も知らないのです」

 それは意外な条件で、イアルは目を剥いた。


 真剣な表情で見つめてくるメルは、冗談を言っているようではない。ここで断る理由があるだろうか。――――答えは否。

「わかった。その条件を受け入れよう」

 途端、メルの表情が明るくなる。花のような笑顔、という言葉がぴったり当てはまる。

 眩しい笑顔に目が眩む。イアルはさらに笑みを深めた。


「魔女・メル。戦場で悪魔を操り、我が国に勝利をもたらしてくれ。……返事は」

「否」

「よくぞ言ってくれた!」


 ぱん、と膝を打ち、手を差し出す。その手を不思議そうに見るメルの手を無理矢理とって、握手した。

 驚く表情もことさらに可愛い。紫の瞳も美しい。

「盟約成立だ」

「はい!」

「おめでとうございます」

 レイに拍手を送られた。


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