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女性は僕と同い年くらい、もしくはもう少し下に見えた。
「はあ・・・自殺、しようとしていたんですね、あなた。なんでいきなり、後ろにジャンプしたのですか。おかげ転んじゃったじゃいました。お尻が痛いですよ」
「・・・・・・・どなたでしょう?」
「あなたこそどなたです? ここにいるのは私が先ですよ」
そうだったのだろうか。実は、屋上に来てから周囲を全然見ていなかったので、誰かいても気づかなったのかもしれない。この女性に、さっきまでの醜態を目撃されていたのかと思うと恥辱がこみあげる。
「そもそも、どっちが先かなんてどうでいいはずですよね、本来。だって、あなた、死にに来たんでしょう?」
「なぜです?」
「ここを訪れる人は自殺者だけだと決まっているんです。経験上、それ以外の人種が好き好んで来る場所でもありません」
「お察しの通りです。僕は死にに来ました。でも、さっきの、見たでしょう? どうやら僕には投身自殺は不似合いなようで」
「不似合い? おしいとこまでいってましたよ」
「ええ。しかし、直前で怖くなりましてね」
ちょっと嘘。本当は屋上に出た時からびくびくしている。
「ああ、やはり二十階の高さはなかなか難しいですか」
「もう骨身に染みましたよ。とてもじゃないが、下なんて見れない。他の自殺者たちは、よほど勇気があったんですね」
「いやいや、恐怖もしないほど心が死んでいたんですよ。勇気の問題ではありません。あなたは、自殺に勇気が必要とお思い?」
「だって、出来ることではありませんよ。飛び降りたり、手首を切ったり、首をつったり・・・・・・死への恐怖ってやつは乗り越えられない」
「死への恐怖・・・・・・なるほど。あなたはまだ、死を恐怖しているのですね。ならば、まだまだ、本当に絶望したことはないかもしれません」
女性はニッコリと微笑んだ。本当の絶望をしたことがない、と言われ、僕はなんだか見下されたように感じ(彼女の口ぶりにそんな含みはなかったのだが)、ついむきになって言い返した。
「いや、いや、僕は絶望していますよ。それも毎日。望みをもったことなんてつゆほどもないし、自分が嫌いで嫌いで仕方ない。いっそ殺してしまいたいくらい憎んでいます」
「なるほど・・・・・よければ、あなたをそこまでにさせ、ここに来させた原因を話してはくれませんか?」
「はあ・・・・なぜ聞きたいのです?」
「お力になれるかもしれないからですよ」
彼女が、僕に、どんな力を貸してくれるというのか。一抹の興味があった。そこで、要点だけをかいつまんで話して聞かせた。
「それで、ま・・・・・こんな風に、自分を殺す努力をしているわけでして・・・」
「そう・・・・・・・。ならば、そのようになさればよろしいのに」
口ばかりで、どうせできないんだろ? 暗にそういわれた気がして、さらにムッとした。
「だから・・・・・・なんでわからないのかな。それは出来ないんですよ」
「死への恐怖・・・・・・で?」
「そうです。実際、それがすべてでしょう。生物の本能だ。どんな軍師でも落とせない堅固な居城だね。命ってやつはこいつに守られている限り無敵だ。僕らでは手出しできない」
「ならば、諦めるのですね。その命を奪うことをせず、漫然と今の暮らしを続けるのですね」
今度こそ、彼女の構えは僕に挑みかかるようだ。が、僕にもようやく常識感覚が戻ってきて、彼女の言い分がおかしいことを指摘しようとした。
「ええ、まあ・・・・・・しかし、君もずいぶん訳のわからないことを言いますね。君は、まるで、僕を自殺させたいみたいだ」
「ま、その通りですね」
人を死なせたい。この女の口はたしかにそう言った。
「正気ですか? いや、そうじゃないだろうな。きっと気でもおかしくなったんでしょう」
「それを解き明かしてどうなります? あなた、ここはどこですか? あなただって自分がここに来た理由をお忘れですか?」
「それでは、君も?」
「そうです。仲間ですよ、あなたの」
彼女も自殺志願者だったのだ。だから、ここにいたのだ。しかし・・・・・・
「しかし・・・・・・それなら、どうしてこんなとこでお喋りしているのです? 死にたければ、死ねばよいではないですか」
「あなたもたいがいストレートに物を言いますね。もちろんそれには含むところがあるのですよ」
「含むところ? なんですか?」
「私といっしょに死んでくれませんか?」




