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家にかえる途中に車窓から必ず目に入る。それくらい大きな建物であるが訪れたことは絶えてなかった。幼い頃、子供の会という地区でたびたび開催されるレクリエーションでそこでの肝試しに誘われたことが何度かあったが、僕は一度として参加したことはなかった。むしろ母が参加させなかったのである。熱心な常識家で、異常なほど我が子を強制したがった母は、高圧的で、独善的であり、今もってその姿勢は変らず、僕を離してくれはしない。それはさておき、あの時母は、廃墟で遊ぶのは危険を伴うことを理由に参加の誘いを断った。僕の意思も聞かずに、などとは言うつもりはない。どうせ毎度のことであったから。のみならず、企画した子ども会の会長主婦を(ご近所さんで母とは仲が悪かった)さんざんにけなし、何の関係もない勧誘担当者をもこっぴどく叱り付けていたのも、そう珍しい光景ともいえなかった(そういえば、母はいつもなにかに怒っていた)。そういう影響もあって僕にとってそのビルは日常のうちに埋没するいくらの値打ちもない風景の一部にほかならなかった。最近までは。
そうだ、ひとつ、僕の職場を紹介しよう。僕は税務署に務めている。うらやましいだろうか。少なくとも、他人から言わせれば僕は恵まれた職場にいるらしい。しかし、ここにひとつ、こういう公式を代入すればどうだろう。すなわち、親のコネ・・・・・・
七光りで就職した人間の現状ほど悲惨なものはない。僕の父が役所の要職にある人間なのでその恩恵だが、僕には全然そうは思えない。これはむしろ悪魔がしかけた罠ではなかったか。それを言えば、僕の人生には生まれたときから意地の悪い罠が始まっていたような気がする。裕福な家庭、厳しいわりに要領の悪かった母の教育、母の言いなりになるしかなった家庭性が皆無の父、それらすべてが良い結果をもたらさなかった不肖の息子、僕・・・・・・
いやいや、やめよう。自分の境遇を悪し様に考えたからといってなんになる。それよりも仕事のことであるが、かといってこれもまったくしょうがない話なのである。僕は、就職してからこっち心の底から喜びを感じたことは一度もなかった。だって、職場の人間はことごとく僕のことを嫌悪していたし、あからさまに軽蔑していたのだ。これらは僕の自分勝手な妄想などではないと約束したっていい。なぜなら、仮に僕が彼らの立場だったとして、自分のとなりに僕のように平静として座っていられたら、同じような行動に出ていただろうから。
というのも、この男ときたら無愛想だし、社会の常識というものをまるで頭に入れていないし、特別仕事がうまいわけでもない。実力がないくせに、自分が血反吐を吐いてまでかちとった席にまんまと転がり込んで来やがった。こんなやつはどんな憂き目にあっても文句はいえない、むしろどんどん受ける義務が生じていて、そうでなくては釣り合いがとれない幸運の持ち主なのである。受けた恵みはそれ相応の代価で払い戻さなくてはならないのであるから。だから、僕が、ああいう扱いをされるのはごくごく普通のことなのである。
ところが、そうはいっても、いかんせん僕の精神は脆弱だ。半生を両親の威光にべったり依存してきたひ弱な僕が、他人から向けられる敵意にまっこうからさらされる、ましてや立ち向かうなど無理千万な話なのである。彼らの攻撃が直撃するたびに、僕は、銃弾の打ち込まれるパンのように、簡単に貫通し、開いた穴はふさがらず日に日に腐り、また撃たれればそれだけ体積が減り、今では我が身を支えるだけでやっとなのだ。あと一撃、そう、たった一撃が加わればそれは僕へのトドメとなり、心はぽろぽろに崩れ、あとにはパン粉しか残らないだろう。それもきっと食用には適さない。冷蔵庫に一ヶ月おいた食パンが僕の同類である。
さて、そうなる前に、僕は、そんな醜い結末にならないための手段を思いついた。逃げることだ。どうして今に至るまでこんな簡単なことに気づかなかったのか不思議である。逃げてもいいじゃないか。家で待つ母や父は怖いし、会社も怖い。その恐怖のせいで盲目になっていたが、「逃げる」という手段が僕には残されていたじゃないか。
今朝の気分はすぐれなかった。もっといえば過去最悪であった。会社が近づくごとに胸の動悸が高まり、手がふらついて車の運転もままならない。そのときの衝動であった。カーブをまちがえた。右に行くはずが左にハンドルを切ってしまった。まずい、と思う前に、胸の動悸が消えた。発見であった。僕のそれはコロンブスが果した偉業に比肩しうる。車はどんどん会社とは反対向きに進行していく。なんということだ、頭上にのしかかっていた病理の種が気持ちよく狩られていく。笑顔の死神が鼻笛なんか吹いて脳裏に植わった黒い花に大鎌をふっていく。あまりの解放感に涙が流れるくらいであった。
だが、冷静な感覚に立ち返るのも早かった。僕の中では、「逃げる」という気持ちと「恐怖」がはげしく葛藤した。大儀はあきらかに「恐怖」の側にあった。しかし、今回ばかりは「逃げる」側には本能という強力な助っ人がいた。ありていにいえば、僕はかたくなにUターンを拒んだのである。はじめて自分の意思で世に反抗した。
これが意志というやつか! これが自我か! なんとも高揚する代物じゃないか!
そう、たしかに高揚したし、興奮した。裏面を返せばやけっぱちが深く根を張っていることもまた十分に理解していた。この上もない興奮と破滅への確信。行き着く先は絶望しかない。
僕は理解した。ここが限界だったのだと。僕の生きる道は知らないうちにゴールを迎えていたのだ。他人よりも不当に早く来たゴールであったが、やむをえない。たとえこの先が壁だとして、僕にはその厚みを突き破る力はないし、崖だとして、僕にはそこを渡りぬける知恵もないのだ。神は超えられない試練は与えないと言うが、超えられない試練を受けた力なき者を神はどうするのだろう。あるいは、それは神が「もうよい」と許しをくれたものではないのだろうか。
そのとき、僕の頭の中に自然に浮かんできた物があった。そうだ、あそこに行こう。
むろん、例のビルである。




