人
Twitterお題シリーズです。
お題「地獄絵図」
一頭の馬が走り回る世界で、どうして一人の人間の自由が制約されようか。
森林が疾風に吹かれざわつく世界で、どうして多くの人間の自由が制約されようか。
これは、人間が最下層へ下った物語。決して抗うことのできない、地獄絵図。
「右」
「...はい」
「右」
「...はい」
「右」
「...はい」
「やめ」
「...はい」
机の上に分けられた貝殻。多くは右側に、一握りの数個が左側に。
作業を終え、改めてその光景を目撃する彼の心中は、決して推し量ることなどできなかった。
「こんなに...」
「退出しろ」
「...はい」
席を立ってドアに向かう途中、彼の目は一瞬左側の貝殻に向いた。
しかしすぐにドアに向き直り、彼は部屋を退出した。
廊下は無機質な壁に包まれ、窓はない。汚れた空気と彼のみが存在する空間で、彼は自分の手に残された微かな貝殻の感覚を握り締めた。
「いやだ...もう...」
《あれ以上の科学的な発展が見込まれていたなら、すでに世界から森が抹消され、酸素は人工機関によって生産され、森の消えた地帯に人間は侵攻を始めていただろう。》
「まぁ、わかるけどね」
薄い布で包まれた顔を隠したまま、彼女は目の前の物体に語りかける。
「人間は欲深い。それ故に返ってくる罰も大きい」
彼女から差し出された右手には、1つの貝殻が握られている。
「どうぞ」
物体はするりと貝殻を抱え込み、ガリ、ボリ、と貝殻を砕いた。
「まったく、なんてことだろうね」
彼女は物体から目を離して、窓のない壁から空を覗いた。
「灰色の、空だなぁ...」
「ワクワクするねぇ」
神は存在しない、と掲げられた旗を担いで、青年は口角を歪めた。
革命軍。現代においてそれは無謀の象徴として、他の人類からは忌み嫌われていた。
だからこそ青年の組織は孤高であった。
「将軍」
青年と同じ服に身を包んだ部下が青年に寄ってくる。
「なんだ?」
顔を向けずに反応する。しかしそれは興味がない訳ではないことを部下は知っていた。
「この装置、実験では通りましたがこれ以上停滞していると気付かれる可能性も」
「オーケーオーケー。もうそろそろ作戦開始だ」
青年は旗を翻し、それを部下に向けた。
「撤回。今すぐ始めるぞ」
黒く輝く双眼に何を見たのか、部下は元の位置に戻っていった。
「この世界を、ぶっ壊す」
「動きは」
「ない」
スコープを構える女は、後ろで仁王立ちしている少女の問いに答えた。
少女の目には猛りの色と諦めの色が同居している。
「恐らくいつもと違う信号を発してる。僕らは遮断機があるから受信できないけど」
スコープの先には微動だにしない巨大な物体があった。
「解いてみるか」
着任間もない少女の提案に、女は難色を示した。
「それは控えた方がいいかも。以前これ解いたとき偶然毒信号発してて、両親が死んだ」
「......そうか」
女は咄嗟に明るく話す。
「いやそんな心配しないで?警戒が足りなかったんだ。それに両親が死んだのも偶然だったんだよ。もしかしたら僕の可能性だって」
「いいから観察を続けろ」
「はい...」
命令を受け改めてスコープで対象を覗く女の背中を、少女は見つめていた。
諦めの色を少しだけ増して。
「私らが出来ることは、限られているんだから」
人類は人類よりも早くに存在していた自然と、人類よりも遅く産まれた科学技術を、嘗めすぎた。
私利私欲のままに開拓開発を進めた結果、人類は皮肉にもそれらに喰われる結果となった。
つまり、自然による淘汰、機械による制圧が始まったのだ。
道具を失った人類が敵うほどその二つは甘くなく、儚くも世界人口の半数の命が数年の内に散っていった。
それは人類にとって「地獄絵図」としか言えないほどの反逆。
人類は、隠れることを選んだ。
地下開発によって作られた巨大シェルター。そこに収容された人類は一時安堵した。しかし、入り口があればそれを解く鍵が要る。それを作る技術力を、機械は有していた。
結局唯一の住み処であるシェルターも、管理下に落ちた。
現在、人類に自由はない。監視を掻い潜るにもロストテクノロジーであるハッキング技術が必要。それを有する人間は世界にただ一人。
人類が忌み嫌う革命軍の将軍だけだった。
彼の下には彼と時間を共有した者のみが集まり、小規模で、しかし躍進の1歩となる「革命」が始まっていた。
「一頭の馬が走り回る世界で、どうして一人の人間の自由が制約されようか。森林が疾風に吹かれざわつく世界で、どうして多くの人間の自由が制約されようか。...」
革命軍の将軍が放ったこの言葉を反芻しながら彼は、この世界に反旗を翻す覚悟を決めた。
《一頭の馬が走り回る世界で、どうして一人の人間の自由が制約されようか。森林が疾風に吹かれざわつく世界で、どうして多くの人間の自由が制約されようか。》
部屋に置かれたラジオから流れる将軍の言葉を聞きながら彼女は、いつか自分がこの目で空を拝むことを夢に見ていた。
『一頭の馬が走り回る世界で、どうして一人の人間の自由が制約されようか。森林が疾風に吹かれざわつく世界で、どうして多くの人間の自由が制約されようか。』
本隊で指揮を執る自らの将軍の言葉を心に刻み込んだ革命軍別動隊の女と少女は、作戦開始の一報を受け、目の前の物体へ更に気を引き締めた。
地獄絵図を裏返し、新たな世界を描く戦いが始まる。
「奴らに、地獄絵図を見せてやるよ」
自信作です。自信作です!




